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036 新居(7)

『文通』じゃなくって、『夢枕』に立てばいいんじゃん!


歯を磨きながら思いついた考えに、思わずおでこを叩いてしまった。


昨日は久しぶりに自分のアパートを見て、親に遺言書を書いたりして大分と気分がブルーになった。

だが、考えてみたら私って基本的にこの世界に来たこと自体に不満は無いんだよね。

念願の長身スリム体型になれたし、魔法で生活費はいつでも錬金出来るようになったし。

この中世チックな世界を、不幸な弊害なしにより現代に近い便利な世界に導こうというプロジェクトはやりがいがあるし、一生を掛けても終わらないだろう。


元々ファンタジーが好きだったのだ。

魔術師になれるなんて、夢のような出来事と言っていい。


ただ少し寂しかったのが、家族や友人ともう話すことが出来ないと言うこと。


でも!

この世界の魔法には精神に関与するものもある。

と言うことは、きっと夢の中で話しかける術もあるに違いない!


夢の中でだったら私が異世界で魔術師になり、充実した人生を楽しんでいるという話をしても親も極端に違和感を感じずに受け止めてくれるだろう。


起きたら『何だ夢か』と思うだろうが、それなりに継続していけば親も夢の中の会話を楽しみ、私の死の悲しみも薄れるかもしれない。


私は親と話せるし。


これだったら海外に移住したのと大して違いは無い!

ふふふ~。


49日だっけ、日本の一般的な死後の区切り?

とりあえず、そこら辺を目処に夢枕に立つ術を調べておこう。




『ご~ん~』

微妙に間の抜けた銅鑼ドラの音が下から響いてきた。

お。

朝ごはんだ。


上まで呼びに来るのは大変だし朝は食べたくない人もいるかもしれないと言うことで、基本的にこの家では食事の準備が出来たことを、階段の下にある銅鑼を叩くことで知らせてくれる。


そこそこ響いて、3階まで扉を閉めていても十分聞こえる音なのだが、気の抜けた穏やかな音なので、寝ていた場合は睡眠の妨害にはならなそう。

爆睡していたら目が覚めないかもしれないけど。

ま、そうなったらパンとハムなりチーズなりを後で貰えばいいんだし。



「おはようございます」

「おはよ~」

「おはよう」

「おはようございます」


ダイニングルームに入ったら挨拶がいきかった。

ドレスメーカーのイルナさんはまだいないようだ。


サイドボードに色々お皿が置いてあり、そこから好きなものを取るらしい。

まず、卵焼きを取る。

これは外せない。本当は和風の巻き卵が一番好きなんだけど、半熟目玉焼きでも許す。

まだ出来たてみたいだから、美味しいと良いんだけど。

冷めてきたら目玉焼きよりもゆで卵の方がいいなぁ。


ついでにパンとチーズもお皿にのせて、席に向かった。

「何を飲む?お茶とジュースとミルクがあるけど」

ハシャーナが聞いてきた。


ミルクがあるんだ。

だったら生クリームを作るのだって難しくないはず。チーズだってあるんだし。

是非とも美味しいケーキとかスイーツをこちらの世界でも食べたいものだなぁ。

菓子作りの本を何としてもこっちに持ってこないと。


部屋に置いてあったへそくりの現金をこっちに召喚しちゃったから、逆召喚の術を見つけるまではお金を払って本を拝借してくることが出来ないんだけど......前借りと言うことで本を貰ってきちゃおうかなぁ。


本当なら、家に料理本があれば良かったんだけどねぇ。

残念ながら、私の家にあったのは電子レンジ用料理本ばかりだったから、こちらでは使えない。


賃貸じゃあオーブンなんぞ無かったから電子レンジをひたすら愛用していたんだけど......失敗した。


「え~と。ジュースとお茶と両方貰ってもいい?」

やはり朝起きて一番はジュースが欲しい。でも、朝食そのものを食べている間はお茶の方が合うと思うんだよね。


「どうぞ」

微妙にピンクがかったジュースとお茶が席の横に置かれた。

......一体このジュースは何のジュースなんだろ?


食わず嫌いの気がかなり強い私は恐る恐る不思議な色のジュースを口に含み......。

思わず手が止まった。


美味しい。


新鮮な甘みと酸っぱさとがすっきりと混じった感じ。

グレープフルーツジュースが加糖していないのに自然に甘い感じ?

一応100%のはずの近所のスーパーで売っていたジュースなんぞ目じゃない味だ。


これって誰かが手で果実を潰して作ってくれたジュースだよね?

やっぱり新鮮さって重要なんだなぁ......。


王宮に泊っていた時は、食堂で出されたのはビールとお茶だったから、これ程こちらのジュースが美味しいなんて、知らなかったぜ。


「美味しい!これって何の実を絞ったの?」

思わずハシャーナに聞いてみた。

その実を大量に買っておけば、いつでもジュースにあり付ける!

ジュースを作る用の器具も買うか創るかしておこうかな。


「ピアの実よ。今シーズンだから美味しいでしょ?」

シーズンだから美味しい、ね。


そうか、温室と海外からの輸入が普及している日本ではグレープフルーツもメロンも年がら年じゅう手に入るが、この世界では食べ物ってどれも旬の時にしか食べられないんだろうな。


異次元収納だったら時間も止まっているから果物も新鮮な状態のまま、保存できるはず。

......大量に買っておこっと。


考えてみたら、食料用倉庫として異次元収納を世間に流通させたら、食べ物がどんなシーズンにでも入手できるようになるよなぁ。

ある意味、冷蔵庫よりも役に立つ。


下手に暗殺とかの武器を隠されかねない持ち運びの出来る袋に異次元収納機能を付けるのではなく、備え付けにするような大きな冷蔵庫みたいな物に異次元収納機能を付ける方がいいかな。


というか、異次元へ収納するんだから、別に冷蔵庫程大きい必要は無いんだよねぇ......。

問題は、魔力が無い人間が使う時ってどうやって中へ物を出し入れするのか。

試作品を作って、ハシャーナと試してみようかなぁ。


でもまあ、自分の食欲の為だけに、下手をしたら社会を大きく変えてしまうかもしれない物を作らない方が良いかもしれない。

後で買出しに行く際にカルダール君に聞いてみよっと。


「そう言えば、今日はシーツとかタオルとか、日常品を少し買い出しに行くつもりなんだけど、お勧めの店ってどこかありますかね?」

ハシャーナだけでなく、男性陣も対象に入れて全員に向けて聞いてみた。


本当ならイルナさんあたりの方が、ドレスメーカーなんだし生地関係のことだったら知っていそうなんだけどね。



「寝具類だったら北のバリスタン店に可愛い物があるわよ」

ハシャーナが答えた。


「日用雑貨だったら西のアルタ雑貨店に色々いいモノがそろっている」

ジュナイド氏が付け加える。


ほぉ。

日用雑貨って実は好きなんだよね~。

イケアとかロフトとか行くと、ついついふらふらと長時間過ごした揚句、何かと買ってしまったものだ。


「それは良いですね~。バリスタン店で寝具を揃えたら、心ゆくまでそちらのアルタ雑貨店で楽しませてもらいます」

ついでに、何か小さなお土産でも買ってくるかね。

農協職員のジュナイド氏とは仲良くやりたいところなのだが。

昨日の夕食中はかなり口数が少なかったから前途多難かもと思っていたのだが、大丈夫そうかな?


折角切っ掛けが出来たのだから、それを有効利用したいところだ。


ただ、男性用のお土産なんて、何が良いか全く見当がつかないが。

女性だったらちょっとしたアロマ・キャンドルとか、お香なんかでも良いと思うんだけど。


......つうか、自分用にアロマ・キャンドルでも買おうかな。

仄かに甘い香りって好きなんだよね~。


甘い香りと言えば、日本のアパートのベランダで大切に育てていた金木犀とお別れなのは惜しいなぁ。

流石に、死んで数日経っているんだったら母親がベランダにあったあれに気が付いているだろうから、無くなったら怪しむだろう。


何と言っても、実家を出た時の記念として母が買ってくれた植木だったし。

水さえやっていれば毎年しっかり花を付ける、健気な奴だったんだけど。


「そう言えば、こちらの地方って家の中で香りの良い植木鉢とかを育てる慣習ってあるの?

何か仄かに甘い香りがするような植木でも、部屋の中か窓の外で育てられたら嬉しいな~なんて思うんだけど」

ハシャーナに聞いてみる。

出来れば窓の外の方がいいかな。

窓の外に魔術で強固な足場を作り、植木鉢をそこに固定したら陽の光も風もいい感じにあたって植木にとって健康的だと思うんだけど。


「あんまり家の中で木を育てるっていう話は聞かないけど......あなたが家賃を払っているあなたの部屋だもの。好きなようにして良いわよ」

ハシャーナが答えた。


「いいんですか?!」

私がお礼を言う前に、ジュナイド氏が喰いついてきた。


「ええ」


突然、猛烈な勢いでジュナイド氏が朝食を食べ始めた。

もしかして、急いで植木鉢を買いに行くつもりなのかな?


「室内で育てられるような小さな植木を買える場所って知っていますか?」

急いでいるジュナイド氏には悪いが、知っているならば彼が飛び出して行く前にこれは聞いておきたい。


「そうですね、植栽を扱っている店は東の方に多いのですが、キャメン店、ダルナヴァーン店、エアスター店、ファルノス店、ガリオン店などがいいかもしれません」

店の名前を列挙したと思ったら、あっという間に食べ終わったジュナイド氏は飛び出して行ってしまった。


「え~と......?」

なんて言ったっけ??


フリーズしてしまった私を見て、笑いながらガリス氏が助けの手を差し伸べてくれた。

「植栽は東の方に店があるんじゃ。温室用の花だったらキャメン、庭用の低木はダルナヴァーン、香木系ならエアスターが専門だな。ファルノスとガリオンは専門店ではないが、それなりに色々全般的に扱っておるぞ」


慌てて、鉛筆とノートを取り出して情報をメモる。

「温室用の花がキャメン、庭用低木がダルナヴァーン、香木がエアスター、全般的な取り揃えならファルノスとガ、ガ、ガレリオ?」


「ガリオンじゃよ」

ガリス氏が修正した。


そっか。

大航海時代で遊んだ時に良く買っていた船の名前だな。

聞き覚えがあったからもっと馴染みのあるガレリオかと頭の中で勝手に変換されてしまったようだ。


どれも面白そうだし寄ってみたいが、まずは香木専門店のエアスターかな。

「どこにあるのか、教えていただけます?」


先日カルダールが持っていたのを魔術でコピーした王都の地図を異次元収納から取り出して食卓の上に広げる。

お行儀悪いかな?

でも、大体食べ終わったし。

お茶を飲み終わってないだけなら、少し他のことを先回ししちゃってもいいよね?


「......宙から出てくるとは、便利な地図じゃのう」

ガリス氏が驚いたように呟いた。


「魔術って本当に便利ですよね~」

にこやかにスル―しながら鉛筆をガリス氏に渡す。


「エアスターの場所を①、その他の場所をそこから行きやすい順に適当に番号を振って記していただけます?」


雑貨店は後回しだな。

必需品の寝具を集めたら、次は植木だ!



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