033 新居(4)
「今日から三階の左側の部屋に住む魔術師のフジノさんです」
食堂......(と言うか、ダイニング・ルームと呼ぶべきだね)に入ったら、既にハシャーナとガリスに加え男女一人ずつが座っていた。
私が入ってきたのを見て、ハシャーナが二人に私を紹介してくれた。
「フジノさん、こちらがドレス職人のイルナさん。3階の右側の部屋に住んでいます。
2階の右側に住んでいるのがこちらのジュナイドさん。ジュナイドさんは農協に勤めています。
2階の左側に住んでいるカリファンさんは仕事で暫く留守なので、帰って来たら紹介しますね」
ほほう。
この世界にも農協なんてモノがあるんだ。
人口の殆どが農業に携わっているようだから農協なんてモノが無くてもいいのかと思ったが、却って需要があるのか。
「こんにちは。遠方から来た為、時々常識に欠けた言動をするかもしれませんが、怒らずに、何が非常識だったのか教えて下さいね」
二人ににっこり笑って挨拶をした。
イルナ嬢は私と同い年か少し上ぐらい?
中々の美人だが......考えてみたら、私ぐらいの年で一人で下宿暮らしをしているってこの世界じゃあいき遅れなんじゃないのかな?
中世ちっくな世界での結婚年齢ってかなり若そうだと思うけど。
それとも、神官の治療と云うもののお陰で平均寿命がそれなりにあるから、晩婚化しているんかね?
ま、どちらにせよ、子連れのシングルマザーでなくって良かった。ガキって苦手だ。
「よろしくね。遠方から来たんだったら、是非あなたの故郷のファッションのことを教えて!」
ワインの入ったグラスを挨拶に軽く挙げてイルナが言った。
ジュナイド氏は私よりかなり年上っぽい。
40代程度に見えるが、これは確実にいき遅れって奴だよね?
それとも離婚か死別したのかな?
「よろしく」
ジュナイド氏は軽く頷きながら、短く挨拶を返しただけだった。
農協職員となればそれこそ農業の生産性アップの技術とか工夫を広めるのに役に立ちそうだから、是非仲良くして貰いたいところなんだけど。
人見知りをするのだろうか。
ハシャーナが指した席に私が座ったら、家政婦さんらしき人がメイドと一緒に食事を持ってきてくれた。
うわ~。
流石貴族の下宿屋。
『下宿屋』で思っていたのと全然違うや。
どこか上流階級(とまではいかないのかな?)の人の家で夕食に招かれたような雰囲気だ。
『下宿屋』に似合わない位立派なダイニング・ルームだなぁと思っていたのだが、『下宿屋』というコンセプトそのものをちょっと思い違いをしていたようだ。
まず出てきたのがスープ。
ポタージュになっていて原材料が何なのか不明だったけどそれなりに美味しかった。
次にお肉料理とサラダとパン。
お肉料理にはちょっとパスタも付いていた。
ジャガイモは無いのかな?
考えてみたら王宮の食堂では出て来なかった気がする。
今度家政婦さんかジュナイド氏に聞いてみよう。
ジャガイモなんて、育てやすい上に栄養価も(多分)高く、お勧めな食材だと思うから紹介してみたいものだ。
お米はどうやって種を入手すればいいのか分からないが、ジャガイモだったらスーパーで売っているジャガイモを一袋拝借してこちらへ転移させ、それを適当なサイズに切って埋めるだけで育つはず。
小学校の理科の授業ではそんな感じでちゃんと新じゃがが収穫できたから、こちらだって大丈夫だろう。
向いている土質とかはあるんかもしれないが。
ま、そこら辺は適当に実験したらいいだろう。
農協の方で品種改良とか土壌実験とかしてくれないかな?
美味しくメインの料理を食べ終わったらデザートまで出てきた。
フルーツパイみたいな物。
これには微妙に困った。
実は私ってフルーツ系のデザートって嫌いなんだよね。
生の果実そのものは良いんだけど、煮たり焼いたりして、甘酸っぱくなっている加工した果物って実は嫌い。
でもこの国ではそっち系のデザートがメインらしく、クリーム系の菓子とかチョコレートケーキとかは見たことが無い。せいぜい焼いたスポンジケーキやクッキーというところだ。
牛をもっと増やして、せめて生クリームがもっといきわたるようにしたい。
その為には冷蔵庫が是非とも必要だ!
◆◆◆
「は~。良いお湯」
適当にデザートを飲み込み、お茶と会話を楽しんだ私はお腹が暫く待ってお腹がこなれてきたらお風呂を入れてもらった。
ちなみにジュナイド氏はあまりしゃべらなかったが部屋に戻らなかったから、私のことが気に入らなかったのではなく単に無口なタイプなだけなのだと......思いたい。
熱するのは自分でするから水だけ汲んでくれと頼んだからか、お風呂の準備は意外と早かった。
どうやらポンプはあるのか、水を汲んでくること自体にはそれ程時間がかからないようだ。
ポンプがあるんだったらそれを家の中に引き込めないのかね?
まあ、お風呂の場合は水を熱さなければならないからなぁ。
何かのライトノベルで読んだ、五右衛門風呂とかいう昔の日本式の風呂は直接湯船を熱するタイプらしいけど、この風呂は多分そう言うタイプじゃなさそうだ。
もしかして大きな鍋でお湯を沸かしてそれを入れるのかな?
かなり非効率的な気がするが、そう言うモノなのだろうか。
まあ、鍛冶屋には鉄を溶かすだけの熱量を出す窯があるんだから、木や木炭や石炭を燃やすことでかなりの熱量を得ることは可能なんだろう。
冷蔵庫が出来あがったら、お湯を沸かす為のボイラーみたいな魔具を開発するのもいいかも。
お湯を沸かす為の木の消費は別に魔石に取って代わられても極端に問題は無いだろうし。
経済が拡大すれば家を建てたり馬車を作ったり家具を作ったりで木材に対する需要は残ると思う。
魔石の方が絶対に環境に優しいし!
まあ、冬だったら家を温める暖炉の周りにパイプを通して、その熱を使ってお湯を沸かすようにしても良いのかもしれないが。
どの位魔石の供給が可能かによるかな。
そんなことをぼ~と考えながらお風呂に浸かっていたら、だんだん逆上せてきた。
もうそろそろ出るか。
お風呂から出て、タオルで体を拭きながらふとお風呂場の窓に目をやった。
ここは外から見えないようにする為か、私が万歳した手の先ぐらいの高さに横向きに細く窓が壁一面についている。庇が付いているので、外から中を覗くのは窓の外に台を置いてそれに乗って見降ろさない限り難しい。
だけど考えてみたら、私の部屋って外から丸見えかも。
あのトトロの木(笑)があるから敷地の外からはかなり見にくいと思うが、庭からは良く見えるだろうし、角度によっては隣の家とかからも見えるかもしれない。
寝室には悪くない感じのカーテンが付いていたけど、生地はそこそこ薄い感じだったから夜に部屋の中で明かりをつけたら透けて見えるだろう。
リビングにはカーテンすら付いていなかったし。
あのトトロの木を楽しむためにも、リビングはカーテンを掛けたくない。
魔術で何とかして、外から見えないようにするとともに防寒・防熱機能を窓につけよう。
ついでにUVカット機能も付けたいな。
ただし、魔術でUVカットっていう条件を付けるのは良いけど、本当にそれで効いたのかどうかの判断は難しそうだ。
この世界にUVというコンセプトは無いだろうから、それを特定する魔術があるとは思いにくい。
もっと魔術に関する理解が深まったら赤外線、遠赤外線、可視光線、紫外線やガンマ線といった目に見えない波動も探知できる魔術を開発できるかもしれないが......物理的にそれらが何なのかイマイチ分からないし、それをどうやったら発生させることが出来るかも分からない自分の知識レベルを考えると難しいな。
確か私のアパートに置いてあった小物入れに、UVの測定出来る鏡とか紫外線強度測定器とか有るはずなんだよなぁ。
鏡は確か日焼け止め付きファウンデーションを買った時に、おまけで付いてきたんだったと思う。
紫外線強度測定器は夏の沖縄へ遊びに行く際に、面白そうだったから日焼け止めと一緒に買ってみたんだよね。
安物だったからもう電池が切れて壊れている可能性は高いけど。
無くなっても母は気が付かないだろうが......イマイチ形を憶えていない。
このさい、小物入れごと持ってきちゃおうかな。
ま、UVカット機能は色々実験をしながら後でつければいい。
今切実に必要なのは外から見えないようにする手段。
マジックミラーみたいな、こちらからは見えるのに向こうから見えない設定にしたい。
普通のマジックミラーって単に片側が反対側よりも暗くなっていて、明るい側では光が反射して覗きこめないという感じだと思うが、それじゃあ意味が無い。
夜の外よりも暗いんじゃあ身動きが取れない。
としたら......姿消しみたいな不可視の結界を使えないかな?
不可視の結界って言ったってそこだけ何も見えなかったら怪しいから、周りや隠した結界の向こう側は見えちゃうんだろうが、窓の外に平面で結界を張ってそこから室内は見えないようにって設定したらどうだろう。
とりあえず、今晩は窓に結界を設定して、日本のアパートを覗く為の鏡の魔具でも創り、小物入れを転移してこよう。
マットレスの製造は明日でいいや。
床に直接おけばそれなりに固くなるから、暫くは我慢できるだろう。