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031 新居(2)

3階に上がり、右へ曲がった廊下の奥の扉をハシャーナが開いた。

「こちらです」


私が通るのを待っているかのように態々ドアの前で待ってくれていたので、遠慮せずに先に中に入る。


「うわぁ......」


まず、目に入るのが正面にある窓から見える、庭。

トトロの木(モドキ)が青々と茂っているのが目に入る。

良く見ると、薄い黄色い花があちこちに咲いている。何か実でもなるのかな?


思わず窓からの景色に見惚れたが、気を取り直して部屋を見回す。

幾ら景色がいいと言っても、住み心地が悪いんじゃあ本末転倒だ。

......まあ、1LDKで比較的広めとは言え、おんぼろだったアパートで極端に不満を感じなかったのだ。私の住まいに対する基準値はかなり低いらしい。



扉を開けて入った場所が、リビングみたいな感じの部屋だった。庭に面した大きな窓が二つ正面あり、扉から入って右側にソファと幾つかの椅子とサイドテーブルが置いてある。

10畳ぐらいありそうな、中々立派なスペースだ。

一番奥には小さな勉強机モドキみたいなのも置いてある。


「家具はご自分の物があるのでしたら屋根裏に片付けますので、言って下さい」

そう言えば、こちらの世界の下宿は家具付きだとカルダールが言っていた。

ただし、自分の家具を揃えたければ言えば大家さんが元の家具を片づけてくれるとか。


便利だねぇ。

家電は無いとは言え、最初に実家を出た時にかかった初期出費の金額を考えると家具付きの部屋を借りられるのは有難い。

流石にマットレスに関しては、他の人が使っていたのっていうのはちょっと嫌だけど。

まあ、王宮で借りている部屋のベッドだって他の人が使った物なんだろうけど、気分的にあっちはホテルのベッドって感じであまり気にならないんだよね。



リビングの奥の扉を開くと洗面所だった。

トイレと洗面台。またもや洗面台には蛇口がない。代わりに洗面台が片側一段低くなっていて、そこに桶がおいてあった。

「毎晩、洗面所の桶に水を入れておきます。何かの理由で足りなくなった時は言ってくれればまた持ってきますので」

とのことだった。

こっちのメイドさんってかなり肉体労働が多そうだねぇ。

それとも男性の下男がやったりするのかな? 確かに重い水を持って上がるのは男性の方が向いているだろうが、あまり個人スペースに男性が入ってくるのは有難くないなぁ。

まあ、相手に慣れて親しくなってくればそう言う感覚もなくなるんだろうけど。



ついでに、トイレを覗いてみた。

王宮のと同じく、ぼっとん便所。おが屑が敷いてある。用を足したら傍に置いてあるおが屑をかけて臭い消しにするタイプだ。高尾山かどっかの公共トイレにもこんなデザインのがあった気がするな。

中世のヨーロッパではおまるの中身を毎朝道にぶちまけていたという話だから、これの方がまだましなんだろうね。

「こちらは毎日回収していただけるんですか?」

王宮のは毎朝回収してくれたから、水洗トイレでは無かったもののおが屑の効果もあってあまり臭わなかったが......回収頻度が低かったらかなり嫌かもしれない。


そうなったら、トイレ用の異次元収納を別にもう一個創ろうかな。幾ら異次元とはいえ、排泄物を身近な所に溜めておくのって気分的に嫌だけど。


「水を置きに来る際にこちらは回収しますので、ご安心ください」

それは良かった。

しっかし、言葉づかいが固いなぁ。

まだ高校生ぐらいだろうに。それなりにアットホームな下宿先がいいんだけど、まるでホテルの従業員のような言葉づかいでいつも対応されると、ちょっとそれはそれで哀しいかもしれない。


ま、願わくは親しくなったらもっと普通の言葉づかいになると期待しよう。

洗面所を出て、横にあった扉が寝室へ通じていた。


こっちは6畳ぐらい?

こちら側の壁にクイーンサイズぐらいのベッドが置いてあり、その横にベッドサイド・テーブルがある。

反対側の壁には洋服ダンスが2つ並んでいた。

ふむ。

余ったスペースにこの間オーダーした本棚が置けそうかな。プライベートな本とか日本の本とかも置きたいから、リビングの誰でも見ることが出来るスペースには置かない方が無難だろう。


ハシャーナに断ってベッドに横たわってみた。

うう~~む。

ちょっとマットレスが柔らかすぎ。

やはりこれは自分で買った方がいいね。フレームはそのままでいいと思うけど。


ふと、天井が目に入る。

すっきりと白い漆喰で整えた天井と柔らかな黄緑の壁紙との間に、彫刻のような飾りのついた縁がぐるっと付いている。

うわ~。

これもお洒落だ。


良く見たら、壁紙も単に黄緑色なのではなく、黄緑色のバックグラウンドに細い筆か何かで濃い緑と薄い黄色で草花模様があちらこちらに書き込まれている。


地球だったらこう言う壁紙って一気に印刷しているんだろうけど、この世界だったらこれって誰かの手書きなんだろうなぁ。

それなりに褪せて見えるが、手が掛けられている。

普通の下宿屋でこんなにインテリアにお金を掛けられるものなのだろうか?

後で下のお爺さんに聞いてみようかな。


思わずゴロゴロとベッドの上を転がりながら部屋の中を見回してしまった。

ふと入口の方へ目をやると、ハシャーナとカルダールが私を見ていた。

......その微笑ましそうな目線、止めて~~!!


慌てて立ち上がる。

「素晴らしい部屋ですね」


「気に入りましたか?」

カルダールが聞いてきた。


「はい。ガリス殿とハシャーナさんが宜しかったら、こちらに住みたいと思います」



◆◆◆


「ベッドのマットレスだけって買えます?」

どうせ荷物も少ないことだし、とりあえず今日中に荷物を運びこんで引越しを済ませてしまうことにした。

そんでもって明日、必需品の買い出しに手伝ってもらうということに。

どうせ服しかなかったので、引越しを手伝ってもらうよりも翌日の買出しの手伝いの方が必要そうだという結論になったのだ。


本当は、服も異次元収納にしまってしまえば馬車すら必要なかったんだけどね。

でもまあ、折角馬車をだしてくれると言うんだし、あまり失われた伝説の術を人前で見せびらかさない方がいいだろう。


ということで昼食を食べている間にメイドの人が服を納めてくれたスーツケースを馬車に乗せ、我々はイシギア路地へ向かっているところだった。

ちなみに、本棚は店で預かって貰っているので明日にでも直接部屋へ配達して貰うつもり。



「勿論です。荷物を置いたら見て回りますか?」


「是非」


『僕も行きたいな~』

かりかりかり。

ダールが柔らかく私の足を引っ掻きながら声を掛けてきた。


使い魔としてのリンクのお陰で、王宮から自力でもイシギア路地まで来れるらしいのだが、元家猫のダールの肉球は長距離を歩くのには向いていない。


プニプニで柔らかいあの肉球をあまり外を歩きすぎて固くして欲しくない。

第一、ダールみたいに可愛い猫だったら途中で誘拐されてしまうかもしれないし!

ということで一緒に馬車での移動なのだが、どうやら彼は街の中の探検もしたいようだ。


うう~ん。

あんまり出歩いて欲しくないんだけどなぁ。

心配だ。


でもまあ、一緒に動きまわった方が安全だろう。

術が使えるから捕まっても逃げ出せるんだろうけど、出来るだけ危険は避けて貰いたい。


「迷子にならないでよ?」


『大丈夫だよ~。信頼してよね』

ゴロゴロと喉を鳴らし、頬を私に押しつけながらダールが自信一杯に答えた。


ちなみに、この世界は『ペット不可』なんていう貸家・下宿先などは無いらしい。

でも大家さんが猫嫌いだったらお互いに不幸だということで、入居を決める前に私の『異界からアクシデントで来てしまった魔術師』という素性とともに使い魔の存在を開示しておいた。


『使い魔と言っても鼠を捕まえられるんだろ?大歓迎だよ』とのガリス氏の言葉だったが......。

考えてみたら、子猫の時からペットフードを与えられてきた箱入り息子のダールに鼠捕りなんて出来るのかね?


まあいいや。

実際に鼠がいて、ダールの活躍が十分ではないというクレームがきたら魔術で鼠退治をしてやろうじゃないの。


......というか。

鼠なりゴキブリなりがいるなら、クレーム以前の話としてさっさと退治しておきたいな。


部屋にはダールより小さな生き物の出入りを禁じる結界を張っておこう。


ちなみに、私の情報開示ついでに聞いたところ、ガリス氏は軍閥系貴族出身らしい。

数年前まで本人は近衛の士官ということで主に王宮の兵舎に住んでいて、次男夫婦が娘2人とともにイシギア路地の家に住んでいたのだそうだ。


長男は爵位を継いで第一輪にある本邸に住んでいる。

『末端貴族の癖に気位が高すぎて軍人としては使いものにならん奴』というのがガリス氏の評価だった。

第一輪に本邸があるんだったら、『末端貴族』よりは上の方なんじゃないかね?

あまり詳しいことは教えてくれなかったけど。


ま、それはともかく。

数年前にハシャーナの姉がオクアダの貴族と結婚することになり、オクアダ出身の嫁が故郷に帰りたいと主張したこともあり、次男夫婦はオクアダへ移住することにした。


ハシャーナだけが残り、なんと家を下宿屋にすることにしたとのこと。

兄夫婦は『貴族がなんたること!』と大反対したそうだが、面白がったガリス氏が味方になったことでハシャーナは決行。数年後には定年退職を迎えたガリス氏も一緒になって下宿業を楽しんでいるらしい。

数年前なんて言ったらハシャーナがまだ中学生か高校生になったばかりの年齢だろうに、しっかりしてるね~。

まあ、お母さんとお姉さんがちょっとほわほわ系のあまり実務に適した性格ではなかった為、幼いころから家政婦の女性と協力して家の召使の指示をしてきて家を切り盛りする能力には自信があったらしいけど。


『軍閥系の貴族の家系はあまり身分を気にしない人が多いですから』というのがカルダールのコメントだったが、それなりに貴族としては変わり者なんじゃないかね、あの二人。

ま、面白い話も聞けそうだから、これからが楽しみだ。



◆◆◆



「うう~ん。微妙だなぁ......」


これで4件目の寝具を扱う家具屋。

あちこちを回ってマットレスを試しているのだが、店に置いてある現品が少ない上、どれも柔らかい。


考えてみたら馬車にすら衝撃緩和用のバネが付いていない世界だ。

マットレスにスプリングが入っている訳がない。

そうなると中に詰める綿や羽毛をぎゅうぎゅうに詰めて硬度を持たせるしかないが、王宮のマットレスならまだしも普通の家具屋に置いてある出来あいのマットレスに、そこまでの品質を求める方が間違っているのかもしれない。


これは魔術で手を加えて改造するしかないかな。


適当に一つ買って帰って、研究しよう。



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