030 新居
「おはようございます」
カルダールがにこやかに声をかけてきた。
相変わらず、タイミングを読むのが上手い。
朝食を食べ終わって部屋に帰ってきて、歯を磨き終わったと思ったら現れたよ。
誰かに私が朝食から部屋に戻ったら声を掛けるよう、言ってあるのかな?
ま、こっちにとっても変に待たされるよりも都合がいいんだけど。
「あ、おはようございます!
こちらの世界で初の新居を見えるかと思うとワクワクしちゃって、早く目が覚めちゃいましたよ~」
思わずハイテンションで答えてしまった。
そう。
新居ですよ新居!
まあ、誰かの家に下宿するんだけどさ、自分で家賃を払うんだから『新居』でいいじゃない!
新居探しは物凄く久しぶりだ。
物臭なので、大学の時から借りていたアパートにずっと住んでいたからね~。
「では早速行きましょうか」
私のテンションが見てとれたのか、それ以上無駄話に時間をかけず、カルダールが『行きましょう』と腕を振って動き出した。
今回も馬で行くらしく、馬車乗り場ではなく厩の方へ足を進める。
「そういえば、魔術院の方から近いうち話があると思いますが、あちらで特許権の話を長老たちにしたんですよ。考えてみたら国家レベルで始めるよりも、関与する人間の数が限られている魔術院で始める方が現実的ですしね」
足を進めながら副宰相に知らせる。
もう聞いているかもしれないけど。
「あぁ。そう言えば、筆頭魔術師殿からエッサム宰相との面談のリクエストの連絡が来ていましたね」
へぇ、筆頭魔術師にも話を通したのか。
ということは、長老会議をもうやったのかな?
地方に出張中という教育担当の長老はどうなったんだろうか。
ある意味、教育担当はあまり関係ない題材という気もしないでもないが、仲間外れにする訳にもいかないだろうし......あの仕事依頼用の金属片を使って鏡で通信したのかな?
魔術師同士だったらスカイプ通話モドキがやり放題だよなぁ。
いつの日か、魔術師じゃなくっても会話が出来るような魔具も開発するといいのかもしれない。
とは言え、通信器具が発達したら他国のスパイとかにも悪用されそうでちょっと怖いけど。
ま、そこら辺はアフィーヤ達に考えてもらえばいいことだ。
元々、魔術は魔術師が行う為に存在する。魔術師じゃない人間が誰かを特定して術を開始する方法は実は私の知識の中には入っていなかったから、一般人用の術をどうやって作ればいいのか分からないんだよね。
もしもそう言った魔具が有用だと長老たちが判断するのなら、私がどーこー足掻くよりも、開発の才能が本職の魔術師が頑張って開発する方が効率的だろう。
「魔術にトッキョ制度を導入するというのでしたら、魔術院内の話になると思いますが......宰相と話し合いたいとは、具体的にどうするつもりなのです?」
私が馬にまたがるのを手伝いながら、カルダールが聞いてきた。
「魔石を動力源にする魔法陣を開発することで、平民の職人が作れるような魔具を普及させようと言う話が上がっているんですよ。
で、その魔法陣に対して特許制度を利用するのが一番現実的かな、と提案したんです」
平民が製造する魔具。
当然、魔術師が製作する物よりも安く、数も多くなるだろう。
そういう魔具が流通することの影響を考えていたのか、王宮を出るまでカルダールは無言で考え込んでいた。
「どのような魔具を考えているのです?」
「まずは食材などを冷却出来る冷蔵装置ですね。冬になる前に、部屋を暖めるような暖房用の魔法陣も開発したいところです。
後は鉄製の農具などを安価に供給させることのお手伝いが出来るような物も作れたらいいと考えています。
私以外の方々も色々考えるようになるでしょうし、魔術院に直接リクエストしてくる人も出てくるでしょう。
それなりに社会に大きな影響が出る可能性があるので、どのような物をどのようなペースで、どのような形で供給させるのが一番安全か、宰相府とも相談した方がいいだろうなぁって長老の方が言っていました」
馬がパカパカと第一輪地域を通り過ぎていく。
もうすぐ第二輪地域だ。
この間見せてもらった地図によると第二輪地域の南の食材市場と西の道具市の間ぐらいにあったはず。
どのような地域なのか分からないけど、楽しみだ。
「どのような魔具を売り出すのがいいとフジノ殿が考えているのか、明日にでも教えて貰えますか?
前もって分かっていたら供給された時の影響や問題点もリサーチしておけますから」
やっと口を開いたカルダールがそんなことを言ってきた。
「まだあまり深く考えていませんが、適当に思いつくものでいいのでしたら。
それこそ、新居の為に色々物を揃えている間に欲しい物も出てくるでしょうし、丁度いいかもしれませんね」
魔具と特許の話はそこら辺で打ち切りになり、独り暮らしの注意点とか日常生活品の購入の仕方とかをカルダールが教えてくれている間に、何やら大きな屋敷が並んでいる住宅街に着いた。
「ここら辺は元は有力な貴族の住宅街だったのです。貴族街が第一輪地域に集約し、第二輪地域が商業地域として発達するにつれて屋敷が分割して平民に売られたり、有力な商人に買われたりしてきた地域なんですよ。だから建物は古くて立派でしょう?」
カルダールが周りをびっくり眼で見回している私に解説してくれた。
へぇ~~。
第一輪地域が貴族街になったのなんてかなり前の話だろうに、ここら辺の建物は見た目は立派で保存状態も良い感じに見える。
元々貴族の屋敷として、状態保存の術が掛けられていたのだろうか?
それとも単にその後買い取った住民たちが丁寧にケアしてきたのかね?
どちらにせよ。
まるでヨーロッパの古い街並みにあるような屋敷に住めるなんて、凄い。
日本では絶対にあり得ない贅沢だ。
「ここです」
我々はやがて一軒の屋敷の門をくぐった。下男(?)らしき人が出てきて、馬を引き取ってくれる。
門と建物との間に10メートルぐらいのスペースがあり、駅前ロータリーみたいに馬車が入って来てぐるっと回って出ていけるようになっている。
そんでもって馬車道じゃないところには奇麗な芝生と植生が整えられ、所々で奇麗な花が咲いていた。
見事な前庭~。
私の育った実家は郊外の一戸建てだったので一応庭があったが、かなり小さかった上に母が色々欲張って木を植えていたせいでうかつに身動きも取れない位だった。
実家の庭が3つ位入りそうな前庭って......。
何か、一気に金持ちになった気分。
自分の家じゃあないけど、こんな素敵なところに住めるなんて、殺されて良かったかも。(笑)
「住民用の厩が裏にあるので、馬を買うのでしたらそちらに入れていいそうですよ」
とカルダールが言ってくれたが、多分いらんなぁ。
宙を浮いているのを誤魔化す為のカモフラージュに態々こんなに大きな動物を買うのは想像出来ない。
......とは言え、この世界には公共交通機関なんてなさそうだから馬が無いと移動に困るかもしれないが。
「レンタルの馬ってあります?
普段はあまり馬が必要になるとは思えないんですが、時としては必要なんでしょうね」
カルダールが軽くうなずいた。
「王都ではあまり馬を必要としない人が多いですからね。借りるのも可能ですし、三大市場と東の家畜売り場、それに大神殿の間には相乗り馬車が定期的に走っていますから王都の中を移動するのに必ずしも苦労しないかもしれませんね」
ほう。バスみたいなモノもある訳ね。
ま、そのうち空飛ぶ絨毯を造る予定だし。(笑)
そんなことを話している間に、正面の玄関が開いて、若い少女が出てきた。
「こんにちは。下宿希望の方ですか?」
「こんにちは。先日連絡を入れましたカルダールです。こちらが下宿希望のフジノ・トウコ殿」
「ハシャーナです」
少女と握手した後、中へ案内される。
うわぁ~。
天井が高い。
まるで、新しい商業ビルみたいな感じ。
日本で住んでいたアパートの近所にあった古いダイエーの天井よりもずっと高い。
一階の天井はそれこそ私が住んでいた古いアパートの二階分ぐらいありそう。
そんでもって玄関の前の廊下を進むと大きな中央階段が『でん!』とある。
ちょっと王宮の中央階段のミニチュア版みたいな感じ?
昔は貴族の屋敷だったっていうのが実感できる格好よさだった。
一般人にはちょっと出来ない贅沢具合だよ~。
私が階段に見とれている間に、カルダールと少女は玄関先の廊下を抜けた先にあった左側の扉へ進んでいた。
おっと。
慌てて後を追いかける。
扉の先にあったのは、前庭に面した大きな窓がいくつもある、リビングルームだった。
座り心地の良さそうなソファや安楽椅子があちらこちらに置いてあり、素敵なんだけど居心地の良さそうな雰囲気を醸し出している。
「おお、いらっしゃい。わしはガリスと申す。お主が下宿希望のお嬢さんかね?」
安楽椅子に座っていたお爺さんが立ち上がって手を差し出してきた。
「こんにちは。フジノです」
握手をしながら、相手をさり気無く観察する。
青い瞳にそこそこふさふさした白髪。
背は180センチぐらいあるのかな?姿勢が良い上に無駄な脂肪も付いていないので、中々ダンディな感じだ。
老年のショーン・コネリーと指輪物語の老魔術師役の老人を混ぜ合わせたような感じ?
「3階の部屋が丁度先日空いたのでな。興味があるようなら悪くない部屋だと思うぞ。日当たりが良く、庭も見える」
とのこと。
『にこやか』という感じじゃあ無いけど、怖くも無い。
一体何をやっていた人なんだろ?
孫娘と二人でこの屋敷を運営しているのかな?
「まず、家の中をお見せしますね」
ハシャーナが声を掛けてきたので後をついていった。
まず見せてもらったのが食堂。
食堂って言うよりは、ダイニングルームってやつだね。
10人ぐらい座れそうな大きなダイニング・テーブルが置いてあり、大きな窓が後ろの庭に面している。
「うわ~~~~。素敵!!!!」
凄かった。
テニスコートが余裕で入りそうな程の庭。
こちらも一面に芝生が生えている中に2列ほど、何やら花や低木が植えてある。
そしてその奥に、大木。
4階分ぐらい有りそうな大木だ。
まるで、トトロに出てきそうな素敵な大木が庭の奥にどっしりと構えていた。
「祖父の自慢の庭なんですよ。いつでも好きな時に使って下さいね」
うわ~。
そうだよね、貴族の屋敷だったんだ。当然それなりの庭園が付いていても不思議は無い。
しっかし。
日本の小さな戸建に慣れていた身では、想像もしていなかった。
都心の家にこんなに大きな庭が付いているなんて。
「朝食は朝の8時から9時の間に来ていただければ、調理した物があります。それ以外の時間でしたらパンやチーズなら置いてありますのでお好きに食べて下さい。
夕食はご一緒に食べるならば言っておいてくださいね。まあ、残り物で良ければ何かあると思いますが」
ダイニング・ルームから台所へ行き、そこにあったパントリーの扉を開けてパンとチーズの置き場をハシャーナが見せてくれた。
また廊下に戻り、今度は反対側の扉を抜ける。小さな部屋があり、更にその向こうに扉があった。
「こちらが浴室です。夜の8時から12時の間でしたら言っていただければお湯を沸かします」
映画で時々見るような、セラミック(なのかな?)のバスタブが設置してある部屋だった。
......蛇口がない。
考えてみたら、王宮の大浴場ってお湯が垂れ流し状態だった。
温泉みたいな広さだったのであまり考えていなかったが、この世界って水道という物がまだないのか。
水道って結構水の圧力が必要だから、電気と言う便利な動力源が無い世界では難しいか。
水源が近くにあるんだったら、建物の中ぐらいなら水を行きわたらせられるようなポンプを魔具で造れないかな?
少なくとも、一階にあるお風呂場ぐらいまでなら何とか出来ると思うんだが。
立派な中央階段を昇ったら、流石に2階以降の階段はもう少し普通なことが判明。
まあ、5人ぐらい通れそうな階段が2人分ぐらいに減っただけで、相変わらず立派な手すりが付いていてゴージャスだけど。
さて。
次は私の部屋だ。
どんな感じなんだろ?
人口密度が低いので、王都の中でも貴族が住んでいたような家にはそれなりに立派な庭のスペースがあるんですね。
あ~あ、こんな庭付きの屋敷に私も住んでみたい・・・。