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028 魔術院(4)

「魔石で動力を供給する、魔術師ではない職人にも作れる魔法陣を開発しようと思います。まず、考えているのは容器を冷やして食材の保存期間を延ばす魔具マジックアイテムです」

王宮から送ってもらい魔術院に着いた私は、早速アフィーヤの部屋に来ていた。


......一々送ってもらうのって非常に嫌だから、出来れば魔術院まで歩いて来れるところに早いとこ、引越したいな。今晩帰ったらちょっとカルダールを捕まえて私の引っ越し先のことを確認してみよっと。


「魔術師を必要としない魔具マジックアイテムを作るつもりなのかい?食材を冷やしたり、凍らしたりというのはそれなりに貴族階級に人気のある魔法陣なんだがね」

アフィーヤが書類から目もあげずに答えた。


ああ、やっぱり?

昔の日本でも、冬の間に氷室に詰めておいた氷を夏に食べるのって支配階級の贅沢だったらしいもんね。

でも、金持ち向けだけのサービスじゃあ、国の生産性は上がらないし、国民の生活も良くならない。

ま、そんなことは魔術院には些事だろう。ここは『魔術師の地位の安定』と言う飴で釣ってみよう。

「魔術院の目標が社会における魔術師の地位の安定化なのでしたら、我々はもっと、平民の生活に密着するようなサービスを提供する方がいいと思うんです」


「ふうん?」

耳を傾ける気になったのか、アフィーヤが書類から目を上げた。


「まだこちらに来て日数が短いので、私の知っていることは教わった事のみなのですが、こちらの魔術師の経済への関与って基本的に裕福な貴族や商人に対してのみですよね?

確かに、村や街の保護結界という根本的な部分のサービスはありますが。基本的に平均的なレベルの収入しかない平民から対価を貰って関与している経済活動ってあまりないように思いました」


お茶を手に取りながら、アフィーヤが軽く頷く。

「魔術師が出来ることっていうのは普通の平民の職人が出来ることの何倍もの効果があるからね。下手に安く魔術を施したら平民の職人たちが仕事がなくなる」


まあ、そうだよね。

それこそ、安易に状態維持の術をかけたら買い換え需要が無くなるから、家具職人も食いっぱぐれてしまうだろう。


とは言っても冷蔵の術に関しては、魔術師が冷却の魔法陣を作っているのだったら氷室という物はこの世界では無いのではないかと思うけど。


「ええ。ですが、この状態は『魔術師の社会における存在を守ること』という目的には最適ではないと思うんです。

確かに、村や街の保護結界は根本的なサービスですが、この保護結界の中でしか生活できないということは、つまりはどうせ人が纏まって生活しているのですから人手をかければ魔術師がいなくても生活できてしまうということですよね?

お金がある層にだけにサービスを提供しているということは、彼らはいざとなればお金を払えば同様のサービスを得られるということで、魔術師はいなくても構わないということになりかねません。

魔術師を社会にとって不可欠な存在にする為には、もっと平民に対する経済的関与を高める必要があると思うんです」


アフィーヤの表情が何とはなしに微妙だ。あんまり経済活動と地位の安定性の関係って考えて来なかったのかな?

「......まあ、話は分からんでもないが」


「私が元の世界でやっていた研究は、魔術師でなくても作れる魔法陣です。

魔法陣の設計図を職人に提供し、職人はその魔法陣を組み込んだ物を作って売ることで安価な魔具マジックアイテムが作れるようになります。

この魔具マジックアイテムの動力としては、魔術院が魔石を比較的安価に売る。

部屋を暖める暖房用の魔法陣や、食材が悪くならないようにする冷蔵の魔法陣を安価に提供するだけで、平民の生活が格段に便利になると思うんです。

これから夏になるということなので、まず冷蔵の魔法陣に手をつけようと思っているんですが、冬になる前には暖房の方も完成させたいですね。

魔術師がいなければ魔石の供給が急激に減少することになりますから、平民でも買える冷蔵庫や暖房器具が普通に売買されるようになったら、平民の間で不満が溜まった時も魔術師にその怒りの矛先を向けないと思うんです」


しかも、食中毒とかのリスクが減るし、料理の種類とかも増えて、生活レベルが上がるだろうし。


「現在魔法陣や魔具マジックアイテムを作って生計を立てている魔術師に、魔石の作成で食っていけと命じるのかい?

魔術師にだってプライドがあるんだ。魔石を作るだけで生きていけと言われたら......かなり不満が出てくると思うよ?」


まあねぇ。

それこそ、大学の経済でやったマズローの何とか理論だよね。

人間って言うのは食うのや生活に困らなくなったら、周りの人に認められることとか仕事のやりがいとかを重視するって話だった(多分)。

自分の生活費をある程度は好きなように創れる魔術師にとって、魔法陣や魔具マジックアイテムを作って売るのって金よりも自分の能力を見せびらかすことに近い気がする。

それを奪い取って魔術師になら誰にでも出来る魔石造りで食っていけなんて言われたら、有能な人間ほど嫌がるだろう。


「幾つか対応策は考えられます。

まず、売り出す魔法陣は比較的単純な物にする。例えば、冷蔵の魔法陣は冷蔵しか出来ず、凍らすことは出来ないという風にすれば冷凍機能の魔具マジックアイテムは変わらず魔術師が作る必要があります。

あとは、魔石を作るのは魔術師が寝ている間にでも出来ることなのですから、残りの時間をもっと色々な魔術や魔法陣の開発に向けてもらうことも可能ですよね。

私の世界では新しい発見をしたらその発見を登録し、それを利用する人間から売り上げの一定の手数料を貰うという特許システムがありました。この世界でも同じような制度を作り、新しい魔法陣を開発したらそれを登録して使用料を取るようなシステムにすれば、開発に励む魔術師にとってもやりがいが出来ませんか?」


ゆっくりとお茶を飲みながらアフィーヤが考え込んだ。

「確かに、平民の生活の中に魔術師の貢献を作り出すのにはいいアイディアかもしれないね。

公表する魔法陣の内容を調整すればそれなりに問題も解決できるかもしれない。

だが、誰でも知っているような魔法陣を最初に売りだしたからって、その魔術師だけが特許料を貰うのは不公平じゃないかい?」


「魔術師の教育の過程で普通に教わるような魔術の魔法陣は魔術院の収入としてはどうでしょう?

それを使って魔術師から買い上げて市場に売りに出す魔石の値段を割安にすることも可能ですし、開発支援金として魔術師に貸し出すのも手だと思います」


とりあえず、最初はそれ程極端に収入が入る訳じゃあ無いだろうから、あまったお金で運河を作ろうという提案は後回しにしよう。


「そのトッキョとか言う制度を作るにしても、どうやって公表した魔法陣を勝手に使われないようにするんだい?」


魔術師が他の魔術師の公表した魔法陣を盗用する気になったらどうしようもない。

だけど、元々特許用に公表するのが比較的簡単な物だとすれば、別に態々魔術師が盗用することはないと考えればそれなりに対応策はある。

「色々実験してみる必要がありますが、買わなければ魔石との接続が上手くいかなくなってしまうような何かを魔法陣の設計の一部にするというのはどうでしょう?

つまり、魔石から魔法陣への間に、魔術師にしか創れない何かを入れないと起動しないようするんです。職人がその魔法陣を使った魔具マジックアイテムを売りだす数だけ、この起動スイッチを貰わなければならなくなりますから、これを特許料を払ったら渡すことにするのです」

魔術師なら比較的簡単に創れ、しかも普通の職人には偽造できないような何かにしなきゃいけないからそれなりに難しいけど。


「ふむ。中々面白い考えだね。長老会の方でも相談しないことには了承出来ないが、それまでに試作品でも創っておいてくれ」


アフィーヤが頷き、引き出しから新しく紙を取り出して何やら書きはじめた。


おっしゃあ。

とりあえず、不法使用を禁じる為の起動スイッチの研究をするとしようか。



◆◆◆



「どこか、引越し先にいい場所見つかりました?」

王宮に戻って宰相室の横にあるカルダールの部屋を訪れ、尋ねた。

いい加減、引越したい。

仕事の早いこの人のことだ、既に場所は見つかっていても不思議は無い。

どうやら私に出来るだけ王宮との繋がりをキープしてもらいたい様だから、こちらから聞かないと教えてくれないかもしれないが。


「こんにちは。魔術院はいかがでした?

引越先としては一応三件ほど候補が見つかりましたが、見てみます?」

にこやかにカルダールが返事をしてくれた。


「そうだった、こんにちは。

魔術院では中々個性的な長老さんがメンターということで色々話してくれました。あの人とならそれなりにやっていけそうなので一安心というところですかね」

あの筆頭魔術師の下でずっと働くなんてことになったら、それなりに大変そうだと思って憂鬱に思っていたのだが、それが杞憂に終わって本当に良かったよ。


まあ、アフィーヤの話を聞いた後ではそれなりに筆頭魔術師に同情も感じるから、あまり冷たい態度は取るつもりないけどさ。


「個性的......ですか。もしかして、アフィーヤ長老だったりします?」

微妙に苦笑しながらカルダールが聞き返してくる。


「そうです。あの方ってやはり有名ですか?」


引き出しから何やら書類を出しながらカルダールが小さく笑った。

「宰相に向かって『黙れ、小僧!』と仰る方はそうそういませんからね」


おお~。

流石アフィーヤ長老。

あの冷血腹黒っぽい宰相にそんな言葉を投げつけられるとは。

「なんかこう、怪物対決みたいで見てみたかったような、見なくて良かったと思えるような......一体何が原因でそんな言いあいになったんですか?」


「私も詳しくは知らないんですが、何でもとある魔具マジックアイテムの開発について意見の相違があったそうですね。

ま、それはともかく。

こちらがフジノ殿の条件に合いそうな下宿先3件です。読んでみますか?」


渡された書類を手に取り、条件を確認する。

どれも、1LDKでトイレ・風呂付のよう。サイズも家賃も極端に違いは無い。


「場所はどこになります?」


私の質問に、カルダールが王都の地図を取り出し、机の上に広げて見せた。

「ギャラン通りのがここ、ハラフォード路地がこちら、そしてイシギア通りはここですね」

カルダールが順に小石を置いていったところを見て回る。


ギャラン通りとやらは、中々魔術院に近かった。歩いて5分と言うところだろうか。これだったら方向音痴の私でも無事に行き帰り出来そうだ。

ただし、飲み屋とか市場からはちょっと遠い。情報収集に微妙に問題あるかも。


ハラフォード路地は反対に第2輪の買い物エリアのど真ん中という感じだった。

ここでも魔術院はそこそこ近いが、微妙に騒音が心配かもしれないな。

情報収集には良さそうだけど。


イシギア通りのは......微妙に魔術院から遠めだけど、市場とかから丁度いいぐらいの距離かも。

多分、魔術院まで歩いて15分、市場とか買い物エリアまで10分というところかな?

仕事の前後に歩く時に危険が無いように防御魔術とかを強化しておけば、安心かな。

15分程度の通勤なんて全然普通なんだろうけど、知らない世界なんでちょっと怖い。

だけどいつまでも王宮の保護の下に生きていく訳にはいかない。

第一、幾ら太らない体質にしてもらったとは言っても、ある程度は運動した方がいいだろう。毎日合計30分歩くというのは丁度いいかもしれない。


「このイシギア通りなんて良さげですね。家主さんとかとの相性もあると思いますが、とりあえずそこを第一候補に、ダメだったら残りの二つを見て決めましょう」

私の提案にカルダールが頷いた。


「分かりました。では、明後日に私は休みの予定なのですが、その日にフジノ殿も休日にして視察に行くということでいいですか?」

そっか。

この世界って『週末』って決まっていないんだっけ。2日好きな日を休めばいいんだ。

これって誰に知らせておけばいいのか、明日にでも魔術院で確認しておかないと。


「分かりました。楽しみにしています」


「週1日に王宮で話をする件ですが、イシギア通りのところに住むことが決まったら明明後日しあさってに引越しや日常品の物を集めながらお話を聞かせてもらうことにしましょう。一石二鳥になりますね」

一石二鳥なんて言う言い回しがこの世界にあるんか。

まあ、似たような言葉が自動翻訳されているんだろうけど、面白い。



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