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025 魔術院

「フジノ殿、こちらが開発担当長老のアフィーヤ女史だ。

君の魔術院におけるメンターとして色々助けになってくれると思う」

魔術院に出頭......じゃなくて出勤してきた私を迎えた筆頭魔術師のファディルは私を2階の奥の部屋へ連れて来て上品そうな初老の女性に紹介した。


「ああ、あんたが今度呼び出されちまった異界の魔術師か。災難だったね。

帰還は難しいようだから、末永く仲良くやっていこうじゃないかい」


......。


なんかこう、イギリスかどっかの貴族の血を引く老貴婦人みたいな外見なのに。

口を開いた瞬間、印象が下町のおばちゃんモドキに変わった。


出てきた声はちょっと擦れただみ声に近かった。

話し方もお上品という形容詞から正反対だし。

話した内容も、異界に島流しになってしまった繊細な(笑)女性に投げるには少し無神経なんじゃない?


思わず、ファディルの方へ視線を投げる。

真剣にマジで、この人に私のメンターを任せるの??

もしかしたら私とは相性がいいかもしれないけど、常識的に考えてこの人がメンター役に向いているとは思えないんだけど。


これって実は嫌がらせ??


そんな私のジト目を見たのか、慌てて筆頭魔術師が説明を付け加えた。

「アフィーヤ女史は多少その、なんだ......言動が荒いが、気は良い人なのだよ。

また、フジノ殿は異界で開発されたこの世界とは異なった魔術を紹介してくれるのだろう?

そうなると魔術院で誰よりも魔術に詳しいアフィーヤ女史と直接話し合うのが一番効率的でもあるんじゃ」


仕事上、開発担当の長老さんと一番仕事をすることになる可能性が高いのは分かる。

でもさ?

もしもその開発担当のお偉いさんと上手くいかなかった時のことを考えて、折衝役をやってもらう為にもカルダールみたいなソフトなタイプにメンターなり案内役を頼んだ方が良かったんじゃない?


まあ、いいけどね。

上手くいかなかったら、さっさと魔術院での活動には見切りをつけて独り立ちするから。


からからと笑いながらアフィーヤ女史がファディルに出ていくように身ぶりでドアを示す。

「温室のお花タイプみたいなのだったら私が直接メンターになっていたら問題だろうが、陛下との話を聞いた感じだと十分私ともやりあえる人間だろ?

心配しなくっても大丈夫だよ。さっさと仕事にもどっちまいな」


どっちが上司か分からない会話なんだけど~。


小さくため息をついた筆頭魔術師は諦めたように私に手を振って出ていった。

......何か背中に哀愁が漂っていて、微妙に同情を感じたのは秘密だ。



「さて、まずは魔術院の中を案内しようかね」

よいしょっと掛け声をかけてアフィーヤが立ち上がる。


「よろしくお願いします」


階段を下りていくと受付の左側には待合室がある。

「あれが一般来客用の待合室。そんでもってそこの部屋で依頼を聞き、担当を探すのがここさ」

入った部屋は......まるでアメリカの古い映画に出てくる電話交換室のようだった。

3人の女性が、大きな机(もしくは台?)に並べてある金属片を手に取り、次々と鏡に向かって術を掛けて呼び出ししている。

『依頼があるのですが』

『忙しい!』プツ。


『依頼があるのですが』

『え~、いつですか~?僕、来週から実家に帰るんですよね~』


『依頼があるのですが』

『今すぐ伺います!』


どうやら魔術師にも色々とタイプがいるようだ。

鏡を使った会話術の呼び出し先指定にあの金属片を使っているらしい。

ざっと見たところ、この地域にいる魔術師は100人弱といったところか。



「あの金属片はどのように作っているのですか?」


「あれはID石に連動させた一種の魔具だ。あれが出来て、相手を個人的に知らなくても呼びだせるようになって非常に便利になったんだよ。開発部にとって近年一番のヒットだったね」

ふむ。

ある意味、電話番号みたいなモノなのね。


「どうせなら、模様か何かを変えられるように出来れば更に便利そうですね。デフォルトは『依頼受けてもいいです』で、例えば『バツ』が浮かんでいたら『依頼不可』で『丸』が出ていたら『依頼を是非受けたいです』みたいな感じに。

そうすれば、無駄な通信をする手間が省けますし、連絡を受ける側にしても無意味な邪魔が減るでしょう」


暫し腕を組んで考えたのち、アフィーヤがバシッと私の肩を叩いた。

「うん、いいアイディアじゃないか!早速研究をさせよう」


......びっくりした。

子供の頃は肩を叩いたりってそこそこあったけど、考えてみたら大人になってからはあまり人とのコンタクトって無かったんだなぁ。

久しぶりに肩なんぞ叩かれた気がする。


「お役に立てて良かったです」


「勇者召喚なんてどんなのが来るかと思ったが、こりゃあ当たりだったね」

にかっと笑いながらアフィーヤが次の部屋へ進む。


こちらは壁一面に魔石が設置してあった。

何これ?


「ここは、この国全体の保護結界の状態を示している部屋だ。

各魔石が国中の村や街に設置されている保護結界の魔力とリンクしているから、毎年の補強の前に破れそうになっているのがあったら前もって手を打てるようになっている。

他にも東西南北の4支局にも各地域分の結界室がある。

ま、保護結界が弱まるなんてことはあまりないんで、通常は結界の摩耗度を見てそれに見合った力のある魔術師を派遣するのに使っているのさ」


ほえ~。

何か、ハイテク。

ちゃんと国全部の保護結界の状態が常にチェックされているんか。


「サダーク!」

部屋の奥からちょうど出てきた中年男性にアフィーヤが声を掛ける。


「おや、アフィーヤ女史。どうしたんですか?」

穏やかそうに微笑みながら男性が近づいてきた。


「こちらがこないだ異世界から間違って跳ばされてしまったフジノ殿だ。フジノ殿、こちらが結界担当長老のサダークだよ」


おや。

アフィーヤもファディルも同じぐらいの年だったから長老って老人がなるのかと思っていたけど、年功序列じゃないのかな?


「フジノ トウコです。よろしくお願いします」


「サダークだ。よろしく」


部屋の中の石を見回してから、サダークに首をかしげて尋ねた。

「質問してもよろしいですか?」


「勿論」


「これらの魔石が保護結界にリンクしているのでしたら、そのリンクを利用してこちらから直接結界へ魔力を補給できませんか?態々魔術師が物理的にその街まで行くよりも効率的な気がしますが......」

保護結界の魔力残量がこちらの魔石にリンクしているのなら、こちらの魔石から魔力を注ぎ込むことも可能な気がする。


サダークが笑った。

「この部屋を訪れて私に紹介されるような魔術師の人は皆同じ質問をするんだよ。

面白いねぇ。

答えとしては、可能だが、やらないんだ。

保護結界に必要な魔力と言うのはそれなりに大きくってね。こちらの魔石から流し込もうとしたら物凄く時間がかかる上に、かなり魔力の漏洩があって無駄なんだ。

それにね。

毎年の保護結界の補強は魔術師が全ての小さな村にも寄って、ちょっとした依頼を受けるとともに成人の儀式に立ち会って魔力のある子どもたちを見つける重要な機会でもあるんだ。行かない訳にはいかないのさ」


そっか。

確かに魔力がある子供が無作為に生まれてくるんだったら、彼らを見つけないと危険かもしれない。

「成程、王都から全部やればいいというのは安易な考えでしたね。説明していただき、ありがとうございました」


「なに、アフィーヤ女史が案内して回っているということは、開発部で暫く働くのだろう?

我々はあそこにとても世話になっているからね」

にこやかに笑いながら仕事に戻っていったサダークに別れを告げ、階段へ向かった。


「開発部では保護結界について主に研究しているんですか?」


「それだけじゃあないが、保護結界と対魔物魔術が一番の研究対象だね。

ああ、ここがカフェテリアだよ。ちょっと一杯お茶でも飲もうか。魔術院の構造についても説明しよう」

先ほどサダークに紹介された部屋と廊下をはさんで反対側にある大きな部屋に入りながらアフィーヤが言った。


ほほ~。

カフェテリアね。

お洒落じゃん。

金をかけたのか、それとも凝り性な魔術師が時間をかけたのか。

カフェテリアは細かく繊細な模様の壁とレースのカーテンがかかったとてもお洒落な作りだった。

テーブルクロスはこれまたレース。

食べ物とか、零しちゃわないんかね?それとも魔術で保護しているのかな。


「魔術院には大きく分けて、魔術の研究・開発、保護結界の設置と維持、魔力を持つ者の発見・教育、魔術依頼の受託・振り分け、そして魔術院の運用という機能がある。

これらの部門を纏める人間が長老と呼ばれるのさ。

長老は誰かが辞めることになったら残りの長老と筆頭魔術師の話し合いで決まる。大抵は辞める人間が誰かを推薦して、それが通ることになるんだがね。

そして長老の投票で魔術院を総べ、王宮で国に仕えるとともに魔術師の立場を代表する筆頭魔術師が選ばれる」


へぇぇ。

意外と民主的?

まあ、密室政治なのかもしれないけど。


「どうぞ~。お茶です」

ウエイトレスがお茶を持ってきてくれた。

適当に『アダンタ茶』とか言うのを頼んでみたのだが、どうやらハーブティーっぽい香りがする。

美味しいといいんだけど。


「フジノ。あんたの世界では魔術師の扱いはどうだったんだい?」

お茶を自分のカップに注ぎながらアフィーヤが尋ねてきた。


おっと。

いつか聞かれるかと思っていたが、とうとう来たか。

「私の世界では魔術師の数が非常に少ないんです。

迷信の時代には魔術師や、それを騙る者達がそれなりの権力を有していましたが、もっと一般に誰でも使える技術が発達するにつれて魔術師の地位も低下して、ここ数百年はある種の技術者の様な扱いだと言っていいと思います。

唯一絶対の神を信仰する地域では神に逆らう者として弾圧されて、殆ど根絶やしにされた所もあったようですが」


お茶に息を吹きかけながらアフィーヤが片眉を引き上げて尋ねた。

「魔術師が神に逆らったのかい?」


「いえ、私の世界では神が直接神官を通して語らいかけると云うことは殆ど無いんです。基本的に、宗教団体にとって都合の良い生贄だったのだろうと云うのが現代の歴史学者の見解です」


「ふうん。

この世界では神の名を騙る人間は殆どいないし、魔術師を厭う神も特にはいないが、誰にでも使える訳ではない力と云う物は標的になりやすい。魔族の出現直後は特にひどかったが、今でも幾つかの国で魔術師は魔族に連なる者として弾圧されている。

だから魔術院の一番の存在意義は、魔術師の社会における存在を守ることなんだ。」


魔女狩りならぬ、魔族狩りを避ける為の業界団体というところか。

「もう建国から何百年もたっているのに、よくその理念が保たれていますね」


人間の記憶なんてどんどん薄れるモノだろうに。

まあ、魔術だったら記録媒体みたいので直接記憶を再体験させることも出来るのかもしれないが。


「長老に選ばれる為にはある程度の魔力が必要になるし、少なくとも創造魔術が使えなければならん。

それだけの能力があると認められた者は、皆一度オクアダに行く。あそこはかなり魔術師の地位が低いからね。

魔術師が下手に一人で歩いていたら石を投げられることもざらだし、店に入ることを断られたり、宿に泊まろうにも空きが無いと断られることもよくある。あそこに20日ほどいると嫌でも魔術師の地位の危うさと言うモノも実感できる」


あれ?オクアダって筆頭魔術師に勇者召喚をするよう、そそのかしたんじゃないかって疑いがある国じゃなかったんだっけ?


「更にその向こうの国のタジャディンでは魔力があることが分かったら殺されるか、よくて身ぐるみ剥がれて国外追放だ。長老に選ばれた者は必ずあそこに隠密で行くことになっている。

まあ、選ばれたのにあの国に行って死んじまっても困るからね。成りそうな有望な魔術師は大抵何らかの理由で若い間にあそこに仕事で行く羽目になるって言うのが現実だが」


「魔族の脅威を減らし、魔術師への風当たりを緩める為に勇者召喚をしたのですか?」

でも、どれだけ頑張って魔王を退治しても、多分神様がまた次の魔王を連れてくるんじゃないかと思うんだけどね~。


アフィーヤが苦笑いした。

「いや、魔族と魔王は戦争回避の為に重要な存在だと思うから、勇者様が来たとしたって討伐隊を送りだすつもりなんて殆どの人間にはないんだよ。

現に、魔族が現れて直ぐの最初の勇者召喚の際には3国共同で大量の兵士を出したが、2度目3度目の時は100人程度の兵士しか付けなかった。当然、魔王を倒せる訳がない」

ひで~。

願わくは、前回と前々回の勇者さんたちがダミーの死体を作って早々に逃げだせたと期待したいね。


「下手に魔族がいなくなったら今度は魔術師は戦争の道具になっちまう。それも遠慮したいところなんだよ、こちらとしても。

今回はちょっとファディルが暴走しちまってね。あんたがとばっちりを受けちまって悪かったね。

あいつは魔術師の地位向上の為に頑張っているんだが、時々行きすぎちゃうんだよ」


あれ。

何か、随分と筆頭魔術師に対して上から目線じゃない??








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