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023 本棚

クジン(店員さんの名前:実はあの店の跡取り息子であることが判明)がその日のうちから本棚製作を始めると言ったので、製造協力の為に翌日は工房に行くことにした。


初期講習の10日があと2日しかないのに......とカルダールが微妙に渋ったが、『これからも長期的に色々会って話せるんですよね?』と説得。


10日目は宰相が色々話したいこともあるとのことなので、初期講習は実質終わりになった。

宰相の下で働かないかとも誘われたのだが、『政治家の為に働くなんて、絶対に嫌。』と答えたら苦笑いされた。


いや、カルダールは良い人だと思うよ?私は彼を政治家とは見なしていない。

宰相も噂では有能らしいから、日本の政治家ほど性質は悪くないだろう。


でも、政治家の為に働くのは絶対に、嫌。

『国』なんて大きなものを自分で動かしたいほど理想にも野心にも燃えていないし、変に権力に近付くと危険がありそうだし。

私は適当に人生を楽しみながら暮らしていきたいんだ。

もしもの時のことも考えて、少なくとも最初の数年間はどっしりとこの地に根を張って腰を落ち着けるのではなく、状況がきな臭くなってきたら根っこを引き抜いて逃げ出すのも可能な様に身軽にしておくつもり。

とは言え、そんな状況に追い込まれないのが一番だから、あまり権力の傍にいて注意を引きたくない。


流石にそこまではっきりとは説明しなかったけどね。


政府の為には働かないが、元の世界の政治や経済システムについて話すのに異論はないので、毎週1日カルダールか宰相と会って話をすることで決まった。


ちなみにこっちの週って6日だった。

『週』という言葉じゃないんだろうけど、自動翻訳で短期の数日間の単位が『週』って変換されるんだよね。

で、平均的な就業者は週5日働いて一日休む。


とは言え、地球のキリスト教やイスラム・ユダヤ教の様に宗教が定める『休息の日』がある訳ではないので休みは思い思いに好きな時に休める。

日本なんか、実質大多数の国民が無神論者なんだから、皆週2日好きな時に休めるシステムにしてくれりゃあ良いのにな~なんてこちらのシステムの話を聞いた時に思った。

ま、海外とのビジネスの問題があるし、休暇する人のカバーが困らないように人員を潤沢に雇うよりは、残業でなんとか誤魔化そうとすることの多い日本では無理なんだろうけど。

数日間の休暇どころか、産休のカバーですらちゃんと人を雇わずに何とか他の人の残業で誤魔化そうとする会社が多いと新聞にはでていた。

信じられないね。


ま、それはともかく。

来週から魔術院で働き始めたら4日働いて1日宰相かカルダールと過ごし、残り1日はお休みということになった。

『お金を払いますよ?』と言われたが、まあそこは相談しましょうということにした。

どちらにせよ、給料を貰わなくっても自分で資金は創れちゃうんだし。


今回カルダールが来てくれたことで、クジンが勝手にデザインを盗む代わりに無料で本棚を作ってくれると言ってくれたように、王宮にコネがあると得なことも多いかもしれない。

メリットがそれなりにあったら別に報酬は無くていい。

メリットが全然ないようだったら時間を拘束されるんだし、向こうに何か代償を払わせるつもりだけど。

ま、カルダールに会って癒されるだけでもメリットと言えるかもしれない。(笑)


つうか、正直なところ現代の制度の一部でも導入してくれたら私にとって有利だろう。

不利なことは最初から言及するつもりないからね。


◆◆◆


「サイズはこんな感じでいいですか?」

護衛にクジムの家の工房まで連れてきてもらった私を見て、クジムが待ち切れなかったかのように身ぶりで私を呼び寄せた。

ちなみに、今日はカルダールは一緒では無い。

でも、まだ一人で王都を動き回るのは危険だとカルダールが判断したので、馬を自分で制御するのも難しかったこともあり、護衛の人が一人付いてきてくれた。


この分だと、魔術院で働きはじめても暫くは護衛という名称の送迎が付きそうだ。

微妙に情けない?

まあ、道に迷ってお巡りさんに王宮まで引率してもらう羽目になるよりはマシだろうけど。

早いとこ、魔術式GPS付き携帯ナビを開発しないと。

......ついでに、乗馬の腕もあげなきゃ不味いかもしれない。


ま、それはともかく。

クジムのところへ足を進め、そこに置いてあった本棚を眺める。


サイズは......実家にあった本棚に近いサイズかな?

私の寝室にあったのよりも少し大きいかも。

適当に腕でサイズを指定したにしては、悪くは無いだろう。


「レールはまだ鍛冶屋のところから来ていないので、本体を先に仕上げて棚板を付けようと思っていたところなのです。間隔はどのくらいにしますか?」


棚の高さの目安にするつもりか、ハードカバーと文庫本サイズの本を手に持ってクジムが聞いてきた。


う~ん。

最初はそれ程本が無いだろうから飾り棚みたいに使うだろうし、日本の本も幾つか持ってくるつもりだからなぁ。

サイズはこの時点では確定したくない。


「私の人差し指分ぐらいの間隔で私の小指ぐらいの太さの穴を二列ずつ、両側に開けられます?」


「穴、ですか?」

う~ん、可動式棚板って日本では常識だったんだけど、この世界ではこれも知られていないのかな?

でも、棚板のダボって木の棒モドキでも出来ていたはずだからそれ程技術的には難しくないだろう。


「とりあえず、ここら辺に水平になるように穴を4つ開けてみてください」


百聞は一見にしかずだ。口で説明するより、見せた方が早いだろう。


クジンが私の小指の太さを調べてから穴をあけ始めたのを確認し、傍に置いてあった木片を手にとって小指の先っちょサイズのダボを魔術で造り上げた。


「出来ました」

穴をあけ終わったクジンを横にどけ、ダボを入れていく。


「棚板を下さい」

貰った棚板を一度ダボの上にのせてダボが当たる場所を調べ、異次元収納から出した鉛筆で印をつけ、軽くそこも抉ってもらい、もう一度乗せ直す。


「このダボはノリで固める訳ではないので、穴を両サイド一面に付けておけば棚板の間隔を必要に応じて変えられます。この方が便利でしょう?」


棚板の上に手をのせて力を込めてみて、一応ガタガタしないのを確認してからクジンの方を振り返ったら、びっくり眼でこちらを見ているのを発見した。


そんなに意外だった??


「......取れない」

そこら辺に置いてあった道具や本を適当に棚にのせ、棚板を引っ張ったり押したりとひとしきり試した後、クジンが呟いた。


「下から押したら外れてしまいますが、基本的に本棚って下から押すものじゃあないですし、本を入れていたらその重さで棚板が外れにくくなると思います。

......地震があったら中身ごと全部飛び出すかもしれませんが、普通の本棚に入れていても中身が飛び出してくることに変わりは無いでしょうから、あまり変わりはありませんよね?」


クジンが頷く。

「そうですね、大地震が来ると神託が降りた場合、これだったら前もって全部外しておけますし」


神託、ですか。


そっか~。この世界って関東大震災クラスの大地震が来る時って、神官に神様が警告してくれる訳?

便利だ。


それこそ、私だったら全部家の中の物を異次元収納にしまえば後片付けすら心配しなくていいじゃん。

しかも、地震で流通網が寸断されちゃっても食料や水を魔術で創れるし。


良いわ~。

前世ではいつ大地震が来るかと常に頭の奥の方で微妙に心配していたが(特にぐらっと地震の最初の揺れが来る時!)、こっちでは大地震が来る時は前もってわかっているから地盤が丈夫なところにある大きな木の下にでも避難していりゃOKなんだね。


やっぱ、そのくらい実利があったら神様も信仰する気も起きるってもんだわ。


ちょっと異世界での地震予測システムに想いを飛ばしている間に、クジンは工房にいたおっちゃん達を呼び寄せて可動式棚板の仕組みを見せていた。


「これは凄い!」

興奮した声が複数上がっている。


本棚にこれって凄く有用だけど、それ以外にも食器棚とかにも使えるし、便利なアイディアだろう。

活用して下さいな。

重いものを入れるなら金属の細い棒を使った方が無難だろうけど、まあそこら辺はこの人らだって想像できるだろう。


何だかんだとガヤガヤしていたら、いつの間にか若いお兄さんがレールを持って現れていた。

「レールだ」


流石プロ......と言いたくなるような見事なスピードでレールが本棚にネジで留められた。

最初からレールにネジ穴が付いていたようだけど......微妙にネジの頭の部分が出っ張っている。

ネジの頭がレールを抑える形になるからしょうがないんだろうが、もう少し平べったくして欲しい。

これじゃあ棚を動かすたびにガタガタして大変だ。


「ちょっとこのネジを外していただけます?」

若い兄さん(ルワイドという名前の鍛冶屋だった)に頼み、ネジを外してもらって術を掛け、ネジ穴の周りの金属(多分鉄なんだろうね?)を魔術で平べったい凹んだ薄い円錐形に変形させる。


そんでもって外してもらったネジを貰って、ネジの頭をレールの凹みにマッチするような形に薄く変形。

金属の強度がどのくらいなのか知らないけど、絵を描くのも口で説明するのも苦手だからこれも一回見せた方が早いだろう。鍛冶屋のお兄さんが金属の強度が足りないのだったら必要な分だけレールを厚くしてくれると期待しよう。


「これでもう一度ネジを締めて下さい」

いつの間にか集まっていた工房の職人たちが注目している中、ルワイドがネジを締め......レールの上に指を這わせた。


「出っ張りが殆どない......」


「ちょっとネジとレールを薄くしてしまったので、強度が足りないようでしたらレール全体の厚みを厚くして、十分強度が取れるようにしていただけます?ちょっとぐらいレールが分厚くても問題はありませんが、棚を動かすたびにガタガタされるのは嫌なんで」


我先にレールを見ようとする職人たちに押しのけられる形で、クジンが私の横に来ていた。

「凄いですね。フジノ殿は家具作りの達人なのですか?」


ごほっ。

思わず、喉を湿らせる為に口に含もうとしていたお茶を吸ってしまって咽た。


達人って......。

別にそれ程技術的に難しい話じゃあ無いんだから、そこまで感心されることか??


「いえ、私の故郷はこういった細部に非常に拘る気質の場所だったんです。私は魔術師だったので家具作りには直接関与しませんでしたが、家に幾つかあった家具を組み立てた時に見ていたことを覚えていただけです」

とりあえず、適当に誤魔化す。


「成程。この国では、高級品の場合は組木の技術でネジを使わずに家具を作るか、魔術師にでっぱりを無くして貰い、そうでない場合は多少の出っ張りはしょうがないと割り切るんです。

ちょっとした工夫で余計なお金をかけずに形を整えられるというのは、誰も思いつきませんでした」


成程。

私は態々レールとネジに別々に術を掛けて変形させて結果的に出っ張りを無くしたが、こちらでは魔術師が直接、術で組み立てた後の家具から出っ張りなどを慣らすのが常識なのか。


魔術で行うことを実質普通の人が技術で出来るということは思いつかなかったようだ。


......そう言う家具作りに手伝う魔術師の人があまりいなかったことを期待しよう。

下手したらその人の収入源を叩きつぶしたかもしれない。(汗)



ちなみに、棚の下に付けるはずの車輪は真ん中が抉れた形になっていた。

そっか、こう言う形の車輪を使えば、レールの真ん中のネジの部分が出っ張っていても大丈夫なのか。


そう考えると、私の提案って実は無意味だった?

でもまあ、皆さん興奮して喜んでいるみたいだし。

きっと何らかの利用方法があるんだろう。



ルワイドがレールを作り直してくると強硬に主張した為、結局本棚は完成しなかった。

現在王宮で間借りしていると言ったら、完成次第届けてくれると言われた。


微妙にクジンの顔が引きつっていたのは......気のせいだよね?


やはり、早いところ王宮暮らしから卒業した方が、一般市民との交友を深めるのにいいのかも。

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