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021 王都(4)

「まずは途中にある家具街に行きましょうか」

下宿したい部屋の大きさなんかの希望について道中でちょっと話し合った後、カルダールが言った。


ちなみに、この世界では下宿と言ってもそれなりに広い部屋に住めるらしい。

ダメ元で聞いてみたら、寝室とリビング、プラス浴室なんて云う贅沢な下宿も可能なんだって。

日本で住んでいた所はそれなりに慎ましかったから、下宿と言っても大してそんなに違いは無いと思っていたんだけど、嬉しい驚きだ。


貴族や裕福な商人が没落した際に、家を手放す代わりに広い屋敷を何区画かに区切って下宿として貸し出すのことがよくあるそうだ。


金回りが苦しくなったならさっさと家なんぞ売って不動産を動産に変えればよさそうなモノだが、『験が悪いから』と云う事で買い手がつかない事もよく有るらしい。


無能さが原因でゆっくりと徐々に落ちぶれていったのならいいのだが、不運が重なって没落した場合等は、その家系がどれかの神の不興を買ったのかも知れないと恐れられるのだ。


神様なら神罰を与える相手を間違えたりしなさそうなものだが、何と言っても時間に対する感覚が違いすぎる。神様が中の人間が入れ替わった事に気づかず、不興が新しい住民にも降りかかる可能性も......全くのゼロでは実際に無いらしい。


日本から来た私には信じがたい話だが、お陰で家賃を払うだけで家政婦付き住宅に住めるんだから、私にとっては都合が良い。


別に没落しなくても、同居する身寄りがいなくなったが思い出のある屋敷を売りたくない場合なんかも、下宿というのは悪くない選択肢らしい。


考えてみたら、シャーロック・ホームズもハドソン夫人(だっけ?)のところに下宿していたよね?

映画なんかで見ると書斎と寝室とリビングがあったっぽいから昔のイギリスもそんな感じの下宿契約って意外とあったのかもしれない。


しかも、私が頼んだような広い下宿だと他の住民もそれなりに経済力があるので、上手くいけば一緒にビジネスを出来るようなパートナーも見つけられるかも知れない。まあ、一緒の屋敷に住む人の人数は最初に思っていたよりも少なくなるだろうが。


そんなことを考えながら、カルダールに続いて道を右に曲がったら馬車が通れるような大通りに出ていた。

お。

家具街かな?

さっきの武具街よりも大きい。

......それなりに物騒かつ皆さま武装している世界なのに、家具の街が武器の街より大きいというのは意外だぞ。


「思ったよりも大きいですね。家具よりも武器の方が産業が盛んで街も大きいかと思っていました」

さっきが片側5軒ぐらいだったのに対し、こちらは10軒以上あるように見える。


「ああ、名前でちょっと誤解させちゃいましたね。ここは家具を売っているだけではなく、『職人』が作るような物を全て扱っている場所です。職人街と呼んだ方がいいという話もあるんですが、最初に街をつくった家具職人たちが難色を示す上、お得意先である貴族や大商人たちも自分たちではなく作っている職人が主であるような名前は嫌だという者が多く、今でも家具街と呼ばれているんですよ」


カルダールの説明に思わず納得した。

新しい物好きな日本でだって、家具なんてそうそう買い変えなんぞしない。

だからそれ程店が沢山有るなんて凄く意外だと思ったら、ここは職人が作る物の街なのか。


「ドレス街は別ですが......服を作る人々は職人とは呼ばれ無いのですか?」

別に拘る必要は無いんだけど、思わず突っ込みを入れてしまった。

まあ作る人達の名称だって、それなりにプライドを持たれていることが多いから重要かもしれないし。


「ああ、ドレス街も職人の街ですが、あちらは衣類関係という括りですね。服とか手袋、靴、女性用ハンドバッグ、帽子など。鞄はこちらにも向こうにも有りますが。

あちらの方は個人の外見的なお洒落関係の専門街?」

あまり深く考えていなかったのか、カルダールも微妙に自信が無い感じで最後の言葉は言っていた。

考えてみたら、専門店がどこに集まるかなんて言うのは基本的に歴史的背景とか、街が出来る過程での人間関係とかに左右されるから、きっちり決まった定義や方程式がある訳じゃあないよね。

お騒がせしました。


家具街では色々店を入って周ることにした。

武具街ではあまり武器類に興味が無かったので外からウィンドーショッピングするだけで済ませたが、こちらはもっと現実的に自分に関係してきそうだし。


最初に入った店は、文字通りの家具屋。

安楽椅子やソファ、サイドテーブルや食卓、書斎机みたいなモノや本棚が置いてある。

とは言え、一種類ずつかな?こちらの世界はオーダーメイドが基本みたいだから、店に置いてあるのはサンプルに近くって、欲しい客は店の作品が気に入ったら店の人と詳細をうち合わせていくんだろう。


家具をもっとよく見ようとして足を進めた際、ふと壁の張り紙が目に入った。

『オーダー時に破損防止の術を買うのでしたら手数料は無料!』


「破損防止の術を買うって......どういうことですか?」

カルダールに尋ねる。


「ああ、そう言えばこう言った店での魔術師の関与のことを話していませんでしたね。

魔術師は通常術を掛けたり魔具を作ったりして収入を得ると言ったじゃないですか?

術を掛ける場合に一番需要が高いのは家や家具や道具に魔法陣を施すことで魔術効果を付与することなんです。

ただ、術と言うモノは値段がかなり高い上に種類も豊富なので、店の方が予め魔法陣が付いた物を用意するのではなく、購入した人間が魔術師に直接依頼してお金を払うことになっています。

その方が、良い家具を買って予算が尽きちゃっても後から術を付与しやすいですしね。

魔術師への依頼は魔術院でも頼めますがこの場合割り振られる担当に当たり外れが有るんです。だから腕のいい人間に頼みたかったら、ちゃんとした紹介がある方がいいんですが、何と言っても術そのものが高いので......紹介料もそこそこ行くんですよ。

ただ、店にとっても破損防止の術を掛けてもらえれば良い状態で家具が永く残って、ある意味その購入先の友人や知り合いに対するアピールにもなりますからね。購入時に破損防止の術を頼むのだったら紹介料無しで腕のいい魔術師を紹介しますよとアピールしている訳です」


ほ~。

家具とかに魔法陣を施すのって魔術師の大きな収入源なんだ。

普通の職人でも魔石を使えば効果の発生する魔法陣を開発する際には、現在よく依頼があるような魔法陣の効用と重ならない物にしないと恨まれそうだな。

魔術院の研究所で働く間に、そこんところしっかりリサーチしておかないと。


どうせ資金は自分の生活費程度だったら錬金で作り出せるんだ。

大雑把な人生設計としては、暫く魔術院で働いてこちらの世界の魔術に関する常識を学んだら、この世界での生活が便利になるような物をこちらの職人や商人と一緒に研究・開発して普及に手を貸して、ある意味コンサルタントみたいな感じに生きていこうと思っていたんだが......。

『出来るから』と安易に普通の人でも作れる魔法陣を開発したらヤバいかもしれない。


まあ、かなり色々と不便そうだから、気をつけなければいけない物の可能性は沢山あるんだろうけどね。


とりあえず、魔法陣については後で考えることにして、店の中の物を見て回る。

そこそこ細工が細かく、奇麗?

デザインも悪くない気がするし。


ただ、あまり収納場所が無いみたい。

本棚は単に本を入れるだけで前の部分が動かせるタイプではないし、書斎机も引き出しは付いていない。


まあ、一番通りの高級品を買うだけの経済力があったら収納スペースに工夫する必要は無いのかな?

そうは言っても引き出しが無ければ色々不便だと思うが。


「引き出しもオプションなんですか?」

オプションだとしても、サンプル品に技術を見せる為にも付けておけばいいのに。


「引き出しは状態保護の術を掛けない限り、湿気や使用による摩耗で問題を起こしやすいですからね。

魔術を掛けるつもりの無いサンプル品には無駄だと判断したんでしょう」

カルダールが答えた。


引き出しって魔術で掛けなきゃ問題を起こす程デリケートなものだったかぁ?

障子とかと同じで、蝋でも擦りつけておけばそれなりに大丈夫なんじゃないの??

第一、引き出しのレールの部分だけでも金属を使えば湿気に影響されないだろうに。

いつか、家具職人とでも親しくなったら色々聞いてみよっと。


......とは言え、新しい技法で魔術に対する需要が下がっちゃったら不味いかもしれないが。

とりあえず、魔術なんぞ使わないような値段帯の家具に対する工夫にとどめた方がいいのかな。


「書斎机に眠気撃退とか、ベッドに安眠効果と言ったような術も掛けられるんですか?」

眠気撃退とか気分爽快と言ったような効果の魔法陣だったら私も欲しいかも。

というか、自分用だったら自作してもいいよね。


「いえ、そう言った物は法術ですから」


「では神官に頼んでそう言ったことは行うんですか?」

何とはなしに、今の『いえ』という答えはニュアンスが違う気するが。


「神官の方々は医療や司法での需要が高すぎて、家具に頼もうと思ったら目が飛び出るほどの対価が必要になってしまうんですよ。彼らは『必要性』に対応して対価を設定してくるので。健康を害するほどの不眠症などでしたら安眠用の術を施してくれることもありますが」


おお~。

流石、神の僕。

費用が必要性に対応して設定されるのか。

いいねぇ。


最初の家具屋を出て隣の店に入った。

こちらは銀細工の食器かな。

金のや木で彫刻したものもあるっぽい。


あまり興味無かったのでここは直ぐに出て、次の店へ。

ここも家具屋のようだったが、椅子ばかりが置いてあった。

革を張ったり、布に刺しゅうをする道具もディスプレーされているから、椅子の座るところとか背中の部分に飾りを付けたタイプを売っているようだ。


ふむ。

「状態維持の術って日焼けも防げるんですか?」

カルダールに聞いてみた。


折角奇麗な布や革で飾っても日に当たって色があせてしまっては勿体ない。

そう言う術が無いのだったら紫外線カットの魔法陣だったら開発しても特に反発は買わないかもしれない。


「多少はマシになりますが、状態維持の術は破損やカビなどを主に防ぐので日焼けは完全には防げないようですね」


うっしゃ。

アイディア帳にメモっておこっと。

と言うか、なんだったら家具ではなく窓に何らかの形で紫外線が入るのを防ぐ形にした方がカーテンとかも保護出来ていいよね。

紫外線カットのガラスシートみたいな張る物の方が、色々産業が生まれそう。

......とは言え、あんなうすいプラスチックシート(だよね、あれって?)をこの世界で作るのは難しいか。

まあ、金属の枠でも作ってその中を紫外線が通れないような魔法陣にするかな?

そうすれば風を通す為に窓を開けても大丈夫だし。


そんなことを考えながら店を後に。

陶器の店とか、楽器とかも売っていて面白かった。直接は興味ないけど。

何軒目かに入ったところは生地屋さんのようだった。

絹や綿らしき布が丸めて色々置いてある。

奥では機織り機らしきものがあって布を織っているところだった。

......妙に動作がとろい。

子供のころにおもちゃの機織り機(プラスチックでできていたし、幅30センチぐらいまでしかできなかったが、ちゃんとランチマットとかマフラーは本当に織れた)を貰ってそこそこ活用していた私は思わず近づいて眺めてしまった。


シャトルの中に糸が巻かれていない。

横糸を通すためのシャトルが私のおもちゃ機織り機に入っていたような先っぽがとがった形で中が空洞になって糸を巻ける様になっているのではなく、単に長い長方形の物に糸を巻いているだけだった。

お陰でシャトルの滑りが悪い。幅が広い機織り機の前を手でかなり苦労しながらシャトルを横へ動かしているからとろいのだ。


ほう。

そう言えば、昔どっかで読んだ話で、イギリスの羊毛織物の産業は中に毛糸を巻けるタイプのシャトルが発明されて爆発的(本当かね?)に生産性が上がったと書いてあった。

中に糸を巻けるシャトルにしておけば糸を巻きすぎなければシャトルを横から勢いつけて滑らせれば一気に横糸を通せる。確かにこんだけちんたらやっていることと比べれば大分生産性は上がりそう。


しっかし。

布ってこんなに時間をかけて作っていたのか。

滅茶苦茶、人件費がかかっていそう。


これは一部の職人だけに教えたらシャトルを貰えなかった職人が一気に破綻しそうだ。機織り職人のギルドってあるんだろうか。


「機織りって布を売る店が織って行うモノなんですか?それとも農家の副業みたいな感じに誰もがやっているんですか?」

つうか、考えてみたら機織りが冬の間の農家の副業だったりしたら生産性が上がって価格が暴落したりしたらヤバい?


まあ、国内で大量に生産できるようになったら他の国へ輸出でもすりゃあいいんかもしれないけど。

ちょっとこれは先にカルダールと宰相か財務大臣か産業大臣(いるんかどうか知らないけど)かとでも話し合って影響を見極めた方が無難なのかもしれない。


......つうか、画期的な物って魔術を使わないちょっとしたシャトル程度のことでもこれだけ色々考えなきゃいけないモノなのか。


思っていたよりも、面倒くさそうだ。

シャトル=杼。

機織りで横糸を通す為に使うモノです。

最初間違えてシャフトと書いていたのを修正しました。

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