020 王都(3)
外で馬によじ登りながら、傭兵ギルドにいた傭兵たちを思い浮かべた。
一番多かったのは男性。マッチョ系が多かったが魔術師系な雰囲気の優男もちらほら見かけた。
渋めな中年の男性もいたし、若い女性もいた。
でも、あまり年のいった女性はいなかったなぁ。
女性は体力が落ちる前に結婚するか他の職業に転職するのか?
現実的な話をすれば、農家だったら体力たっぷりの上に場合によっては魔物も撃退できる女性は有力なおかみさん候補になるのかもしれない。
まあ、性格がきつすぎて農家のおじさんたちが御遠慮する可能性も高い気もしないでもないが。
やっぱり女性の方が男性よりも強いって言うのは男性にとっては魅力を軽減させそうだしなぁ。
となると女性の傭兵はやはり死亡率が高いんだろうか。
「ちらほら中年の男性はいましたが、その年代の女性は見かけませんでしたね。女性の方が早くリタイアするんですか?」
『若死にするんですか』とは聞きたくなかったのでリタイアに希望を託してカルダールに聞いてみた。
「そうですね、女性の方が現実的ですから。自分でそれなりに成功する傭兵団を立ち上げたり、そう言った傭兵団の主要メンバーになっているか、でなければもっと早い段階で他の職を見つけるなり結婚する相手を見つけるなりして傭兵ギルドから抜けるようですね」
ほほ~。
やはりどの世界でも女は強かなのね。
「では、あそこにいた中年の男性達は見極めを失敗したちょっと落ちこぼれ傭兵さんたちなんですか?」
カルダールの口元に微苦笑が浮かぶ。
「まあ、落ちこぼれとまでは言いませんが......。確固とした基盤を築くのには失敗した人たちですね。一流の傭兵団ならば傭兵ギルドの一階で依頼を探す理由も、クライアントと会う必要もありません。勿論、それなりの年まで生き残って現役で働き続けられるということは、個人としての腕は一流だと思いますが。
クライアントとの折衝や傭兵団の運営といったことが苦手で、かつ誰かの下で命令を受ける立場になるのが嫌だった人たちでしょうね、彼らは」
「命令を受けるのが嫌なんて言っても、傭兵として雇われたら顧客の命令を受けなきゃいけないでしょうに」
「傭兵の契約はそれなりに細かいことまで事前に決められています。ですから雇用主が命じることが出来る範囲は明確に定められているし、その範囲内のことでしたら『報酬に対する対価』として彼らは我慢できるようです。というか、我慢できない連中は山賊になって最終的には討伐されますし。
傭兵団の下層メンバーだと顧客だけでなく、傭兵団の上層メンバーの命令も聞かなければならないですからね。そんなことが我慢できるんだったら元から傭兵にならずに軍に入っていたと云われたことがあります」
......RPGなどで冒険者(というか、主人公の仲間に出来るキャラ達)は修行目的の男性か、修行目的の魔術師女性か、家出少年少女が多かった気がする。この世界で実際に冒険者(というか傭兵だけど)になるのも同じような人が多いのだろうか。
だとしたら、さしずめそう言う我慢の出来ない男性って言うのは元家出少年なんだろうね。
「皆さん、何を求めて傭兵になるんですか?」
う~んと考えながらカルダールが馬を左の方へ進めた。
「その前に、次はドレス街と家具街とどちらがいいですか?ドレス街に行くんでしたら北側の衣類市場に寄れますし、家具街でしたら西の道具市に近いですけど」
「家具街がいいです」
母親がいつも嘆いていたが、女のくせに私は昔から洋服にはあまり興味が無かったんだよね。
光りモノは好きだからアクセサリーとか宝石はそれなりに興味があるが、服や靴や鞄は必要最小限にしか買わなかった。
時間がそれなりに限られている現状で、ドレス街に行くなんて問題外。
道具の方は近い将来に色々買う必要が有るだろうし、これからの活動を考える上でもこの国で流通している道具のレベルを見ておきたい。
「分かりました、こちらです」
十字路で右に曲がりながらカルダールが私の質問に答え始めた。
「さて、傭兵ギルドになる人達のゴールですか。
まあ、人によっては国でも有数の腕利きになって名前を売りたいという名声を求める者もいます。
ですが大抵の人間は単に適性があり、自由が欲しかったというだけではないですかね」
「どういうことですか?」
「農家でも工房でも商家でも後を継ぐのは基本的に1人です。農地を子供の数だけ分割していたら非効率的ですし、工房や商家はビジネスですから上が何人もいては下が混乱するだけでしょう?
その場合、家を継がない子供は跡取りの下で働くか、街に出て工房なり商家なりに見習いとして徒弟入りし、何年もかけて技術を見て盗み取りながら資金をためて独立しない事には結婚して家族を持つのは難しいでしょう。まあ、それなりに大きな場所で職を得られれば、腕をあげてそこそこ良い給金をもらう事も可能です。現実的に親族以外は重要な機密技術は教えて貰えないですからね。あまり将来性がしっかりしているとは思われません」
うひゃ~。企業への就職って云う選択肢が実質存在しないのか。
厳しい。
「危険がある仕事と言うのは、当然給料も悪くありません。だから家業を継げない若者たちで見習い修行に年数を掛けたくない人間や、まず資金を稼いでおきたい者は兵士や傭兵ギルドに加入することが多いんですよ。
軍に入れば怪我した時にある程度は治療してもらえるし、最初の武器や訓練を受けられます。ただ、規律はそれなりに厳しいし、貴族もしくは裕福な商家の出身で武官試験を受けた上官にこき使われることになります。
田舎から出てきた若者はまず軍に入り、ある程度腕に自信がついたら独り立ちして傭兵ギルドに加入するというケースは多いですね。
傭兵ギルドでやっていけると判断出来るだけの腕になるにはそれなりに適性が必要です。だから、適性があり、行動の自由を職の安定性よりも重視する人間が傭兵になる訳です」
ふ~ん。
「成程、そう言う訳ですか。
......失礼なことを言うつもりはありませんが、カルダールさんがそう言った微妙に屈折した人たちの想いが分かるのってちょっと意外ですね。カルダールさんってどんな理不尽な命令を受けてもひょうひょうと流して邪魔な上司をスルー出来そうな印象がありました」
却って私のような直情タイプの方が『こんな、金があったから武官試験を受けられただけのバカの言うことを聞いていられっか!』と切れて傭兵になりそうだけど。
カルダールだったら柳の様にしなやかにバカな上司もいなせそう。
「ははは。国にいる色んな人の考えや生き方を知るのも私の仕事の一つですからね」
笑いながらカルダールが答えた。
なにそれ、ちょっとショック。
あんたのその柔らかくって話しやすい雰囲気って仕事で情報収集する為の仮面な訳??
「......カルダールさんの聞き上手なのって仕事で磨き上げたからなんですか?」
あ、馬鹿。
そんなんこと聞いたところで、正直に答える訳ないのに。
でもまあ、気持ちよく騙されておくか。
「う~ん、磨き上げたというか、私は噂話を集めるのが趣味なんですよ。食堂や鍛練場や図書館で色々集めて、宰相に話していたらいつの間にかそれを定期的にやっておけという話になっていまして。
まあ、国の政策だって現状を分かった状況で作られた方がいいでしょう?
だから趣味と実益が両立したんだと思うことにして、色々街に出て話を聞いて回ることにしています」
ちょっと微妙な趣味......?
でも、いたよな~会社にも。
何故か誰よりも情報が早い人。
しかもやたらと何でも知っているし。
ある意味、カルダールはそれのグレードアップしたバージョンなんだね。
「私も、こちらの世界のことを色々学びたいと思っています。農家や商人、傭兵や職人や魔術師の人たちと話す機会があるような場所で暮らせたらいいな~なんて思っているんですが、そんな地域ってあります?」
カルダールが目を丸くして私の方を向いた。
「魔術師だけでなく、農家も商人も傭兵も職人も......ですか。
中々幅が広いですねぇ」
しばしカルダールが考え込む間、馬がパコパコと道を進む。
ちゃんと目的地に向かっているのかな?
考えてみたら、日本で暮らしていた時は出歩く時はGPS付き携帯をフルに活用してNavitimeで行き先や現在地をいつも検索していた。
こっちにはそんな物は無いが、迷子対策として自分の現在地と登録した地点(職場とか住居とか)が見える魔具を作りたいなぁ。
GPSやレーダーなんていうコンセプトは無いだろうが、位置把握関係の術って何かないか今度探してみよう。
やがてカルダールが口を開いた。
「全員が集まるような場所は思いつきませんが、市場に来る農民や仕事上がりの傭兵が立ち寄るような居酒屋や食事処に程良く近い、駆け出しの商人や職人が使う下宿屋か何かがいいかもしれませんね。
家庭的な雰囲気なところを選べば、食事が一緒だったり食後に皆でリラックスする部屋があったりして、自然に話を聞けると思いますし」
下宿屋ね。
そんな物があるんだ。
昔の日本だったら下宿屋って色々あったんだろうけど、今の日本ではそんな物が存在するのかすら想像を絶する。考えてもいなかったが......食事を作ってくれる上に、情報収集が出来るとしたらとても私向きかも。
全く知らない世界の都市で独り暮らしするのも心細かったし。
「そうですね、家庭的なところの方が人との触れ合いが多そうで寂しくないでしょうし。どこか良いところが無いか、考えておいていただけません?」
「勿論です」
カルダールが張り切って頷いた。
うん、任せたよ。
良いところ探してね。
街の散策に一体どれだけページをかけているんだっていう感じですね。
次回は道具市と家具街。
両方を一話で終われるんだろうか・・・?
いい加減、カルダール以外の人との出会いも欲しいんで少し考えているところです。