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017 魔物と経済

「陛下は魔王を退治出来たら他の国へ戦争を仕掛けようと考えておられるのですか?」


カルダールの目が驚きに見開かれた。

「まさか。この王国は程よく豊かな農地や鉱山、更に港を持ち上手くやっています。

南どなりのナビル国は鉄鉱石が豊富ですが土地は痩せていて魔物も多く、難しい場所です。

西隣のオクアダ国は大陸一と呼ばれる漁港を持ち、貿易も盛んで美術品等も多く生産されていますが大商人が国を牛耳っており、権力者の暗殺が日常茶飯事に行われ、美術品と共に暗殺用の毒が国の主たる特産品だと言われるような国柄です。

わざわざ国民の数を減らてまで奪う価値が有るとは思っておられないでしょう」


まるでメディチ家が栄えた頃のイタリアみたいだね、それ。

どこだっけ?フィレンツェがヴェニスだと思うけど。

そんな物騒な商人の国が隣人なんだったら生産性を上げるような物をプロデュースする時も、あまりそちらの利益を奪うような事にならないように気をつけておいた方がよさそう。


「領土的野心を持たぬのなら、陛下にとっては魔族と云うのはこの上なく便利な防壁ではありませんか。

冗談ででもそれを退治しようなんて思ってはいけませんでしょうに」


「防壁?」


「私の育った世界では私の両親が子供の頃以来、大きな戦争は在りませんでした。

武器の開発が進みすぎて、他国へ侵略してもそこをを焦土にしてしまう可能性が高くなりすぎてしまったのです。

幾らか領土を倍に出来ても、その半分が何千年も人が住めぬ荒野になってしまっていたのでは手に入れる価値がありませんでしょう?

それでもお互いに攻め込まれない為に自国の武力を誇示する必要があり、莫大な資金が軍備に注ぎ込まれました。

この世界では魔族さえいなければ侵略戦争は十分利益が出そうではありませんか。

となったら戦争が可能な状況に世界が戻った場合、魅力的な土地や産業を持つ国はかなりの予算を防衛費に費やさなければなりません。

領土を得るのでない限り軍備を整えるのは経済的には無駄なことです。

その無駄を無用なこととしてくれているのが魔族でしょう?」


「......確かにそう云う考え方もできますね」


「表だって認めよとは言いませんが、魔族の効用もきちんと認識しておくべきだと思いますよ」

多分魔族って神様達が人間の殺し合いを止める為に導入した手段っぽいし。

いつの日か、彼らのところに遊びに行って話を聞きたいもんだ。


とは言え、『魔族が有意義なものである』というのはこの世界の人には納得しにくい考え方なんだろう。カルダールも微妙な表情をしていた。

「まあ、それはともかく。通常の軍の戦いの相手は魔物なのですか?ああ、そう言えば山賊もいると言っていましたっけ」


「そうですね、各領主は地方税を科す権利がある代わりに、領土と領民を守る義務があります。魔物や山賊の数が多くなりすぎて領主の領主軍で対応しきれなくなった場合には中央政府へ救援を求めることもありますが、基本的に各地方では領主軍が、直轄地では国軍が魔物や山賊と対応しています」


「魔術師の役割は何なのでしょうか?」


魔具マジックアイテムを作成したり、術をかけたりと言ったことで生計を立てる魔術師が多いですね。多少の危険を厭わないのでしたらどの軍も魔術師の参加を歓迎しますので、戦える魔術師は仕事には困りませんが」


う~ん......。

問答無用に呼び出して、『さあ勇者様、魔王を倒しましょう!』と言ってきたにしては魔術師って魔物との戦いに消極的な役割しか果たしていないように思えるのだが。

「魔術師に従軍義務はないのですね?」


「ありません」


「お話をお伺いする限り、魔術師の役割は武官というよりも文官に近い感じがします。それなのに何故、筆頭魔術師殿は『勇者』を召喚したかったのですか?」

あまり勇者を呼んだところで魔術師の地位向上につながったとも思えない。どうやら元々魔術師の地位って戦うことにリンクしていないみたいだし。


「南の国境沿いのパルマ伯爵が筆頭魔術師と親しくしていたという報告が来ています。もしかしたら魔王を退治して魔族を駆逐できたらオクアダ国へ攻め込めると思っていたのかもしれませんね。魔術師たちが侵略戦争に参加しないにしても、パルマ伯爵が侵略で領地拡大が出来た場合にその拡大した領土で魔術師に優遇的特権を与えると約束したのかもしれません」


ふ~ん。

やはりどの世界にも自分でコツコツと努力するよりも他人の物を奪おうとする人種はいるんだね。

そんな人間の約束を信頼したところで、後から背中を刺されて終わりだろうに。


しっかし。

あまり魔術師って戦いに参加する必要はないのか。

まあ、ドラクエのメラとかギラとかヒャドみたいに一言で発動しそうな魔術を自分が襲われている時にバンンバン放てるとは思っていなかったから良かったけど。

剣と魔法の世界であるこっちの魔術師なら戦いにも慣れていてそれなりにドンパチで活躍できるのだろうと漠然と想像していたのだが、それも無いようだ。


「魔物は村の外を少人数で歩いていたりしたら襲ってくるのですよね?だとしたら、別に領主軍が必要とされる場合ってそれ程多くないのではありませんか?襲われてから助けを呼んでも間に合わないのだから皆さん気をつけているでしょうし」


カルダールが首を横に振った。

「魔物は一代限りの物も多いですが、子を産んで繁殖するタイプもそれなりにいます。ですから軍は魔物を定期的に駆逐する必要があるんです。また、村や街道の傍で住みついたりしないように定期的な巡回も必要ですし」


魔力か何かが溜まって起きる突然変異が遺伝として受け継がれるのか。

優性遺伝だとしたら確かにそれなりに退治しないと普通の動物がいなくなってしまっては食物連鎖のバランスまで壊れてしまいかねない。


ま、それはともかく。

魔物は街道の移動や村の拡大のコストをかなり高くすると云うのが一番の弊害なのかな。

「村には殆ど襲ってこないとのことですが、村の保護結界というのは物理的に攻め入ることが出来ないような機能があるのですか?それとも単なる魔よけのようなもの?」

街だったら城壁で囲むと云うのもありだが、農村の場合は周りの畑へ住民が毎日働きに出なければならないだろう。

それ程広い範囲の結界を張るのに、あまり完璧な機能は求められないと思うのだが。


「保護結界の術は魔よけの機能がメインですね。人に対して害意を持つ物が入ると体が痛くなる効果があると聞いています」


「......生死にかかわるとなると、かなり高いのでしょうか?」

何と言っても、魔物に襲われて死んでしまっては終わりである。

それこそ飢死寸前までの代償を求められても断れないだろう。

しかも、人に対して害意となると、山賊とかにも効きそうだし。


「いえ、村の保護結界は魔術院が国との契約で無料にて行う術です。

この世界では、国によっては魔術師と言う存在は魔族に連なる者として弾圧されているのです。カリーム王国では初代の国王が魔術師との契約として、この国で自由に暮らし、魔術師として術に対する対価を求めることも許す代わりに毎年全ての村・街を守る保護結界の術をかけることを求めたと記録されています」


へぇぇ。

まあ、確かに魔族って単に身体に目に見える障害のある魔術師と言っていいかもしれないし。

......あれ、この国が出来た時点で魔族が既にいたのか?

この国の簡単な歴史や地理の解説を聞いたが、考えてみたら国を立ち上げた時のこととかそんな昔までは逆戻って聞いていなかった。


「魔族が出現したのが約千年前とのことでしたよね?この国はそれより後に立国したのですか?」


「ああ、そこまで昔のことは話していませんでしたね」

お茶を再び手に取りながらカルダールが答えた。

「魔族が出現する前、この大陸は3つの大きな国と周辺の小さな国家に分かれていました。その3つの国が大陸を制して覇権を取ろうと絶えず戦っていた戦乱の時代だったとのことです。

それが大陸の中央に突如魔の森が出現し、魔族が攻めてきたことで状況が激変した。

『帝国』と呼ばれていた一番勢いがあった国は首都を含む国土のほぼ8割を魔の森に取って代わられたことで実質この時点で消滅したと伝えられています。

それまで、大陸の中央というのは経済的・戦略的にも重要な場所であった為、どの国も大陸の中央に近い場所に大きな街や首都があったので、魔の森の出現による混乱は例を見ぬほどのスケールになり......結局残りの2国も破綻してしまいました。

元々、他の国との戦争の為に過剰な戦力を持っていたのに、魔の森によって他国へ行くことが困難になり、魔族のせいで戦争そのものも制限されることでその武力が内向きに爆発したようですね。

別に魔族は他国の戦争のみに寄ってくるのではなく、内戦とて来ることに変わりは無かったので結局これらの国はほぼ壊滅し、魔族の出現を機に大陸のほぼ全ての国が一度滅亡しています」


おやまあ。

もしも魔族の出現が私の想像通り神の奇跡だとしたら神様も思い切ったことをしたもんだ。

それ程その戦乱時代って酷かったのだろうか?


とは言え、人との殺し合いに魔族が寄って来て皆殺しにするということは、山賊とか盗賊とかが大々的に虐殺をおこなうことも難しくなっただろう。

組織的な大規模な殺し合いが無くなり、長期的には人間の為にではあるんだろうが。


「その後、元の国の貴族や兵士で人の上に立つ才のあった者を中心に幾つかの国へと人々が纏まっていきました。暮らしにくい地域では早く、『国』という枠組みが無くてもそこそこ暮らせる地域では遅く。

カリーム王国の地域は比較的暮らしやすい地域であった為、人が纏まるのが遅くほんの500年ほど前に国として形になりました」


ふ~ん。

500年かぁ。

国として新しいと見るか、古いと見るかは中々判断に苦しむところだな。

日本と言う国は二千年近くあったみたいだけど、政権と言う風に見るなら長かった江戸時代でも300年弱だったらしいし。

まあ、戦争も内乱もあまり人が死ぬと魔族という天災が襲いかかってくるとなると国の新陳代謝もゆっくりと穏やかなものになるんだろうな。


もしくは暗殺が横行するようになるか。


ま、大々的な内戦になって国の中でお互いを殺し合うよりは暗殺の方がまだましかな?

とは言っても、暗殺に頼って無能な王がトップに立って国民が飢え死にしてしまっては困るが。

そうなったら頑張って誰かがその国王を暗殺しなくっちゃというところだね。


「興味深い話をありがとうございました。

ところで、この国の君主と貴族の力関係はどのようなものなのでしょう?私の住んでいた世界の歴史では、君主の言うことが絶対な絶対君主制度の国もあれば、貴族や国民の代表が務める議会が国の運営を行い、君主はあまり直接的に政治にかかわらない国もありました。ここはどのようなバランスになっているんです?」


絶対君主制はトップが有能、もしくは有能な人間を登用できる才能を持っていれば汚職や内部闘争なども抑えられ(多分)、メリットは大きい。意志決定も早いだろうし、人気取りをしなくていいのだから一時的には痛くても、長期的な目で見て有用な政策を断行することもできる。

ただし上が駄目な人間だった場合、悲惨になるだろう。


自然な流れとして有能な王がいる時は君主の権力が強まり、無能な王の場合は傀儡化するんだろうけど、法的な制度としてはどうなっているのだろうか。


「大臣や司法官の任命や軍の移動は国王の権利で行われます。貴族の罷免や家系断絶などは王が命じることは出来ますが王宮裁定において3人以上の上級司法官による合法判定が必要になります」


「合法......とは法律があるんですか」

中世ヨーロッパらしく、王様の言葉は法なのかと思ってた。


「建国の際に、国王と貴族と国民との間に交わされた契約が法律の基本となっています。

時代の流れとともに法に変更が加えられてきましたが、法の変更には貴族当主の半数以上の合意が必要になります」

ふ~ん。

国をつくった時に契約を交わすだなんて......意外だ。

まるでアメリカが建国した時にやった独立宣言を元にした憲法みたい?


元々国が無かったところに『俺が王様。全員の命を左右できる権利を持つ』というのを勝手に宣言して立国という訳にはいかなかったのかな。武力で反対する人間を虐殺する訳にもいかなかっただろうし。


「誰かを新しく貴族にするにはどんな手続きが必要なのですか?」


「大貴族が、子供に次男などに何らかの爵位を与えたいと考えて自分の領地を分割して与える場合は、国王に嘆願を出し合意を貰えれば爵位をつくることが出来ます。

国王が王家の直轄地を与える場合は国王一人の思惑で貴族へと封することが出来ます」


となれば、貴族の数も好きなだけ増やせるし、司法官も王が任命するんだから、ある程度は国王のやりたいように物事を動かせる訳ね。

でも、やろうと思ったらそれなりにステップを踏まなきゃならないんだから悪くは無い制度なのかもしれない。


「国への税率や地方税の上限、司法権の分担とかは全て法で定められていて、貴族半数以上の合意が無ければ変えられないということですよね?」


「そうですね」


王が好き勝手に国を動かせないようある程度の制限は設けられているものの、政治は基本的に国王の権限内で行われているからあまり『平民の権利』を強めるって言うのも法律的に行うのは難しそう。

というか、貴族にすら自分の領土以外での権利と言うのは普通の平民と法律上は殆ど変わりが無いようだ。


「政府を動かす官僚や軍の幹部と言うのは有能であれば平民でもなれるのですか?」


「官僚になるには文官試験に受かる必要があります。軍の幹部は能力次第ですね。

士官として始めようと思う場合は武官試験に受かる必要がありますが、たたき上げで兵卒から上がっていくのでしたら試験はなく、能力のみが求められます」


現実的にはそういった試験に受けるための準備をするだけの経済力が無ければならないから、官僚も殆どは貴族なんだろうな。でも、それならば平民の教育レベルを上げる為の奨学金制度か何かをつくればいいのだから、法律を変更させるよりも楽そうだ。


私が直接口を出すよりも、有能そうな人間を見つけてきて宰相の目に留めさせて国が奨学金をつくるように誘導したいところだなぁ......。


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