010 マジックアイテム
昨日の空模様とはうって変わって今日は真っ青な青空だった。
あまり外を見ていなかったので考えてもいなかったのだが、この世界の空も青い。
地球の空の色よりちょっと薄い目の青な気がする。もっとも、向こうで死ぬ前数年間は仕事に忙しくってあまり空をぼんやり見たりしてなかったから気のせいかもしれないが。
ま、どちらにせよ赤とか緑な空じゃなくって良かったよね。
四六時中変な色の空の下に生きなければいけないとなると、気分的にかなり鬱になったかもしれない。
「今日は素晴らしい天気になりましたし、街へ出てみましょうか?」
カルダールがにこやかに提案してきた。
「いいですね~。是非!」
中世風な世界だし、王国の『王都』で今『王宮』にいるんだから歩いて直ぐだろうと思っていたら、何と馬車の前に連れて来られた。
白馬が前に2頭繋がれている。
ほほ~。
流石王宮、馬までセレブな感じ。
早速中に乗り込む。
馬車は地球で云うところの車体の高いSUVぐらいの高さがあったが、こちらは親切にちゃんと踏み台用の小さなステップが付いていたので問題なし。
以前、仕事でタイトなスカートのスーツを着ている時に、顧客の支店長さんが隣駅まで送ってくれた事があったんだが......あの時は本当に参った。何でかその支店長さん日本じゃああまり見かけない、車体の凄く背の高いSUVを乗っていたのだ。
そして、チビな私は足をそれなりに上げないと高い車体まで登れない。
タイトなスカートでは生地は伸びないし、顧客の前でスカートをめくりあげる訳にもいかず。
暫くジタバタあがいた挙句、無理矢理腕の力で席までずり上がった。
あれ以来、SUVは大っ嫌いになった。
元々、スクーターで後ろを走っていると前の前の車が何をやっているのか見えず、運転しにくいから嫌いだったんだけどさ。更に嫌悪感が募ったと言っておこうか。
それはともかく。
馬車は比較的ゆっくり動いているのにかなりガタガタ揺れた。
見た目セレブなのに実態は微妙だ。
以前読んだファンタジー物で、馬車は躯体を吊るす様なデザインにすると揺れと衝撃を少なく出来ると読んだ記憶がある。
何時か、職人と相談してそんな馬車が作れないか試してみよう。
取り敢えず、今の所は魔法で何とかしてみよう。尻が痛くってしょうがない。
「揺れ軽減」で検索。
●空気抵抗を高めて荷物の揺れを小さくする術。
●物理的に動ける範囲を狭める結界を張って揺れを抑える術。
●下に緩衝材代わりに空気のクッションを敷く術。
お!これが良さそうじゃない。エアクッションの方が物理的に無理矢理揺れる事を不可能にするより急な動きが無さそうだし。
実行。
すうっと私の体が2センチ程度、宙に浮いた。
浮いてるよ~。
これって、応用編を考えれば、空を飛ぶ絨緞が作れそうじゃない?
是非とも時間を見つけて魔法を物に封じ込めて魔具を作る方法を見つけ出さなきゃ。
フワフワとさり気なく浮きながら、窓の外の王都の街並みを眺めているとカルダールが解説を始めた。
「王宮の周辺一番近くは大貴族の邸宅が集まっています。現在では基本的に侯爵家以上の家柄でなければ王都の第一輪地域には住めません」
「第一輪とは?」
「この地に初めて街が作られた時の最初の外壁内のことです。国と王都が大きくなると共に外壁の周りに人が住む様になり、それを守る為に外側に外壁が建てられ、またそのうちその外に人が住む様になり......を繰り返して王都は大きくなってきたんです。
王都は王宮の周りに三つの輪状の壁があり、その外に工業地域、下町等が広がります。今では王都を外壁で囲ったりしていません。
国土のほぼ中央にあるここが襲われたら、既に周辺の農耕地域も既に襲われたと云うことでしょう。だとしたら壁で守って篭城をした所で既に手遅れですからね。」
なるほど。
でも、王都への出入りの制限とか確認に外壁って便利そうだけど。何かあった時は第1か第2の壁のところで検問でも作るのかな?
「小さな王国から始まったとしても、城の周りに全く店が無かったと云うのは意外なのですが......」
「王宮の側の元からの住宅地に住めなかった貴族たちが何軒かの店を買い取り、屋敷にして行く。最初のうちは成り上がりとして見下されても、数世代過ぎればそんなことを覚えている人間もいなくなりますからね。徐々に店舗がなくなり、やがて店を経営するだけの客の通りも無くなり更に店が減り......といった具合に何時の間にか完全に第一輪が貴族の街になった訳です。第一輪地域が完全に住宅地になったのは約200年前。その時期から貴族で第一輪の屋敷をキープできるだけ有力だった貴族は、現在では侯爵になっているという訳です。
商業地域は第二輪地域に主に集中しています。平民の住宅地は第三輪に主に集まっているので、どちらの顧客層からも通いやすく、都合もいいようですね」
へぇぇぇ。
江戸の大名屋敷の場所とか旗本の住居街ってたしかそれなりに計画的に幕府がプランしたと聞いたと思う。何と言っても、江戸は関ケ原で徳川家が勝ってから急速に首都として開発されたから、それなりにプラニングも出来たのだろう。元々東京のかなりの部分って湿地や浅瀬を埋め立てた土地らしいし。
この王都は自然発生的に育っていったのに、結局江戸と近い感じに棲み分けが起きたんだね。
面白いもんだ。
「今日は取り敢えず、第二輪の目抜き通りを少し歩いて見ましょう。
気になる商品等があったらそれを専門に扱う店が集まっている地域に行くのも面白いですし。特に興味をひく物が無ければ魔術師や若い役人等が暮らすことの多い地域へ行って将来的な住居の候補場所を見て回りませんか?」
「そうですね、どの様な物が取引されているのか興味があります」
セレブな感じの屋敷街を通り過ぎたあと、馬車は昔の外壁らしき石壁を潜り抜けて商業地域に出てきた。
凄い。一気に通りの印象が変わった。
壁寄りにはちょっとした宿屋や貴族の若者が好みそうなおしゃれな武器屋など。それを通り過ぎると人通りと共に店のバラエティーもどんどん増えて行く。もっと近くで見たいな。
どんな物がこの世界で普通に流通しているのか、知りたい。
「ここら辺で降りて歩きませんか。
やはり馬車からではあまり良く見えませんから」
私の提案にちょっと驚いたような顔をしていたが、カルダールは文句言わずに合意して私が馬車から降りるのも手伝ってくれた。
降りた所はまだ貴族街に近いせいか、店は贅沢品が多かった。
ドレスショップ、帽子の店、宝石、ガラスや陶磁の食器。
綺麗だけど、あまり興味は無いなぁ。
冷やかしながら色んな店の前を通り過ぎて行く。
ふと、骨董品屋みたいな店で足が止まった。
今の日本では骨董品といえば高級品だが、中世モドキなこの世界でも骨董品って高級品なのだろうか。
ほぼ何でも手作りな場所だと新しい物の方が重宝されそうだが。
「骨董品ですか、この店が扱っているのは?」
カルダールが私の質問に首を傾げた。
「コットウヒンが何かはっきりしませんが......ここはマジックアイテムの店ですね」
マジックアイテム!
『魔法』と同じぐらい胸が高鳴る響きだ。
「入りましょう!」
「魔術師というのは一人で研究し、弟子にも何も教えずにこの世を去ることも多い為、一代限りしか作られなかった機能のあるマジックアイテムが沢山あるのですよ。ですから古くてもそれなりの高値で取引されます。
モノによっては既に魔力の尽きてしまっている物や、使い方が誰にも分からない物もあるのですが、誰も分からない物の価値を見出すのが収集の醍醐味だと言うコレクターも多いんですよ」
なる程ね。物に対してさえ特許権が認められない世界だ。当然術の開発にもそんなモノは認められず、開発系の魔術師は引き篭もって誰にも教えずに術の研究とかをしているんだろう。
そりゃあ、古いマジックアイテムの方が再現性が少なく、高価になるだろうねぇ。
カラン。
我々が店に入ると、小さなベルの音がした。
しかし、ドアの上にはベルも紐も付いていない。
これもマジックアイテムと云うことか。
店の主人が何も言わずに小さく挨拶に頷いてみせた。
ふむ。
何が分からなくっても収集するコレクターがいると言う話だ。基本的に商品の説明はないのね。
マジックアイテムの機能分析で術を検索してみる。
あった。
幾つか列挙されたが、自分に掛けると解説が目に見えるという物を試すことにした。
色でタイプが分かると云うのも早そうで心が動いたのだが、まずどう言う物があるのか知っておかないと色が見えても結局内容の見当もつかなそうだし。
ゆっくりと店の中を歩いて回る。
奇麗な細工のしてある木彫りの箱は、手に取ってみると『中に花とともに入れると紙へ香りが長期的に染み込む箱』と解説が出た。
おお~。中々ロマンチックだわね。
沢山並んでいる指輪の中から一つ手に取ってみると『火系攻撃呪文の被害を軽減』。
隣のは、『密室でも息が苦しくならない』。酸素をリサイクルしてくれるのかね?
更に隣のは、『徐々に気が吸い取られ、弱る』。おいおいおい!呪いの指輪じゃん!
他にも、監視呪文を探知出来る指輪とか。
単なる魔法で動くランプとか、中身を冷やしてくれる水入れとか。
色々あって面白い。
何とはなしに目が吸い寄せられた深い緑色の石が付いたネックレスは『着用者の魔力を吸い取り、石に蓄積する』と出ていた。
ふむ。
これっていいかも。
魔力を吸い取るってことは、外から観測出来る私の魔力が減って視えるってことだろう。
で、いざって言う時にはこの石から蓄積した魔力を引き出すことも可能なんだろうし。
ちょっとこれは研究の価値がありそうだ。
......とは言え、考えてみたら金が無い。
いや、金塊ならあるんだけど、現時点でそれを取りだしたらちょっと不味いだろう。あまり錬金が出来ちゃうって言うことを公にしたくないし。
「すいません、これを買いたいのですが少しお金を貸していただけます?後で魔術院で働きはじめてお金を貰えるようになりましたら立て替えていただいた金額は返しますので」
カルダールに頼む。
元々、初期費用の資金の提供は最初に王さまに頼んでいたんだし。
ぽんっとカルダールが手を打った。
「そう言えば、通貨の説明をしていませんでしたね。色々為になるお話もしていただけていることですし、1月分の生活費をその対価としてお渡ししましょう。返していただかなくって結構です。代わりに、色々トッキョ制度などといったフジノ殿の世界の制度について質問をさせていただきますから、ご教授下さいね」
ほほ~。
特許制度の導入に意欲的なようだね。
良いことだ。
しかもその分お金をくれるって言うのも都合がいい。
「ありがとうございます。いつでも私でお役に立てるようでしたら言って下さい」
とりあえず、通貨の説明は城に戻ってからと言うことにして、カルダールがネックレスを買ってくれた。
ついでだから最初に見た、冷水が出来ると言う水入れも買ってみる。
春先なのか、気温はあまり熱くないがこれから熱くなるなら重宝しそうだ。
受け取った二つを異次元収納におさめたら、カルダールが驚いたように私を見ていた。
「箱が消えましたね......」
「違う時間軸に物を収納させる術です。この世界にもありません?」
というか、絶対にあったはずなんだけどね。これも失われた術なのかな?
「伝説として聞いたことはありましたが、見たことはありませんねぇ」
「魔力が無い人でも使えるようなアイテムを作れないか、そのうち研究してみますね」
カルダールが嬉しそうに頷いた。
......とは言え、武器とかを隠し持てるようになるから、警備上は不味いんじゃないかという気もするけど。収納能力が何倍増になる本棚とか引き出しみたいな形にするといいかな?
持ち歩き用はリュックサックとか。
少なくともブレスレットに直接リンクって言うのは暗殺にでも使われそうで嫌だ。
色々先のことを夢想しながら店を出たら......トップがオープンな馬車が道を渡ろうしている歩行者に向かって爆走しているところだった。
「危ない!!」