ヘルメットの奥の星空
FINAL FANTASY VII リメイクシリーズ3部作の完結編となる『FINAL FANTASY VII REVELATION』の発売日を記念して。若き日のクラウド・ストライフのとある日常を書きました。
神羅カンパニーの軍事訓練施設がある八番街の裏手。油と金属の匂いが立ち込める整備棟の非常階段の踊り場は、ソルジャーになれず一般兵としてくすぶっていた十六歳のクラウドにとって、数少ない隠れ家だった。
青い制服に身を包み、ヘルメットを脱いで膝の上に置く。ツンツンと逆立った金髪に風が抜けていく。今日も適性試験の評価は散々だった。ソルジャー・クラス1stになり、故郷のあの子に顔向けできる強い男になる――そんな誓いは、ミッドガルの巨大なビル群の影に押しつぶされそうになっていた。
「やっぱりここにいた」
カツカツと軽やかな足音とともに現れたのは、整備部に所属する一つ年上の技師見習いの少女、マリナだった。作業着のポケットに両手を突っ込み、いたずらっぽく目を細めて笑っている。
「また一人で黄昏れちゃって。はい、これ。差し入れ」
放り投げられた冷たい缶ジュースを、クラウドは慌てて片手でキャッチした。表面の水滴が手のひらを濡らす。
「……別に黄昏れてなんかない」
「嘘ばっかり。眉間にシワ寄りすぎて、ヘルメット被れなくなっちゃうよ?」
そう言って彼女は、クラウドの隣に当たり前のように腰を下ろした。作業着からはオイルと、微かに甘い石鹸の香りがした。女性と肩が触れそうな距離に座られるだけで、クラウドの背筋は反射的にピンと伸びてしまう。
「訓練、きつかった?」
「……普通だ」
「相変わらず無口。同期の連中はさ、夜になるとプレートの上の派手な店に繰り出して、ソルジャーになれたらどうのこうのって大口叩いてるよ。でもあんたは、いつも一人で素振りしてるか、ここで空見てる」
彼女は缶を開け、ごくりと喉を鳴らしたあと、じっとクラウドの横顔を見つめた。クラウドはその真っ直ぐな視線に耐えかねて、わざと反対側へ顔を背ける。
「見てて飽きないんだよね、クラウドって。背伸びして強がってるくせに、本当は迷子みたいな顔してるから」
「……からかうなよ」
「からかってないってば。むしろ、逆」
ふっと笑い声が途切れた。気配が変わったことに気づき、クラウドが怪訝そうに視線を戻した瞬間、彼女の顔がすぐ目の前にあった。
「あたしね、あんたがソルジャーになれなくたって、全然いいと思ってるよ」
真剣な茶色の瞳が、クラウドの青い瞳を真っ直ぐに射抜く。
「誰よりも真面目で、不器用なくらい必死で……あたしは、今のあんたが好きなんだけどな」
心臓が跳ね上がった。耳の奥まで一気に熱が集まり、クラウドは息を呑んだまま固まってしまう。
「……な、何言って……」
「告白だよ、鈍感くん。今度の非番の日、一緒に上の街まで行かない? 美味しいピザの店、教えてあげる」
彼女の指先が、躊躇うことなくクラウドの強張った手の甲に触れた。体温がじんわりと伝わってくる。
もしここで頷けば、どれほど楽だろうか。ソルジャーという果てしない重圧から降りて、神羅の巨大な歯車の一部として、この温もりの中に逃げ込んでしまえば――。
だが、クラウドの脳裏をよぎったのは、ニブルヘイムの星空と、給水塔の上で見せたあの子の笑顔だった。
『ピンチの時にはさ、クラウドが助けに来てね』
あの約束を果たせないまま、誰かの隣で笑うことなど、クラウドのプライドが許さなかった。彼女の好意は痛いほど純粋で、だからこそ、生半可な気持ちで手を握り返すことなどできなかった。
クラウドはゆっくりと、だが確実に、重ねられた手から自分の手を引いた。
「……ごめん」
掠れた声だったが、迷いはなかった。
「俺は、ソルジャーにならなきゃいけないんだ。……誰にも負けないくらい、強くならなきゃいけない。だから、そういうのは……考えられない」
拒絶された彼女は、驚いたように丸くした目をしばたたかせたあと、ふっと寂しそうに眉を下げた。けれど、すぐにいつもの強気な笑顔を取り繕う。
「……そっか。やっぱり、心の中に誰か別の特別な人がいるんだ」
クラウドは答えず、ただ膝の上のヘルメットをぎゅっと握りしめた。その沈黙が何よりの答えだった。
「振られちゃったかー! あーあ、見る目あると思ったんだけどな」
彼女は大げさに伸びをして立ち上がると、階段の手すりに手をかけた。去り際、振り返って少しだけ切なそうに笑う。
「でも、無理しすぎて壊れないでよ。あんた、放っておけないんだから」
足音が遠ざかり、踊り場には再び重い静寂が戻ってきた。
クラウドはまだ冷たい缶ジュースを握りしめ、深く息を吐き出した。優しさに揺らぎそうになった自分を振り払うように立ち上がり、ヘルメットを深く被り直す。
無骨な鉄の仮面で素顔を隠した少年は、まだ見ぬ過酷な戦場へと、再び重い足取りで歩き出していった。




