ポンコツ戦巫女の龍騒動(短編に纏めました)
祓い屋、それは悪さをする妖から人々を守る者。
その手の名家の出もいれば、才を見込まれて師事するか、あるいは独学で…と言ったぐあいに、様々な役職や流派が存在するが、彼らは例外なく組合に所属している。
そして私、戦巫女トウカは世のため人のため、今日も任務に赴くのだ。
「トウカ、また遅刻か!」
「うう…すみません」
今回、班長を務める同業者の叱責に、私は頭を下げた。
迷子の親を探してあげていたら、すっかり遅くなってしまった。
よりにもよって合同任務で。つまり…。
「そう言うなよ。
こんな落ちこぼれ、いてもいなくても変わらないのにさ?」
陰陽道の名家の一つ、炎羅家の三男カズマの嫌味にその取り巻きがどっと笑う中、私はぐっと耐える。
合同任務が決まった時点で、今日が厄日なのはわかり切っていたこと。
今は任務に集中だ。
「来るぞ!」
森から飛び出してた百体以上の妖に、私は護符を取り出す。
通常の使い捨てとは違い、燃えにくい特殊な木で作られたそれは、使い慣れた刀を顕現させた。
一刻も続いたが、私たちはどうにか妖の群れを討伐した。
「やい、落ちこぼれ!
俺は十五体も倒したけど、お前は何体だった?」
残念ながら三体ですよ。言わないけど。
人の悪意をいちいち気にしても仕方がないと、生家で嫌というほど学んだ。
解散の合図が聞こえるや否や、私は全力でその場を走り去った。
「そう落ち込むことないっスよ。
ただの猪に追い回されて半泣きしてた頃に比べれば、成長してるっス」
「ハァ…ハァ…それって褒めてるの?」
私の肩に乗っかって…もとい、憑いている子狐は妖狐のハヤテだ。
普段から幻術で、私以外には姿を見せない。
ハヤテとの出会いは四ヶ月前。
当時の組合の副支部長が、怪しげな水薬を妖にかけるところを目撃してしまったばかりに、危うく口封じされそうになったところを助けてくれた。
「あいつは十五体だったけどね」
「それにトウカのおかげで、オイラが追っていた事件は解決したんスよ?」
「結果的にだけどね!」
妖は、すべてが悪さをするわけではない。
神として崇められているものもいれば、作物を育てることに執心するものまでいる。
妖が育てた果実はひときわ大きくて甘く、高級品として扱われる。
そんな、比較的温厚なはずの妖まで凶暴化する事件があって、ハヤテは上からの命で調査をしていたそう。
どうも私は巻き込まれ体質らしく、元副支部長の件の他にも、いかにもヤバそうな研究施設を見つけてしまったりした。
法の番人である卯月一門に、ハヤテが密告して事件は無事解決。
にもかかわらず、ハヤテは私の体質を面白がって、居座るかわりに修行をつけてくれている。
座学で寝そうになると、頭を叩かれるのはまだしも、森の中での訓練は冗談抜きでキツイけど、それなりに強くなれた気がする。
あと、任務以外でカズマと遭遇しなくなったのは、本当に助かる。
「さあ〜て、トウカが今度はどんなことに巻き込まれてくれるのか、楽しみっスね」
「あのねえ、好きで巻き込まれてるわけじゃないんだから!」
昨日なんて、任務中に危うく落石の下敷きになるところだった。
ハヤテが引っ張ってくれなかったらと思うとゾッとする。
「巻き込まれて事件解決に貢献じゃなくて、私は祓い屋として、普通に、世のため人のためになりたいの!」
「じゃ、今日の修行は厳しめにいくッスよ」
「……受けて立つ!」
その時、私は夢にも思わなかった。
それから一週間後に、とんでもない事件に巻き込まれるなんて…。
「どうしよう…ハヤテ」
「いや、楽しみとは言ったっスけどね…」
途方に暮れる私たちの視線の先には、川で魚を丸呑みしている龍の雛。
つぶらな瞳がかわいい…じゃなくて、なんでこんなことに。
ただ、雑魚妖を倒すだけの任務だったのだ。
まさか、乱入してきた大型の妖を振り切ったと思ったら土砂崩れが発生して、さらに逃げた先の大木で一抱えほどもある卵を見つけるなんて。
卵は呪われていて、曲がりなりにも巫女として放置はできずに祓ったら…孵っちゃうなんて。
その昔、怒り狂った龍が天変地異を起こした話は、祓い屋なら誰でも知っている。
龍には絶対に手を出すなという、暗黙の了解を無視したのはどこのどいつだ。
ため息をついていると、お腹いっぱいになったのか雛が擦り寄ってきた。
たてがみは水を弾いてフサフサとしていて、ツルツルとした白い鱗はひんやりとしている。
安易に妖に名付けるのはよくないから、私は心の中だけでシロちゃんと呼ぶことにした。
「とりあえず、支部長に報告しないと…」
「いや、誰が犯人かわからない以上、酒が入ると機密情報をベラベラ喋るやつはダメッス」
…知りたくなかったそんな情報。
「じゃあ、どうすんのよ」
「ひとまず、オイラの上司に判断を仰ぐッス。
それまで…!?」
ハヤテの耳がピクッと動いたかと思うと、とある方向を見やった。
「どうしたの?」
「マズイッスね。探知されたみたいッス。
…トウカが呪いを完全に祓えなかったから」
「うぐ!…未熟で悪かったわね!」
見た感じシロちゃんが元気そうなのが、せめてもの救いである。
「とにかく、雛を連れて早くここから離れるッスよ」
「わ、わかった」
どのくらい走ったか。
ハヤテの修行のおかげで体力も俊敏さも向上したのに、一向に追手を振り切れていないようだ。
「向こうの術者、なかなかの腕前ッスね。
一人と一体抱えているとはいえ、オイラの術を掻い潜るとは…」
「なんとかならないの?」
「無理ッスね」
「即答!?」
非難の声を上げた次の瞬間、上から鳥のようなものが襲いかかってきたので、慌てて避ける。
「妖!? こんな時に…」
「いや、そいつらは式ッス」
大して強くはないけど、式ならある程度量産できるわけで…。
「い、いっぱい来た〜〜!?」
次々と襲いかかってくる式に、術をぶつける。
たぶん打ち漏らしはハヤテが片付けてくれているんだろうけど、立ち上る煙のせいでよく見えない。
どうにか振り切ったと思ったら、ハヤテたちがいない。
「嘘でしよ?」
慌てて来た道を戻ろうとしたその時、光の鎖が私を縛りあげた。
「トウカさんですね?
あなたを、龍の卵盗難の容疑で拘束させてもらいます」
眼鏡の男が纏う藍色の羽織は、卯月一門の証だ。
反論する間もなく睡魔が襲いかかり、目を覚ますと知らない部屋の布団の中。
あの鎖はもうないけど、部屋から出られないよう結界が張ってあり、右手首には術封じがつけられている。
「終わったかも…」
卵を見つけました。孵っちゃいました。(ハヤテのことは内緒なので)とりあえず逃げました?…なんて弁解が通じるわけもなく、私の拘束は続いた。
部屋は簡素ながらも暑くも寒くもなく、窓はないけど日中は明かりがついているし、食事は眼鏡の男…カイトさんが一日三食運んできてくれる。
小さな書棚には術の本(初級編)の他に、私でも楽しめそうな娯楽本もあった。
さすがにお風呂はないけど、身清めの護符を支給してくれるなんて太っ腹だ。
思ったよりも悪くないかも、なんて考えていたとある夜中、大きく揺れる部屋に私は飛び起きた。
まさか、シロちゃんの親が暴れだした?
ということは…私、怒りを鎮めるための生贄にされちゃうとか!?
「大したことではありません。
一門に喧嘩を売った愚か者がいただけです」
「は、はあ…」
カイトさんはそれ以上なにも教えてくれず、その夜はあまり寝つけなかった…わけでもなかった。
結局、あの一件以外は特になにもなく、気づけば一週間が経った。
「申し訳ありませんでした。
卵泥棒及び、依頼主の捕縛が済みましたので、あなたは釈放とさせていただきます」
「えっと…あの雛は大丈夫なんですか?」
「ご心配なく。呪いの残滓を祓ったうえで、親元に返されましたよ」
なら、よかったけど…大変な目に遭ったな。
「根回しは済んでいます。
事が事ですから、今回の件はどうかはご内密に。
…それから、言付けと一緒にこれを預かっています」
「これって…!」
カイトさんから渡されたのは、片手に収まるぐらいの小さな丸鏡。
生家から追い出される前に、姉様がくれた鏡守と同じ物だ。
浄化、守り等の術が込められたそれは、シロちゃんの呪いを祓う際、限界がきて割れてしまった。
「『あまり無茶なことはしないでほしい。
あなたにもしものことがあれば、この世のすべてを呪ってしまいそうです』…とのことです」
「ハ、ハハ…」
呪ううんぬんは冗談だろうけど、なにもかも劣る庶子なんかを今でも気にかけてくれていたなんて…。
なにもかも完璧な、素晴らしい人の妹として生まれたことは、私の誉れだけど、罪でもあるので誰にも知られてはいけない。
「着きましたよ」
目隠しを外されると、辺りはもう真っ暗。
振り返ってみるけど、カイトさんはもういなかった。
ひさびさの我が家(借家)に帰ると、ハヤテは勝手に敷いた布団の中から、のそのそと出てきた。
「おかえり〜。無事でよかったッスよ。」
「…」
私は扉を閉めると、大きくため息を吐いた。
「ハヤテ…あんた、私を囮にしたでしょ?」
「いいじゃないッスか。
天変地異が起こるよりは」
悔しいが、ぐうの音もでないド正論だ。
それに、ハヤテのモフモフの毛皮には、呪いの残滓がこびりついている。
そっちはそっちで大変だったみたい。
「…これに懲りたら、向こう見ずな行動は控えるッスよ。
まさか、自分が死んでも悲しむ人はいない、なんて思ってないッスか?」
「…ソンナコトオモッテナイヨ」
一応、姉様は心配してくれていたみたいだし。
ハヤテの視線が痛いのはきっと気のせいだ、うん。
「それよりも、私を見捨てたことは許してあげるから、あれやって?」
「ええ…」
「い・い・か・ら」
「…」
ハヤテが渋々ながら成体の姿になると、私はいそいそと布団の中に潜り込んで抱きしめた。
ついでに、呪いの残滓を祓ってあげる。
この程度なら、鏡守の力を借りる必要はない。
「あの雛、もう大丈夫なんだよね?」
「もちろんッス。トウカのこと心配してたッスよ」
「そっか」
「オイラだって…トウカに死なれるのは面白くないッス」
「…ゴメン」
単に、玩具がなくなるのが嫌なだけかもしれないけど、悪い気はしない。
「ああ、言い忘れてたッス。
炎羅家の三男、なんか危険な薬を隠し持ってたらしくて、しょっ引かれたッスよ。
もう会うこともないんじゃないッスか?」
「へ、へえ?」
今でこそハヤテが守ってくれてるけど、カズマには髪を引っ張られたり、足を引っ掛けられたり、服の裾を燃やされたりと嫌な思いをさせられた。
いなくなって清々はするけど…。
「ハヤテ、まさか仕込んだりとかは…」
「心外ッスね。
邪魔してたのは別に否定しないッスけど、あいつが自分で招いた結果ッス」
話は終わりとばかりに、ハヤテはだんまりを決め込むので、これ以上の詮索は止めることにした。
モフモフの毛皮に顔を埋め、大きく吸い込むと、私はゆっくりと眠りに落ちていった。
「やれやれ…」
完全に寝たのを確認すると、俺はトウカの腕の中から抜け出し、代わりにそっくりな式を潜り込ませた。
一瞬、トウカは顔をしかめたが、入れ替わりは無事に完了したようなので、変化を解く。
自由奔放な妖狐のハヤテとは仮の姿で、俺の本名は卯月スオウ。
父方の曽祖母が妖狐らしいが、詳細を聞く前に両親が病死し、卯月一門に引き取られた。
妖狐譲りの変化能力を活かし、姿も、名も、性格も偽れば、潜入捜査で俺の右に出る者はいない。
引き換えに自分の感情や欲に疎くなった気がするが、わりとどうでもよかった。
俺が六つも下の小娘のお守りをしているのは、次期頭首候補に挙がるほど有能ではあるが、想い人が絡むと残念になる上司のせいだ。
上司の想い人、オウカは神職を多く輩出する名家、春舞家当主の一人娘だ。
人外じみた美貌と歴代最大の霊力から、信者と…上司も含めて求婚者が絶えないのだとか。
実はトウカは、春舞家当主が酔ってこしらえたもう一人の娘だ。
しかし、凡庸なのもあって汚点として母親ともども追い出され、記録からその存在を抹消されている。
二年前に母親が亡くなり、天涯孤独となった異母妹を、当のオウカは案じているのだが、それを知らない狂信者どもが命を狙っているので、任務と並行して護衛しろとのことだった。
職権乱用だろ。頭首候補から外されても知らないぞ。
まあ、命令は命令だと向かった先で…護衛対象が本命の案件に巻き込まれていたのには、肝が冷えたものだ。
腐っても春舞家の直系の娘だからか、トウカは幻術の類を無意識に見破ってしまうので、お人好しでおっちょこちょいで向こう見ずなのもあって、時々面倒ごとに足を突っ込んでしまう。
おまけに、俺が別のものに変化していてもバレるときた。
そんなやつ、一門でもそういなかった。
…もっとも、本当に俺が妖狐だと思っているようだが。
お気の毒なお嬢様から、目が離せないじゃじゃ馬へと認識を改めるまで、そう時間はかからなかった。
「で、そっちはどうだった、カイト?」
「一度、結界が破られましたが、たどり着く前に捕縛しました。
少々手間取りましたが、雇い主の名を吐きましたよ」
夜目が利く俺は、隠形の術を解いたカイトの姿を、暗闇の中でもはっきりとらえた。
消音の結界を張ってあるので、俺たちの密談はトウカに聞こえない。
「それにしても、抜き打ち調査に来た後輩をこき使うのはまだしも、何も知らない娘を龍の件にかこつけて『貴賓牢に放り込め』とは、スオウさんも人が悪い」
「最善を選んだまでだ」
あそこには脱獄や、囚人に恨みを持つ輩の襲撃を防ぐために、強力な結界が張ってあるので警護にはうってつけだ。
本命の案件が解決し、トウカの護衛に専念できるようになった矢先、なぜか不自然な事故や夜中の襲撃等が相次ぐようになった。
そこでカイトを巻き込むことにしたのだ。
龍の雛はその日のうちに担当者に託し(説得には苦労した)、残りの日数はトウカに成りすまして囮になった。
少々危険が伴ったが結果は上々。
卯月一門の牢を襲撃してきたのは予想外だったが、潰す大義名分ができたことだし、連中はもうトウカの命を狙うことはできないだろう。
恋敵を蹴落とし、さらにオウカの好感度を上げられたと、ご満悦な上司の姿が目に浮かぶ。…そうしていられるのは今のうちだが。
「ついでに、面倒なやつも自滅してくれた」
「それって、どこぞの色ボケ上司のことを言ってます?」
「いや、ただのクソガキだ」
「…ふ〜ん?」
クソガキこと炎羅カズマは、トウカに滅多に会えなくなったことに焦ったのか、媚薬を使って背格好が似た女を手篭めにしようとして、返り討ちにあった。
今までの所業も含め(匿名で俺がチクった)、事態を重く見た炎羅家の当主夫妻は、クソガキを生涯幽閉にするとのこと。
奥方にいたっては、鬼の形相でボコボコにしてたな。ざまあみろ。
「で、なんであの色ボケ上司の愚行を、頭首様に報告しなかったんですか?
スオウさんならそれができたはず」
「…いくら頭首様の甥だからって、ただの憶測で頼るのはお門違いだろう。
第一、めんどくさい」
嘘は言っていない。
頭首として、一線を越えるようなことこそないが(それこそ上司のように)、あの方は妹の忘れ形見である俺をウザいくらい溺愛してくるので苦手だ。
「その娘の護衛から外されたくないからでは?
『死なれるのは面白くない』んですよね?」
「それは…あの女が卯月一門を敵認定する可能性を警戒したまでだ」
「あ〜…」
姫巫女だの現人神だのと崇められているが、オウカはそんな高潔な人物ではない。
あの女が愛するのは妹ただ一人。
信者は気づかない。
自分たちに向けられるオウカの眼差しが、虫けらを見る目であることを。
トウカを虐げた春舞家の使用人たちがなぜかここ数年、病死や外出先での事故死等で少しずついなくなっていることを。
成人となる十八歳の誕生日を迎えた時には、十中八九実の父親も…。
あのクソ上司はよりにもよって、そんなオウカの唯一を踏み台にしようとしたのだ。
仮に命は免れたとしても、その想いが成就することはない。
「それはそれとして、気に入ってはいるんですよね?」
チッ、誤魔化せなかったか。
「能力だけなら、うちに欲しいところだ。
危なっかしくて無理だがな」
暗殺の件を抜きにしてもあんなやつ、放っておけやしない。
もう少し自分を大事にしてくれたら…いや、世間一般的にはかわいいんだから、またあのクソガキみたいなダメな虫が湧きそうだ。
…ところで、なんでカイトはそんなにニヤニヤしているんだ?
「フムフム、頭首様にいい報告ができそうです」
「おい、カイト…」
「大丈夫ですよ。悪いようにはしませんので♪」
慌てて伸ばした手はカイトが転移の術を使ったことで、虚しく空を切った。
後日、カイトから一連の報告を受けた頭首様と、春舞家の新当主になったオウカにより、俺とトウカの婚約が決まる。
結婚についてはあまり考えていなかった俺だが、トウカの夫候補は他にもいると聞かされ、思わず了承してしまったのだ。
…あの時の頭首様のニヤケ面、マジでぶっとばしてやりたかった。
顔合わせの日、混乱するトウカと一悶着あったりするのだが、それはまた別の話。




