青竹は、何を打っているのか
佐野での用事は、予定より少し早く終わった。
午前中にお客様の工場を訪問し、お届け物と簡単な打ち合わせを終えた。
いろいろあって、お叱りを受けたが、炎上というほどではない。
ほっと胸をなでおろす。
「次回までに論点を整理します」と言って会議室を出た時点で、私はすでに頭の中で報告書の構成を組み直していた。
駅へ向かうタクシーの中で、運転手さんに言われた。
「佐野来たなら、ラーメン食べてった方がいいですよ」
そう、それはたしかにそうだ。
佐野まで来て、何も食べずに帰るのは惜しい。
新幹線の乗り継ぎを考えても、少し余裕はある。
私は駅近くの佐野ラーメンの店を検索し、評判のよさそうな店に向かった。
店の前には、平日なのに10人弱の列ができていた。
出張用の黒いバッグを肩にかけたまま、私はその最後尾に並んだ。
わたしはキャリーバックが嫌いなのだ。
あの周囲にごろごろと無遠慮にまき散らす情報量。
一目で、「あ、他所から来たな」とわかってしまう存在感。
だから黒い大きなトートバックか、それで収まらない時はボストンバック。
おかげで、わたしの左肩は何時も凝っている。
並ぶほどなのか。
でも、ここまで来たのだ。行かない手はない。
そして、列は意外に早く進んだ。
店内からは、醤油スープの香りが流れてくる。
空腹には…十分な訴求力があった。
佐野ラーメン。
青竹打ちの平打ち麺。
澄んだ醤油スープ。
あっさりしているが、麺には存在感がある。
私は事前に調べた範囲の知識を、ぼんやり頭の中で確認していた。
今日は普通に食べたい。
普通に出張が終わり、普通に地方の名物を食べ、普通に電車に乗って帰る。
それでいい。
本当に、それでよかった。
店員に案内され、引き戸を開けて店内に入った瞬間、私は足を止めた。
うそだ…
奥の二人掛け席に、あの男がいた。
紺のジャケット。
白いシャツ。
ネクタイなし。
自分で自分を老舗に寄せている感じ。
そして、向かいには前回と同じ若い男性。
いや、いるの。
ここ佐野ですけど。
私は一瞬、本気で引き返そうと思った。
いまならまだ間に合う。
店員に「すみません、急用で」と言えば、社会人としてぎりぎり成立する。
だが、後ろにはまだ客が並んでいる。
私は十数分、店の外で待った。
その列を抜け、ようやく入った。
ここで引き返したら、完全に負けである。
それに、お腹も減っている。
私は心の中で深く息を吐き、案内されたカウンター席に座った。
不幸中の幸いで、今回は男たちの席からは少し距離がある。
ただし、声は聞こえる。
また、この距離。
聞こえすぎず、聞こえなさすぎない。
一番よくない距離。
私はラーメンを注文した。
「佐野ラーメン、ひとつ」
店員が注文を通す声と同時に、男の声が聞こえた。
「いいか。佐野ラーメンというものはね、ラーメンであって、ラーメンではない」
始まった。
若い男性は、もう慣れているのか、驚いた様子もなく水を飲んでいた。
当然、目は死んでいた。
「東京のラーメンは、選択肢で食べる。濃厚、淡麗、魚介、鶏白湯、家系、二郎系。都市は、選択肢を増やすことで人間を疲れさせる」
急に都市批判。
「だが、佐野ラーメンは違う。佐野ラーメンは、距離で食べる」
距離で食べる。
また変な単位が出た。
「わざわざ来る。車で来る。駅から歩く。出張の帰りに寄る。つまり、佐野ラーメンは移動の後に立ち上がる食べ物なんだ」
出張の帰りに寄っている私を巻き込まないでほしい。
男は水を一口飲んだ。
「これは、大宮から見てもよくわかる」
また大宮。
前回、生まれも育ちも大宮と判明した男。
江戸の蕎麦を語り、武蔵野うどんを語り、いま佐野ラーメンを語っている。
大宮が何を許可しているのか、いまだにわからない。
若い男性が小さく聞いた。
「大宮から、ですか」
「そう。大宮は結節点だ」
もう知ってる。揺るがないところだけ評価してもいいのか?
よくわからない。
「新幹線も在来線も集まる。北関東への入口でもある。だから大宮で育つと、麺類をリレーションとして捉えるようになる」
ならないと思う。
「蕎麦は都心の速度。武蔵野うどんは郊外の持久力。そして佐野ラーメンは、北関東へ伸びる移動の余白だ」
言葉だけは、たくみだ。
悔しい。
私の前に水が置かれた。
店内は混んでいるが、回転はいい。
壁にはメニュー。餃子を頼むか一瞬迷ったが、帰りの電車を考えてやめた。
男たちの席に、ラーメンが運ばれてきた。
白い丼。
澄んだスープ。
青ねぎ、チャーシュー、メンマ。
そして、少し縮れた平打ち麺が、スープの中でやわらかく揺れている。
男は箸を取らなかった。
取らないんだろうな、と思ったら、本当に取らなかった。
絶対に、ひとくさり何か言うに違いない。
「まず、見る」
でしょうね。
「佐野ラーメンは、透明性のラーメンだ」
スープの話だろうか。
それとも内部統制の話だろうか。
この人の場合、後者に行く可能性がある。
「この澄んだ醤油スープ。濁らない。隠さない。だが、薄いわけではない」
そこまではいい。
「これは、主張しないリーダーシップだ」
行った。
スープが管理職になった。
「濃厚スープは、リーダーが前に出すぎる。食べ手は、スープの意思に従わされる」
スープの意思。
「だが佐野ラーメンのスープは、麺を前に出す。自分は場を整える。これは支配ではなく、環境設計だ」
また少しだけ使えそうなことを言うのをやめてほしい。
若い男性は、うなずいている。
あなたも慣れすぎでは。
「そして、麺だ」
男は箸で麺を持ち上げた。
「青竹打ちの麺には、不均一性がある」
これは聞いたことがある。
青竹打ちによって、平たく、幅や厚みに微妙な差が出る。そこに食感の変化が生まれる。
「均一でないということは、悪ではない。むしろ、人間に判断を返す」
判断を返す。
また判断。
この人は、麺を食べるたびに意思決定論を更新する。
「機械で完全にそろえられた麺は、食べ手から驚きを奪う。だが、不均一な麺は違う。太いところ、薄いところ、縮れたところ。それぞれが異なる情報を持つ」
情報を持つな、麺。
「つまり佐野ラーメンは、標準化と個別最適性の均衡点なんだ」
業務改革の会議で出てきそうな表現。
しかも、そこまで外していない気がするのが腹立たしい。
私のラーメンも運ばれてきた。
湯気が立つ。
見た目は素朴だ。
過剰な装飾はない。
スープを一口飲む。
おいしい。
醤油の香りがあり、油は軽い。
塩気はあるが、強すぎない。
出張の後の疲れた身体に、ちょうどよく入ってくる。
麺をすくう。
平たく、少し縮れている。
口に入れると、柔らかいのに、だらしなくない。
噛むと、場所によって少しずつ感触が違う。
なるほど。
不均一性。
いや、違う。
これは普通に食感。
危ない。
男の語彙が侵入している。
隣では、男がまだ語っていた。
「青竹打ちという技法はね、単に麺を延ばしているのではない」
でしょうね。
あなたの世界では、単に何かをしているものは存在しない。
「青竹で打つ。体重をかける。リズムをつくる。これは、身体性を通じて麺に秩序を与える行為だ」
青竹は、何を打っているのか。
麺なのか。
近代なのか。
それとも、あなたの比喩の限界なのか。
「近代的な管理は、均一化しすぎる。すべてを測り、そろえ、誤差をなくそうとする」
急に社会批評。
「しかし、現場には誤差が必要なんだ。誤差があるから、食べ手は注意を払う。注意を払うから、関係が生まれる」
麺と関係を結ばないでほしい。
「青竹打ちは、誤差を管理する技術だ。誤差をなくすのではなく、食べられる範囲に収める」
これは、ちょっと良い。
いや、だめだ。
良いと思ったら負けだ。
私はラーメンをすすった。
スープが軽いので、食べ進めやすい。
出張先で食べるには、たしかにちょうどいい。
重すぎると帰りの電車で眠くなる。
軽すぎると、食べた気がしない。
その中間。
男なら、これを何と言うだろう。
やめろ。
考えるな。
若い男性が言った。
「じゃあ、佐野ラーメンは、標準化しすぎない組織みたいなものですか」
聞く側も育っている。
私は箸を止めた。
男は満足そうにうなずいた。
「近い。ただし、組織よりも少し自由だ」
ラーメンの方が自由。
「組織は人間を配置する。しかし佐野ラーメンは、麺がスープの中で自分の居場所を探している」
探してないと思う。
「それをスープが受け止める。具材が補助する。チャーシューは権威ではない。経験だ」
チャーシューは経験。
「メンマは規範だ」
なぜ。
「ねぎは変化だ」
もう配役表。
若い男性が、チャーシューを見つめていた。
経験を食べる覚悟をしている顔だった。
男はチャーシューを一枚、静かに持ち上げた。
「チャーシューが厚すぎると、ラーメン全体が過去に支配される」
過去。
「薄すぎると、経験が継承されない」
人材育成か。
「佐野ラーメンのチャーシューは、その中庸を知っている」
チャーシューに徳目を与えるな。
私は笑いそうになり、慌てて水を飲んだ。
危ない。
ここで吹き出したら、完全に敗北である。
店内では、他の客が淡々と食べている。
誰も男の話を聞いていないように見える。
あるいは、聞こえていても、聞こえないことにしている。
地方の人気店には、こういう処理能力があるのかもしれない。
ラーメンを出し、客を回し、変な蘊蓄を空気に溶かす。
男は、スープを一口飲んだ。
「うん。これは、佐野だ」
でしょうね。
前回は武蔵野うどんを食べて「これは、武蔵野だ」と言った。
その前は蕎麦を食べて「これは、江戸だ」と言った。
地名を言えば感想になると思っている。
でも、現地で言われると少しだけ成立してしまう。
そこが厄介だ。
若い男性が、何かを思い出したように言った。
「そういえば、前に江戸前の蕎麦っておっしゃってましたけど」
お。
そこ行くの。
私は内心で身を乗り出した。
「蕎麦の場合、厳密には江戸蕎麦とか、藪とか更科とか、そういう言い方の方が自然なんですかね」
若い男性、成長している。
ただ聞かされるだけの存在ではなくなっている。
男は、少しも動じなかった。
「厳密には、そうだ」
認めた。
「だが、私はあえて江戸前と言った」
出た。
あえて。
この人の「あえて」は、だいたい後付けである。
「なぜですか」
若い男性が聞いた。
「江戸前という言葉には、前がある」
そこ?
「江戸の前。つまり、江戸に向かう姿勢だ。蕎麦を江戸前と言うことで、蕎麦が江戸に向かって立ち上がる」
立ち上がらなくていい。
「厳密さは必要だ。しかし厳密さだけでは、文化は動かない」
誤用を文化論で包んできた。
「用語は地図だ。だが、食べ物は移動だ。地図にこだわりすぎると、移動の感覚を失う」
すごい。
間違いを完全に旅にした。
女性として、社会人として、私は一つだけ強く思った。
この人、会議で絶対に論点をずらすのがうまい。
若い男性は、納得したのか、していないのか、微妙な顔で麺をすすった。
私は心の中で突っ込んだ。
いや、普通に「江戸蕎麦」でよかったでしょう。
しかもあなた、生まれも育ちも大宮でしょう。
江戸に向かう姿勢って、ただの上り電車じゃん。
男は続けた。
「大宮から見ると、江戸は目的地ではない。通過点でもある」
また大宮。
「新幹線に乗れば北へ行く。在来線に乗れば都心へ行く。つまり、大宮は、江戸に向かうことも、江戸から離れることもできる場所なんだ」
だから何。
「そこで育った者は、中心を絶対化しない」
前回も聞いた。
「佐野も同じだ。佐野は、東京ではない。だが、東京から切れているわけでもない。北関東の入口にありながら、独自の麺文化を持つ」
それはそうかもしれない。
「つまり、佐野ラーメンは、大宮から見たときに最もよく理解できる」
そこまでは違うと思う。
大宮、出しゃばりすぎ。
私は麺をすすりながら、心の中で言った。
この人の中では、関東の食文化が全部、大宮駅の路線図に貼り付いている。
江戸蕎麦は南。
武蔵野うどんは西。
佐野ラーメンは北。
このままだと、東に行ったら勝浦タンタンメンまで大宮で説明される。
やめてほしい。
いや、少し聞きたい。
男は餃子を一つ食べた。
「餃子も重要だ」
やっぱり頼んでた。
「佐野ラーメンにおける餃子は、補助線だ」
補助線を食べるな。
「ラーメンだけでは見えない構造を、餃子が浮かび上がらせる」
どんな構造。
「皮は包む。餡は内側にある。つまり、餃子は境界管理だ」
もう嫌だ。
「焼き目は外部接点だ」
焼き目に外部接点を持たせるな。
若い男性は、餃子に醤油をつけながら真顔で聞いている。
この人も、もうかなり危ない。
私はラーメンを食べ終えた。
スープを全部飲むか迷ったが、半分ほどで止めた。
午後の仕事は終わっている。
だが、帰りの電車で資料のメモをまとめるつもりだ。
塩分を取りすぎると、頭がぼんやりしそうだった。
男の声が聞こえる。
「最後にスープを飲むか残すか。ここに、その人の地域との距離感が出る」
出ない。
「全部飲む人は、地域に身を委ねる人だ。残す人は、まだ帰る場所を持っている人だ」
やめて。
今まさに残そうとしている。
「出張者は、残していい」
急に許された。
「なぜなら、彼らには帰りの電車がある」
それはそう。
「スープを飲み干すことだけが敬意ではない。次に来る余地を残すことも、敬意なんだ」
また、ちょっと良いことを言う。
本当にやめてほしい。
油断すると、普通にメモしそうになる。
私は伝票を持って席を立った。
男の席の横を通らなければ、出口に行けない配置だった。
最悪だ。
私はできるだけ自然に通り過ぎようとした。
その瞬間、男がこちらを見た。
目が合った。
終わった。
男は一瞬だけ考える顔をした。
そして、あの蕎麦屋と武蔵野うどんの店で見たのと同じ、妙に確信のある表情をした。
「ああ」
覚えてるの。
「以前、蕎麦屋で」
やめて。
「それから、肉汁うどんの店でも」
全部覚えてる。
若い男性もこちらを見た。
あ、という顔をした。
この人も覚えている。
私は曖昧に会釈した。
社会人としての最小限の動作。
これ以上、関係を深めてはいけない。
男は言った。
「今日の佐野ラーメン、どうでした」
聞かないで。
私は一秒で回答方針を決めた。
短く。
評価は一般的に。
比喩を使わない。
地域論に入らない。
大宮を呼び込まない。
「おいしかったです。出張帰りにちょうどよかったです」
完璧。
無難。
閉じた回答。
男は深くうなずいた。
「そうです。佐野ラーメンは、出張帰りにちょうどいいんです」
拾われた。
「なぜなら、出張とは、非日常と日常の往復です。佐野ラーメンの透明なスープは、非日常を日常に戻す緩衝材になる」
緩衝材。
私の一言が、理論に組み込まれてしまった。
「帰る前に食べる。これは重要です。現地での情報を、身体の中で一度整理する。そうして初めて、人は報告書を書ける」
やめて。
帰りの電車で本当に報告メモを書く予定なの。
若い男性が言った。
「ラーメンが、レビューの前処理なんですね」
あなたはもう戻れない。
男は満足そうにうなずいた。
「そう。佐野ラーメンは、出張後レビューの前処理だ」
違う。
私はもう一度、会釈した。
「失礼します」
これ以上ここにいると、業務プロセスにラーメンが混入する。
会計を済ませ、店を出た。
外の空気は少し乾いていて、夕方にはまだ早い。
駅へ向かう道には、低い建物と広い空があった。
佐野まで来たんだな、とようやく思った。
仕事は終わった。
ラーメンも食べた。
あの男にも会った。
最後の一つは不要だったが、もう起きてしまった事実である。
駅のホームで電車を待ちながら、私はスマートフォンを開いた。
帰りの車内でまとめるため、今日の打ち合わせメモを確認する。
部門間の認識差。
設備更新の影響範囲。
標準化すべき業務と、現場裁量を残す業務。
次回までの整理事項。
私は、無意識にこう打ちかけた。
「標準化と個別最適の均衡点をうまく設計する必要がある」
止まった。
これは、業務用語としては普通にあり得る。
あり得るが、さっき男が麺について言っていた。
私は一度消した。
少し考え、別の表現にした。
「共通化する業務と、拠点ごとの判断を残す業務を切り分ける必要がある」
よし。
これは安全。
しかし、その下にもう一行、指が勝手に動いた。
「青竹打ち型の設計思想は避ける」
私は慌てて削除した。
危ない。
本当に危ない。
電車がホームに入ってきた。
ドアが開く。
私はバッグを持ち直し、車内に入った。
窓の外に、佐野の街がゆっくり流れていく。
ラーメンはおいしかった。
男の話は変だった。
ただ、変な話ほど、なぜか一部だけ残る。
透明なスープ。
不均一な麺。
標準化と個別性。
帰る前の前処理。
私は窓に映る自分の顔を見た。
少し疲れている。
少し満腹。
そして、少し感染している。
そのうち、会議で本当に言ってしまうかもしれない。
「この案件は、佐野ラーメン的に考えると」
絶対にだめだ。
私はスマートフォンを閉じた。
車内アナウンスが流れる。
次の駅名を聞きながら、私は心の中でつぶやいた。
大宮で乗り換えるのだけは、今日は妙に嫌だった。




