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天使様、研究発表のレジュメを提出する

読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定です♩

 夏季休暇も終わり、フェルム月に入ったが、まだ、夏の暑さが収まらない。そんな、ロドエル魔導学院にも、新学期の鐘が鳴り響いていた。


 夏休みという非日常が終わり、生徒たちは再び日常へと戻っていく。日焼けした顔でバカンスの思い出を語り合う者、課題が終わらずに図書室へ駆け込む者。


 そんな喧騒の中、チーム『寄せ植え』の五人――レオン、エリアス、フェリックス、ベアトリクス、そしてルチアは、放課後のサロンにある円卓を囲み、七枚の羊皮紙を広げていた。

『鳴らずの鐘楼』、『涙を流す創設者の像』、『永遠に枯れない薔薇園』、『行き先が変わる肖像画』、『歌う底なしの噴水』、『ひとりでに本が並ぶ大書庫』、そして、『偽りの星空を映す天象儀の間』。 


 それぞれの場所で発見し、書き写してきた魔法陣だ。

 彼らの課題は、初等部1年の年間研究課題。その集大成となる研究発表会は、年末のイルナ月(10月)に行われる。そこには学園長はおろか、魔導士ギルドの重鎮や、国王陛下まで臨席されるという一大イベントだ。そして今月、フェルム月は、その発表会に向けた「研究概要」の提出期限が迫っていた。


「……やっぱり、ここにもあるね。このよくわからない線」

 エリアスが、眼鏡の位置を直しながら、それぞれの魔法陣に共通して描かれている、奇妙な幾何学模様を指差した。それぞれの魔法陣は、「音の伝達」や「冷却」といった独自の機能を持っている。しかし、それらには必ず、術式としては機能していない、単なる飾りとも取れる複雑な線や空白が混じっていたのだ。


「高等部の教科書を先読みしてみたんだけど、こういうのは『ダミー・ライン(迷彩術式)』って言うらしいよ。魔法陣の核となる重要な部分を隠したり、解読を難しくするために、あえて無意味な線を書き足すことは、古代の魔導師の間では常識だったみたいだ」

「え、ただの落書きだったってことかよ!?」

「でも、全て書き方が似ているから、何かしら、相互干渉する魔法陣になる気がするんだけど……」 


 確かに、大人たちや研究者たちも、これらの線を「ただのダミー」として処理し、個々の七不思議の機能だけを解明して満足していたのだろう。だからこそ、七不思議は「ただの不思議な現象」として放置されてきたのだ。


 だが、レオンは首を傾げた。

「でも、これ……本当にただの落書きかな?見て、ここのカーブと、こっちの直線の切れ端。なんだか、パズルのピースみたいに合いそうだよ?」

「本当だ!レオン様、貸してください!これと、ここが合わさってー……」

 ルチアが、羊皮紙を透かして重ねていく。ルチアはこういうパズルが大好きだった。


 ルチアがパズルと格闘すること小一時間ーーー

「……あ」

 全員が息を呑んだ。七枚の羊皮紙が重なった瞬間、それまで「無意味なダミー」だと思われていた線たちが、ピタリと繋がり、一つの巨大で、恐ろしく複雑な紋様を浮かび上がらせたのだ。

「すっげー……!ピッタリだ!」

 フェリックスが目を丸くして覗き込む。バラバラだった迷彩が、実は一つの大きな絵を描くための線だったのだ。


「これが、七不思議の真の姿……。巨大な術式の一部だったのね……すごいわ!ルチア!」

 ベアトリクスが、扇子で口元を隠しながら感嘆の声を漏らす。

「でも……これ、なんの魔法陣だろう?」

 レオンが尋ねると、エリアスはうーん、と唸って首を横に振った。

「……分からない。個々のパーツの機能は分かるけど、これらが全て合わさって、最終的に何を発動させるのか……。この『核』となる部分の術式が、あまりにも高度で、今の僕の知識じゃ読み解けないよ」


 エリアスは悔しそうに唇を噛んだ。「ダミー線」だと思われていたものが繋がって意味を持つなど、大人の常識では考えつかないことだった。しかし、繋がったその先に何があるのか、子供の知識ではそこまでたどり着けない。

「まあ、分かんねーもんは仕方ねーよ!俺たち初等部だぜ?これだけ見つけただけでも大発見だろ!」

 フェリックスが、明るい声で空気を変えた。

「そうだね。それに、発表会のレジュメの提出期限も迫ってるしね。ここらで一度、まとめよう」

 レオンの提案に、みんなが頷いた。ここからは、提出に向けたラストスパートだ。


 ◇


 レジュメ作成は、まさに総力戦だった。

「フェリックス!字が汚い!もっと丁寧に書きなさい!提出用ですのよ!」

「これでも頑張ってるんだって!ペンが折れそうだぜ」

 ベアトリクスの厳しい指導(検閲)のもと、フェリックスが実地調査の記録を清書する。


「魔法陣の解説と考察は僕が書くね。……ええと、この古代語のニュアンスは……」

 エリアスは、何冊もの辞書を積み上げ、専門的な解説文を執筆する。


「私は、皆さんの原稿に合わせて、図解イラストと資料の貼り付けを担当しますね!見やすく、分かりやすく!」

 ルチアは、持ち前の器用さで、魔法陣の模写や現場のスケッチを仕上げていく。


 そしてレオンは、全体の構成と、「まとめ」の執筆だ。七つの不思議がどう繋がり、どういう機能を持っているか。そして、最後の謎の魔法陣については、

「七つを重ね合わせると一つの図形になることが判明したが、その効果は現時点では不明。今後の研究課題とする」

と、正直に記した。

「よし……これで、完成だね!」


 ◇


 ーーー数日後。

 とうとう、レジュメが完成!

 綺麗に製本されたレジュメを手に、五人は達成感に包まれていた。


 翌日、レオンたちは担当教官である魔法史の先生にレジュメを提出し、発表内容の相談を行った。先生は、老眼鏡をかけ直し、レジュメをパラパラとめくると、ほう、と感心した声を上げた。

「……よく調べたな。一年生にしては、なかなかの力作だ」

 先生は、個々の七不思議の調査内容――鐘楼の掃除や、薔薇園の剪定といった実地検証の記録――を高く評価した。


「しかし、この最後の……魔法陣を重ね合わせた図というのは、面白い発想だね」

 先生は、最後のページにある「総合魔法陣」の図を見て、くすりと笑った。

「ダミー線を繋ぎ合わせて、一つの絵にするとは。子供らしい、柔軟な想像力だ。」

 やはり、先生もこれが意味のある魔法陣だとは気づいていないようだった。「ダミー線をつなげて遊んでみた」程度の、微笑ましい創作だと思われている。


「あ、あの、先生。でも、これ、本当に繋がっているように見えて……」

 エリアスが食い下がろうとしたが、先生は優しく手で制した。

「ああ、いいんだよ。研究には、そういう『遊び心』も大切だからね。七不思議の調査という課題に対して、君たちは十分すぎる成果を出した。この謎の図形については、『今後の研究課題』として発表の最後に付け加えるといいだろう。聴衆の興味を引く、良い演出になる」


 先生はニコニコと判子を押してくれた。自分たちの発見の真価が伝わらなかったのは少し残念だったが、それでも発表の許可が下りたことに、五人は顔を見合わせて歓声を上げた。

「「「やったー!!」」」

 ベアトリクスも、扇子で口元を隠しているけれど、目が嬉しそうに細められている。


 こうして、彼らの波乱万丈な夏休みの研究は、無事に第一関門を突破したのだった。あとは、年末の発表会に向けて準備を進めるだけだ。


「よし!今日は打ち上げだ!レジュメ完成&提出記念パーティーだぜ!」

 教室への帰り道、フェリックスが提案した。

「そうだね!みんなで美味しいものを食べて、お祝いしよう!」

「場所は、どうする? 寮の食堂じゃ味気ないし……」

『レオン様ー、別邸行きたいー、美味しいお菓子たべたいよー』

 モリィが王都のグレイスフィールド家の別邸を催促した。

「グレイスフィールド家の別邸!行ってみたいですわ!」

「レオンの家の料理、美味いんだよなー!」

 ということで、会場はグレイスフィールド家の王都別邸に決定した。


 ◇


 王都の貴族街にあるグレイスフィールド家の屋敷。領地の城ほど大きくはないけれど、洗練された造りの屋敷に、五人は到着した。


「ただいまー!」

 扉を開けると、兄達が待っていた。

「おかえり、レオン!待ちくたびれたぞ!」

「よお、お疲れさん。レジュメ、出したんだって?」

 二人は、レオンたちが研究に没頭している間、影ながら(というか結構あからさまに)サポートしてくれていた。今日の打ち上げにも、もちろん招待済みだ。


「アデル兄様、ユリ兄様!無事に提出できました!」

「そうかそうか! よく頑張ったな、私の天使!」

 アデル兄様が、いつものように感涙しながら抱きついてくる。レオンは慣れたもので、それを軽く受け流しつつ、みんなを招き入れた。

「ようこそ、我が家へ!さあ、入って」

 広々としたサロンには、すでに料理のいい香りが漂っている。そして、そこには予想外の人物が待ち構えていた。


「あら、おかえりなさい、レオン。それに、お友達の皆さんも、いらっしゃい」

 優雅に紅茶を飲んでいたのは、母、エレナだ。

「えっ!? か、母様!? どうしてここに!?」

 領地にいるはずのエレナの姿を見てレオンは目を丸くする。

「ふふふ。驚いた?」

 エレナは悪戯っぽく微笑んだ。


「ルチアのことよ。ルチアの『魔力圧縮』の才能について魔道士ギルドにお願いしたんだけど、進展がないみたいだから、しばらくの間、王都の魔導士ギルドに通って、本格的な制御訓練を受けさせることにしたの。その付き添いよ」

「ええっ! そうだったの、ルチア?」

 振り返ると、ルチアが「はい……」と恥ずかしそうに頷いた。

「奥様が、どうしてもとおっしゃって……。私も、もっとレオン様のお役に立ちたいので、頑張ってみようかと……」


 本当は、ルチア(とモリィが)攫われそうになったと聞いて心配で、来たのだけれど…

「まあ、建前はそうなんだけどね」

 エレナは、ティーカップを置いて、さらなる本音を漏らす。

「領地で父様と二人きりもいいんだけど、やっぱりあなたたちがいないと退屈でねぇ。父様には『領主様、頑張ってね❤』って書き置きを残して、飛び出してきちゃった!」

「父様……」

 レオンは、領地の執務室で頭と胃を抱えているであろう父マルクの姿を想像して、そっと合掌した。きっと今頃、執事のクラウスさんが特製の胃薬を差し出しているに違いない。


「それに、今日はあなたたちが大仕事を終えたって聞いたから。お祝いの準備もバッチリよ!」

 母様が手を叩くと、厨房からワゴンが運ばれてきた。押しているのは、なんと領地の料理長、クロノだ。

「クロノさんまで!」

『クロノさーん!!』

 クロノのお菓子が食べたかったモリィは大喜びだ。

「へへっ、坊ちゃん。奥様に『王都で腕を振るえ』って言われましてね。今日は特別メニューですよ!」


 クロノが銀の蓋を開けると、湯気と共に現れたのは――。

「わあ!『肉じゃが』だ!」

 大皿に盛られた、照りの美しい肉じゃが(もどき)。和江おばあちゃんの知恵袋から生まれた、グレイスフィールド家のソウルフードだ。さらに、隣には色鮮やかな『でこれーしょん・けーき』も鎮座している。

「すっげー! 美味そう!」

「これが噂の……!」

 フェリックスとエリアスが身を乗り出す。

「まあ、家庭的なお料理ですこと……でも、とてもいい香りですわ」

 ベアトリクスも興味津々だ。

「さあ、みんな、座って座って!乾杯しよう!」


 レオンの音頭で、一同はグラス(中身は特製フルーツジュース)を掲げた。

「七不思議研究の第一段階突破と、チーム『寄せ植え』の友情に!乾杯!」

「「「乾杯!!」」」

 賑やかな宴が始まった。


「うめぇ!なんだこれ、ジャガイモがとろとろだ!」

「この甘辛い味付け……パンにも合いますけど、白いご飯が欲しくなりますね」

 フェリックスとエリアスは、初めて食べる肉じゃがに夢中だ。

「ベアトリクス様、お口に合いますか?」

 レオンが聞くと、ベアトリクスは上品に口元を拭って頷いた。

「ええ……。見た目は素朴ですが、とても繊細で、温かい味がしますわ。……なんだか、ホッとします」

 彼女の氷のような表情が、柔らかく溶けていく。


 ルチアは、母様と話し込んでいる。魔導士ギルドでの研修の話だろうか。母様は楽しそうに、ルチアは真剣に、でも嬉しそうに頷いている。

 アデル兄様は、相変わらずレオンの皿に料理を取り分けるのに忙しい。「レオン、これも食べなさい」「口元にソースがついているぞ」と、甲斐甲斐しいことこの上ない。

 ユリウス兄様は、そんな兄様をからかいながら、フェリックスと意気投合して馬鹿話に花を咲かせている。

 部屋の隅では、モリィが、クロノさんからこっそりケーキとクッキーをもらって、幸せそうに尻尾を振っていた。


(……幸せだなあ)

 レオンは、サロンを見渡して、心からそう思った。入学した時は、あんなに不安だったのに。今、僕の周りには、こんなに素敵な仲間たちと、温かい家族がいる。

 七不思議の謎は、まだ完全には解けていない。あの総合魔法陣が何なのか、そしてヘイムダール家の不穏な動きも、気になるところだ。そして、年末の発表会という大舞台も待っている。


 ーーーでも。

(みんなと一緒なら、きっと大丈夫)


 レオンは、甘いケーキを一口食べて、隣にいるエリアスに微笑みかけた。

「エリアス、発表会に向けて、これからも頑張ろうね」

「うん! レオン君となら、何でもできる気がするよ」

 エリアスも、自信に満ちた笑顔で返してくれた。


 窓の外では、秋の虫たちが鳴き始めている。彼らの初めての夏休みは、こうして、最高の笑顔と共に幕を閉じたのだった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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