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天使様、赤い彗星と敵に出くわす

読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定です♩

 ーーー夏休み最終日。


 大書庫での幽霊騒動を「十進分類法」という文明の利器で解決し、司書たちの神となったレオンたちチーム『寄せ植え』は、いよいよ最後の七不思議へと挑んでいた。


 場所は、学院で最も高い塔の最上階、『偽りの星空を映す天象儀の間』。ドーム状の天井に、魔法で映し出された美しい星空が広がるロマンチックな場所だが、最近、そこに不吉な「赤い彗星」が現れ、凶兆だと騒がれているのだ。


「……きれいですね」

 ルチアが、天井を見上げてため息をつく。漆黒のドームには、無数の星々が瞬いており、それは本物の夜空と見紛うほど精巧で、静謐な空気に満ちていた。

「これのどこが『偽り』なんだ?すっげー綺麗じゃんか」


 フェリックスも、素直に感嘆の声を上げる。しかし、その美しい星空の中に、一つだけ異質なものが混じっていた。

「……あれですわね」

 ベアトリクスが扇子で指し示した先。東の方角にあたる位置に、禍々しいほどに赤い光が、ちか、ちか、と不規則に点滅していた。


「あれが噂の『赤い彗星』……。確かに、不気味だね」

 エリアスが眼鏡の位置を直し、手元の魔法陣の写しと見比べる。彼らは部屋の天井の中央に刻まれていた魔法陣を発見し、すでに解析を始めていた。


「この魔法陣……今までで一番複雑だ。でも、基本構造は読み取れるよ。これは『遠見』の術式だね。空の彼方、あるいは遠く離れた場所を見ている……?」

「遠見……」


 レオンは、その言葉を聞きながら、じっと天井の赤い光を見つめていた。その光は、ただ光っているのではない。不規則に点滅し、そして、ごくわずかだが、ゆっくりと移動しているように見えた。

(……彗星?いや、違う)

 レオンの中にある和江おばあちゃんの記憶、その片隅にある「前世の知識」が、警鐘を鳴らす。まるで、SF映画で見た宇宙船のコンソール。あるいは、孫が遊んでいた戦争ゲームの画面。暗い画面の中で、敵の位置を知らせる、あの不気味な光。

(あれは、天体じゃない。……レーダーの反応のようだ)


 レオンの背筋に、冷たいものが走った。この『天象儀の間』は、星空を映しているのではない。これは、何らかの探知魔法が捉えた反応を、視覚化して映し出しているモニターなのだ。

 他のメンバーは赤い彗星を凶星と見て

「魔王が復活するのかも」

「国の凶兆を知らせる星ではないのかしら」

 などと、ファンタジー世界らしい解釈で怖がっている。


 レオンの抱いた恐怖はもっと現実的で、軍事的なものだった。

(もし、あれが敵を感知して映しているのだとしたら……。王国の敵が、どこかに潜んでいる?でも、背景が星空じゃ、場所が分からない……。どうやって位置を特定するんだ?)

 レオンが考え込んでいた、その時だった。


 ーーーカツ、カツ、カツ……。


 静寂な塔の階段を、誰かが登ってくる足音が響いた。生徒や教師ではない。革靴の重たい、無遠慮な足音だ。


「誰だ!」

 フェリックスが入り口に向かって叫んだ。闇から姿を現したのは、深緑色のローブを纏った、痩せぎすの男だった。その胸には、一本の塔と三つの星――『ヘイムダール侯爵家』の紋章が刺繍されている。


「……夜分に子供がうろつくものではないな」

 男は、冷たい蛇のような目でレオンたちを見回した。その目は、明らかに生徒を見る教師の目ではなく、実験動物を見る研究者の目だった。

「あ、あなたは……?」

 エリアスが一歩前に出るが、男は王族であるエリアスに一礼すらしなかった。ヘイムダール侯爵家の直属魔術師。法よりも知識の探求を優先すると噂される、危険な一派の手先だ。


「ここで何をしている。……ふん、まあいい」

 男の視線が、レオンたちの後ろに控えていたルチアに留まり、ねっとりと絡みついた。

「……おまえ。魔術師ギルドへ『魔力圧縮』の件で相談に来ていた平民の娘だな」

 ルチアが、ひっ、と息を呑んで後ずさる。男の口元が、三日月のように歪み、ゆっくりと手を伸ばした。

「こっちへ来い。話がある。……たっぷりと、な」

 その言葉に含まれるニュアンスは、「勧誘」などという生易しいものではない。「実験台」への招待状だ。全員が、凍りつく。


 だが、次の瞬間、フェリックスが動いた。彼はルチアの前に立ちはだかり、その背中に彼女を隠した。

「おい、おっさん。うちのチームの仲間に、気安く触るんじゃねえよ」

「……どけ、小僧」

「嫌だね!」


 そして、レオンもまた、一歩も引かずに前に進み出た。その愛らしい顔には、いつもの微笑みはなく、侯爵家の子息としての、毅然とした威厳が宿っていた。

「お引き取りください。彼女は、僕の……グレイスフィールド家の侍女です。無礼な振る舞いは、主である僕が許しません」

 レオンの言葉に、ベアトリクスも扇子を閉じて加勢する。

「そうですわ!わたくしはヴォルフェン公爵家のベアトリクス!わたくしの友人に手を出そうなど、ヴォルフェン家への宣戦布告と受け取りますわよ!」

「ぼ、僕も……アルセリオス王家の名において、命じます!下がりなさい!」

 エリアスも、震える声で、しかし懸命に王族としての権威を振りかざす。子供たちの必死の抵抗。しかし、魔術師は鼻で笑った。


「くくく……。ガキ供が、権力を振りかざして何ができる」

 男の手から、どす黒い魔力が溢れ出した。

「邪魔をするなら、排除するまでだ。どうせ事故に見せかければいい」

「やらせるかよ!」


 フェリックスが腰の訓練用剣を抜いて斬りかかる。しかし、魔術師は指一本動かさずに障壁を展開し、フェリックスを弾き飛ばした。

「ぐわっ!」

「フェリックス!」

 レオンが叫ぶ。その足元から、白い影が飛び出した。


『レオン様の友達をいじめるなー!』

 使い魔のモリィだ。彼は瞬時に巨大化しようと魔力を練り上げる。しかし、魔術師はそれを見て、ニヤリと笑った。

「ほう、精霊か。しかも高位の……。これは良い拾い物だ」


 男は懐から、奇妙な鎖を取り出し、素早く投げつけた。それは、空中で蛇のようにうねり、モリィの体に巻き付いた。

『わんっ!?な、なにこれ!力が……抜ける……』

 モリィが、その場に崩れ落ちる。巨大化しかけた体は、みるみるうちに子犬サイズへと縮んでしまった。

「精霊縛りの魔鎖だ。貴様のような純粋な魔力体には、劇薬だろう?」

 本来なら、世界樹の眷属であるモリィには、並大抵の拘束具など効かないはずだ。しかし、この鎖はヘイムダール家が禁術の研究の末に生み出した、対精霊特化の魔道具だった。


「モリィ!」

 レオンが駆け寄ろうとするが、魔術師は見えない力でレオンたちを壁際に吹き飛ばし、磔にした。

「うっ……! 動けない……!」

「さて、まずは娘と、この珍しい犬を頂いていくか」

 魔術師は、倒れているモリィの首根っこを掴み、腰の抜けたルチアの腕を乱暴に引っ張り上げた。

「いや……っ! レオン様ぁ……!」

「ルチア! モリィ!」

 レオンは必死にもがくが、大人の、それも手練れの魔術師の拘束魔法は、子供の力では解けない。大切な仲間と、家族同然の使い魔が、目の前で連れ去られようとしている。無力感と絶望が、レオンの胸を押しつぶそうとした。


 ――その時だ。

 ドォォォォォン!!


 塔の入り口の扉が、爆音と共に吹き飛んだ。もうもうと立ち込める粉塵の中から、二つの影がゆらりと現れる。

 一人は、全身から青白い炎を立ち上らせ、修羅の如き形相をした、金髪の美少年。もう一人は、周囲の空気を凍りつかせながら、氷の刃を弄ぶ、銀髪の少年。

「……おい、三流魔術師」


 地獄の底から響くような声で、長兄アデルが言った。

「私の可愛い弟と、その友人に……その薄汚い手で、何をしようとしている?」

「へえ。随分と楽しそうなことをしてるじゃないか。僕も混ぜてよ」

 次兄ユリウスが、全く笑っていない目で、ニヤリと笑う。


「アデル兄様!ユリ兄様!」

 レオンの目から、涙が溢れた。最強の、そして最愛の守護者たちが、駆けつけたのだ。

「な、なんだ貴様らは!?」

 魔術師が狼狽える。彼は知らなかったのだ。この学院には、王家の権威よりも、公爵家の武力よりも恐ろしい、「弟のためなら国さえ焼き払うブラコン兄弟」が存在することを。


「ユリウス、拘束を解け!あの下種は私がやる!」

「了解。……広域魔法無効化アンチ・マジック・エリア!」

 ユリウスが指を鳴らすと、彼を中心に不可視の波動が広がった。それは、周囲に展開されているあらゆる魔法効果を、問答無用で霧散させる強力な術式だった。


 パリン、パリン!


 レオンたちを壁に縛り付けていた見えない拘束が、ガラスのように砕け散る。

「ぷはっ! う、動ける!」

 さらに、その無効化の波動は、部屋全体を覆っていた別の魔法にも影響を及ぼした。

 ――ザザッ……ザザザッ……

 ドームの天井に映し出されていた美しい星空が、ノイズのように激しく明滅し、次の瞬間、フッと掻き消えた。


「あ……」

 星空の幻影が消えた後に現れたもの。それは、石造りの天井ではなく、魔法の光で描かれた、巨大で精緻な『地図』だった。

 山脈、森林、平野、そして都市。精巧極まりない、この国とその周辺諸国の『地形図』が、ドーム全体に浮かび上がったのだ。

 そして、その地図の上を、あの「赤い彗星」と呼ばれていた赤い光点が、ゆっくりと移動している。その位置は――アルセリオス王国の国境付近。


「これは……!」

 拘束を解かれたレオンは、その地図を見て確信した。

(やっぱりだ!星空はカモフラージュだったんだ!これは、超長距離レーダー……敵性存在の感知システムだ!)

 レオンの予想通り、赤い光は敵の侵入を示していたのだ。それが何なのかまでは分からないが、何かが、国境に集まっている。


 一方、魔術師は、アデルの猛攻に防戦一方となっていた。

「ひぃっ!防御魔法を剣でぶち破るだと!?学生のレベルじゃないぞ!?」

「黙れ!ルチアを泣かせた罪、モリィを傷つけた罪、そして何より……レオンを怖がらせた罪!万死に値する!」

 アデルの剣が、魔術師の障壁を紙のように切り裂く。魔術師は、モリィとルチアを手放し、無様に床を転がった。

「ひっ、ひぃぃ!」

 アデルにボコボコにされ、もはや戦意喪失した魔術師は、懐から煙玉を取り出し、地面に叩きつけた。

 ーーーボンッ!

 紫色の煙が充満し、視界を遮る。

「逃がすか!」


 アデルが追おうとするが、ユリウスが止めた。

「待てよ兄貴!深追いは危険だ。それに、レオンたちの安全が先だろ」

 煙が晴れた時には、魔術師の姿は消えていた。逃げられた。だが、ルチアも、モリィも無事だ。


「レオン! 怪我はないか!?」

 アデルが血相を変えて駆け寄ってくる。

「はい、兄様たちのおかげで……。ありがとう、アデル兄様、ユリ兄様!」

 レオンが抱きつくと、アデルは

「ううっ、良かった……!」

 と、先程の修羅が嘘のように泣き崩れた。


 ユリウスは、天井の地図を見上げながら、エリアスに声をかけた。

「おい、殿下。これ、解析できたか?」

「う、うん。……これは、『超長距離監視・投影』の術式だね。空にある星の動きではなく、地上の魔力反応を感知して、ここに映し出すシステムみたいだ」

 エリアスの解説に、レオンは頷いた。

「やっぱり……。これは、国を守るための監視システムだったんだ」

 

七不思議の最後の一つ。それは、お化け屋敷の仕掛けなどではなく、国の安全を守るための古代の遺産だったのだ。


「でも、なんで今になって、あんな赤い光が……?」

「……」

 フェリックスの疑問に、黙り込むベアトリクス……

(赤い光は、ヴァリウス公爵領国境付近。……帝国軍?)


 ヘイムダール侯爵家の不穏な動き。そして、謎の監視システムに映る赤い影。学園の七不思議は解明されたが、それは新たな、そしてより巨大な謎と危機の始まりに過ぎないのかもしれない。

「……とにかく、今日はもう帰ろう。みんな、無事でよかった」

 レオンの言葉に、全員が頷いた。ルチアは、震えながらも、助けてくれたフェリックスの服の袖をぎゅっと掴んでいた。モリィは、『あいつ、絶対許さない……!』と、悔しそうに唸っている。


 兄たちに守られながら、塔を降りるレオン。その背後で、ユリウスの魔法が解けた天井の地図は再び星空へと戻り、赤い彗星だけが、警告のように赤く明滅し続けていた。

 夏休みが終わる。


 そして、彼らの「研究」は、思わぬ形で、国の運命と交差し始めていたのだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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