天使様、幽霊司書に十進分類法を教える
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ーーー夏休みも残りわずかとなったある日の夜。
『歌う底なしの噴水』を浄化し、またしてもパワースポットへと変貌させたチーム『寄せ植え』の五人は、次なる七不思議の攻略へと乗り出していた。
六つ目のターゲットは、『ひとりでに本が並ぶ大書庫』。深夜、誰もいないはずの書庫で、本が勝手に飛び回り、独りでに棚に収まるというポルターガイスト現象が多発している場所だ。噂によれば、整理整頓に取り憑かれた「幽霊司書」の仕業だという。
「……また、幽霊ですの?」
ベアトリクスが、うんざりしたように扇子で口元を隠す。深夜の校舎への侵入も、これで何度目だろうか。最初は怯えていた彼女も、今ではすっかり慣れたもので、その足取りには迷いがない。
「まあ、幽霊と言っても、この前の肖像画と同じパターンだろうな」
フェリックスが、懐中電灯代わりの魔法の灯りを掲げながら、こともなげに言う。彼らはすでに、歴代学長の肖像画が「魔導擬似人格(AI)」であることを知っている。今回も、似たような魔導具の暴走だろうと予想していた。
「そうだね。きっと、本の整理をするための自律型魔導具か何かが、誤作動を起こしているだけだよ」
エリアスも、恐怖より知的好奇心の方が勝っているようで、ワクワクしながら大書庫の扉を見上げた。
「行こうか。本が傷つく前に、止めないと」
レオンが扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いた。
◇
ギィィィ……。
ーーーバシーン!!ガラガラッッ!
重厚な扉が開くと同時に、中から凄まじい怒号と、何かが激突する音が響き渡った。
『だーかーら!これはここじゃねえって言ってんだろ!何度言わせんだ、このクソ女!』
『はぁ!?この本は『歴史』でいいのよ!あたしの分類にケチつけんじゃないわよ!』
『いや、これは歴史的背景も書いてあるが、主眼は『武器』の構造だろ!武器の棚だ!』
『まぁ、まぁ二人とも落ち着いて……それは、『戦争論』の棚じゃないかな……』
『ジジィは黙ってろよ!』
『黙るのはあんたよ!この武器オタクが!なんでも武器に分類しようとすんじゃないわよ!』
『なんだと!?この腐れ歴女が!オメェこそ、なんでも歴史に分類して、主人公達、腐らせるんじゃねぇよ!』
『イヤイヤ、オタクなのはお互い様だから。ね?それに人の趣味にケチつけるのはよくないよ?ね?』
静寂なる知の殿堂であるはずの書庫は、さながら酒場の喧嘩のような騒ぎになっていた。空を飛び交う無数の本。それを投げ合っているのは、半透明の体を持つ三人の人影――噂の「幽霊司書」たちだった。
一人は、作業着姿の粗暴そうな男。一人は、三角眼鏡をかけた神経質そうな女性。そしてもう一人は、オロオロと仲裁に入ろうとしている気弱そうな老人。
彼らは、本を整理するどころか、互いに本を投げつけ合い、罵り合っていた。
「……えげつない言葉遣いですわね……」
「……初めて聞いた言葉もあるよ……」
ベアトリクスとエリアスが、そのガラの悪さに固まる。深窓の令嬢と王子様にとって、彼らの罵倒は異次元の言語だった。
「おーい!ストップだ、ストップ!」
見かねたフェリックスが、大声を上げて割って入った。レオンも、風魔法で飛んでくる本を優しく受け止めながら、前に進み出る。
「皆さん、落ち着いてください!本が泣いていますよ!」
突然の侵入者に、三人の幽霊司書たちはピタリと動きを止めた。
『ああん? なんだお前ら。生徒か?』
『ここは閉架書庫よ!立ち入り禁止だって習わなかったの!?』
男と女の司書が、今度は矛先をレオンたちに向けてくる。その殺伐とした空気を、一瞬で和らげたのは、ルチアだった。
「まあまあ、皆様。夜分にお仕事、お疲れ様です。喉が渇いていらっしゃるでしょう?」
彼女はいつの間にか、持参したバスケットからポットを取り出し、湯気の立つハーブティーとお菓子を準備していたのだ。肖像画の時と同じ、「胃袋作戦」である。
『お茶……?』
『気が利くじゃないか……』
三人は毒気を抜かれたように、ふわりと床に降りてきた。彼らもまた、歴代学長と同じく、書庫管理のために作られた魔導擬似人格だった。長年、増え続ける蔵書の整理を任されていたが、最近の新刊ラッシュと分類の複雑化に処理が追いつかず、パニックを起こして喧嘩になっていたらしい。
『だってよぉ、最近の本はジャンルが曖昧なんだよ!『魔法使いのための剣術入門』とか、魔法なのか剣術なのかハッキリしろってんだ!』
男の司書が、クッキーを齧りながら愚痴る。
『『王宮の歴史と恋愛事情』なんて本もよ!歴史棚に入れたら、あいつが『これは恋愛小説だ』って文芸棚に投げ返すのよ!』
女の司書も、紅茶を飲みながらヒステリックに叫ぶ。
『ふむ……どちらも一理あるからのぅ……』
老人の司書は、ただただ困り顔だ。
彼らの最大の問題は、それぞれが「勝手な分類ルール」を持っていて、統一されていないことだった。これでは、いつまで経っても片付くはずがない。
「なるほど……。分類のルールが決まっていないのが原因なんですね」
レオンは顎に手を当てて考えた。そして、和江おばあちゃんの知恵袋から、ある画期的なシステムを引っ張り出した。
(そうだ!前世の図書館で使われていた、あれを使えばいいんだ!)
「皆さん、僕にいい考えがあります!」
レオンは、瞳を輝かせて提案した。
「『日本……じゃなくて、十進分類法』を使いましょう!」
「じっしん……なんだって?」
「本の内容を、数字で管理するんです。例えば、『0』は総記、『1』は哲学、『2』は歴史、『3』は社会科学……というふうに、大きなジャンルを数字で分けます」
レオンは、前世の記憶にある「日本十進分類法(NDC)」を、この世界に合わせてアレンジしながら説明を始めた。
「魔法学は『3』類にしましょう。その中で、攻撃魔法は『31』、防御魔法は『32』……さらに火属性は『311』、水属性は『312』と、細かく数字を割り振っていくんです」
『数字で……管理……?』
司書たちが顔を見合わせる。
「そうすれば、本のタイトルや内容に迷っても、『この本は311番』と決めてしまえば、誰がやっても同じ場所に片付けられます。住所を決めてあげるようなものです!」
『おお……! それは画期的だ!』
『数字なら、喧嘩にならないわね!』
司書たちは感嘆の声を上げた。しかし、すぐに新たな問題が浮上する。
『でもよ、その『分類』をどう決めるんだ?俺は剣術こそ『1』番だと思うぜ!』
『はぁ? 剣術なんて分類いらないわよ。魔法学が『1』に決まってるでしょ!』
『いやいや、歴史こそが全ての源流……』
またしても、我の強い司書たちが揉め始めた。その様子を見て、今まで黙っていたベアトリクスが、ついにキレた。
ーーーバンッ!!
彼女は、持っていた扇子で、近くの机を思い切り叩いた。
「いい加減になさい!!」
凛とした一喝が、書庫に響き渡る。
「いつまで低レベルな争いをしているのですか!貴方たちがやるべきは、利用者が本を探しやすくするための環境作りでしょう!自分のこだわりを押し付け合うなんて、プロ失格ですわ!」
ベアトリクスの「鉄壁の規律」魂に火がついたのだ。
「レオン!わたくしと貴方で、全ての分類項目と番号を決定しますわよ!この優柔不断な幽霊たちに任せていたら、百年経っても終わりませんわ!」
「えっ、僕も!?」
「当たり前です!言い出しっぺでしょう!さあ、やりますわよ!」
ベアトリクスの指揮のもと、ここに「大書庫完全整理プロジェクト」が発足した。
◇
それからの一週間は、まさに地獄のロードだった。レオンたちは、昼間は研究課題(という名のお茶会)をし、夜になると書庫へ忍び込んで、夜通し作業を行った。
「この『召喚術の基礎』は?」「『342』番ですわ! 魔法学の中の、召喚術の項目へ!」
「了解! ルチア、ラベル書き頼む!」
「はい、レオン様!」
レオンとベアトリクスが司令塔となり、次々と本に番号を割り振っていく。ルチアは、持ち前の器用さと几帳面さで、背表紙に番号ラベルを貼っていく。
「ふんぬっ! こいつは重いな!」
「フェリックス、そっちは『自然科学』の棚だよ!間違えないで!」
フェリックスは力仕事担当だ。山のような本を抱え、指定された棚へと運ぶ。
「ええと……この『古代王朝の興亡』は、歴史の『23』番だね。でも、後半の魔法技術の記述は『38』番にも関連するから……相互参照のタグをつけておこう」
エリアスは、その博識さを活かして、内容の難しい本の中身を確認し、正しい分類先を判断する役割を担った。
そして、三人の幽霊司書たちは。
『へいへい、旦那!次はこっちですかい!』
『姉御!ラベルが足りません!』
完全に、レオンとベアトリクスの手足となって働かされていた。特にベアトリクスの的確かつ容赦のない指示出しに、彼らはすっかり恐縮し、「赤の姉御」と呼んで崇拝し始めていた。
◇
そうして、夏休み終了の前日。
ついに、数十万冊に及ぶ蔵書の整理が完了した。
「……終わった……」
フェリックスが、大の字になって床に倒れ込む。全員、疲労困憊だったが、その瞳には達成感の光が宿っていた。
見渡せば、広大な書庫の全ての棚に、本が背の順に、そして番号順に、美しく整然と並んでいる。それは、ただの本棚ではない。知の体系が可視化された、美しい芸術作品のようだった。
『なんて……美しいんだ……』
『これなら、どこに何があるか、一目瞭然だわ……』
幽霊司書たちは、震えながらその光景を見つめていた。そして、三人は揃って、レオンとベアトリクスの前にひざまずいた。
『アナタ達……図書ノ神デスカ……』
「いえ、ただの通りすがりの一年生です」
「当然のことをしたまでですわ」
二人は、さらりと答えた。
感動に打ち震える老人司書が、涙を拭いながら言った。
『ありがとう、若き賢者たちよ。これでお主らとの約束を果たそう。探していた魔法陣の場所だな』
彼は、杖を振り上げ、書庫の高い天井を指し示した。
『あそこだ。書庫の天井画の中心を見るがいい』
見上げると、ドーム状の天井に描かれたフレスコ画――知恵の神が人々を導く絵――の中心に、複雑な魔法陣が隠されていた。
「あれだ!」
エリアスが、最後の力を振り絞って解析を始める。
「これは……『知識検索』の術式だね」
エリアスによれば、この魔法陣は、書庫にある膨大な本の中から、利用者が求める情報を瞬時に検索し、その場所を光で指し示すためのシステムだったらしい。
「なるほど!本来は、魔法で本を探せる便利な図書館だったんだね」
レオンが納得する。しかし、本が乱雑に置かれていたせいで、検索システムがエラーを起こし、それがポルターガイスト現象として現れていたのだ。
「整理整頓したら、魔法陣も正常に動くようになったみたいだね」
エリアスが、試しに「『七不思議』について」と念じると、天井の魔法陣が淡く光り、数冊の本をスポットライトのように照らし出した。
「すごーい! これなら調べ物が捗りますね!」
「便利だな! テスト勉強も楽勝じゃん!」
一同は、その機能に大喜びした。
だが、エリアスの表情が、ふと曇った。
「……やっぱり、ここにもある」
「え?」
「『共通の術式』だ。鐘楼、像、薔薇園、肖像画、噴水……そして、この書庫。全ての魔法陣に、『何か』が組み込まれている」
六つ全ての七不思議に共通する、謎の魔法陣。それは、単なる学園の設備管理システム以上の、何か大きな意味を持っていることは明白だった。
「残るはあと一つ……『偽りの星空を映す天象儀の間』だけだね」
レオンが呟く。 最後の七不思議。そこに、全ての答えがあるはずだ。
「行きましょう。夏休みも、あと一日ですわ」
ベアトリクスが、凛とした表情で言った。彼女の目には、もう迷いはなかった。
こうして、大書庫の整理という大仕事を終えたレオンたちは、いよいよ最後の謎へと向かう。 その背中を、幽霊司書たちが
『ありがとうございましたー!』
『また来てくれよなー!』
『整理整頓、守りますぅぅ!』
と、涙ながらに見送っていた。
ちなみに、新学期が始まると、図書室の利用率が劇的に向上したとかしないとか……
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