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天使様、歌う噴水に願い事をする

読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定です♩

 夏休みも後半に差し掛かり、夜風に少しだけ涼しさが混じり始めた頃。


『肖像画の廊下』での深夜のお茶会を経て、歴代学長たちという強力な(そしておしゃべりな)コネクションを手に入れたチーム『寄せ植え』の五人は、次なる七不思議の攻略へと乗り出した。


 ターゲットは、学院の中央広場にある『歌う底なしの噴水』。満月の夜、水底から古代の歌が聞こえ、近づく者を底なしの闇へと引きずり込むという、なんとも恐ろしげな伝説を持つ場所だ。


「……今夜は満月ですわね」

 ベアトリクスが夜空を見上げ、扇子を握る手に力を込める。深夜の校舎にも慣れてきたとはいえ、夜の噴水広場は不気味な静けさに包まれていた。月光を浴びて青白く光る水面は、底が見えないほど黒く濁り、時折、ボコッ、ボコッという不穏な気泡が浮かび上がっては消える。


「行こうか。歌が聞こえるとしたら、今頃のはずだよ」

 レオンを先頭に、五人(と1匹)は噴水へと近づく。 


 すると――。

 ゴポォ……グルゥ……ヴォオオオオ……


 確かに、聞こえた。水音に混じって、地底から響くような、低く、唸るような音が。それは時折、ヒュゥゥという高い音に変わり、まるで苦しむ亡者の嘆きか、あるいは呪いの詠唱のように響き渡る。

「ひぃっ!き、聞こえましたわ!これは、呪いの歌声ですわ!」

 ベアトリクスがルチアの背中に隠れる。

「古代語の歌……?いや、言葉として成立していないような……」

 エリアスが耳を澄ませて分析しようとするが、音は不規則で、意味のある単語は聞き取れない。

 レオンも眉をひそめた。

(なんだろう、この音。歌というよりは、もっとこう……生活感のある音というか……)


 その時、フェリックスがポンと手を打った。

「あ! これ、知ってるぞ!」

「えっ、知ってるの?何の歌だい?」

 エリアスが尋ねる。

「いや、歌じゃねえよ。これ、家のトイレの配管が詰まった時の音とおんなじだ!」


 ――静寂。

 ロマンチックな怪談の雰囲気が、一瞬にして崩壊した。

「ト、トイレ……ですって……?」

 ベアトリクスが絶句する。

「おう!親父が紙を流しすぎて詰まらせた時、便器の奥からこんな音がしてたんだよ。『ゴポォ……』って。絶対そうだ!」

 フェリックスの野生の勘とも言える聴覚。しかし、レオンの中の「和江おばあちゃん」の経験値が、その説を強力に支持した。

(確かに! これは空気が配管に噛んで、水がスムーズに流れない時の『ウォーターハンマー現象』に近い音だ!)


「フェリックス、鋭い!もしかしたら、噴水の排水管が詰まっていて、水と空気が変な音を立てているだけなのかもしれない!」

「だろ!?俺の耳に間違いはねえ!」

「原因が分かれば、怖くないよ。調査してみよう!」

 レオンの号令で、五人は噴水のふちに乗り出し、中を覗き込んだ。しかし、そこには過酷な現実が待っていた。


「く、臭いですわ……!」

 ベアトリクスが鼻を押さえる。

『底なし』と言われる理由は、呪いでも魔法でもなく、長年堆積したヘドロと藻、そして投げ込まれたゴミによって、水が完全に濁りきっているからだった。水深は膝丈ほどだが、底が見えないため、どこまで深いのか分からない恐怖感がある。さらに、中央の噴出口からは不規則に水が跳ね上がり、近づく者を容赦なく濡らす。


『ーーーボク、もうダメ……』

 モリィは臭いにやられて、一目散にレオンの影に逃げ出した。

「この中で、排水口を探すのですか……?」

 ルチアが不安げに呟く。

「やるしかねえ!俺が入る!」

 フェリックスが靴を脱ぎ、ズボンの裾をまくって、濁った水の中へと足を踏み入れた。

「うわっ、ぬるっとする!底がヌルヌルだ!」

「気をつけて、フェリックス!」

 レオンとエリアスも続く。しかし、手探り(足探り?)で底を探しても、ヘドロが厚すぎて配管の位置が特定できない。おまけに、跳ねる水飛沫で服はびしょ濡れだ。

「きゃっ! 冷たい!」

 ベアトリクスにも水がかかる。彼女はドレスの裾を摘み上げ、必死に汚れを回避しているが、もはや限界寸前だ。


「ダメだ……。どこに穴があるのか、全然分からねえ」

 フェリックスが泥だらけの手で顔を拭う。

「魔法陣や、水を止めるスイッチのようなものも見当たらないね……」

 エリアスも眼鏡を曇らせて首を振る。

 夜風が濡れた体を冷やし始める。衛生環境も最悪だ。これ以上の続行は困難だと、レオンは判断した。

「みんな、今日は一旦引き上げよう。風邪引いちゃうよ……」

「そうですわね……。お風呂に入りたいですわ……」

 第一夜は、「トイレの詰まり説」という有力な仮説を得たものの、物理的な汚れに阻まれ、撤退を余儀なくされた。


 ◇


 翌日。リベンジに燃えるレオンたちは、再び噴水広場に集合した。しかし、フェリックスの姿が見当たらない。

「遅いね、フェリックス君」

「寝てるんじゃありませんの?」

「モリィに起こしに行ってもらおうか?」

『ボク、やだよ!』

 なんて話していると、校舎の方から、何か長い棒状のものを担いだフェリックスが走ってきた。


「おーい!待たせたな!秘密兵器を持ってきたぜ!」

 彼が誇らしげに掲げたもの。それは、長い木の棒の先に、半球状のゴムのようなカップがついた道具だった。

「それは……?」

「用務員室から借りてきた!トイレの詰まりを一発で直す『スッポン(正式名称:ラバーカップ)』だ! こいつでガポッてやれば、詰まりなんてイチコロだぜ!」


 フェリックスは本気だった。彼はこの『スッポン』で、噴水の詰まりを物理的に解消しようというのだ。

「なるほど……。空気圧で汚れを押し流す……」

 レオンは感心した。しかし、同時に気づいてしまった。

(あれ? 空気圧で汚れを押し出すなら……わざわざ道具を使わなくても、魔法でできるんじゃ?)

 レオンの脳内で、閃きが走る。水魔法で管内を満たし、風魔法で高圧の空気を送り込む。そう、『高圧洗浄機』の原理だ。


「フェリックス、ありがとう!その道具を見て、良い方法を思いついたよ!」

「えっ?俺の『スッポン』は使わねえのか?」

「『スッポン』の原理を、魔法で再現するんだ!みんな、少し離れて!」

 レオンは、噴水の縁に立つと、両手をかざして意識を集中させる。ターゲットは、昨日フェリックスが足で探り当てた、水流が微かに吸い込まれているあたりの底。

「水よ、満たせ。風よ、穿て! ――『ハイプレッシャー・ウォーター・ジェット』!!」

 レオンは、「年末の大掃除」のイメージを魔力に乗せて放った。圧縮された水と風の塊が、見えない排水管の入り口に直撃し、内部へと突入する。


 ーーーボコォッ!!

 腹の底に響くような低い音がして、噴水の水面が大きく盛り上がる。


 ーーードババババババッ!!!

 排水管の逆流と共に、長年詰まっていたヘドロ、藻の塊、そして魔力が凝り固まってできた黒い汚泥の塊(魔素スライム)が、火山の噴火のように一気に吐き出された。

「うわああっ!?」

「きゃあああ!!」

 全員が慌てて退避する。噴水から吐き出された汚泥は、凄まじい悪臭と共に広場の外へと弾き飛ばされた。


 そして、全ての詰まりが解消された瞬間。


 ーーーシュウウウウウウ……

 それまで不規則に暴れていた噴水が、一度静まり返り、次の瞬間、見たこともないほど高く、美しく、清らかな水を吹き上げた。

 濁りきっていた水は、循環機能が回復したことで、魔法的な浄化作用が働き、みるみるうちに透明度を取り戻していく。底に沈んでいた大理石のタイルが、陽光を受けてキラキラと輝き始めた。


 ……ポロン……シャララ……

 水が水面を叩く音が変わった。不気味な「ゴポォ…」という音は消え、代わりに、まるでハープを奏でるような、繊細で美しい水音の重なりが、広場に響き渡り始めたのだ。

「きれい……」

 ルチアが呟く。

「これが、本来の『歌う噴水』の姿だったんだね」

 エリアスも目を細める。


 水流が正しいリズムと水量で循環することで、噴水全体が巨大な楽器となり、美しい旋律を奏でる仕掛けだったのだ。その音色は、まさに「精霊の合唱」と呼ぶに相応しい。

「すごいぜレオン!俺の『スッポン』よりすげえ!」

 フェリックスが大はしゃぎだ。

「まあ……。あの悪臭が嘘のようですわ。これなら、ここでお茶をしてもよろしくてよ」 ベアトリクスも扇子を閉じ、満足げに頷いた。


 水が透き通ったことで、今まで見えなかった底の様子が露わになった。

「あ、見て! あそこ!」

 レオンが指差したのは、中央の噴出口のパイプの内側、藻が剥がれ落ちた部分だった。そこに、微かに光る紋様が刻まれていたのだ。

「あれが魔法陣だ!排水管の内側にあったなんて、汚れで見えないわけだよ」

 エリアスが目を凝らして解読する。

「ええと……これは『音響増幅』と『水流制御』の術式だね。やっぱり、水を楽器として扱うための魔法陣だ。でも……」

 エリアスは、やはり眉をひそめた。

「ここにもある。他の七不思議と同じ、解読不能な『別の魔法陣』が……」

 謎の魔法陣は、ここでもセットで刻まれていた。やはり、全てが繋がっていることは間違いない。


 ひとまずの解決を喜び、レオンはポケットから一枚の銅貨を取り出した。

「綺麗になった記念に、おまじないをしよう」

「おまじない?」

「遠い国で、綺麗な泉にコインを投げ入れて願い事をすると、叶うと言われてるんだよ」

 レオンは、噴水に背を向け、右肩越しにポーンとコインを投げ入れた。チャポン、と澄んだ音がして、銅貨はキラキラと揺れながら底へと沈んでいく。

「みんなが、ずっと仲良く過ごせますように」


 レオンが手を組んで祈ると、他の四人も真似をしてコインを投げ入れた。

「俺は、剣の大会で優勝!」

「僕は……もっと自信が持てるように」

「レオン様に、ずっとお仕えできますように!」

「……わたくしは、その……皆様との友情が、続きますように」

 五枚のコインが、清らかな水底で輝く。 その光景は、青春の1ページのように美しかった。


 ◇


 ーーー後日。


「おい、見たかよ!あの噴水、天使が浄化したらしいぞ!」

「コインを投げ入れたら、水が光るんだって!あれはきっと、祝福の証だ!」

「あの噴水にコインを投げると、願いが叶うらしいわよ!」

 噂は光の速さで学院中に広まった。


 翌日から、噴水広場はコインを握りしめた生徒たちで長蛇の列ができることになった。

「試験に受かりますように」

「恋が叶いますように」


 ――投げ込まれるコインの量は日に日に増え、噴水はいつしか『学園の願いが叶う泉』と呼ばれる名所となった。


 ちなみに、投げ込まれた大量の硬貨は、定期的に生徒会によって回収され、学園の設備修繕費(主にレオンたちが破壊したり改造したりした場所の修理費)に充てられることになったという。


「どうしてこうなった……」

 レオンは、コインで埋め尽くされそうな噴水を見ながら苦笑いする。だが、不気味な歌が消え、みんなが笑顔で集まる場所になったのだから、結果オーライだろう。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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