守護者たちの知られざる夏休み
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ーーー夏休み。
それは学生にとって、解放と休息の季節である。
本来であれば、実家へ帰省し、家族との団欒や領地の視察、あるいは避暑地での優雅な時間を過ごすのが貴族の子弟の常だ。しかし、今年のグレイスフィールド家の兄弟たちは違った。
王都ロドエル魔導学院、中等部寮の一室。そこには、完璧な制服の着こなしを少しだけ崩した長兄アデルと、ソファに寝転がりながら氷の結晶を弄ぶ次兄ユリウスの姿があった。
「……兄上。そろそろパトロールの時間じゃないか?」
「ふむ。そうだな、ユリウス。今日も我が天使の安全を確認せねばならん」
二人は、この夏休み、実家であるグレイスフィールド領へは帰らないという選択をしていた。
アデルの表向きの理由は「ジークハルト王太子の政務補佐のため」。
ユリウスの表向きの理由は「高等魔法の集中訓練のため」。
どちらも、親や教師を納得させるには十分すぎるほど立派な理由だ。
だが、真実は一つ。
「レオンが……あの無垢な天使が、学園に残って『七不思議』などという怪しげな怪談に関わろうとしているのだ。兄として、放っておけるはずがないだろう!」
アデルが、燃え盛るような瞳で力説する。そう、彼らが残った本当の理由は、末弟レオンの「影の護衛」をするためだった。
「まあ、レオンのことだ。放っておいたら何をしでかすか分からないしな。面白いことになりそうだから、俺も付き合ってやるよ」
ユリウスはニヤリと笑うが、その目は笑っていない。彼もまた、レオンの身を案じているのは同じだった。こうして、最強にして最悪のブラコン兄弟による、秘密の夏休み守護作戦が幕を開けていたのである。
◇
まずは、『鳴らずの鐘楼』事件。
アデルとユリウスは、鐘楼が見渡せる校舎の屋根の上に、認識阻害の魔法を使って潜んでいた。
「なんと……!レオンが、あのような埃まみれの廃墟に入っていくぞ!鳩のフンだと!?衛生的によろしくない!今すぐ浄化の炎で塔ごと消毒を……!」
「待て待て兄さん。それじゃ七不思議どころか放火事件だ」
アデルが今にも飛び出しそうなのを、ユリウスが必死に抑える。レオンたちは、塔の中で大掃除を始めていた。
「しかし、あの塔は老朽化が進んでいる。床が抜けるかもしれん」
アデルの懸念はもっともだった。長年放置された木造の階段や床は、子供といえど五人が乗れば崩壊する危険性があった。
「仕方ない。俺が補強してやるよ」
ユリウスが指先を動かす。風魔法による空気の層を、レオンたちが踏みしめる床板の下に滑り込ませ、下から支える。さらに、アデルが微弱な熱操作で、湿気って脆くなった木材を乾燥させ、強度を一時的に回復させた。
レオンたちが「わあ、意外としっかりしてるね!」と階段を登っていけたのは、まさにこの「見えざる補強工事」のおかげだったのだ。
そして、運命の瞬間。
ゴォォォォォォン……!!
凄まじい音波が周囲を襲った。
そう、フェリックスが鐘を鳴らしたのだ……
「ぐっ……!馬鹿力が!あんな至近距離で鳴らしたら、レオンの鼓膜が破れてしまう!」 アデルは、鐘楼の窓から見えない角度で、音波を遮断する『静寂の結界』を、レオンの耳の周りだけに極小範囲で展開する。
「ナイスだ兄さん。俺は、衝撃波で窓ガラスが割れてレオンに降り注がないように、風でガードしておいた」
レオンたちが「すごい音だったね!」と無邪気に笑い合えていた裏で、実は兄たちが必死の形相で音響災害を防いでいたのである。
◇
続いて、『涙を流す創設者の像』。
レオンたちが中庭で像を観察している間、アデルとユリウスは近くの植え込みの中で擬態していた。
「……暑い」
「静かにしろユリウス。レオンも暑さに耐えているのだ。我々も耐えるぞ」
そして、フェリックスが石を抜き、水が噴き出したあの瞬間。
バシュウウウウウッ!!
「危ない!」
アデルが叫びそうになるのをこらえる。勢いよく飛び出した冷水。その軌道上に、レオンがいた。
「させないよっと」
ユリウスが、指先だけで風を操る。噴き出した水の軌道を、ミリ単位で修正し、レオンの体を避けるように捻じ曲げたのだ。
その結果、水はレオンを綺麗に回避し、フェリックスとベアトリクスを直撃することになったが……
「よし。レオンは濡れていないな」
「……フェリックス君には悪いことしたけど、まあ、石を抜いたのは彼だから自業自得ってことで」
そして、あの像の「見た目」の問題が発覚した時。
「……不敬だ」
アデルの体から、どす黒い殺気が立ち上った。
「あのような……はしたない姿を、私の清らかなレオンに見せつけるとは……!あの銅像、やはり溶かしてやる!!」
「だから落ち着けって。溶かしたら大問題だから」
アデルが暴走して銅像を破壊しなかったのは、ひとえにユリウスの必死の説得のおかげであった。彼らは、レオンたちが逃げ出した後、こっそりと水圧を調整して二度とあのような「事故」が起きないよう、内部の魔法陣をこっそり改ざんしておいた。あの銅像が『小便創設者』として伝説に残ったのは、彼らのおかげとも言えるかもしれない。
◇
そして、『永遠に枯れない薔薇園』。
鬱蒼と茂る茨の森。レオンたちが剪定作業に入った時、アデルの心配は頂点に達していた。
「トゲトゲじゃないか!あんな鋭いトゲが、レオンの柔肌を傷つけたらどうする!」
「大丈夫だって。レオン、手袋してるし」
「手袋と袖の間!あそこが無防備だ!」
アデルは、木の上から目を凝らし、レオンが手を伸ばす先にある枝のトゲを、極細の熱線(レーザーのような火魔法)で、一瞬にして焼き切っていた。
レオンが「あれ? ここの枝、持ちやすいな」と思ったのは、兄による過保護な事前処理のおかげだったのだ。
さらに、ユリウスも援護射撃を行っていた。
鬱蒼とした薔薇園は、湿気がこもり、蚊や不快な羽虫が多く発生していた。
「虫刺されの痕なんて、レオンには似合わないからな」
ユリウスは、常に微弱な冷気をレオンの周囲に漂わせ、虫が寄り付かないように結界を張っていた。さらに、作業で汗をかいたレオンが不快にならないよう、そよ風を送って体感温度を調整するという、至れり尽くせりの空調管理まで行っていた。
そして、モリィが登場し、魔力の澱みを吸い込んだ時。
「……あの犬、やるな」
「ああ。我々が出る幕もなく、綺麗に片付けたようだ」
二人は、レオンの成長と、頼もしい相棒の活躍に目を細め、静かにその場を去ったのだった。
◇
最後は、『行き先が変わる肖像画の廊下』。
これが、最も危険なミッションだった。空間転移と認識阻害の結界。下手をすれば、次元の狭間に放り出され、二度と戻れなくなる可能性すらある。
「……空間が歪み始めている。ユリウス、座標の固定を頼む」
「了解。まったく、人使いが荒いな」
二人は、廊下の外側、結界の境界線上に陣取り、全神経を集中させていた。中の空間が歪むたびに、ユリウスが魔力を打ち込み、外部との接続が切れないように「楔」を打ち込む。 アデルは、万が一レオンたちに悪意のある霊障が襲いかかった時に備え、聖なる炎を掌に待機させていた。
ーーーしかし。
「あのー、すみませーん」
中から聞こえてきたルチアの声に、二人はずっこけそうになった。
「……挨拶、しているのか?」
「お菓子を配り始めたぞ……」
お茶会の様子を、外部からの魔力感知で探っていた二人は、顔を見合わせた。
「……歴代学長を手懐けるとは」
「レオンの愛らしさは、死者すら魅了するのか……」
結局、二人の出番は「空間の固定」だけで済んだ。だが、レオンたちが無事に戻ってこれたのは、ユリウスが必死に座標を維持していたからこそだ。もし彼がいなければ、レオンたちは「迷宮の果て」か「過去の時代」に飛ばされていたかもしれないのだ。
◇
ーーーそして今、夏休みも終盤。
アデルとユリウスは、寮の部屋で、これまでの「戦果」を振り返っていた。
「ふぅ……。なんとか、前半戦は乗り切ったな」
ユリウスが、氷入りの冷たい水を飲み干す。
「ああ。だが、まだ油断はできん。次は『歌う底なしの噴水』だ。水難事故の可能性がある」
アデルは、新たな作戦計画を練り始めていた。
二人の顔には、疲労の色が濃い。自分たちの本来の目的である「王太子の手伝い」や「魔法の練習」の合間を縫って、弟のストーキング……もとい、護衛任務をこなしているのだから、当然だ。睡眠時間は削られ、神経はすり減っている。
だが、彼らの表情は、どこか晴れやかだった。
「でも、見たか?レオンの笑顔、薔薇園が綺麗になったって、すごく嬉しそうだったな」
「ああ……。鐘楼の鐘が鳴った時の、あの驚いた顔も可愛らしかったな」
アデルが、うっとりと回想する。
彼らにとって、レオンが無事に冒険を終え、達成感に満ちた笑顔を見せてくれること。それが、何よりの報酬だった。
「レオンは、自分たちだけでやり遂げてると思って、ご満悦だな」
「いいさ、それで。主役はあくまでレオンだ。俺たちは、舞台裏の黒子でいい」
ユリウスがニヤリと笑うと、アデルもまた、優しく微笑んだ。
「レオンが、自分の足で歩き、自分の力で世界を変えていく。そのための道を、少しだけ掃き清めておくのが、兄の務めというものだ」
二人は、窓の外を見る。そこには、夏の日差しの中、元気に駆け回るレオンと、その仲間たちの姿があった。
「さて、行くか。次は噴水だ。水温調整と、溺れた時の救助体制を整えねば」
「はいはい。過保護もほどほどにな、兄さん」
最強のブラコン兄弟による、秘密の夏休み。レオンが「どうしてこうなった?」と首を傾げる奇跡の裏には、いつも、汗と涙と愛情にまみれた、二人の兄の姿があったのである。
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