天使様、歴代学長と深夜のお茶会をする
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『永遠に枯れない薔薇園』の浄化と調査を終えたチーム『寄せ植え』の五人(と1匹)は、夜の帳が下りる頃、次なるターゲットへと向かっていた。
「……ねえ、本当に行くの?夜の校舎なんて、先生に怒られるのではないかしら……」
ヴォルフェン公爵令嬢ベアトリクスが、カツカツと足音を響かせながらも、その手はしっかりと自分の腕を抱きしめている。
彼らが向かうのは、西棟の三階。『行き先が変わる肖像画の廊下』である。夜になると肖像画の目が動き、廊下を通るたびに行き先が変わり、二度と同じ場所に戻れないという、学院七不思議の中でも特に「怪談」要素の強い場所だ。
「だ、大丈夫だ!俺が先頭だ!幽霊なんて、俺の拳でぶっ飛ばしてやる!」
先頭を歩くフェリックスが、松明代わりの魔法の灯りを掲げて叫ぶ。しかし、その足は生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。
「フェリックス様……幽霊はぶっ飛ばせないのでは……」
ルチアが身も蓋もない相槌をうつと、
「フェリックス君、声が裏返ってるよ……」
エリアスが苦笑しながら続く。彼の手には、いつものように分厚い古書とメモ帳が握りしめられていた。
レオンは、最後尾を歩きながら、どこかワクワクした気持ちを抑えきれずにいた。
(夜の学園探検!ちょっと、大人になった気がするよねー!楽しみだなー!)
そんな呑気なことを考えているのは、レオンと、その隣で
『夜食のおやつ、まだですかー?』
と欠伸をしている使い魔のモリィだけだった。
◇
西棟の三階。長い廊下の入り口に立った瞬間、空気が変わった。ひんやりとした冷気が肌を撫で、どこからともなく、視線を感じる。
「……ここだね」
「……魔法陣を見つけたら、すぐに戻りますわよ!」
廊下の両壁には、重厚な額縁に入った歴代学長の肖像画がずらりと並んでいる。初代から現在まで、威厳ある老人や、鋭い眼光の魔導師たちが、静かに彼らを見下ろしていた。
「行きましょう」
レオンの言葉を合図に、五人は廊下へと足を踏み入れた。
その瞬間だった。
ーーギョロリ。
壁に並ぶ全ての肖像画の目が、一斉に動き、五人を凝視したのだ。
「ひぃっ!!」
ベアトリクスが悲鳴を上げ、ルチアに抱きつく。さらに、廊下全体がぐにゃりと歪んだように見えたかと思うと、直進していたはずなのに、いつの間にか後ろを向いていたり、天井と床が逆さまに見えたりと、空間そのものが狂い始めた。
「うわわっ!? なんだこれ、真っ直ぐ歩けねえ!」
フェリックスが平衡感覚を失い、壁に手をつく。
「……空間転移と認識阻害の複合結界だ。出口も入り口も、座標がランダムに書き換えられている……。これじゃあ、魔法陣を探すどころか遭難しちゃうよ……」
エリアスが青ざめた顔で羅針盤を見るが、針はぐるぐると回り続けて定まらない。完全に、閉じ込められてしまった。ふと見ると、閉鎖空間の中で、肖像画たちに取り囲まれて、睨まれているように見える……
重苦しい沈黙と恐怖が場を支配しかけた、その時。ルチアが、とてとてと一枚の肖像画の前まで歩み寄った。
「あのー、すみませーん」
彼女は、上品な老婦人が描かれた肖像画に向かって、まるで道端の人に道を尋ねるような気軽さで声をかけた。
「私たち、魔法陣の場所を探しているんですけど、どこにあるかご存じないですか?」
「ル、ルチア!? 絵に話しかけてどうするんだよ!」
フェリックスが止めようとする。しかし、その時、フェリックスは見逃さなかった。話しかけられた老婦人の肖像画の口元が、ほんの僅かに、ピクリと動いて微笑んだのを。
(……え? 今、笑った?)
フェリックスの野生の勘が閃いた。
「おい、レオン!あいつら、聞こえてるみたいだぞ!もしかして、仲良くなれば教えてもらえるんじゃねえか?」
「えっ? 仲良く?」
レオンは目を丸くしたが、すぐに「なるほど!」とポンと手を打った。 相手が幽霊だろうが絵画だろうが、コミュニケーションの基本は同じだ。
(ご近所付き合いの第一歩は、挨拶と手土産から!)
レオンの中の「和江おばあちゃん」スキルが発動した。
「みんな、ちょっと待ってて。ルチア、あれを出してくれる?」
レオンは、閉じ込められた廊下のど真ん中に、持参していたピクニックシートをバサリと広げた。そして、バスケットから取り出したのは、湯気を立てるポットと、甘い香りを放つ焼き菓子だった。
「こんばんは。夜分遅くにすみません。皆さん、眠くはないですか?」
レオンは、肖像画たちに向かって、深々と、そして丁寧にお辞儀をした。その姿は、夜中に騒いでしまったことを隣人に詫びる、礼儀正しい家主そのものだ。
「退屈でしょう? 甘いものでもいかがですか?」
レオンが差し出した皿には、先日アデルたちの誕生日に作った『でこれーしょん・けーき』の残りのスポンジとクリームで作った、特製のトライフルが乗せられていた。甘いバニラと、甘酸っぱいベリーの香りが、閉鎖された廊下にふわりと広がる。
しん、と静まり返る廊下。しかし、次の瞬間。
『……ほう』
どこからともなく、低い声が響いた。
『最近の学生にしては、気が利くではないか』
声の主は、一番奥に飾られていた、立派な髭を蓄えた初代学長の肖像画だった。彼は、絵の中の椅子から身を乗り出し、鼻をひくつかせている。
『いい匂いだのう。ワシの時代には、こんな美味そうな菓子はなかったぞ』
「しゃ、喋ったぁぁぁ!!」
ベアトリクスとフェリックスが腰を抜かし、エリアスは呆然として固まっている……すると、それを皮切りに、他の肖像画たちも一斉に口を開き始めた。
『私にもおくれ!ここ数十年、カビ臭い空気しか吸ってないのよ!』
『おい若いの、茶はあるか? 喉が渇いてかなわん』
厳めしかった歴代学長たちが、我先にと身を乗り出し、まるで餌を待つ鯉のように口をパクパクさせ始めたのだ。
「ええと……これは一体……?」
困惑するエリアスに、初代学長が咳払いをして説明した。
『驚かせてすまんな。我々は幽霊ではない。歴代学長の人格と記憶を模写した、マジック・アーティフィシャル・インテリジェンスじゃよ』
「「「「「マジック・アーティフィシャル・インテリジェンス!?」」」」」
『まだ、聞いたことはないかしら?』
『擬似人格といって本当の人間ではないでのう』
『歴代学長の人格なのだよ』
肖像画の学長達が一斉に説明を始めてしまい、全員、大混乱中である。
ーーよくよく聞いてみると、こういうことのようだ。
ロドエル魔導学院の学長は、在任中、不正防止と学園の監視のために、特殊な魔導具によってその生活と思考を見守られる義務がある。そして引退時、その魔導具に蓄積されたデータが肖像画に移され、擬似的な人格として定着するのだという。彼らは長年、壁の中から学園の様子を見守り、学習し続けてきた。その結果、今では限りなく人間に近い思考と感情を持つに至っていた。
『しかもな、この額縁はただの枠ではない。高性能な感覚共有魔導具でな。我々はこうして話すことも、匂いを嗅ぐことも、触れることもできるんじゃ。まあ、足がないから移動はできんがな』
三代目の学長(ふくよかな女性)が、額縁からにゅっと手を伸ばし、レオンが差し出したお菓子を摘まみ上げた。
『ん〜!美味しい!甘みが脳……じゃなくて術式に染み渡るわぁ!』
ーー本当に食べた!!
一同が呆気にとられている間に、レオンはすっかり彼らと打ち解けていた。
「そうですか、移動できないのは大変ですね。腰とか痛くなりませんか?」
『おお、分かってくれるか!ずっと同じ姿勢で辛いのなんの!特に梅雨時は額縁が湿気で歪んで、節々が痛むんじゃよ』
「それは大変だ。今度、乾燥剤を持ってきますね」
『気が利くのう!お前さん、名前は?』
「レオンです。こちらは友人のエリアス、フェリックス、ベアトリクス様、そしてルチアです」
こうして、恐怖の心霊スポットは、一瞬にして「深夜のお茶会」へと変貌を遂げた。
ここからは、歴代学長たちによる、積年の愚痴大会の始まりだった。
『聞いてくれよ、今の現役の学長!あいつ、若造のくせに挨拶もなしに通り過ぎるんだぞ!礼儀がなってない!』
『5代目の額縁、あれ金箔貼りすぎじゃない?私のなんてただの樫の木よ?予算の使い方がおかしいわ!』
『あそこの階段!50年前からギシギシうるさいのに、誰も直さん!夜中に響いて安眠妨害なんじゃ!』
口々に不満を漏らす学長たち。レオンは、お茶を配りながら、和江おばあちゃん仕込みの傾聴スキルを全開にした。
「へえ、それは困りましたねぇ」
「50年もですか?それは苦労なさいましたね」
「今の学長さんには、僕からそれとなく言っておきましょうか?」
絶妙な相槌。共感。そして、適度な提案。数百年分の孤独と不満を抱えていた学長たちは、自分の話を親身になって聞いてくれる美しい少年に、これ以上ないほど癒やされ、そして籠絡されていった。
『ううっ……こんなに優しくされたのは、額縁になって始めてじゃ……』
『レオン君、君はいい子だねぇ。孫にしたいよ』
いつしか、怯えていた他のメンバーも、会話の輪に入っていた。
「初代! その杖、すげえカッコいいっすね!どこで手に入れたんすか?」
『おう、見る目があるな若いの!これはな、北の魔境のドラゴンを素手で殴り倒した時に……』
「マジすか!? 初代、マジかっけーっす!」
フェリックスは、武闘派だった初代学長と意気投合し、大盛りあがりだ。
ベアトリクスも、女性の学長たちとファッション談義に花を咲かせている。
『あら、そのリボンの結び方、素敵ね。昔の流行りだけど、一周回って新鮮だわ』
「恐れ入りますわ。これはヴォルフェン領の伝統的な……」
ルチアはお菓子を追加で配り歩き、エリアスは古代の魔法知識について熱心に質問攻めにしている。
すっかり夜も更けた頃。初代学長が、満足げに髭を撫でた。
『いやあ、楽しかった。こんなに笑ったのは久しぶりじゃ。礼を言わんとな』
彼は、レオンたちを見回して言った。
『お前さんたち、ここにある魔法陣を探しておるんだったな?』
「はい! 七不思議の研究をしていて」
『ふむ。この肖像画の裏にある魔法陣は、我々の人格を維持するための術式じゃ。君たちが知りたいものではないじゃろう』
初代は、自分の額縁の右下を指差した。
『ワシの額縁のここを、外してみなされ』
レオンが言われた通りに額縁の隅をパカッと外すと、その裏の壁に、複雑精緻な魔法陣が刻まれていた。
「あった……!」
エリアスが駆け寄り、目を輝かせて解析を始める。
「これは……すごい。『空間接続』と『超高速転送』の術式だ……!」
エリアスの解説によれば、この魔法陣は単に人を迷わせるためのものではないらしい。
「これは、有事の際に、城内のあらゆる場所へ、人や物資、魔力を一瞬で送り届けるための、巨大なネットワークのターミナルなんだ!」
「へー! つまり、便利な宅配便システムってこと?」
フェリックスが単純化して言う。
「まあ、そんな感じだね。でも、これだけの規模の転送陣を維持する魔力は、並大抵じゃないよ」
さらに、初代学長はニヤリと笑った。
『それとな、お近づきの印に、もう一ついいことを教えてやろう』
彼は、声を潜めた。
『この学園には、建築当初に作られた『秘密の抜け道』や『隠し部屋』がたくさんあるんじゃ。その場所と、合言葉を教えてやろう』
「えっ! 本当ですか!?」
レオンの目が輝く。それは、遅刻しそうな時のショートカットや、こっそりおやつを食べる場所として、喉から手が出るほど欲しい情報だった。
『合言葉は…』
「「「「「合言葉は!?」」」」」
『『初代学長が一番かっこいい!』じゃ!!』
「「「「「……」」」」」
『………。これから先、君たちには試練が訪れるかもしれん。そんな時、困ったことがあればいつでも相談に来なさい。我々は、壁の中からいつでも君たちを見守っておるからな』
学長たちの温かい言葉に、五人は深く頭を下げた。
その時、フェリックスが思い出したように尋ねた。
「なあ、初代。この七不思議の魔法陣、なんか変なのが混じってるんだけど、これ何なんすか?」
彼は、鐘楼や像の魔法陣にもあった、解読不能な「共通の術式」について聞いたのだ。
初代学長は、一瞬だけ真面目な顔になり、そして悪戯っぽく片目をつぶった。
『……それは、君たちの研究じゃろ? 答えを教えるのは野暮というものじゃよ』
彼は、意味深に続けた。
『ただ、君たちにはまだ、その魔法陣の真の意味を知るには早すぎるかもしれん。全ての魔法陣が揃い、君たちが大人になって……魔導士ギルドなどで深く学ぶ時が来たら、その時こそ役に立つじゃろう』
はぐらかされたような、でも、未来への指針を示されたような。五人は、その言葉を胸に刻んだ。
「ありがとうございました! また、遊びに来ます!」
レオンたちは、笑顔で手を振り、肖像画の廊下を後にした。 帰りは、空間の歪みも消え、あっさりと元の場所に戻ることができた。
◇
それからというもの。チーム『寄せ植え』の五人は、たびたびお菓子や花を持って、肖像画の廊下を訪れるようになった。レオンが、日曜大工で「お供え用の台」まで勝手に作って設置したため、廊下はすっかり祭壇のようになっていた。
すると、その様子を見た他の生徒たちの間で、新たな噂が広まり始めた。
「おい、聞いたか? あの肖像画にお供えをすると、テストの点数が上がるらしいぞ!」
「お供えをして、肖像画が微笑むと、恋が叶うんだって!」
「気に入られないと、一生出られない迷路に放り込まれるらしい……」
いつしか、肖像画の廊下は、恐怖の心霊スポットから、ご利益のある「パワースポット(兼、悩み相談所)」へと変貌を遂げていた。学長たちも、生徒たちから供えられるお菓子や若者の悩み相談にご満悦で、以前よりもずっと生き生きとした顔(絵だが)をしているという。
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