天使様、伝説の鐘を磨く
読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定です♩
王都ロドエル魔導学院に、本格的な夏が到来した。
ソリュス月の太陽がジリジリと校舎の1煉瓦を焼き、セミリ(蝉)の鳴き声が響き渡る中、大半の生徒たちが帰省し、学院は静寂に包まれていた。
しかし、初等部校舎の一角、熱気とやる気に満ち溢れる生徒の姿が。チーム『寄せ植え』の五人――レオン、エリアス、フェリックス、ベアトリクス、ルチアが集結していたのだ。
「よし! 今日からいよいよ『七不思議探検隊』の始動だぜ!」
フェリックスが、袖をまくり上げて拳を突き上げる。彼らは、夏休みの課題である『学院の七不思議における魔導的考察と実地検証』を行うため、特例として学院への滞在を許可されていた。
「探検隊ではありませんわ、フェリックス。あくまで『研究』です」
ベアトリクスが扇子で仰ぎながらたしなめるが、その頬は少し紅潮している。公爵令嬢として厳しく育てられた彼女にとって、友人たちと、授業もない、人もあまりいない学校に残るというシチュエーションは、冒険そのものなのだろう。
「それで、レオン君。最初はどこへ行くの?」
エリアスが、期待と不安の入り混じった瞳で尋ねる。レオンは、かつてアデル兄様から聞いた話を思い出しながら、不敵に微笑んだ。
「最初は、やっぱり一番有名な場所から。――『鳴らずの鐘楼』に行こう!」
◇
学院の敷地の北外れ。鬱蒼とした木々に囲まれた場所に、古びた石造りの塔がそびえ立っていた。蔦が絡まり、至る所がひび割れたその姿は、いかにも「出る」という雰囲気を醸し出している。
「ここが……『鳴らずの鐘楼』……」
ルチアがごくりと唾を飲み込む。
伝説によれば、この塔の最上階にある鐘は、普段は決して鳴らすことができないが、学院や国に危機が迫った時だけ、ひとりでに不吉な音を響かせるという。
「入り口は……あそこかな?」
フェリックスが指差した先には、錆びついた鉄格子のような扉があった。鍵がかかっているようだが、蝶番が壊れかけており、隙間風がヒュウヒュウと音を立てている。
「待ってください。まずは文献の確認を」
エリアスが、抱えていた分厚い古書を開いた。彼はこの夏休みに向けて、王宮の書庫から学院の建築記録を書き写してきていたのだ。
「ええと……この塔は、学院が創設されるよりも前、古い修道院の一部だったみたいだ。当時の記録には、『鐘の音は、迷える者を導く』とあるけど……魔導大戦の時に塔の一部が崩れて、それ以来、封鎖されているみたいだね。入り口の開け方は……古代語で『解放』の詠唱が必要みたいだ」
エリアスがおずおずと手をかざし、古代語を紡ぐ。すると、錆びついた鉄格子がギギギ……と音を立てて開いた。
「さすがエリアス殿下!さあ、行きましょう!」
意気揚々と塔の中へ足を踏み入れた五人。しかし、螺旋階段を登りきり、最上階にたどり着いた彼らを待っていたのは、ロマンチックな伝説とは程遠い、悲惨な現実だった。
「……うわぁ」
レオンが、ハンカチを取り出して鼻と口を覆う。
「な、なんですの、これ……!」
ベアトリクスが、悲鳴に近い声を上げて後ずさる。
そこには、巨大な青銅の鐘が吊るされていた。
だが、長年の風雨で赤茶色に錆びつき、本来の輝きは見る影もない。さらに酷いことに、鐘の内側や梁の上には、鳩が何世代にもわたって築き上げたと思われる巨大な巣がいくつもあり、床一面には白いフンが堆積していた。乾燥したフンが粉塵となって舞い上がり、むせ返るような獣臭さが充満している。
「これって、鳴らないっていうより、鳴りようがないって感じだね……」
レオンは呆れたように呟いた。鐘の可動部である蝶番も錆で固着し、鐘を突くための撞木も蜘蛛の巣で固定されている。鐘が鳴らないのは、呪いでも魔法でもなく、単なる「物理的な詰まり」と「メンテナンス不足」が原因だったようだ……
「これでは調査どころではありませんわ。出直しましょう」
ベアトリクスが顔をしかめて帰ろうとした時、レオンの中の「和江おばあちゃん」のスイッチが、カチリと音を立てる。
おばあちゃんにとって、長年放置された汚れは「心霊現象」よりも恐ろしい「衛生上の脅威」であり、同時に「攻略しがいのある敵」なのだ。
「みんな、待って!」
レオンは、持参した荷物の中から、なぜか大量に用意していた手ぬぐいとマスク代わりの布を取り出した。
「研究の前に、まずは環境整備をしよう!こんな汚い場所で調査なんてできないし……掃除しましょう!」
「ええっ!? 掃除!?」
ベアトリクスが絶叫する。
「わたくしは公爵令嬢ですのよ!?このような不潔な場所で雑巾がけなど……!」
「ベアトリクス様。汚れた場所には、悪い気が溜まるんです。七不思議の解明には、まず場を清めることが不可欠です!それに、このまま帰ったら、この鐘はずっと泣いたままですよ?」
「うっ……」
レオンの謎の説得力と、上目遣いの「お願いします」攻撃に、ベアトリクスは陥落した。
「し、仕方がありませんわね……。やるからには、完璧にいたしますわよ!」
◇
こうして、伝説の鐘楼攻略戦は、まさかの大掃除から幕を開けた。
「まずは、敵(汚れ)を知ることから。この鐘の汚れは、主に二種類。『金属の錆』と『鳥のフン』です。それぞれ、攻略法が違います!」
レオンは、まるで軍師のように指示を飛ばし始めた。
「フェリックスは、力仕事をお願い!そこの瓦礫や壊れた木枠をどかして、風通しを良くして!」
「おう! 任せろ! うおりゃああ!」
フェリックスが物理で障害物を撤去していく。
「ルチアとベアトリクス様は、窓枠や床のフン掃除です。でも気をつけて!乾いたフンをいきなりガリガリ削っちゃダメですよ!」
「え? こすって落とすのではないのですか?」
ルチアが不思議そうに尋ねる。
「乾いたフンには菌がいっぱいなんだ。それに無理にこすると床や窓を傷つけてしまう。まずは『ふやかす』のが大事だよ!」
レオンは、和江おばあちゃんの知恵袋を全開でイキイキしている。
「フンの上にボロ布や紙を被せて、その上からぬるま湯をたっぷりかけて。そして、10分くらい待つと、汚れが柔らかくなって、つるんと取れるから。仕上げに、このお酢を混ぜた水で拭けば、菌もやっつけられるよ!」
「なるほど……理にかなっていますわね」
ベアトリクスは感心しながら、ルチアと共にマスクを二重にして作業に取り掛かった。
「エリアス殿下は、僕と一緒に鐘本体のサビ落としをしよう!」
「う、うん。でもレオン君、こんなに酷い錆、どうやって落とすの? ヤスリで削る?」
「ふふふ。ここで登場するのが、この秘密兵器!」
レオンが背嚢から取り出したのは、昼食の残りの調味料入れに入っていた『トマノ・ペースト(ケチャップ)』と、『お酢』と『塩』だった。
「えっ? お料理するの?」
エリアスが目を丸くする。
「違うよ、これこそが最強のサビ取り剤なんだ!鐘は銅や真鍮でできているから、酸の力で錆を溶かすのが一番効率的なんだよ!」
レオンは、トマノ・ペーストをたっぷりとスポンジに取り、鐘の表面に塗りたくり始めた。
「ええええ!? 鐘に、トマノを!?」
「トマノに含まれる酸と塩分が、錆を分解してくれるんだ。騙されたと思って、やってみて!」
半信半疑のエリアスも手伝い、二人は鐘全体を真っ赤なペーストでコーティングした。その光景は、何かの儀式のようで異様だったが、レオンの目は真剣そのものだ。
「このまま15分ほど放置して。その間に、僕は一番大事なところを……」
レオンは、鐘の上部、音を響かせるための「音響孔」と呼ばれるパイプ状の穴を見上げた。そこにも、ゴミや巣の残骸が詰まっている。
「あそこが詰まっていると、いい音が出ないんだよね。風よ、細き槍となりて穿て……『エア・ランス』!」
レオンは、極細に絞った風魔法を放ち、パイプの中の詰まりを慎重に押し出した。ボトボトとゴミが落ちてくる。
「よし、これで通気性は確保!」
15分後。レオンたちは、ブラシと布で、鐘に塗ったトマノ・ペーストとお酢を拭き取り、水魔法で洗い流す。
「……あっ!」
エリアスが声を上げた。赤茶色だった鐘の表面から、錆が溶け落ち、その下から美しい黄金色の輝きが現れたのだ。
「す、すごい! ピカピカだ!」
「仕上げに、乾いた布でしっかり拭きあげれば……完成!」
数十分前まで廃墟のようだった最上階は、見違えるように綺麗になっていた。床のフンは綺麗さっぱりなくなり、窓からは爽やかな風が吹き込み、中央には新品同様に輝く鐘が鎮座している。
「すっげー! レオン、お前、掃除の才能ありすぎだろ!」
フェリックスが、汗を拭いながら興奮気味に叫ぶ。
「ふぅ……。重労働でしたけど、綺麗になるというのは、気持ちのいいものですわね」
ベアトリクスも、達成感に満ちた笑顔を見せている。
レオンは、満足げに頷いた。
「みんな、お疲れ様でした!これでようやく、調査ができるね。エリアス、鐘の裏側に魔法陣があったから、それをまずは写そう。それを解読するまでは、絶対に鐘を鳴らしちゃダメだよ?何が起きるかわからないからね。」
「うん、分かった。……あ、本当だ。鐘の縁の裏側に、びっしりと術式が刻まれてる」
エリアスが、ピカピカになった鐘の裏を覗き込み、魔法陣を写しつつ、解読を始めた。
「ええと……これは古代語の『拡散』と『伝達』の術式だね。音を魔力に乗せて、遠くまで届けるための……。それと、もう一つ、複雑な起動式が組み込まれてる。これは……」
「本当だ……。『拡散』と『伝達』ってことは、鐘の音を遠くまで運ぶために組まれてるってことだよね?」
「レオン!わたくしにも、魔法陣を見せてくださいませ!」
「すごーい!ベアトリクス様も古代語の魔法陣わかるんですか?!さすがです!」
「……ルチア……わかるわけないじゃない……現代語なら!わかりますわよ!」
みんなが魔法陣に夢中になっている間、手持ち無沙汰になったフェリックスが、鐘の周りをウロウロしていた。
「へえー、すっげえピカピカだなあ。トマノでこんなになるなんてなあ」
フェリックスは、自分の顔が映るほど磨き上げられた鐘の表面に感心しきりだ。そして、修復されて油を差された撞木を見つめる。
(こんなに綺麗になったんだ。きっと、いい音がするんだろうなぁ……)
好奇心の塊であるフェリックスの脳裏に、レオンの「絶対に鳴らしちゃダメだよ」という忠告が頭をよぎる……
(ちょっとだけ……。指でコツンってやるくらいなら、大丈夫だろ?)
フェリックスは、魔が差したように、撞木の縄を掴んだ。そして、軽く、コンと当てるつもりが――勢い余って、全身のバネを使って、思い切り鐘に向かって叩きつけてしまった!
――ゴォォォォォォォォォォン……!!
「あ」
腹の底に響くような、重厚で、しかしどこか澄み切った美しい音色が、鐘楼から放たれた。さらに、鐘に刻まれていた『拡散』と『伝達』の魔法陣により、その音を数倍に増幅させる。
ゴォォォォォォン……ゴォォォォォォン……
鐘の音は、物理的な音波を超え、魔力の波となって学院の敷地を超え、王都の空へと高らかに響き渡った。ビリビリと空気が震え、窓ガラスが共鳴する。
「フェリックス!!」
レオンが叫ぶ。
「わりぃ!つい手が滑って!」
「バカなの!?脳筋なの!?手が滑って全力スイングなんてしませんわよ!?」
「すごい音……!でも、なんて綺麗な音色なんでしょう……」
ルチアがうっとりと聞き惚れるほどの、神聖な響きだった。
◇
その頃、学院の職員室と、王都の騎士団詰め所は、パニックに陥っていた。
「な、なんだこの音は!?」
「鐘楼の方角だ!まさか、『鳴らずの鐘』が鳴ったのか!?」
夏休みで出勤していた古参の教師が、顔面蒼白で叫ぶ。
「あの鐘は、国家の危機を告げる時にしか鳴らないという伝説の……!魔王の復活か!?それとも魔物の襲来か!?」
「緊急事態だ! 直ちに現場へ急行せよ! 生徒たちの避難誘導を!」
ーーカンカンカンカン!
学院内に非常警報が鳴り響き、静まり返っていた校舎が、一瞬にして戦場のような騒ぎになった。
レオンたちが、鐘の音の余韻に浸りながら(そしてフェリックスを説教しながら)塔を降りてくると、そこには武装した教師たちと、王都の警備騎士団がずらりと待ち構えていた。
「「「確保ォォォッ!!」」」
「ええっ!?」
レオンたちは、訳もわからぬまま包囲された。
「そ、そこにいるのは……一年生か!?無事か!魔物はどこだ!?」
魔法戦闘学のセウェルス教授が、血相を変えてレオンの肩を掴む。
「え? 魔物? いませんけど……」
レオンがきょとんとして答えると、教授は塔を見上げた。そこからは、まだ微かに、美しい鐘の残響が聞こえている。そして、塔全体から、レオンが掃除の際に放った光魔法(殺菌用)と風魔法(換気用)の残滓が、キラキラと神々しく立ち上っていた。
さらに、塔からは、長年の淀んだ空気が一掃され、清々しい風が吹き下ろしてくる。
「こ、これは……」
教授が、そして駆けつけた騎士たちが、息を呑んだ。
「邪悪な気配が……微塵もない。それどころか、なんと清浄な空気だ……」
彼らの脳内で、勝手な解釈が構築されていく。
(伝説の鐘が鳴ったのは、危機を告げ、この少年たちが、塔に巣食っていた『敵』と戦い、鐘を浄化したのでは!?)
セウェルス教授は、レオン達の服が煤と埃と血で汚れているのを見て、確信した。これは、激しい魔法戦の痕跡に違いない、と。
「君たちが……やったのか?」
震える声で問う教授に、レオンは「はい!」と元気よく答えた。
「みんなで頑張りました!中はすごく汚れていて、詰まっていたので、綺麗サッパリ取り除いておきました!」
(((汚れていた=邪悪な瘴気!詰まっていた=敵!取り除いた=討伐!!)))
大人たちの脳内で、レオンの「掃除」が「伝説の鐘が知らせるような邪悪な敵の討伐」へと変換される。
「おお……なんと……!」
一人の老教師が、感涙にむせんで膝をついた。
「長年、不吉の象徴とされてきた鐘楼が、これほどまでに清らかな音色を奏でるとは……。これはもはや、『危機の鐘』ではない。『浄化の鐘』だ!」
セウェルス教授が、5人を涙ながらに叱責する。
「お前たち!なぜ自分たちだけで立ち向かった!無茶をするんじゃない!」
騎士団長が、5人の子供達を抱きしめて咽び泣く…
「どれだけの、戦いだったのか……。君らの姿を見ればわかる!よく、この学園を、この王都を守ってくれた!エリアス殿下も、よくご無事で!!」
騎士たちは、それを見て、剣を捧げて敬礼をし、謎に賛辞の唱和をし始めた。
「「「王立学園、万歳!エリアス殿下、万歳!」」」
「えっ? あ、あの、ただの鳩のフンと錆を、トマノとお酢で落としただけなんですけど……?」
レオンの小さな弁解は、歓声にかき消され、全く届かなかった。
◇
結局、詳しい事情聴取の後、ただ掃除をしただけで、なんの戦闘もしていないこと、鐘はフェリックスがついちゃっただけなことが判明し、大人たちにめちゃめちゃ怒られた…
そして、騒ぎが収まった後、学園のサロンで、レオンたちは改めて、鐘の魔法陣についての考察を行った。
「……うん。やっぱり、この魔法陣の基本構造は『音の広域伝達』だね」
エリアスが、メモを見ながら説明する。
「本来は、始業のチャイムや、時報として使われていたのかな?長年の汚れで詰まり、異音を発していたのを『不吉な音』と誤解されて、結局、ならなくなったのかも……」
「なるほど。つまり、掃除したことで、本来の綺麗な音が戻っただけなんだね」
レオンが納得する。
「でも、『危機がある時だけ、勝手に鳴り響く』という不思議が解明されませんわよ?」
「だから、昔は、危機が迫った時に、知らせるために誰かが鐘をならしてたんじゃねぇの?」
「それじゃぁ、『勝手に鳴り響』いてないじゃないの!」
「確かに…手動ですね…」
「それなんだけど……」
エリアスは、眉をひそめた。
「この魔法陣には、もう一つ、別の術式が組み込まれているんだ。すごく複雑で、今の僕には解読できないけど……」
「別の、魔法陣?」
「うん。鐘の音を『合図』にして、何かを起動させるような……これが関係してるような気がする……」
「その魔法陣部分を、手分けして調べて見よう!」
◇
図書館や、閉架書庫まで調べたが、魔法陣は見つからず、エリアス以外がギブアップ寸前だ。
「これ……何か、別の大きな魔法陣の一部のような気がする…」
エリアスがポツンと呟いたのをきっかけに、全員が
(あ、やっと魔法陣勉強地獄から解放されるかも……)
とホッとした顔を覗かせる…
「じゃあさ、分かんないことは、後回しにしようぜ!とにかく、広域魔法と伝達魔法は分かったんだから、とりあえず一つクリアってことでいいんじゃないか!?」
ここぞとばかりに、魔法陣疲れのフェリックスが提案した。
「確かに。他の七不思議にも魔法陣が描かれているのかもしれないですね!」
そこにルチアが畳み掛け、ベアトリスも乗っかる。
「そうですわ!もしかすると、他の魔法陣に続きが書いてあるのかもしれませんし!」
さらにはレオンも便乗して、次の不思議へと気持ちを切り替える。
「よし、次は『涙を流す創設者の像』だね!」
天使様と仲間たちの夏休みは、まだ始まったばかりである。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩
もし少しでも『面白いかも』『続きが気になる』と思っていただけたら、↓にあるブックマークや評価(☆☆☆☆☆)をポチッとしてもらえると、とってもうれしいです!あなたのポチを栄養にして生きてます… よろしくお願いします!




