表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/90

天使様、国を憂う

読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定です♩

 夏休みの計画が決まった翌日。


 レオンとエリアスは、中等部の校舎へと足を運んでいた。目的は一つ。夏休みに帰省せず、学院に残って研究を行う許可を、それぞれの兄から貰うためである。

「……緊張するな。兄上、許してくれるかな」

 エリアスが、廊下を歩きながら不安そうに眉を下げる。その姿は、捨てられた仔犬のように頼りなげで、すれ違う上級生たちが「あっ、尊い……」と胸を押さえて道を譲るほどだ。

「大丈夫ですよ、エリアス殿下。僕たちがやろうとしているのは、真面目な研究なんですから。きっと分かってくれます」

 レオンは努めて明るく励ます。

(それに、あのアデル兄様のことだ。僕が『帰らない』と言ったら大騒ぎするだろうけど、最終的には『レオンの意思を尊重する!』ってなるに決まってるもんね)

 この時、レオンは、いろいろ楽観的に考えていた……


 ◇


 ーーー中等部の貴族専用サロン。

 そこは、選ばれた高位貴族の子息たちが優雅に休憩を取る場所だ。レオンたちが足を踏み入れると、優雅に紅茶を飲んでいたアデルが、カップを置くのももどかしく立ち上がった。


「レオン!どうしたんだ、こんなところまで!寂しくなったのか?兄に会いたくて震えていたのか!?」

 アデルは、流れるような動作でレオンに抱きつこうとするが、レオンはひらりと身をかわす。

「アデル兄様、今日は大事なお話があって来ました」

 レオンは居住まいを正し、単刀直入に切り出した。

「今年の夏休みですが、僕、領地には帰りません」

「―――何っ!?」


 アデルの絶叫がサロンに響き渡る。アデルはよろよろと後ずさり、ソファに崩れ落ちた。

「か、帰らない……?嘘だろう、レオン。夏休みといえば、避暑地で君とキャッキャウフフと水遊びをしたり、共に冷たい果実水を飲んで涼んだりする、至高の季節ではないか!それを、君のいない夏など……太陽のない砂漠と同じだ!」

 アデルは泣きながらレオンに訴える。美しい顔を涙で濡らし、

「ああ、私の天使が……」

と嘆く姿は、事情を知らない者が見れば、今生の別れを告げられた悲劇の貴公子に見えるだろう。

「兄様、泣かないでください。僕たちは『七不思議』の研究をするんです。兄様が教えてくれた『七不思議』を解き明かしたい!これは、僕の『カッコいい男』になるための試練なんです!」

「ううっ……レオン、君はまた、そんな健気なことを……!兄は寂しいが、君の成長を阻む鎖にはなりたくない……っ!」

 めんどくさいが、愛情深い兄である。レオンは苦笑しながら、ハンカチを差し出した。


 その光景を隣の席から、じっと見つめている二人の人物……


 一人は、今のやり取りを見て、羨ましそうに溜息をついているエリアス。そしてもう一人は、完璧な微笑みを張り付けたまま、その瞳の奥で凄まじい嫉妬の炎を燃やしている、第一王子ジークハルトである。


(……羨ましい。アデルのやつ、あんな風に人目も憚らず、弟への愛を叫べるとは。私など、弟に触れることすら躊躇われるというのに)

 ジークハルトは、ギリリと奥歯を噛み締めた。彼の視線の先には、おずおずと佇む、エリアスの姿がある。

(ああ、エリアス。今日もなんて可憐なんだ。その不安げな瞳、守ってあげたい衝動に駆られる細い肩。……だが、私が近づけば、彼はまた萎縮してしまうのだろうか)

 ジークハルトの思考は、常にネガティブな方向へと暴走していた。一方のエリアスもまた、アデルとレオンの仲睦まじい(?)様子を見て、胸を痛めていた。

(いいなあ、レオン君たちは。あんな風に、本音で話せて。……兄上は、僕のことなんて、きっと『出来の悪い弟』としか思っていないんだ。夏休みに帰らないと言ったら、『勝手にしろ』って冷たく突き放されるかもしれない……)


 盛大なすれ違いを起こしている王家兄弟。そこへ、レオンが助け舟を出すように、エリアスの背中をそっと押した。

「ほら、エリアス殿下。ジークハルト殿下にご挨拶を」

「あ、うん……。兄上、ごきげんよう」

 エリアスが、消え入りそうな声で挨拶をする。

 ジークハルトは、表情筋を総動員して「威厳ある王太子」の仮面を維持した。内心では「エリアスが! 私に! 話しかけてくれた!」とファンファーレが鳴り響いているのだが、外に出た言葉は、相変わらず不器用なものだった。


「……ああ。久しぶりだな、エリアス」

 ジークハルトは、視線をエリアスから、その隣にいるレオンへと移した。

「久しぶりだな、レオン・フォン・グレイスフィールド。……弟とは、仲良くやってくれているようだな」

「はい、殿下。エリアス殿下とは、いつも一緒に勉強させていただいています」

「そうか。……ところで」

 ジークハルトは、少しだけ眉を寄せ、探るような視線をレオンに向けた。

「……うちの弟が、迷惑をかけていないか? その……クラスの中で」

 その言葉を聞いた瞬間、エリアスの顔がさっと青ざめる。

(やっぱり……。兄上は、僕が王族として相応しくない振る舞いをして、恥をかかせていないか心配なんだ……)


 しかし、レオンの耳には、全く別の意味として届いていた。なぜなら、レオンには「和江おばあちゃん」の人生経験と、何より「アデル兄様」という生きたサンプルによって培われた、特殊な直感があったからだ。

(ん? 今の言葉……)


 レオンは、ジークハルトの瞳の奥にある、揺らぎを見逃さなかった。それは、威圧や懸念ではない。もっとドロドロとした、しかし純粋な……「心配」の色?

(『迷惑をかけていないか』……? これは、言葉通りの意味じゃない気がする)

 レオンの脳内で、瞬時に翻訳が行われる。

『うちの弟は、あまりにも可愛らしく、純粋すぎる。そんな無垢な存在が、有象無象の生徒たちに囲まれて、キャーキャー言われたり、変な虫がついたりして、困ったことになっていないか? 誰か、私の代わりに防護壁となって、彼を守ってくれているのか?』


 さらに、ジークハルトは続けた。

「弟は……クラスに溶け込めているか? 変な輩に、絡まれたりしていないか、心配でな」

 エリアスは俯く。

(僕がクラスで浮いていないか、仲間外れにされていないか、監視されているんだ……)


 だが、レオンの翻訳機は、正確にその本心を暴き出す。

『あの子の愛らしさに嫉妬した愚か者が、意地悪をしたりしていないだろうか? もしそんな奴がいたら、私が社会的に抹殺してやるのだが、今のところ報告がないので不安だ。君が、あの子の笑顔を守ってくれているのか?』


 ――カチリ。レオンの中で、何かが嵌った音がした。

(あ、これ……アデル兄様と同じタイプだ)

 直感した。この第一王子、ただのクールな天才ではない。内面に、弟への巨大すぎる愛を拗らせて秘めている、隠れ重度ブラコンだ。しかも、『天賦の王子』などと言われているが、コミュニケーション能力が絶望的なのでは……

(しかも、アデル兄様よりタチが悪い。兄様は『好きだー!』って叫んでくれるから分かりやすいけど、この人は『王子の仮面』が分厚すぎて、本音が全く外に漏れてない……!)


 レオンは、内心で「うわあ……」と遠い目になりながらも、話を進めることにした。

「ご安心ください、殿下。エリアス殿下は、クラスの皆からとても慕われていますよ。それに、僕たちがいつも一緒ですから、悪い虫なんて寄せ付けません」

「……そうか」

 ジークハルトの表情が、ふっと緩んだ。それは、本当に僅かな変化だったが、レオンには、彼が安堵のため息をついたのがはっきりと分かった。


「それで、今日はお願いがあって参りました」

 レオンは一歩前に出た。

「夏休みの間、僕たちは学院に残って研究をしたいと思っています。エリアス殿下にも、ぜひその研究に参加していただきたいのです。……許可を、いただけますでしょうか?」


 ジークハルトは、驚いたようにエリアスを見た。

「エリアス。……お前が、それを望むのか?」

 エリアスは、おずおずと、しかし勇気を振り絞って顔を上げた。

「は、はい……。兄上。僕、レオン君たちと……一緒に、頑張ってみたいんです。兄上のようにはなれないけれど……僕なりに、何かを成し遂げたくて……」


 その言葉を聞いたジークハルトは、数秒間、沈黙した。そして、ゆっくりと右手を伸ばし、エリアスの頭に、そっと置いた。

「……そうか」


 ーー短い一言。

 しかし、レオンの目は誤魔化せない。

 エリアスの頭を撫でる、ジークハルトの指先が、微かに、小刻みに震えている。そして、その理知的な蒼い瞳が、一瞬だけ潤み、必死に涙を堪えるように瞬きを繰り返している。

(うわあ……。感動してる。めちゃくちゃ感動してるよ、この人)


 レオンのアデルとのやりとりによって発現したスキル『ブラコン感知センサー』の針が、限界突破して振り切れた。最大値(EX)を記録。

(ああ……!私のエリアスが!あんなに内気だったあの子が、自分の意思で「やりたい」と言った!しかも、私に正面から向き合って!なんて成長だ!なんて尊いんだ!今すぐ抱きしめて「よく言った!」と褒め称えたい!王宮の楽団を呼んで祝典を開きたい!だが、ここで取り乱しては、王太子としての威厳が……!)

 その葛藤が、指先の震えとなって表れていたのだ。

「……好きに、しなさい。お前が選んだ道なら、私は……応援する」

 ジークハルトは、それが精一杯だった。


 しかし、当のエリアスは、兄の手の震えを、全く別の意味に受け取っていた。

(兄上の手が、震えてる……。やっぱり、怒ってるんだ。「王城にも帰らず、勝手なことを」って、呆れて、怒りに震えているんだ……)

 エリアスの顔が、絶望に歪む。アデルがレオンに抱きついて泣いているのと比べて、自分の兄の、この冷たく、震える手。

(やっぱり、僕は愛されていないんだ……)


「……っ!」 

 耐えきれなくなったエリアスは、バッと顔を伏せた。

「あ、ありがとうございました!……し、失礼します!僕、ちょっとお手洗いに!」

 エリアスは、逃げるようにサロンを飛び出していってしまった。

「あ、エリアス!」

 レオンが呼ぶが、エリアスは振り返らない。エリアスの表情を見て、エリアスが勘違いしていることをレオンは察知した。


 残されたのは、手を伸ばしたまま固まっているジークハルトと、ようやく涙を拭いたアデル、そして、全てを悟ってしまったレオンだけ。

 サロンに、気まずい沈黙が流れる。


 すると。ジークハルトが、ふらりと、力なくソファに腰を下ろした。

「……アデル」 

 その声は、深淵の底から響くように重かった。

「はっ」

「見たか。今の、エリアスの走り去る後ろ姿を」

 ジークハルトは、顔を覆った。

「まるで、森の小鹿が跳ねるような……なんと可憐で、儚い後ろ姿だったことか! トイレに行きたいと申告するその羞恥に染まった頬! ああ、私の弟は、なぜあんなにも可愛いのだ!」


「……は?」

 レオンは、耳を疑った。

(えっ、そっち!?『嫌われたかも』とかじゃなくて!?)


 アデルが、すかさず反応する。

「殿下。お言葉ですが、走り去る姿の可憐さならば、私のレオンも負けてはいません。幼き日、私の元へ駆け寄ってきた時の、あの天使の羽が見えるかのような愛らしさ!あれこそ至高です」

 ここぞとばかりに、アデルが対抗心を燃やす。

「ふん。エリアスなど、先日、古代語の詩を暗誦した際、つっかえて赤面したのだぞ?その時の、『うぅ』という呻き声の破壊力を、貴様は知らんのか」

「レオンなど、ピモンを食べる時に『修行です』と自分に言い聞かせていたのです!その健気さ、その精神性!もはや聖域です!」

「エリアスの寝顔は、国宝に指定すべきだ」

「レオンの寝癖は、世界遺産です!」

 サロンの真ん中で、王国の未来を担う二人の天才が、真顔で、熱く、そして不毛極まりない「弟自慢合戦」を開始した。


 レオンは、遠い目をした。

(……だめだ、この人たち。手遅れだ)

 アデル兄様が重度のブラコンなのは知っていた。だが、まさか次期国王であるジークハルト殿下まで、ここまでこじらせたブラコンだったとは。

(第一王子の思考の9割が、弟で埋まっている……)


 レオンは、ヒートアップする二人の会話を聞き流しながら、窓の外の青空を見上げた。

「……この国、将来大丈夫かな……?」

 9歳の少年の口から、国家の存亡を憂う、重いため息が漏れた。とりあえず、トイレ(という名の避難所)に逃げ込んだエリアスを慰めに行かなければならない。そして、この勘違いだらけの兄弟関係を、どうにかして修復してあげなければならない。


(ノブレス・オブリージュ……。僕の仕事、また増えちゃったな)

 レオンは、苦笑いを浮かべながら、熱弁を振るう残念な兄たちにお辞儀をし、サロンを後にした。


 天使様のタスクに、研究だけでなく、王家の兄弟仲を取り持つという、高難易度ミッションも入った瞬間だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

もし少しでも『面白いかも』『続きが気になる』と思っていただけたら、↓にあるブックマークや評価(☆☆☆☆☆)をポチッとしてもらえると、とってもうれしいです!あなたのポチを栄養にして生きてます… よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ