天使様、夏の予定と恋の迷宮に迷い込む
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ロドエル魔導学院の広大な図書室。三層吹き抜けの天井からは、柔らかな魔導光が降り注ぎ、古い羊皮紙の香りが漂っている。
その一角にある円卓を、初等部一年生の「寄せ植えチーム」が囲んでいた。第二王子エリアス、伯爵令息フェリックス、公爵令嬢ベアトリクス、そしてグレイスフィールド家のレオンとルチアの五人だ。
「研究テーマ……どうしようか。みんなで力を合わせられるものがいいよね」
レオンが首を傾げると、ピンクブロンドの髪がさらりと揺れる。先日、レオンの「寄せ植えの理」によって団結した五人だが、肝心の内容が決まっていなかった。
「俺はやっぱり、ド派手なのがいいな!火球をこう、ドカンと!」
「だから!フェリックス君、それは前にも却下したでしょ?」
フェリックスの提案に、ベアトリクスがまたしても噛み付く。
「やっぱり、ベアトリクス様の『安全な魔法訓練システム』が良いんじゃないですか?」
ルチアが提案する。最近ではすっかり、ルチアにとってベアトリクスは憧れの淑女と化していたので、1にレオン、2にベアトリクスの状態だ。
「っっルチアは可愛いですわ!…でも、システムとなると魔法の研究とはちょっと違うような…」
「ほらー!それは、やっぱ、火球ドッカンだろ!」
「あんた脳筋なの!?毎年、『魔法詠唱』とか『魔法陣』とか、そうゆう研究するのよ!火球ドッカンなんて、上級魔法使ったら一発で終わりじゃない!」
「……確かに…」
すっかり、打ち解けてしまった、ケンカップルのようなベアトリクスとフェリックス。ベアトリクスは釣られて淑女の仮面が剥れきっている。
そんな中、エリアスがおずおずと手を挙げた。
「あの……レオン君がこの前話してくれた、学院の『七不思議』の話なんだけど」
レオンは先日、長兄アデルから聞いた「鳴らずの鐘楼」や「涙を流す創設者の像」の話を、チームの皆に雑談として披露していたのだ。
「あれって、ただの噂じゃなくて、何かの魔法的な術式が裏で働いているんじゃないかな?もしその正体を解明できれば、素晴らしい研究になると思うんだ」
エリアスの蒼い瞳が、知的な輝きを帯びる。彼は内気だが、古代語や魔法理論に関しては、王家随一の才能を秘めていた。
「おぉっ! それ、面白そうじゃん! 探検みたいでワクワクする!」
「そうだね!僕も兄様に学園行ったら、謎を解き明かすって約束してたんだ!」
「ロマンがあって素敵ですねー!」
「……規律ある学院の歴史を紐解くという意味では、公爵家としても異論はありませんわ」
全員が賛成し、テーマは『学院の七不思議における魔導的考察と実地検証』に決定した。
そんな中、レオンには気にかかることがあった。話し合いの間、ベアトリクスが一度もエリアスと目を合わせようとしないのだ。それどころか、エリアスが発言するたびに、彼女は不自然に扇子を動かしたり、視線を資料に落としたりしている。エリアスもそれに気づいているのか、時折、寂しそうに肩を落としていた。
(……これは、放っておけないよね……)
レオンは、お節介魂を燃やし、この件に首を突っ込むことにした。
◇
「ベアトリクス様、少しだけ散歩しませんか?」
放課後、レオンは一人でベアトリクスを呼び止めた。二人は、夕暮れ時の回廊を並んで歩く。
「……何の用かしら。わたくし、これから予習がありますのよ」
ベアトリクスは、いつもの「鉄壁のプライド」を纏っているが、その瞳には隠しきれない疲労の色があった。
「ベアトリクス様、エリアス様と何かありましたか?」
ベアトリクスは、ぴたりと足を止めた。扇子を握る手が、微かに震える。
「……貴方には、関係のないことですわ」
「そうかもしれません。でも、ベアトリクス様が苦しそうな顔をしていると、隣にいるエリアスも、枯れちゃいそうな顔をするんです。僕は、友達のそんな顔は見たくありません」
「……」
「ベアトリクス様の苦しそうな顔も、僕は見たくありません。仲間だから…」
「っっ!」
レオンの真っ直ぐな、一点の曇りもない蒼い瞳。その輝きに射抜かれたベアトリクスは、ため息をつく。
「……もうすぐ、夏休みでしょう?」
彼女の声は、消え入りそうなほど細かった。
「実家に戻るのが、怖いの。お父様……ヴォルフェン公爵に、顔を合わせるのが」
ヴォルフェン公爵。北の魔境を守る、剛直で厳格な武人。 ベアトリクスは、父からエリアスについて「ある指示」を受けていたのだが、それは彼女の良心を酷く痛めつけていた。
「わたくし、どうすればいいのか分からないの。エリアス様は、優しい方なの。そんなエリアス様の隣にいる資格なんて、わたくしにはない……。実家に戻れば、また……」
俯く彼女の姿は、冷徹な公爵令嬢ではなく、ただの迷える少女だった。レオンは、思わず彼女の手をそっと握った。
「そんなことはありません!エリアスは、ベアトリクス様が隣にいてくれるだけで、とっても安心しているんですよ!」
レオンは必死に励ます。
「ベアトリクス様は、とっても優しくて、規律正しい素敵な女性です!そんな貴女が、友達として、婚約者としてそばにいることが、エリアス様にとって一番の幸せだと思います!」
「……っ!」
ベアトリクスは顔を上げ、潤んだ瞳でレオンを見つめた。あまりにも真っ直ぐな賞賛。天使のような美少年から投げかけられる、無垢な肯定の言葉。
「レオン様……貴方は、どうしてそんなに……」
彼女の頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「……貴方が、わたくしの婚約者なら、よかったのに……!」
――え?
レオンの思考が、一瞬で真っ白になる。
(えええっ!? 今、なんて!? 婚約者!?)
レオンの脳内に、凄まじい勢いで「どうしてこうなった?」の蝶々が舞い始めた。
(も、もしかして……ベアトリクス様、僕のことが好きなの!? でも、彼女は王子の婚約者で……! え、これって、もしかして禁断の恋!?おばあちゃんの昼ドラの記憶が、今ここで現実に!?)
パニックに陥るレオンを余所に、ベアトリクスは恥ずかしさのあまり扇子で顔を隠した。
「な、何を言っているのかしら、わたくし……! ただ、貴方のように話し合える相手が、近くにいればいいと思っただけですわ!」
「あ、あはは……そう、ですよね! びっくりしました!」
レオンは冷や汗を拭いながら、何とか平静を装った。
(うわー、うわー!『片思い中の相手を落とすには、恋がうまく行ってない時に、優しい言葉をかければ成功率100%』っておばあちゃんの読んでた雑誌に載っていた気がする…意図せず僕、やっちゃった!?)
レオンの勘違いは加速する。
(でもでも、友達の婚約者なんて…絶対にダメだよ…ベアトリクス様…)
「……とにかく、エリアス様とどうというお話ではなくて、家に帰るのが憂鬱なだけですわ。長い休みに、理由もなく『帰らない』なんて通るはずもございませんもの。ご心配をおかけして申し訳ありません。」
「ベアトリクス様。家に戻るのがそんなに憂鬱なら……戻らなければいいんですよ」
「……え?」
「研究発表があるじゃないですか!一年の課題を、夏休みの間にみんなで集まって進めるという名目があれば、学院に残る許可も出るはずです!」
レオンは思いつきで、初等部初年度からとんでもないことを提案してしまった。
『えーーー??レオン様ー、嘘でしょ??パパさんとママさん泣いちゃうよ!?僕もクロノさんのお菓子食べるの楽しみにしてるのにー!!』
影から、モリィの盛大なブーイングが炸裂するが、レオンはスルーだ。
「みんなでこの学院に残って、七不思議を解明しましょう!」
◇
翌日。 レオンは早速、残りの三人を呼び出した。
「夏休みの間に、研究をぐぐっと進めたいんだけど……みんな、学院に残るっていうのはどうかな?」
「えーっ!? 夏休みなのに学校に居残り!?……あ、でも、レオンがいるなら面白そうだし、いいぜ!」
フェリックスが二つ返事で賛成する。
「私も、レオン様のおそばにいられるなら、どこまでも付いていきます!」
ルチアも、拳を握ってやる気満々だ。
「……僕も、やりたいな……兄上も王宮で忙しいみたいだし、みんなと一緒なら、頑張れる気がする……」
エリアスが、初めて自分から希望を口にした。
ベアトリクスは、驚いたようにエリアスを見つめた後、小さく、しかし確かな微笑みを浮かべて頷いた。
「……仕方がありませんわね。わたくしも、チームのリーダー格(自称)として、監督責任を果たさなければなりませんから!」
「よし、決まりだね!」
レオンは、にこにこと笑いながら、内心でホッと胸を撫で下ろす。
(これでベアトリクス様の悩みも少しは和らぐし、チームの仲も深まるはず……)
ベアトリクスはレオンに近寄り、みんなに聞こえないように耳元で小さく
「…ありがとう…」
と囁いた。
それを受けたレオンは顔を真っ赤にして、
(ベアトリクス様!ダメです!禁断の恋は!僕にはまだ早すぎます!)
すっかり、「ベアトリクスに惚れられてしまって友達との板挟みな自分」と思い込んでしまったレオン。この夏を無事に乗り越えることができるのだろうか…
『もう!!レオン様はしょうがないなー、夏休みはアメちゃん以外のお菓子、たくさん用意しておいてよねー!』
影の中で怒り心頭のモリィの念話に、レオンは「うん、分かってるよ」と上の空で応えるのだった。
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