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天使様、鉄壁の淑女をピクニックに誘う

読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定です♩

 ロドエル魔導学院に入学してから、早いもので半月が過ぎた。 新入生たちもようやく広大な校舎や厳しい校則に慣れ始め、学内にはそれぞれの「居場所」ができつつあった。


 初等部校舎の裏手に広がる、精霊の加護を受けた美しい中庭。 大きな樫の木の木陰が、最近のレオンたちの定位置だ。

「……んー! やっぱり外で食べるご飯は美味しいですね」

 レオンは、ピンクブロンドの髪を春風に遊ばせながら、ルチアが用意してくれたバスケットの中身を幸せそうに眺めていた。中身は、領地から持参した『トマノ』のサンドイッチと、和江おばあちゃん直伝の出汁巻きもどきだ。

「本当だな!食堂の堅苦しい空気の中で食べるより、百倍マシだぜ!」


 フェリックス・ブラウンが、行儀悪く芝生に座り込み、大きな口でサンドイッチを頬張る。彼は文官貴族の三男坊らしく、権威というものに全く興味がない。レオンを「見た目が凄すぎるだけの面白い友人」として扱う、貴重な存在だ。

「……うん。僕も、ここにいる時が一番……落ち着くよ」


 第二王子エリアスが、少しだけはにかみながら答える。彼は入学式の時の「出涸らし」という陰口に傷ついていたが、レオンの差し出す不思議なアメちゃんと、フェリックスの遠慮のない明るさに救われ、少しずつ笑顔を取り戻していた。


「エリアス様、お茶をどうぞ。温度はちょうどよくしてあります」

 メイドとして、そして同じクラスの生徒として付き従うルチアが、手慣れた手つきでハーブティーを注ぐ。彼女も当初のガチガチの緊張はどこへやら、今はレオンたちの「お世話」に生きがいを見出していた。

 そんな、まるでどこかの隠居老人が集まって日向ぼっこをしているかのような、ゆるふわな空間。それを、少し離れた回廊の柱の陰から、じっと見つめている視線があった。


 ◇


(……羨ましい。あの中に入りたい。私も、エリアス様と一緒に笑いたい……!)

 ヴォルフェン公爵家の次女、ベアトリクスは、扇子を握りしめる手に力が入りすぎて、みしり、と不穏な音を立てていた。

 彼女はエリアスの婚約者である。北の魔境を守る「王国の盾」ヴォルフェン家の娘として、彼女は幼い頃から「完璧な王子妃」となるべく淑女教育を叩き込まれてきた。凛とした眉、意志の強そうな瞳、そして非の打ち所のない淑女の作法。

 だが、その中身は、生来の臆病さと引っ込み思案を隠すために「鉄壁のプライド」という鎧を纏った、ただの9歳の女の子だった。


「ベアトリクス様、見ていられませんわ! あんな平民の娘や、身分の低いブラウン家の令息が、エリアス様を独占するなんて!」

「そうですわ! 婚約者である貴女様が、あのように放置されているのは、ヴォルフェン家の名に傷がつきます!」

 背後に控える、自領の寄子よりこの令嬢たちが、ベアトリクスを煽り立てる。彼女たちにしてみれば、自分たちの親分であるベアトリクスが王子と仲良くしてもらわなければ、自分たちの面子が立たないのだ。

「……わ、分かっていますわ。……行きましょう」

 ベアトリクスは心臓が口から飛び出しそうなのを必死に抑え、鎧(淑女の仮面)を完璧に装着する。一歩、一歩、地面を踏みしめる音が聞こえるほど、彼女は硬直していった。だが、周囲にはそれが「威風堂々たる公爵令嬢の歩み」に見えてしまう。


 ◇


「――エリアス様。よろしいかしら」

 頭上から降ってきた凛とした声に、中庭の四人が一斉に顔を上げると、太陽を背負い、冷徹なまでの美しさを湛えたベアトリクスが立っていた。

「あ、ベアトリクス……」

 エリアスが、びくりと肩を震わせる。彼は自分に自信がないため、自分とは対照的に「完璧」な婚約者に対して、強い苦手意識を持っていた。


「ご機嫌よう、エリアス様。……本日こそは、わたくしと共にお昼を召し上がっていただけるものと思っておりましたが?」

(ああっ、違うの! 本当は『一緒に食べてもいい?』って可愛く聞きたかったのに! どうしていつも、詰問するみたいな言い方になっちゃうのよ、私のバカーー!)

 ベアトリクスの脳内は大パニックだったが、外に出る言葉は、公爵家の教育が自動生成した「冷たい貴族風」だった。

「え、あ……ごめん。でも、今日はもう、レオン君たちと約束していたから……」

 エリアスが気まずそうに、レオンの影に隠れるように体を縮める。


 それを見たベアトリクスは、絶望しかない……

(エリアス様が、私を避けてる……! あんな綺麗な顔をしたグレイスフィールド家の三男の影に……!私の何がいけないの!?そりゃ、レオン様は可愛いけど!可愛いけどもっ……!!)

 焦りが、彼女の口をさらに最悪の方向へと滑らせる。

「……王族としての自覚が足りないのではなくて? あろうことか、平民のルチアまで同席させて食事をするなど。格式というものを、どのようにお考えですの?」


 その言葉は、エリアスの古傷をグッサリと抉る。

「……っ! ……そうだね。僕は兄上ジークハルトのように立派じゃないから……王族失格だって、言いたいんだね」

 エリアスの顔色が、みるみるうちに青ざめていく。彼は、ベアトリクスが「一緒にいたい」と言っていることに、一ミリも気づいていない。というか、ベアトリクスよ、伝わるわけもない……

 ーーー気まずい沈黙。

 ベアトリクスは「あ、終わった」と心の中で白目を剥いた。


 だが、その沈黙を、全く空気を読まない明るい声がぶち破った。

「なあ、ベアトリクス様。それって、ルチアが平民だから一緒に食べるのがおかしい、って言いたいのか?」

 フェリックスが、指についたパン屑を払いながら、ズバッと切り込んだ。

「えっ? そ、それは……」

「それとも、本当はご自分が、エリアス様の隣に座ってお食事をしたい、って言いたいのか?」


 ド直球。脳天気に放たれたその言葉に、ベアトリクスは「ひぇっ」と淑女にあるまじき声を出しそうになった。

「なっ、何を……っ! わ、わたくしは、ただ、公爵令嬢として、婚約者の義務を……っ!」

「顔、真っ赤だぜ? なあ、レオン。ベアトリクス様、お腹空いてるみたいだぞ」

 フェリックスに振られ、レオンは

(あ、これ、知らない子の前で、もじもじして怒っちゃう近所の子と同じだ。人見知りってやつ??)

と、ちょっと斜め上に受け取った。レオンは男女の機微には疎かった。


「……ベアトリクス様」

 レオンは立ち上がり、天使の微笑みを浮かべた。

「お花も人も、一人でいるより、みんなで集まって『寄せ植え』にしたほうが、ずっと綺麗に見えるんですよ。エリアス様も、貴女が来てくれたら、きっともっと美味しくご飯が食べられます」

「え……?」

「さあ、一緒に食べましょう! ルチア、ベアトリクス様の分のお茶と、敷物を用意してくれるかな?」

「もちろんです! ベアトリクス様、こちらへどうぞ!」

 ルチアが、パッと明るい笑顔で、ベアトリクスのために一番座り心地の良さそうな場所を整える。


 ベアトリクスは、あまりの急展開にタジタジとなり、後ろを振り返れば、取り巻きたちが「ベアトリクス様、そのまま彼らを教育してやるのですわ!」という顔で見ている……

「……し、仕方ありませんわね。今回だけ、特別に……お付き合いいたしますわ」

 ベアトリクスは、消え入りそうな声でそう言うと、震える膝を押さえながら、レオンが示した場所に腰を下ろした。


 ◇


 五人での昼食会。最初は、氷の彫像のように固まっていたベアトリクスだったが、そこに「生活の知恵」と「おせっかい」の権化たちが容赦なく襲いかかる。

「ほら、ベアトリクス様。この出し巻き卵、美味しいですよ。栄養満点です!」

「なっ、卵を……このような、丸めた状態で……? …………っ!? な、何これ、美味しい……」

「でしょ? ルキウス生徒会長も『非効率だが美味い』って太鼓判を押してくれたんですよ」

「ベアトリクス様は、恥ずかしがり屋なんだな!」

「なっ…!私は…べべべべべ…」

「ほんとだ!本当はエリアスとご飯を食べたかっただけなんだね!」

 容赦無く、ベアトリクスの本心と羞恥心をゴリゴリする天然達。


「…そうなの?…」

 不甲斐ない自分を、見下しているのかと思っていた、エリアスが不思議そうな顔をする。

「っそ!!」

「そうだよー!だって婚約者なんだから、仲良くしたいなーって思うよ!」

「俺にはよくわかんないけどよ、愛ってやつか?」

「え……?人見知りなんじゃないの?……愛なのっっ?!」

((えっ……レオン様は気づいてなかったんだ……))

 あまりの、レオンの恋愛偏差値の低さに慄く、フェリックスとルチア。

 そして、いたたまれなくなり、顔を真っ赤にして俯いてしまうベアトリクス。

(えー!愛って何?なんなのこの人たち?無理無理!愛とか言わないでー!!)


 レオンとフェリックスの天真爛漫な会話に、ベアトリクスの「鉄壁のプライド」が少しずつ削られていく。しかし、一番の功労者はルチアだった。

 ルチアは、ベアトリクスが顔を赤くして、緊張でフォークを持つ手が震えているのを見ると、さりげなくお茶を差し替え、話しやすい話題を振った。

「ベアトリクス様。そのリボンの刺繍、もしかしてヴォルフェン領特有の術式刺繍ではありませんか? すごく……力強くて、でも繊細で、素敵です」

「……気づくのね。ええ、これは我が領の職人が……」

 自領地のアイデンティティを肯定され、ベアトリクスの瞳に、やっと自然な光が宿る。

「実は私、レオン様に仕えるために、魔力圧縮を勉強しているんです。ベアトリクス様のような、強くて気品のある方に、いつか守りの極意を教えていただけたら……なんて」

「……わ、わたくしで良ければ、その、教えるくらい、造作もないことですわ」

 ルチアの献身的なフォローに、いつしか、ベアトリクスの肩から余計な力が抜けていた。

 それを見たエリアスが、やっと、おずおずと口を開く。

「……ベアトリクス。……さっきは、ごめん。……君が、そんなに僕のことを考えてくれていたなんて、思わなくて」

「え……。あ、いいえ……。わ、わたくしこそ、言葉が過ぎましたわ……」 

 二人の間に、初めて「婚約者」としての、年相応の温かい空気が流れた。


 ◇


 昼食が終わり、予鈴が鳴る頃。

 ベアトリクスは、レオンに向かって、少しだけ顔を赤らめながら告げた。

「レオン・フォン・グレイスフィールド。……貴方は、不思議な人ね。わたくしの周りには、こんなに……うるさくて、規律のない者はいませんでしたわ」

「??それ、褒め言葉として受け取っておきますね?」

「ルチアのお茶も……なかなかでしたわ。また、明日も。お茶くらいなら、付き合ってあげてもよろしくてよ?」

「はい! 楽しみにしてますね、ベアトリクス様!」


 立ち去るベアトリクスの背中は、相変わらず公爵令嬢としての気品に満ちていた。だが、その後ろを追いかける取り巻きたちが

「ベアトリクス様!? まさか明日も平民とピクニックを!?」

 と騒ぐ声に対し、彼女は一度も振り返らなかった。


 レオンは、それを見送りにこにこと手を振る。

「ルチア、いい友達になれそうだね」

「はい! ベアトリクス様、本当はとってもお優しい方なんですね。私、頑張って仲良くなってみせます!」


 天使様に、また一人、仲間が加わった昼下がりだった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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