天使様、新たな友人と守護者の怒り
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レオンは、隣の席で飴を頬張り、ようやく表情を和らげた第二王子エリアスを見て、ホッと胸を撫で下ろしていた。
(良かった。王子様、少しはリラックスしてくれたみたいだ。和江おばあちゃんも言っていたよ。『甘いものは心のトゲを丸くする』ってね)
しかし、レオンにはもう一つ、大きな関心事があった。それは、後方の席に座るメイド兼生徒の、ルチアのことだ。学院の配慮――という名のアデル兄様の猛烈な根回し――により、平民出身であるルチアも、レオンと同じクラスに編入されていた。レオンにとって、気心の知れたルチアが側にいることは、何よりの救いだった。
だが、ルチア本人の心境は、地獄の真っ只中だ。
(ど、どどど、どうしましょう……! 周りを見渡せば、キラキラしたお貴族様ばかり……! 私みたいな、ついこの前まで雑巾がけをしていたメイドが、こんな場所にいていいのでしょうか……っ!)
ルチアは、借りてきた猫どころか、猛獣の檻に放り込まれた仔兎のように震えていた。そして、運命の時間がやってくる。そう、入学時恒例の自己紹介という拷問!
「では、一人ずつ自己紹介を。……次、ルチアさん」
その瞬間、ルチアの頭の中は真っ白になった。立ち上がろうとして、椅子をガタンと派手な音を立てて倒してしまう。
「ひゃっ!? あ、あわわわ……っ!」
教室内から、クスクスと小さな笑い声が漏れる。ルチアは真っ赤になりながら、震える声で口を開く。
「わ、わわ、わたくしは……ル、ルチアと、と、ともうしましゅ……!え、ええと……し、趣味は、お、お掃除と……ま、魔力、あっ、あ、あっ……ちゅ、しゅく、ですっ!」
「あはは、魔力あちゅしゅく、だって!」
「お掃除が趣味? 流石はグレイスフィールド家の『特別枠』ね」
悪意というよりは、物珍しさと見下しが混ざったような、無邪気で残酷な笑い。ルチアは、噛みまくった挙句に「魔力圧縮」を「あちゅしゅく」と言い間違えた恥ずかしさに、涙目になって椅子に沈み込んだ。
(ううう……レオン様に恥をかかせてしまいました……。もう、穴があったら、そこをさらに魔法で掘って埋まりたいです……!)
俯くルチアの隣の席。そこには、一人の少年が座っていた。
「よお、そんなに落ち込むなよ!掃除が趣味って、最高じゃねえか!俺の部屋なんていつも汚ねえから、尊敬するぜ!」
底抜けに明るい声。ルチアが顔を上げると、そこには屈託のない笑顔を浮かべた、茶髪の少年がいた。彼の名は、フェリックス・ブラウン。ブラウン伯爵家の三男で、実家は領地を持たない文官の家系。そのため、権力争いや面子に疎く、誰に対しても平等に接する、このクラスでは稀有な「普通」の少年だった。
「お、俺はフェリックス!よろしくな、ルチア!噛んじゃうのなんて、緊張してりゃ当たり前だ。俺なんて昨日、学園に行く前から緊張してて、パンを喉に詰まらせて死にかけたんだぞ!」
「……っ……ぷっ。……あ、ありがとうございます、フェリックス様……」
あまりにも豪快な慰めに、ルチアの瞳から一粒の涙がこぼれ落ちた。それは、緊張が解けた安堵の涙だったのだが。
――最前列に座るレオンが振り返った瞬間に見た視点からは、全く別の光景に見えていた。
(……え?)
そこには、泣いているルチアと、彼女を指差して(いるように見える角度で)身を乗り出している見知らぬ少年の姿。
(ルチアが、泣いてる……? あの男の子に、何か酷いことを言われたの……?)
その瞬間、レオンの脳内に、怒りが急速に沸き上がる。姉のようなルチアが知らない奴にいじめられることほど、許しがたいことはない。さらに、グレイスフィールド家の守護者としての本能が、静かに、しかし激しく共鳴した。
(……僕が、守るって決めたのに。ルチアを、泣かせるなんて……!)
教室内を支配していたクスクス笑いが、突如として止まる……それどころか、窓ガラスがガタガタと震え、空気が物理的な重さを伴って澱み始めた。
「「「…………っ!?」」」
生徒たちの視線が、一点に集中する。 そこには、先程まで『可憐な天使』のように微笑んでいたレオンが、立ち上がっていた。
ピンクブロンドの髪が、見えない風に煽られて揺れる。蒼い瞳は、冬の北海のように凍てつき、そこから放たれるのは、中等部、いや、高等部の魔法騎士ですら放てるかどうかという、凄まじい密度の『魔力威圧』だった。
レオンは、音もなくフェリックスの席へと歩み寄った。一歩ごとに、床から「みしり……」と軋む音が響く。
「……君」
レオンの声は、驚くほど静かだった。しかし、それは爆発直前の火山の如き静寂。
「僕の……いえ、グレイスフィールド家のルチアに、何か用ですか?」
「う、うわわっ!? な、なんだ!? 息が……っ」
フェリックスは、巨大な壁に押し潰されるような感覚に襲われ、椅子から転げ落ちそうになる。そして、クラス全員が戦慄した。
あの『天使』が怒った。そして、その怒りは、死を予感させるほどに、重く、鋭かった。
(((美少年の怒り、怖すぎる……!!)))
(((ルチアさんをいじめたら、この世から消される……!!)))
クラスメイトたちの脳裏に、共通の『不可侵領域』が刻まれた瞬間だった。
「待ってください、レオン様ぁぁ!!」
ルチアが、パニック状態でレオンの袖を掴んだ。
「勘違いです!この方は、フェリックス様は、私を励ましてくださったんです!掃除が趣味なのを『尊敬する』って言ってくださって、私、嬉しくて泣いちゃっただけで……!」
「……え?」
レオンの魔力威圧が、霧が晴れるようにスッと消えた。彼は、目を瞬かせてフェリックスを見た。フェリックスは床に手をつき、荒い息を切らしながら、
「ひ、ひえぇ……」
と腰を抜かしていた。
「……励まして、いた?」
「はい! とっても、とっても、お優しくしていただいたんです!」
「…………あ」
レオンの顔が、みるみるうちに真っ赤になった。レオンの早合点、あまりにも恥ずかしい大失態。
「……ごめんなさい、フェリックス君。僕……てっきり、君がルチアを苛めているのかと思って。……その、本当に、ごめんなさい……っ!」
レオンは、深々と頭を下げた。耳まで真っ赤にして、消え入りそうな声で謝るその姿。
(((……あざとい)))
(((別の意味で、心臓に悪い……)))
クラスの女子も男子も、一斉に胸を押さえて顔を逸らした。
憤怒の魔王から一転、恥じらう美少年への変貌。その破壊力は、威圧よりも遥かに高かった。
「……ぷ。……ははははは!!」
沈黙を破ったのは、当のフェリックスだ。彼は膝を叩きながら、お腹を抱えて笑い出した。
「なんだよそれ!お前、すっげーな!あんな魔力、見たことねえぞ!レオン様はルチアちゃんのことが大好きなんだなー!いいなあ、そういうの、俺も好きだぜ!」
フェリックスは、立ち上がると、無造作に自分の服の埃を払う。彼には、レオンの身分への畏怖も、美貌への気後れもない。ただ純粋に、メイド思い(?)の熱い絆に感銘を受けていた。ただの鈍感ともいう。
「俺はフェリックス・ブラウン!文官の息子だ。堅苦しいのは抜きにしようぜ、レオン様!」
レオンは、目を丸くしてフェリックスを見る。アデル兄様やルキウス、あるいは領地の人々のように、「神聖視」してくるのではない。ましてや、リリアン侯爵やマグナス侯爵のように「崇拝」してくるのでもない。
ただの、対等な「男の子」として、笑いかけてくれている。それは、レオンがずっと求めていた、気楽な関係の予感。
「……うん!よろしく、フェリックス!僕のことも、『レオン』って呼んで!」
「おう!よろしくな、レオン!」
フェリックスは、ガシッとレオンの手を握った。レオン信者にはならない、しかし誰よりも頼りになる、おおらかな親友。「ただの男友達」という新しいピースが、レオンの学園生活に加わった瞬間だった。
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