天使様、友情の飴を差し出す
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アルセリオス王国が誇る最高学府、ロドエル魔導学院。その荘厳な石造りの校門の前には、領地から送り出された数多の貴族の子弟たちが、期待と緊張の入り混じった面持ちで集まっていた。
その喧騒の中を、グレイスフィールド侯爵家の紋章が刻まれた一台の豪奢な馬車が、静かに滑り込んできた。馬車の窓から外を覗いていた、レオン・フォン・グレイスフィールドは、小さく深呼吸する。
(……よし。領地ではあんなに派手な見送りになっちゃったけど、ここからは心機一転だ。僕の『カッコいい男計画・学園編』の目標は、『目立たず、騒がず、静かに過ごす』こと。おばあちゃんも言ってた、『能ある鷹は爪を隠す』ってね!)
レオンは、自室に貼っていたスケジュール表の新たな一頁を脳内でめくる。今日から、ただの初等部一年生だ。領地での「聖者伝説」や「女神コンテスト優勝」といった数々の黒歴史……もとい、勘違いの記録は、この高い城壁の中にまでは届いていないはずだ。
「レオン、準備はいいかい? 忘れ物はないね?」
向かいの席に座るアデルが、心配そうにレオンの襟元を直す。その瞳には、すでに今朝から五回目となる感動の涙が溜まっていた。
「大丈夫ですよ、アデル兄様。……ユリ兄様も、あくびしてないでシャキッとしてください」
「ふぁ~い。……レオン、外に出る時は気をつけろよ?」
ユリウスが、窓の外を指さしてニヤリと笑った。
「……??」
何を言われてるのかわからず、レオンは馬車の扉を颯爽と開け、地面に一歩を踏み出した、その瞬間……
「――っ!?」
「……え?」
それまでガヤガヤと騒がしかった校門前が、魔法で時間を止められたかのように、一瞬で静まり返った。数百人の生徒、保護者、そして教職員。その場にいた全員の視線が、一点に集中する。
光を透かすピンクブロンドの髪、夜空の星を閉じ込めたような蒼い瞳、そして冬の寒さを溶かすような透明感あふれる美貌。王都の仕立て屋が心血を注いだ紺碧の制服に身を包んだレオンの姿は、まさしく地上に舞い降りた天使そのものだった。
「……な、なんだ、あの子は……」
「グレイスフィールド家の三男……? あんな子がこの世に存在するのか……」
「まるで、春の精霊の化身のようだわ……」
あちこちから漏れる、溜息混じりの囁き声。レオンは冷や汗を流しながら、精一杯の「普通の少年」の顔を作ろうとしたが、それが逆に「憂いを帯びた高貴な風格」として周囲に突き刺さった。
(ど、どうしてこうなった!? まだ一歩しか歩いてないのに、もう計画が瓦解してる気がするよ……!)
◇
入学式が行われる大講堂は、三層吹き抜けの豪華な空間だった。レオンはルチアと共に新入生の席に座り、なるべく気配を消そうと縮こまっていた。ちなみにモリィは、レオンの影の中に潜み、おやつを催促する念話を絶え間なく送り続けている。
式の進行は厳粛に進み、在校生代表の挨拶が始まった。
「――新入生の諸君。歓迎する。我が校の規律と秩序は、君たちの……君たちの……」
壇上に立ったのは、初等部の生徒会長となったルキウス・オーレリアンだ。銀縁眼鏡をクイッと上げ、理知的な声を響かせていた彼は、新入生席にいる「彼女」の姿を認めた瞬間、言葉を失った。
(……レオン様。やはり、あの制服姿も……凛々しく、そして痛々しいほどに可憐だ。家族を守るために男装を貫くその覚悟、このルキウス、改めて感服いたしました!)
ルキウスは挨拶を続けながらも、視線だけは磁石に吸い寄せられるようにレオンの方へと向いてしまう。眼鏡の奥の瞳はソワソワと泳ぎ、完璧なはずの演説は、所々で何度も同じ言葉を繰り返す。
(ぶっ……!委員長の奴、レオンに釘付けじゃないか。分かりやすすぎるだろ!)
在校生の席でそれを見ていたユリウスは、必死で笑いを堪えて肩を震わせている。いまだに、男だと伝えていないユリウスは、鬼畜である。
ルキウスの妙な挙動に会場がザワつき始めた頃、ようやく次のプログラムへと移った。新入生代表の挨拶。壇上に上がったのは、第二王子エリアス・フォン・アルセリオスだった。
「……あ、あの……。えりあす・ふぉん・あるせりおす、です。……きょうは……」
エリアスの声は小さく、震えていた。 ただでさえ人見知り、そして、完璧すぎる第一王子ジークハルトと常に比べられ、自信を失っているエリアスは、大勢の前に立つだけで限界だったのだ。
「……え、聞こえないわ。何て言ったの?」
「あれが第二王子? ジークハルト殿下とは大違いだね」
「ああ、あの『病弱王子』か。……出涸らしの、なんて噂もあるぜ」
後方の席から聞こえてくる、心ない上級生たちの嘲笑。 レオンは、その言葉を聞いた瞬間、胸がギュッと締め付けられるのを感じる。
(……出涸らし? 病弱? そんなこと言わなくてもいいじゃないか。あんなに一生懸命頑張っているのに……)
俯き、耳まで真っ赤にして壇を降りるエリアスの姿が、目に焼きついて離れなかった。
◇
入学式が終わり、指定された教室に入ると、運命の悪戯か、レオンの隣の席には、先ほど壇上で震えていたエリアスが座っていた。
エリアスは、隣に座った美しすぎる少年の気配に、心臓が口から飛び出しそうなほど緊張していた。
(……ど、どうしよう。兄上が言っていた、グレイスフィールド家のレオン君だ……。兄上は、『彼は私の側近アデルの弟であり、お前を支える「聖なる盾」となるべき存在だ。必ず側近にしなさい』って言ってたけど……)
ジークハルトからの命令(兄としては完璧なアドバイスのつもり)が、内気なエリアスには重圧以外の何物でもなかった。
(僕みたいなダメな王子の側近になんて、彼だってなりたくないよね……。ああ、何て話しかければいいんだろう……。)
「あの……えっと……れ、レオン君……」
「はい、エリアス殿下」
エリアスがおずおずと声をかけるが、喉が張り付いて、言葉が続かない。レオンは、隣で震えている王子を見て、確信した。
(……この子、極度の緊張でお腹を壊しかけてるか、口が乾いてくっついちゃったんだ!)
レオンは、周囲の目を盗んで、制服の隠しポケットから一つ、キラキラした包み紙を取り出した。 そして、それをエリアスの机の上に、そっと置いた。
「……これ、お近づきの印です。お腹が空いた時や、心が疲れちゃった時に効くんですよ」
それは、レオンが領地を発つ前にエレナと共に作った、特製の果実飴……「和江直伝・お徳用アメちゃん」だった。
「え……?」
「どうぞ、食べてみてください。内緒ですよ?」
レオンが茶目っ気たっぷりにウインクすると、エリアスはおずおずとその飴を口に運んだ。 口の中に広がる、濃厚な果実の甘みと、ほんのりとした魔草の癒やし効果。
(……あ、甘い……。なんだか、すごく、温かい感じがする……)
エリアスの強張っていた肩の力が、ふっと抜けた。彼は驚いたようにレオンを見つめる。これまで彼に近づいてくる者たちは皆、王族としての彼に媚びるか、あるいは期待の眼差しを向ける者ばかりだった。だが、目の前の少年は、ただ「隣の席の友達」として、優しく飴を差し出してくれたのだ。
「……ありがとう。……すごく、美味しい。……僕、エリアス。……君と、仲良くなりたいな」
エリアスの瞳に、初めて小さな、しかし確かな光が宿った。側近として仕えさせる。そんな兄の命令は、いつの間にかエリアスの頭から消え去っていた。ただ、この優しい「天使」の隣で、一緒に笑いたい。そう強く思ったのだ。
(よし! 『お近づきの飴作戦』、大成功だね!)
そして、そのほっこりした様子を、中等部にいながらも「弟センサー」で感知していたアデルと、「弟レーダー」で感知していたジークハルト。二人はお互いを見て、ガチっと手を合わせる。周りは突然の王族と上位貴族の意気投合に慄いていた。
こうして、波乱の学園生活は、一個の飴と共に、賑やかに幕を開けたのであった。
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