天使様、聖戦の如き門出に戸惑う
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王都ロドエル魔導学院への出発を翌日に控えた、最後の一夜。グレイスフィールド城の夜は、例年になく熱を帯びていた。といっても、それは明日の旅立ちを祝う華やかな宴の熱ではない。レオンの寝室の隣、アデルの広い私室に集まった三兄弟(+一匹)による、あまりにも重苦しく、そして致命的にズレた「最終防衛会議」の熱であった。
「……いいかい、レオン。王都は魔窟だ。特に学院には、君のような純真無垢な天使を泥靴で踏みにじるような、下劣なナンパ貴族……いや、害虫どもが掃いて捨てるほどいる!」
長兄アデルは、机の上に広げた「王都要注意人物リスト(アデル自作)」を指さし、血走った目で力説していた。すでに十五歳となったアデルは、学院の中等部でも完璧な貴公子として名を馳せているが、弟のことになるとその知性と美貌は容易に「狂気」へと反転する。
「このヴァリウス公爵家の分家の子息、要注意だ。以前、君の写真(隠し撮り)を見て鼻血を出していた。それから、この侯爵家……」
「兄さん、落ち着けよ。レオンが引いてるだろ」
ユリウスが、ソファで器用に氷の粒を指先で弄びながら口を挟む。彼もまた、初等部で「相棒」ルキウスと共に難事件を解決し、今や学院一の知恵者として一目置かれる存在だ。
「まあ、アデル兄さんの言うことも一理あるけどね。王都の連中は腹黒いぞー。レオンみたいなポヤポヤしたのが一人で歩いてたら、三秒で誘拐されて、五秒でどっかの国の王妃に祭り上げられるからな」
「ええっ、五秒!? それは……王都って…怖いところですね!」
レオンは、兄たちの言葉を真に受けて、小さな肩を震わせる。
「……でも、大丈夫だよ。アデル兄様、ユリ兄様」
レオンは、ぎゅっと小さな拳を握りしめ、健気に二人を見上げた。
「僕、この三年間で魔力圧縮もたくさん練習したし、護身術も覚えたよ。だから、王都で悪い人が来たら、僕が兄様たちのことも守ってあげるからね!」
天使の微笑みと共に放たれた、あまりにも純粋な守護宣言。 その瞬間、アデルのダムが決壊した。
「――ッ! おおおおお、レオォォォォォン!! なんて……なんて健気なのだ君は! 兄を守るだと!? その幼き身で、この兄を……! ああ、精霊よ、私は今、救済を見た!」
「わわっ、アデル兄様、鼻水が服につきます!」
号泣しながら抱きついてくる長兄。ユリウスはそれを見て、肩を震わせて笑っている。
「くはっ、レオン。お前が兄さんを守るって?アデルは王都でも指折りの実力者だぞ?……ま、でも、王都は本当に怖いところだからな。夜道で後ろを振り返ったら、知らないおじさんがアメちゃんくれるって言っても、絶対についていくなよ?」
「……ユリ兄様、僕を子供だと思ってからかってる? 僕、もう9歳ですよ? アメちゃんはあげる側だって、自分でも分かってるもん」
むう、と頬を膨らませるレオン。その様子すら「可憐な小動物の威嚇」にしか見えない兄二人は、内心で((絶対に一秒たりとも目を離さない))と、国家守護レベルの決意を新たにするのであった。
『レオン様ー、王都に行ってもアメちゃんは現地調達できるかなぁ?』
足元で丸くなっていたモリィが、能天気に念話を送ってくる。
「大丈夫だよ、モリィ。王都には美味しいお菓子がいっぱいあるんだって!」
こうして、旅立ちの前夜は、騒がしくも温かい、グレイスフィールド家らしい空気の中で更けていった。
◇
翌朝。 エルグレア城の正門前には、王都行きの紋章入り馬車が用意されていた。昨夜の喧騒が嘘のように、朝の空気は澄み渡り、そして……異常なほどに重苦しかった。
「レオン……。…………レオン」
父マルクが、震える声で何度も息子の名前を呼んでいる。その手には、いつもの胃薬の瓶ではなく、レオンが幼い頃にプレゼントした「安眠のハーブ袋」が握りしめられていた。
「……体に、気をつけるんだぞ。何かあったら、すぐに伝書鳥を飛ばせ。いいか、一日に三回……いや、一時間に一回でも構わん」
「父様、それは鳥さんが過労死しちゃいます」
苦笑いするレオンを、今度は母エレナが、無言で、しかし力強く抱きしめた。
「レオン。あなたは私の大切な宝物よ。王都でどんな花を咲かせるのか、母様は楽しみにしているわ。……でも、寂しくなったら、いつでも帰ってきていいのよ?」
母親の温かな匂い。そして、いつも強気な母の、わずかに震える腕の感触。その優しさに触れた瞬間、レオンの中で張り詰めていた「カッコいい男」の糸が、音を立てて切れた。
(……だめだ。やっぱり、寂しいよ……!)
「母様……っ、父様ぁ……!」
レオンの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。一度溢れ出した感情は止まらない。
「僕、頑張るけど……っ、でも、やっぱりみんなと離れるの、嫌だよぉ……っ!」
「わ、私もですぅぅぅ! レオン様ぁ、私も、やっぱり寂しいですぅぅ!」
隣で控えていたルチアも、レオンの涙に誘発されて大号泣を始めた。主従揃っての、魂を揺さぶるような泣き声。それが、門前に集まっていた「レオン信者」の全使用人、全騎士たちの感情を決壊させるトリガーとなった。
「「「「レ、レオン様ァァァァァァ!!」」」」
地鳴りのような号泣。執事クラウスは無表情ながらも滝のような涙を流し、メイド長カミラはハンカチを噛み締めて悶絶し、護衛隊長ロイは大地を叩いて男泣きしている。グレイスフィールド城は、まさに洪水レベルの涙と鼻水によって、物理的な湿度が100%を超える事態となった。
(いやいや……3ヶ月もしたら、夏季休暇で戻ってくるだろ……)
壮大な悲しみの中に、ドン引きなユリウスだった。
◇
ようやく馬車が動き出したのは、それから一時間後のこと。レオンは馬車の窓から、遠ざかる城に向かって、ちぎれるほどに手を振っていた。
「ぐすっ……みんな、ありがとう……。僕、立派になって帰ってくるからね……」
鼻をすすりながら決意を固めるレオン。しかし、馬車が城下町へと差し掛かった瞬間、彼は己の目を疑った。
「……え?」
街道の沿道に、人、人、人。 数千人は下らないであろう領民たちが、整然と、しかし悲痛な面持ちで並んでいたのだ。
「レオン様! どうか、どうかご無事で!」
「あの日、うちの店に挨拶に来てくださった時、覚悟はしておりました! まさか、命を賭して王都の闇へ立ち向かわれるとは!」
「9歳にして、この領地のために、自らを人質として差し出されるなど……! なんとお労しい、聖なるお覚悟!」
口々に叫ばれる、身に覚えのない絶賛と悲鳴。先日、「お別れの挨拶(ただの引越しの挨拶)」をして回ったことが、城内での噂――『レオン様は二度と戻れない覚悟で王都へ赴く』という致命的な誤解と結びつき、城下町全体に「聖レオン、王国の礎となるため出陣」という伝説として広まってしまっていたのである。
「え、人質!? 立ち向かう!? みんな、何を言ってるの……?」
困惑するレオンを余所に、領民たちが一斉に歌い始めた。それは、レオンが領内に広めた、あの『大魔導師ラジオ閣下の聖歌』――。
「あーたーらしい朝が来た……希望の朝だ……(咽び泣き)」
数千人の大合唱。しかも、レオンへの祈りを込めた、重厚で悲壮なマイナー調のアレンジが加わっている。さらには、かつてレオンがアドバイスした「多色刺繍」の技術で作られた、レオンの姿を描いた聖旗が何本も翻り、頭上からはリリアン侯爵領から取り寄せたと思われる最高級の花びらが、雪のように降り注ぐ。
それは、ただの学校への出発ではない。国を救いに向かう聖者の行軍か、あるいは、二度と戻らぬ覚悟の特攻隊を見送る、聖戦の儀式であった。
「……ユリ兄様。これ、どういう状況?」
「……さあな。お前が『アメちゃん、これが最後だね』とか何とか、不吉なことを言って回ったせいじゃないか?」
「そんなこと言ってないです!『しばらく会えなくなるから』って言っただけだよ!」
ユリウスは窓の外を見ながら、ニヤニヤと肩を震わせている。
「ははっ、いいじゃないか。聖者様のお通りだぜ。これ、王都まで続くぞ、きっと」
アデルにいたっては、馬車の座席で再び感極まっていた。
「ああ……領民たちも分かっているのだ。レオン、君の存在そのものが、この国の光であることを! この祈り、この歓声! これこそが、我が弟に相応しい門出だ!」
馬車は、涙と歌声と、降り積もる花びらの中をゆっくりと進んでいく。
まだ9歳の少年、レオン・フォン・グレイスフィールド。
彼は、自らの知らないところで築き上げられた「不退転の聖者伝説」を背負い、あまりにも派手すぎる、そしてあまりにも勘違いに満ちた、王都への第一歩を踏み出したのであった。
「どうしてこうなった……!? 僕はただ、お友達を作りに学校に行くだけなのに……!」
天使の悲痛な呟きは、領民たちの熱烈な「ラジオ体操・鎮魂歌」の大合唱にかき消されていった。
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幼少編は終了です。次回から学園編です。
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