天使様、9歳の決意と新たな目標
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窓の外では、音もなく白い雪が舞い降り、グレイスフィールド城の庭園を銀世界へと変えていた。季節はイルナ月、一年の終わりをが近づく頃。この時期、王都の学院に通う長兄アデルと次兄ユリウスが領地へと帰還し、静かだった屋敷は再び賑やかさを取り戻していた。
そしてこの月は、三男レオンにとって特別な月でもある。彼が9歳の誕生日を迎える月だからだ。
(9歳……。僕もいよいよ学院に入学だ。……和江おばあちゃんの記憶を思い出してから、もう三年近く経つんだな……)
自室の窓辺で、レオンは白く染まる世界を眺めながら、自分自身の内面を見つめ直していた。
彼の胸には、半年前の誘拐事件で犯人の青年が放った、あの言葉が今も棘のように刺さっている。
『俺たちは、お前の遊び道具じゃねえんだぞ!』
あの時、自分は正義の味方のつもりでいた。悪を懲らしめ、弱きを助ける「組紐屋のリョウ」のような仕事人に憧れていた。だが、自分の振る舞いが誰かを追い詰め、絶望させていたという事実は、幼いレオンの価値観を根本から揺るがしたのだ。
(悪を懲らしめるだけじゃ、誰も救えない。ただ悪い人をやっつけるんじゃなくて、みんなが悪い人にならなくて済むような……みんなの笑顔を、最初から最後まで守りきれる、本当に強い男になりたい。それが、僕の目指すべき『カッコいい男』なんだ)
決意を新たにしたレオンの足元で、白いモフモフの塊――使い魔のモリィがむくりと顔を上げた。
『レオン様、何考えてるのー? 今日はお誕生日のご馳走だよね! アメちゃん、ケーキの上に乗せてもいいかなぁ?』
「ふふ、ダメだよモリィ。お誕生日の目標を立ててたんだ。来年からは学院だしね」
学院入学。レオンの心は不安よりも、新しい出会いへの期待で膨らんでいた。
(学院に行ったら、友達をたくさん作るんだ! クラスメイトはどんな人だろう? みんなとお茶を飲んだり、一緒に勉強したり……。楽しい学園生活が待っているはずだ!)
◇
その夜。グレイスフィールド家の食堂は、温かな料理の香りと、家族の笑顔に満ちていた。
「レオン、9歳の誕生日おめでとう」
父マルクが、領主としての威厳の中にも深い愛情を込めた声で告げる。
「おめでとう、レオン。来年からはあなたも学院生ね。きっと素晴らしい花を咲かせてくれるわ」
母エレナが、少女のように瞳を輝かせながら微笑む。
そして、アデルはすでに感極まって、その完璧な美貌を涙で濡らしていた。
「ああ、レオン! 我が天使がついに9歳に! これほどまでに神々しく成長を遂げるとは……! 学院では兄が全力で君を害虫から守り抜くから、安心するがいい!」
「アデル兄様、鼻水が出てますよ。ユリ兄様もお祝いしてください!」
レオンに促され、ユリウスはニヤリと笑って誕生日プレゼントを渡す。
「9歳おめでとう、レオン。来年から学院だな。……お前が来れば退屈しなくて済みそうだ!」
和やかな雰囲気の中、レオンはふっと居住まいを正した。その小さな体から、9歳とは思えないほどの落ち着いたオーラが放たれる。
「父様、母様、兄様たち。僕、9歳の誕生日にあたり、一つ決めたことがあります」
一同の視線がレオンに集まる。
「僕、もう『仕事人のリョウ』は引退します。これからは、悪人を懲らしめるのではなく、誰もが悪い人にならなくて済むように、皆の笑顔を守れる『強い盾』になりたいんです」
その言葉を聞いた、アデルの涙腺が完全決壊した。
「おお……っ! なんと……なんという慈悲の心だ! 罪を憎んで人を憎まず……。レオン、君はもはや9歳にして、『罰』よりも『救済』という、聖者の領域に到達したというのか! ああ、我が弟ながら、恐ろしいほどの高潔さだ……!!」
(あ、またアデル兄様のブラコンフィルターが暴走してる……)
レオンは苦笑しつつ、父マルクへと向き直った。
「父様。あの事件のあと、ずっと考えていました。悪いことをする人は、最初から悪い人だったわけじゃない。貧しくて、頼る場所がなくて、追い詰められて悪い道に進んでしまう人が多いんです」
マルクは、息子の真っ直ぐな瞳に、半年前の「死罪免除の嘆願」を思い出していた。
「だから、僕は和江お……ええと、賢者の教えにある『相互扶助』の精神を、この領地にもっと広めたいんです。近所同士で助け合い、お裾分けをして、誰かが困っていたらみんなで支える。そういう『持ちつ持たれつ』の仕組みがあれば、悲しい犯罪は減るはずです」
「……相互扶助、か」
マルクは、先月の同盟の際にも感じていた、息子の変化。
(前から優しい子だとは思っていたが、あの事件から、自分一人では解決できないことがあることに、きちんと気づいて成長しているのだな…そして……。単なる慈愛ではなく、社会の構造そのものを変えようとしているのだな…おもてなしの心で三領地を同盟させ、今度は領民の意識まで……)
マルクの胃に、ズキリと鋭い痛みが走った。
(素晴らしい成長だが……同時に、お前がどこまで突っ走ってしまうのか、父は恐ろしくて胃薬が手放せんよ……)
「あら、素敵な考えじゃない、レオン! みんなが薬草の根っこみたいに地下で繋がって、助け合うのね。素敵だわ!」
呑気なエレナの言葉に、マルクは「……そうだな」と力なく頷くしかなかった。
◇
数日後。アデルは王都にいる第一王子ジークハルトへの定期報告の手紙を認めていた。
『……我が弟レオンは、9歳の誕生日にかくも崇高な誓いを立てました。彼は「悪を討つ剣」ではなく、「皆の笑顔を守る盾」になるのだと。彼の魂は、もはやこの地上のいかなる宝玉よりも清らかに輝いております……』
「……ほう」
ジークハルト第一王子は、手紙を読み終えると、不敵な笑みを浮かべた。
「『笑顔を守る盾』、か。アデル、君の弟は、ますます興味深い存在だな」
ジークハルトの脳裏には、病弱で内気な自らの弟、エリアス王子の姿があった。
(私のエリアスは、あまりにも純粋で、聖なる存在だ。だが、それゆえに毒に当たりやすく、守るべき脆さを持っている。アデルの弟のような、知恵と勇気、そして何より『人を救う執念』を持つ者が側にいれば……)
ジークハルトは、銀のペンを机に置いた。
「レオン・フォン・グレイスフィールド。彼こそ、わが弟エリアスを支えるに相応しい『聖なる盾』。……入学してくるのを、心待ちにしているぞ」
王家による、天使様引き入れ計画が、本人の知らないところで密かに動き出した瞬間だった。
当のレオンは、そんな不穏な(?)気配には全く気づかず、モリィと一緒に「でこれーしょん・けーき」のベリーを頬張りながら、春からの学院生活に思いを馳せていた。
「楽しみだね、モリィ。友達、たくさんできるかな?」
『うん! アメちゃんくれる友達なら大歓迎だよー!』
平和なグレイスフィールド家の冬は、新たな波乱の予感を孕みながら、穏やかに更けていくのだった。
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