天使様、平和の礎を築く
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視察の最終日を迎え、グレイスフィールド城の応接室には、王国の未来を左右しかねない三人の重鎮が集まっていた。「南の財布」ことメディチ・フォン・ポルトス侯爵。「王国の穀倉」ことボルフォス・フォン・テラリア侯爵。そして、胃のあたりをさすりながら遠い目をしている、当主マルク・フォン・グレイスフィールド侯爵である。
二人の訪問者は、昨日レオンから見せられた「秘密基地」という名の魔境、そして「トマノ」という名の神の雫に、魂を完膚なきまでに叩き潰されていた。
「……マルク殿。私は、昨夜一睡もできなかったよ」
ポルトス侯爵が、隈の浮いた目で呟いた。
「レオン様のあのご慧眼。利益の正体を暴き出す『損益計算書』、そして誰もが幸せになる『三方良し』の精神。あれは、単なる商売の技術ではない。この大陸の富の在り方そのものを変えてしまう、聖者の教えだ」
「俺もだ」
テラリア侯爵が、太い腕を組み、神妙な面持ちで続く。
「土を休ませ、石灰で中和する。あの『農聖』の如き慈悲深い農法……。レオン殿が仰った『土も生き物だ』という言葉が、一晩中、俺の耳の奥で鳴り響いていたよ。俺たちは今まで、なんと傲慢な農夫だったのかと、恥じ入るばかりだ」
二人の重鎮の瞳には、かつてないほどの熱い光が宿っていた。
「この知識、この叡智を、グレイスフィールド領だけに留めておくのは、あまりにも惜しい」
「ああ、そうだ。我々三領地が手を取り合い、レオン様の知識を礎として、王国を根底から繁栄させるべきだ。これは、もはや義務と言ってもいい」
マルクは、執事クラウスが差し出した胃薬を一気に呷り、喉を鳴らした。
(……レオン。お前にはただ『おもてなし』をしてくれと言っただけなのに、なぜ他領の当主たちを、ここまで極端な方向に突き動かしてしまうんだ……?)
◇
そこへ、当の本人であるレオンが、モリィを連れてにこにこと入室してきた。
「お待たせしました、父様、ポルトス様、テラリア様! 今日もいいお天気ですね」
レオンは、三人の大人が醸し出す深刻な空気に気づかずに、お茶の準備を始めた。
「皆さんとこうして、まったりとお茶を飲めるのが、僕は一番嬉しいんです。将来は、領地のみんなとこうして、のんびりとご隠居ライフを送るのが夢なんですよ」
(((ご、ご隠居ライフだと!?)))
ポルトスとテラリアは、戦慄した。
(なんと無欲な……。これほどの知略を持ちながら、権力に執着せず、ただ『平和なお茶の時間』だけを求めているというのか!?)
(それこそが、究極の聖者の姿! 自らの身を削ってまで、他者の幸福を願うというのか!)
勘違いが天元突破する大人たちを余所に、レオンは先日経験した「誘拐事件」のことをふと思い出していた。
「……ポルトス様。僕は、ある事件で学んだんです……困っている人がいても、助け合える仕組みがないと、悲しいすれ違いが起きてしまうんだって」
レオンは、前世の和江おばあちゃんが、町内会で培った「近所付き合いの知恵」を思い返しながら、真剣な眼差しで語り始めた。
「もし、お互いの領地の情報がもっと筒抜けなら……例えば、あっちの領地で小麦が足りないとか、こっちの領地で商売が上手くいってないとか。そういう情報を共有して、お互いに『お裾分け』ができる仕組みがあれば、あんな悲しい犯罪は、生まれてこなかったかもしれないと思うんです」
「情報共有」と「相互扶助」。おばあちゃん的な「持ちつ持たれつ」の論理が、レオンの口から紡がれる。
ポルトス侯爵は、ガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。
「……素晴らしい。情報の相互共有……それは、不必要な経済摩擦を失くし、最適な資源配分を可能にする、最強の経済同盟の提案ですね!?」
テラリア侯爵も続く。
「農作物の余剰と欠乏をリアルタイムで共有し、飢えを根絶する……。これこそ、王国の盾となるべき、真の防衛体制だ!」
((レオン様は、三領地が一体となって他国や他領の干渉を跳ね除け、内政を極限まで高める『最強の要塞』を築こうとしているのだ!!))
大人たちの脳内では、レオンの「お裾分けの精神」が、国家規模の軍事・経済・内政改革案へと、瞬く間にすり替わっていった。
◇
さっそく、同盟の草案作りが始まった。しかし、利権が絡む大人たちの調整は、一筋縄ではいかない。
「情報の範囲をどこまでにするか……」
「優先供給の価格設定はどうする……」
険悪なムードになりかけた会議室に、レオンがアメちゃんを配りながら、ふんわりと言った。
「ポルトス様、テラリア様。そんなにカリカリしちゃダメですよ。大事なのは、『ウィン・ウィンの関係』――つまり、『お互い様』の心です」
レオンは、和江おばあちゃんがご近所さんとゴミ出しのルールについての井戸端会議で培った、処世術の極意を説いた。
「自分だけが得をしようと思えば、いつか必ずガタが来ます。相手が困っている時は、自分が少し損をしてでも助けてあげる。そうすれば、自分が困った時に、今度は相手が全力で助けてくれる。お掃除当番の代わりをお願いし合うみたいに、気楽に、誠実に助け合うのが、一番長続きするコツなんですよ」
しん、と部屋が静まり返り、ポルトス侯爵は、目頭を押さえる。
「『ウィン・ウィン』……。なんと簡潔で、しかし深い、共生の真理だ……」
「『お互い様』……。俺たちは、契約書の文言ばかりに囚われ、最も大切な『信頼』を忘れていた……。レオン様、貴方は我々の浅ましさを、またしても浄化してくださった」
国際政治の高度な外交交渉が、和江おばあちゃんの「近所付き合いの理屈」によって、奇跡的にまとまってしまった瞬間だった。
◇
「では、この歴史的な条約に、相応しい名前を付けましょう」
ようやくまとまった、同名の条項を前に、ポルトス侯爵の提案する。
「三領地同盟で良いのでは?」
ちょっと、面倒くさくなっていた、マルクが適当に答える。
考え込んでいた、レオンが
「うーん……みんなで仲良く、大切なお庭を育てるように協力したいから……『リーヴェン・ガーデン(実りの庭)』なんてどうでしょうか?」
と、案を出してきた。マルクは、息子が真剣に考えていたのに、適当に言ってしまった案がちょっと恥ずかしい…
「「リーヴェン・ガーデン……!!」」
二人の侯爵は、その名を聞いた瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「『実りの庭』……。他領への侵略を一切行わず、内政という名の庭を丹念に耕し、民に最大の実りをもたらす。この同盟の本質は、平和への祈りそのものだ!」
「王国のいかなる矛も通さぬ、鉄壁の守護を誓う宣言……! まさしく、聖者の冠に相応しい名だ!」
レオンは「お庭の手入れ、楽しいですよね」とにこにこしているだけだが、三領地間の未来を決める契約書に、
『リーヴェン・ガーデン:他領への侵略を廃し、内政を極める最強の防御同盟』
と、金文字で記されたのである。
◇
夕暮れ時。調印式が厳かに行われた。マルクの、ペンを持つ手が震えている。
(……これで、私はポルトス侯とテラリア侯の面倒まで、一生見ることになるわけだ。しかも、息子に心酔しちゃってる大物相手に…めんどくさい…めんどくさいよ!…しかも、……他領の、胃痛の種まで、共有することになるのか……)
マルクは、息子が生み出したとてつもない事態に、涙を堪えながら署名した。それは周囲には、感動に打ち震える名君の姿に見えた。
「「マルク殿……! レオン様のために、我ら三領地、死なば諸共だ!!」」
ポルトスとテラリアが、マルクの手を力強く握りしめる。マルクの胃に、また一つ、鋭い痛みが走った。
◇
翌朝。視察を終えた二人の侯爵は、名残惜しそうに馬車へ乗り込もうとしていた。
「レオン様、必ず、必ずまた伺います! 『ウィン・ウィン』の進捗を報告に!」
「農聖レオン殿! 暗渠排水と品種改良、我が領の威信をかけて成功させてみせる! いずれ、最高の収穫物を携えて参上しよう!」
レオンは、モリィと共に大きく手を振った。
「はい! 気をつけてお帰りください! 次は、もっとゆっくりお茶を飲みましょうね!」
『アメちゃん、お土産に持たせてあげたよー!』
モリィが報告する。モリィはこう見えても、気が利くのだ。
(侯爵当主にアメちゃんをあげたのか…モリィ…お前まで私の胃を壊しにくるのだな…)
マルクは、大貴族二人が犬からアメをもらっている姿を思い浮かべて、胃を抑えるのだった。
二人の重鎮を乗せた馬車が、城門を抜けて小さくなっていく。レオンは、清々しい秋の空を見上げて深呼吸した。
「ふぅ、これで父様にお友達ができて、一安心だね、モリィ」
『うん! レオン様、これでおやつの時間だね!』
天使の無自覚な領地外交は、こうして三領地に「実りの庭」を、そして父マルクに「共有されより深くなった胃痛」を、永劫に残していくことになったのである。
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