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天使様、土の理を説く

読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定です♩

 翌日ーーー

 グレイスフィールド領の広大な農地を見渡す小高い丘の上で、一人の偉丈夫が震えていた。


「……信じられん。土を、休ませるだと?」

 呟いたのは、「王国の穀倉」を治めるボルフォス・フォン・テラリア侯爵だ。

 その隣で、レオンが、にこにこと天使の微笑みを浮かべていた。

「はい。土も人間と同じで、ずっと働かされていると疲れちゃうんです。和江……ええと、僕の古い記憶にある賢者は、これを『輪作』や『休耕』と呼んでいました」


 レオンが語るのは、和江おばあちゃんが市民農園で培った、ごく当たり前の家庭菜園の知恵だ。だが、この世界の農業は「ひたすら植えて、魔力肥料をぶっかける」という力業が主流。土そのものの栄養バランスを考える概念は希薄だった。

「特定の作物を続けて植えると、土の中の『特定の栄養』だけが偏って減ってしまいます。だから、違う種類の作物を順番に植えたり、時には何も植えずに土を休ませてあげるのが大事なんです」

「土の、栄養の偏り……」


 テラリア侯爵は、まるで失われた古代の禁書を読み解くような神妙な面持ちでレオンの言葉を一言も漏らさず聞き入っている。

「あと、大事なのがこれです」

 レオンは足元の土を少し掬い上げ、白い粉――石灰――を混ぜて見せた。

「この土地の土は、雨が多くて少し酸性が強くなっています。これだと、お野菜たちが上手に栄養を吸えなくなっちゃうんです。だから、この石灰で『中和』して、土の機嫌を取ってあげるんですよ」

「ちゅ、ちゅうわ……? 土の機嫌だと!?」


 テラリア侯爵は、ガタガタと大きな体を震わせた。 彼にとって、土は「征服し、収穫を絞り出す対象」だ。だが、この目の前の幼き天使は、土をまるで「生きている友人」のように扱っている。

 レオンは、しゃがみ込むと、温かい魔力を指先からそっと地面に流した。

「土も生き物ですから。優しく接してあげれば、きっと美味しい実りで応えてくれますよ」

  振り返り、にこりと微笑むレオン。逆光を浴びたピンクブロンドの髪が神々しく輝き、その蒼い瞳には大地への無償の愛が満ちているように見えた。


「う……うおおおおおおお……ッ!!」

 突如、テラリア侯爵がその場に膝をつき、両手で顔を覆って号泣し始めた。

「なんと……なんと慈悲深いお言葉か! 俺は……俺はただの強欲な農夫だった! 土の声を聞こうともせず、ただ搾取するばかりで! レオン殿……貴方は、貴方はもしや、天から遣わされた『農聖』様なのか……!?」

「ええっ!? いや、ただの通りすがりの、三男坊ですよ!?」


 慌てるレオンを余所に、テラリア侯爵は地面に額を擦り付けんばかりの勢いで跪く。

「大地の愛し子!今日から、我がテラリア領の数万の農夫は、貴方を『農業の神』として崇め奉ることを誓おう!」

「やめてください!重いです!肩書きが物理的に重いです!しかも肩書き多いです!」

 その背後で、父マルクが虚空を見つめながら胃のあたりをぎゅっと押さえていた。

(……レオン。お前が口を開くたびに、他領の権力者が一人ずつ、人格が変わっていっている気がするんだが……気のせいか?)

 執事のクラウスが、無言で特効薬の小瓶を主人の手に握らせた。


 ◇


 視察の締めくくりとして、レオンは二人を「秘密基地」へと案内した。

「僕の趣味の場所なんですけど、よろしければ見てください」


 案内されたのは、屋敷の裏手、大きな樫の木の根元にある。そこはかつてレオンが「秘密基地」を作ろうとして、いつの間にか「完璧な家庭菜園」になってしまった場所だ。

 だが、今のそこは、単なる畑ではない。世界樹の眷属であるモリィが日向ぼっこをし、放出される神聖な魔素マナが充満。さらにレオンが和江おばあちゃんの知識をフル稼働させ、土壌改良と魔力制御を組み合わせた結果、そこはもはや「植物兵器の実験場」に近い魔境と化していた。


「……なんだ、この空間は」

 ポルトス侯爵が、額の汗を拭う。商売柄、数多の魔境や宝物庫を見てきた彼だが、この小さな菜園から放たれる「圧」に気圧されている。

「ただの趣味……? 冗談だろう、この濃密な魔力、王宮の魔導塔すら凌駕しているぞ」

 レオンはそんな驚愕に気づかず、真っ赤に熟した「トマノ(トマトに似た野菜)」をひょいと摘み取った。

「どうぞ、食べてみてください。採れたてが一番美味しいんですよ」

 差し出されたトマノを、二人の侯爵は恐る恐る口に運ぶ。


 ――次の瞬間、衝撃が走った。

「「っっっ!!????」」

 爆発的な甘み。それでいて雑味のない、清らかな酸味。 口に含んだ瞬間、全身の魔力が活性化し、旅の疲れが瞬時に霧散していく。

「なんだこれは……! 甘い……果物などというレベルではない! これは……神の雫か!?」

 ポルトス侯爵が、震える手で二口目を頬張る。

「王家の晩餐でも、これほど生命力に満ちた食材は出んぞ……! テラリア侯、貴殿の領地の最高級品と比べてどうだ!」

 テラリア侯爵は、もはや言葉を失い、トマノを握りしめたままガクガクと震えていた。

「比較することすらおこがましい……。我が領の小麦が雑草に思えるほどの、圧倒的な格の違いだ……」

 レオンは、首を傾げた。

「あの、口に合いませんでしたか? ただの趣味で作ったものなので、ちょっと甘すぎたかもしれませんけど……」

(((ただの趣味だとぉぉぉぉ!?)))


 二人の侯爵の脳内で、凄まじい勢いで「どうしてこうなった?」の推論が展開される。

(この少年、自分では『趣味』と言っているが……これは他国に絶対に漏らせない、グレイスフィールド家の超高度秘匿技術に違いない!)

(もしこのトマノを軍の兵糧にすれば、疲労知らずの最強軍団ができる。グレイスフィールド家の真の軍事力は、剣や魔法ではなく、この『食糧確保能力』にあったのか!)

「レオン様……この美味しさの秘密は、一体何なのですか?」

 ポルトス侯爵が、獲物を狙う目ではなく、教えを乞う信者の目で尋ねた。 レオンはにっこりと、おばあちゃんのような慈愛を込めて答える。

「そうですね……『愛情』、でしょうか。あとは、母様の肥料ですね」

(((マナと特殊肥料術式だと!!)))

 二人は、レオンの言葉を「魔力圧縮を用いた特殊な土壌改善術」と「高濃度魔素抽出肥料」のことだと深読みした。

 マルクは横で

(違う、絶対、二人の考えてることは違う……)

 と心の中で叫んだが、胃痛で声が出なかった。


 さらにレオンは、勢いに乗って知識をポロリする。

「あ、そうそう。水はけが悪い場所には『暗渠排水あんきょはいすい』といって、地中に水の通り道を作ってあげるといいですよ。あとは、美味しい実をつけた子同士を掛け合わせる『品種改良』も面白いんです。僕もまだ領地で試せていないんですけどね」

 テラリア侯爵の瞳が、再び潤んだ。

「ま、まだ自分の領地でも試していない門外不出の技術を……我々のような他領の者に、惜しげもなく教えてくれるというのか……!?」

「え? あ、はい。みんなで美味しいものを食べられた方が、楽しいですから」


 その無欲な一言が、二人の大物侯爵の心を完膚なきまでに叩き潰す。

「……器が。器が大きすぎる。この子は、自分の利益など微塵も考えていない。ただ、世界を豊かにすることだけを見据えているのだ……!」

「我々は恥ずかしい。商売敵を蹴落とすことばかり考えていた自分が、塵芥のように思えるわ……」

 テラリア侯爵は、レオンの手をがっしりと握りしめた。

「レオン殿! 貴方のその『暗渠排水』と『品種改良』の理論、我がテラリア領の全精力を挙げて実験・実用化させてもらう! そして、その成果は必ずやグレイスフィールド領へ共有しよう!」

「あ、ありがとうございます……?」


 レオンは、自分の「ご近所付き合いの知恵」が、なぜか国家規模の農業革命として受理されたことに、激しいデジャヴを感じていた。

(どうしてこうなった……? 僕はただ、家庭菜園のコツを話しただけなのに……)

 一方、ポルトス侯爵は、レオンの隣で欠伸をするモリィを見て、確信していた。

(あの白い魔獣こそが、この実験場の守護神……。グレイスフィールド家、恐るべし。この子を手放してはならない。何としても、我がポルトス家との繋がりを盤石にせねば!)


 二人の侯爵の視線は、もはや「視察者」のそれではなく、完全に「レオン教の信徒」のそれへと変貌していた。 そして、マルク侯爵の胃痛は、ついに「慢性」から「伝説レジェンド」の域に達しようとしていたーーー

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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