第75話:天使様、天才軍師(?)としておもてなしする
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黄金色の穂が波打つフェルム月。
王都の学院の夏季休暇が終わり、賑やかだったグレイスフィールド家の屋敷には、再び静けさが戻っていた。長兄アデルと次兄ユリウスが馬車で旅立つ際、アデルは
「レオン、風邪を引かないように。毎日手紙を書くからな!」
と涙し、ユリウスは
「次に会う時はもっと面白い商売を考えておけよ」
とニヤリと笑っていった。
そんな兄たちの不在を寂しがる暇もなく、レオンは庭で汗を流していた。
「……それっ! 腕を振って、足の曲げ伸ばし!」
軽快な脳内伴奏(大魔導師ラジオ閣下の聖歌)に合わせ、レオンはキレのある動きでラジオ体操をこなす。その隣では、今はメイド服を脱ぎ、動きやすい訓練着に身を包んだルチアが、必死な顔で同じ動きを繰り返していた。
「レ、レオン様……この動き、意外と脇腹にきますね……っ」
「ルチア、呼吸を止めちゃダメだよ。魔力を巡らせながら、筋肉をほぐすんだ。それが『カッコいい男(と自立した女性)』への第一歩だよ」
ルチアは現在、エレナの計らいで侍女の仕事を免除され、来年の学園入学に向けてレオンと共に家庭教師アルマンの授業を受け、鍛錬に励んでいる。魔力圧縮という規格外の才能を持つ彼女は、レオンにとって切磋琢磨し合える唯一の「同級生」となっていた。
『レオン様ー、ルチア、休憩にしてアメちゃん食べようよー』
樫の木の木陰で、白いモフモフの塊――使い魔のモリィが欠伸をしながら話しかけてくる。
「モリィ、あと少しで終わるから待っててね」
レオンは爽やかな汗を拭いながら、空を見上げた。学園入学まであと半年。『カッコいい男計画』も、いよいよ最終仕上げの段階に入っている。
だが、そんな平和なグレイスフィールド領を揺るがす「来客」の報せが、父マルクの元に届いたのは、その日の午後のことだった。
◇
「……胃が痛い」
執務室で、マルクは頭と胃を抱えていた。
「旦那様、薬をお持ちしましょうか?」
執事のクラウスが、無表情ながらも手慣れた様子で胃薬を用意する。
「いや、いい……。ポルトス侯爵とテラリア侯爵、二人の重鎮が同時に視察に来るとはな。表向きは『我が領の急速な発展の秘訣を学びたい』とのことだが……」
最近のグレイスフィールド領の発展は、目覚ましいものがあった。
ユリウスが立ち上げた「そろばん事業」は、領内の商業ギルドに革命をもたらし、帳簿の正確さと速度を飛躍的に向上させていた。
さらに、母エレナがレオンのアドバイスを元に改良した「魔力濃縮スーパー肥料」は、穀物の収穫量を、土地を変えずに一・五倍に引き上げるという奇跡を起こしていたのだ。
これに「南の財布」ポルトス侯爵と「王国の穀倉」テラリア侯爵が食いつかないはずがない。
「レオン。すまないが、今回のおもてなし、お前にも手伝ってもらいたい」
マルクに呼ばれたレオンは、にっこりと微笑んだ。
「もちろんです、父様! 大切なお客様ですから、失礼のないように精一杯頑張ります!」
(よし、おばあちゃんの知恵袋、全開だ! お客様をもてなすのは『和のおもてなし』こそが至高だと、和江おばあちゃんも言っていたしね!)
レオンの瞳には、一切の邪気はなく、ただ純粋な「親孝行」の決意だけ。それが、さらなる勘違いを生むとも知らずに。
◇
数日後。
グレイスフィールド城の正面玄関に、二つの豪華な馬車が到着した。
一台からは、洒落た絹の服に身を包み、鋭い目光を細い糸のような笑みで隠した「南の財布」メディチ・フォン・ポルトス侯爵が。
もう一台からは、焼けた肌と丸太のような腕を持ち、貴族の正装が窮屈そうに見える「王国の穀倉」ボルフォス・フォン・テラリア侯爵が降り立った。
「いやあ、グレイスフィールド侯!噂のそろばん、ぜひ我が領の商会にも導入したくてねえ」
「マルク殿、あの肥料の噂は本当か? うちの農夫たちが夜も眠れずに騒いでいてな!」
二人の大物侯爵の放つ威圧感は凄まじく、並の貴族ならそれだけで震え上がるほどだ。マルクも必死で「鉄仮面」を維持している。
そんな中、彼らを迎えたのは、一人の小さな少年だった。
「ようこそ、グレイスフィールド領へ。本日は長旅、お疲れ様でございました」
レオンは、最高級の茶道で(和江おばあちゃんが)培った「一期一会」の精神に基づき、寸分の狂いもない優雅な所作で一礼する。
その背筋の伸び方、指先の揃え方、そして何より、相手の目を真っ直ぐに見据えながらも柔らかさを失わない「静かな風格」。
(……!? なんだ、この子供は……!)
ポルトス侯爵は、笑顔のまま凍りつく。
(数多の老練な商人と渡り合ってきた。だが、この少年の瞳……。まるですべてを見透かしているかのような、底知れない深みを感じる。これが、噂の三男レオンか?)
テラリア侯爵も、その太い眉をピクリと動かす。
(軟弱な癒やしの家系だと思っていたが……この落ち着き。大地に深く根を張った大樹のような安定感がある。ただの子供ではないぞ、これは!)
「どうぞ、奥へ。冷たいお茶と、季節の菓子を用意させております」 レオンは二人を促し、まるで、老舗の女将のような、完璧な歩調で案内を始めた。
◇
応接室にて。
出されたのは、レオンが自ら茶葉を配合し、温度を完璧に管理した特別な「ハーブティー」と、先日発明した「でこれーしょん・けーき」の切れ端をアレンジした一口サイズのお菓子。
「ほう、このお茶は……体の芯から魔力が整うような感覚だ」
ポルトス侯爵が驚きに目を見開く。
「この菓子も、なんと柔らかい! 我が領の荒々しい菓子とは対極にある洗練さだ」
テラリア侯爵も、その繊細な味に圧倒されていた。
レオンは、二人の様子をニコニコと眺めながら、頃合いを見て懐から一編の羊皮紙を取り出した。 「お客様方。本日は視察とのことですので、私なりに現在の我が領の状況をまとめた『資料』を用意いたしました。お目通しいただければ幸いです」
それは、レオンが前世の「簿記2級」と「プログラミング的思考」を駆使して作成した、領地経営の可視化データ――すなわち『損益計算書』と『農業生産効率分析図』だ。
「な……なんだ、この図面は!? 収支が、一目で把握できるように整理されている……!?」
ポルトス侯爵の手が震え始めた。
「こちらの図は……!? どの土壌にどの肥料をいつ撒けばいいか、過去の降雨データに基づいて予測されているのか!? 馬鹿な、こんな高度な統計学、王立アカデミーの教授でも不可能だぞ!」
テラリア侯爵は、丸太のような指で資料をなぞり、絶句する。
二人は、悟った。 悟ってしまった…
グレイスフィールド領が繁栄しているのは、単なる運や天才の気まぐれではない。この八歳の少年が、その「底知れない叡智」で、領地のすべてを裏から操っているのだと。
(天才軍師……! いや、国家を裏から支配する知の巨像か!?)
(この子を手放せば、王国の勢力図が塗り替えられる。……何としても、我が領との繋がりを強固にせねば!)
二人の侯爵の視線に、商売や農業といった枠を超えた、猛烈な「下心(執着)」が宿る。
そんな中、レオンは心の中で首を傾げていた。
(あれ? おばあちゃんが言ってた通りに、わかりやすく家計簿っぽくまとめただけなんだけど……。なんか、二人とも、顔色がよくないな?)
「父様。お客様、お疲れのようですので、少し休憩を挟んだ方がよろしいかと思います」 レオンが優しくマルクに提案する。
「……う、うむ。そうだな、レオン」
マルクは、二人の侯爵がレオンを「神聖な怪物」を見るような目で見つめていることに気づき、再び激しい胃痛に襲われる。
(レオン……お前はただ『失礼のないように』と言っただけなのに、なぜ二人の侯爵を、完膚なきまでに敗北させたような顔にさせてしまうんだ……?)
おもてなしという名の「規格外の知恵袋」の披露。 それが、グレイスフィールド領を、王国を二分する利権争いの中心へと押し上げてしまったことに、レオンだけが気づいていなかった。
「明日は、僕の秘密基地(畑)も案内しますね!」
レオンの無邪気な一言に、二人の侯爵は
((領地機密を公開してくれるというのか!?))
と、過呼吸になりそうな勢いで深く頷くのだった。
こうして、レオンの『おもてなし』は、国家の軍師たちを震撼させる「伝説の視察」へと変貌を遂げていったのである。
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