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天使様、因果応報を食らう

ちょっと重めです…更新日は火・金・日予定です♩

 ガタン、ゴトン。


 硬い木の床の感触と、不規則な揺れ。そして、鼻を突く、埃っぽい黴の匂い。 レオンは、ゆっくりと意識を取り戻した。

(ここは…馬車の中、か)

 視界は、粗末な麻袋を被せられているせいで、ほとんど闇に閉ざされている。手足は背中で硬い縄で縛られ、口には猿轡が噛まされている。状況は、最悪と言ってよかった。


(ノブレス・オブリージュ実践の初日に、誘拐されるなんて…僕の『カッコいい男計画』、前途多難すぎる…)

 普通ならパニックに陥る状況だが、レオンの思考は妙に冷静だった。和江おばあちゃんの八十八年分の人生経験は、彼にちょっとやそっとのことでは動じない、妙な胆力を与えていたのだ。

(大丈夫。モリィとロイさんが、きっと助けに来てくれる。それまで、情報を集めないと)

 彼は、必死に耳を澄ませ、周囲の状況を探ろうとした。男たちの、下品な笑い声が聞こえる。全部で…七人か、八人くらいだろうか。


「それにしても、あの騎士、しぶとかったな」

「ああ。だが、まさかこんな簡単に侯爵様の坊ちゃんが手に入るとはな」

「これで、俺たちの苦しい生活も終わりだ!がははは!」


 その時、馬車の扉が開き、一人の男がレオンの前に屈み込んだ。そして、乱暴に彼の頭から麻袋を剥ぎ取り、猿轡を外す。

「よう、坊主。やっとお目覚めか」

 現れたのは、歳の頃は二十歳前後だろうか。やつれた頬に、光のない瞳をした、痩せた青年だった。その瞳の奥には、レオンに対する、どす黒い憎悪の炎が燃え盛っている。

「あなたは…誰ですか?」

「俺か?俺は、お前に人生を滅茶苦茶にされた男の、息子だよ」


 青年は、歯を食いしばり、吐き捨てるように言った。

「覚えてるか?去年の精霊祭の前だ。お前が、広場で『あれれー?』なんて間抜けな声を出して、一人の役人を破滅させたのを」

 レオンの脳裏に、あの日の光景が蘇った。精霊祭の予算を横領していた役人。その不正の証拠を、モリィと協力して、白日の下に晒した、あの日のこと。

(あの時の…!)

「ああ、そうだ。あの役人は、俺の親父だ」


 青年の瞳が、一瞬だけ、遠い過去を見つめた。


 ―――それは、まだ貧しいながらも、温かい光が灯っていた、小さな家の食卓。少し咳き込む幼い妹の隣で、父が疲れた顔の中に、無理に作ったような、しかし優しい笑みを浮かべている。

「これで、アナの薬が買えるぞ!」

 青年は、そんな父の姿を、誇らしげに、そして少しだけ心配そうに見つめていた。


「確かに、親父がやったことは悪かったんだろうさ。だがな、親父は、ただ、俺たち家族に、少しでもいい暮らしをさせてやりたかっただけなんだ!元は男爵家の三男坊で、爵位も継げずに平民に落ちて…それでも、必死で働いて、俺たちを食わせてくれてたんだよ!」

 そう言って、レオンのお腹に、鋭い蹴りを入れてきた。

「うぐっ…」

 手足を縛られているレオンは、なす術もなく、ただ、男の話を聞くしかなかった。


「親父が捕まってから、うちはもうボロボロだよ。横領犯の家族だと言われて、周囲から白い目で見られ、石まで投げられて…家も引っ越すしかなかったし、それまで働いていた場所も追い出された…」

 男の目は、レオンを見据えながらも、遠いどこかを見ているようだった。


 ―――雨の夜。家に石が投げ込まれる音。病気の妹が、恐怖に怯えて泣いている。母親は痩せこけ、父親が連行されていった日以来、一度も笑っていない。家を追い出され、冷たい雨の中を、あてもなく歩く家族の姿が、彼の脳裏に焼き付いていた。


「住む場所も、働く場所もなけりゃ、俺にできることと言ったら、こんな犯罪で飯を食うことぐらいだよ!」

 男は、レオンを見てニタァと笑う。


「でも、まあ、こうしてお前に復讐もできて金も手に入るんだから、悪い選択じゃぁなかったな!」

「…復讐」

 レオンは自分が「復讐」をされているという事実に衝撃を受けた。

「お前みたいな、生まれた時から何不自由なく暮らしてきた侯爵家の坊ちゃんに、俺たちの気持ちが分かるかよ!」

 青年の声は、怒りと悲しみで震えている。

「俺は、ずっと探してたんだ。親父を陥れた、あの『聖女様』とやらをな。そしたら、お前に行き着いた。あの時、親父を転ばせた、あの白い犬…お前が連れてた魔獣と同じだったからな!」


 完全な逆恨みだ。だが、彼の言葉には、理不尽な運命に翻弄された者の、切実な痛みがこもっていた。

 ーーーレオンは、何も言えなかった。 自分の正義の行動が、一つの家族を、ここまで追い詰めてしまっていた。その事実が、彼の胸に重くのしかかる。


「お前のせいで、俺たちの人生はめちゃくちゃだ!だから、今度はお前の番だ。お前を売って、俺たちは新しい人生を始める。復讐もできて、金も手に入る。言うことなしだろ?」

 青年は、歪んだ笑みを浮かべた。

「人身売買なんて、この国では犯罪なのでは…?」

  レオンが、か細い声で尋ねる。

「はっ!これだから坊ちゃんは!」


 レオンの頭を掴み、グイッと上に向かせると、男はレオンの顔に唾を吐きかけてきた。

「奴隷の売買の禁止なんて表向きだけなんだよ!裏じゃ、貴族様相手にいくらでも売買されてるさ!お前みたいな、極上のガキなら、いくらでも買い手がつく!」

 その時、馬車の外から、仲間の男の声がした。

「おい!行き先は決まったのか?」

「ああ!グレイスフィールド侯爵家の息子なら、あそこに売るのが一番高く売れるだろうぜ!」

「どこだ?」

「決まってるだろ、ヘイムダール侯爵領だよ!」


 その名を聞いて、レオンの心臓が、どきり、と嫌な音を立てた。 ヘイムダール侯爵領。聖域での事件の黒幕。禁術の研究に手を染める、危険な魔導師たちの巣窟。

「ヘイムダール侯爵は、グレイスフィールド家の次男坊…あの天才ユリウスの才能と魔力を、喉から手が出るほど欲しがってるらしいぜ?」

「ああ。だが、三男でもいけるだろう。グレイスフィールドの血筋ってだけで、研究材料として、高く売れるに違いねえ!」

 男たちの下品な笑い声が、狭い馬車の中に響き渡る。


(ユリウス兄様が…!?)

 自分だけでなく、兄の身にも危険が迫っているかもしれない。レオンの血の気が引いた。

「よし、決まりだ!行き先は、ヘイムダール領だ!全速力で向かうぞ!」

 馬車が、大きく揺れた。速度を上げたのだろう。

 レオンは、ごくりと唾を飲み込んだ。 絶望的な状況……。

(大丈夫。和江おばあちゃんも言ってた。『諦めたら、そこで試合終了ですよ』って…)

 レオンの心は、まだ折れてはいなかった!


(それに、モリィは、きっと来てくれる。あの食いしん坊が、僕との『アメちゃん』の約束を、忘れるはずがない!)

 彼は、縛られた手の中で、小さく、しかし固く、拳を握りしめた。 善意の『ノブレス・オブリージュ』が生んだ、最悪の因果応報。

「どうしてこうなった…」

 その小さな呟きは、馬車の走行音にかき消されていった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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