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天使様、初恋に肉じゃがを添える

読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定です♩

 温室で、エレナと話をしてから、ずっとその場に佇むルチア。

 その様子を、レオンは心配そうに見守っていた。

(やっぱり、悩んでいるんだな…)


 レオンの脳裏には、温室で精霊たちとした、あの秘密の井戸端会議の内容が鮮やかに蘇っていた。

『実はね…あの、メイドのルチア何だけど、騎士のバルドに、恋しちゃってるのよー!』

 噂好きのピクシー、リリィベルの弾んだ声。あの時は「へえ」としか思わなかったが、今なら分かる。学院へ行けば、王都で何年も暮らすことになる。そうなれば、この城にいる騎士のバルドとは、会えなくなってしまうのだ。

(バルドさんと離れたくないから、学院に行きたくないんだ…)

 友人の、初めて知る甘酸っぱい悩み。レオンは、どうしたものかと一人、胸を痛めていた。


 ◇


 ルチアの脳裏に、2年前の、あの日の記憶が何度も蘇ってくる。

 当時はまだ9歳で、侍女として雇われたばかり。慣れない仕事と、年齢が近いからとレオン様付きの侍女となったプレッシャーで押しつぶされそうだった。


 そんなある日、ルチアは、洗い終わったばかりの大量のシーツを抱え、大階段を登っていた。ドジな彼女にとって、視界を塞ぐほどの洗濯物を運ぶのは、常に命がけのミッションだ。

 大荷物を身体強化で運んでいると、案の定、彼女は制御が甘く、自分の足をもつれさせ、バランスを崩した。

「きゃっ!」

  真っ白なシーツの雪崩が、階段を滑り落ちていく。ああ、またカミラさんに叱られてしまう。そう思った、その時…

 ぐっと、力強い腕が、崩れかけた洗濯物の山ごと、彼女の体を支えてくれた。

「…怪我は、ないか?」

 そこに立っていたのは、訓練帰りなのだろう、額に汗を光らせ、少しだけ土の匂いをさせた、騎士のバルドだった。彼は、ぶっきらぼうにそう言うと、言葉もなくシーツの半分をひょいと抱え上げ、さっさと階段を登っていってしまった。


 その、無骨で、飾り気のない、しかし確かな優しさに触れた瞬間、ルチアの心臓は、今まで経験したことのない音を立てて、ドキン、と大きく跳ね上がったのだ。

 それ以来、彼女の瞳は、いつも遠くから、あの朴訥とした騎士の背中を追いかけるようになっていた。


 ◇


 しばらくすると、思い詰めた顔をしていたルチアは、急に、何かを決意したかのように、温室を飛び出し、騎士団の訓練場の方へと走り出した。

「あっ、ルチア!」

 レオンは、とっさにその後を追った。しかし。

(はやっ!?)

 ルチアの走る速さは、尋常ではなかった。魔力圧縮による身体強化を、無意識のうちに使っているのだ。そのせいで動きは不安定で、時折よろけながらも、矢のように駆けていく。レオンも身体強化をして走っているのに全く追いつく気配がない。


(確かに、これじゃあ危ないな…。母様が、きちんと制御を学んでほしいって言うのも、よく分かる)

 息を切らしながらやっとの思いで後を追い、訓練場にたどり着くと、ルチアは大きな樫の木の陰に、そっと身を隠していた。レオンも、物陰からこっそりとその様子を窺う。

 ルチアの視線の先には、汗を流しながら木剣を振るう、一人の騎士の姿があった。朴訥とした、飾り気のない、しかし実直そうな青年。騎士団員の、バルドだ。


 ルチアは、その背中を、ただじっと、見つめていた。その瞳は潤み、今にも大粒の涙がこぼれ落ちそう。その姿は、少女漫画のワンシーンのように、ひどく切なかった。

(やっぱりな…)

 レオンは、そっとルチアの隣に並んだ。

「…ルチア」

「ひゃっ!?レ、レオン様!いつの間に…!」

「僕には、隠さなくてもいいよ。…バルドさんと、離れるのが嫌なんでしょう?」


 レオンの、全てを見透かしたような優しい声に、ルチアが必死で堪えていたものが、ついに決壊した。

「…ひっく…うえっ…。はい…そう、なんです…!」

 彼女は、子供のようにしゃくりあげながら、その想いを打ち明けた。

「私…バルドさんが、好き、なんです…。でも、私なんかが、バルドさんに釣り合うはずないって、分かってるんです…。だから、遠くから見てるだけで、幸せだったのに…。学院に行ったら、もう、会えなくなっちゃう…!」

「告白、しないの?」

「で、できません!私、ドジだし、可愛くないし…バルドさん、きっと迷惑です…!」


 その、あまりにも健気で、自己評価の低い姿に、レオンの中の和江おばあちゃんが、むくりと目を覚ます。

「ルチア。男の人を射止めるのに、顔が可愛いとか、そんなことは二の次だよ!」

「え…?」

「『男は、胃袋を掴めばいい』んだよ!」

 和江おばあちゃん直伝の、恋愛における絶対的な真理。その、妙に生活臭のする力強い言葉に、ルチアはきょとんとするしかなかった。

「さあ、厨房へ行こう!僕が、とっておきのレシピを教えてあげるから!」


 ◇


「クロノさん、厨房の一角、お借りしますね!」

「あぁ、レオン様。構いませんが、一体何を…?」

「『胃袋を掴む』んです!」

「ーーー??」


 レオンは、料理長クロノに許可を取り、厨房の一角を借り切ると、ルチアに陣頭指揮を執り始めた。

「さあ、ルチア!テラリア侯爵領から来てる、あの丸いお芋と、お肉と…」

 レオンが伝授したのは、和江おばあちゃんの十八番、『肉じゃが』もどきだった。

「いいかい、お芋はこうやって、角を丸く取る『面取り』をすると、煮崩れしにくくなるんだ!」

 レオンが手際よく指示を出す横で、ルチアは「は、はい!」と緊張でガチガチだ。

(ば、バルドさんが食べるもの…!絶対に、失敗できない…!)


 その気合が、見事に空回りする。玉ねぎを切れば、自分の涙で手元が見えなくなり、じゃがいもの皮は、食べるところがほとんどなくなるほど分厚く剥いてしまう。

「あわわわ!お芋さんが小さく…!」

「ルチア、落ち着いて。じゃあ、お肉を炒めて。」

「は、はい!バルドさんは、お肉が好きだから、たくさん…!」

  ルチアは、恋する乙女の情熱のままに、用意されていたお肉を全て鍋に投入してしまった。


 そのドタバタ劇を、厨房の料理人たちが、微笑ましく、そして驚愕の目で見守っていた。

「おい、あのドジっ子のルチアが、恋かねぇ…」

「相手は騎士団のバルドだろ?頑張れよぉ」

「しかし、レオン様はすげえな…。なんで6歳児が、面取りなんて知ってるんだ…?」

「しかも、包丁さばきうまいなー。あれが、貴族の英才教育というやつか…!」

 貴族にそんな英才教育はない…。


 結局、完成したのは、騎士団全員が三日は暮らせるであろう量の、巨大な鍋いっぱいの肉じゃがもどきだった。

「ど、どうしましょう、レオン様!作りすぎてしまいました…!」

「大丈夫。こういうのは、みんなで食べた方が、美味しいんだよ!騎士団に差し入れってことで、バルドさんにも食べてもらおう!」


 巨大な鍋を二人で運んでいると、廊下で母エレナとばったり。

「まあ、ルチア。すごい量ね。美味しそうな匂い。誰に持っていくの?」

「き、騎士団の皆さんに、差し入れです…!」

 もじもじと答えるルチアの横から、レオンが無邪気に付け加える。

「バルドさんに、食べてほしいんだよね!」


 レオンの言葉で、エレナの中で全てが繋がった。

(ああ、そういうことだったのね…!あの子が学院行きをあれほど渋っていたのは…!)

「まあ、気づかなかったわ。私としたことが…」

「母様は、普段はすごく気が利く方なのに、恋愛ごとは鈍感なんですね」

 まるで、「恋愛値が低い」と宣言されたかのような、レオンの悪意なき一言…

「ぐっ…!」

(わ、私だって、マルクとは大恋愛の末に結ばれたのに…!)

 心の中で「決して自分は恋愛値は低くない」と繰り返すエレナだった。


 ◇


「うおおっ!なんだこの料理は!めちゃくちゃ美味いぞ!」

 騎士団の食堂は、未知なる美味の前に、完全に陥落していた。

 その輪の中心で、バルドもまた、「うまい、うまい」と、夢中で肉じゃがもどきを頬張っている。その姿を見て、ルチアは意を決した。


 ルチアは、自分用に小さく取り分けておいた一皿を手に、おずおずと、バルドの前に進み出た。

「あ、あの、バルドさん…!」

「ん?ああ、ルチア。この料理、お前が作ったのか?すごいな、美味いぞ!」

「ありがとうございます!…あの、これは…その…あなたのために、作ったんです…!」


 頬を真っ赤に染め、俯きながら。それが、ルチアの、精一杯の愛の告白…

「お、おい、あれは…」

 食堂にいた騎士たちは、ルチアを心の中で応援しながら、固唾をのんで二人を見守る。


 しかし。 朴訥とした脳筋騎士バルドには、その乙女心のかけらも、届いてはいなかった。 彼は、にカッと、太陽のように眩しい、しかし致命的に鈍感な笑顔で、こう言ったのだ。

「そうか!俺のために、こんな美味いものを作ってくれるなんて!ありがとうな、ルチア!お前は、本当にすごい料理人になれるぞ!頑張れよ!」

 ぽん、と。兄が妹にするように、優しく、ルチアの頭を撫で、屈託なくニカっと笑う。

  (((あーーーーーっ!!バルド、そうじゃない!)))

 周囲の騎士たちの、心の声が一つになった。


 その場で、しばらく固まっていたルチアは、我にかえると、

「―――うわあああああああん!!」

 大粒の涙をぼろぼろとこぼしながら、食堂を飛び出してしまったのだった。


 ◇


 その夜、レオンの部屋で、ルチアは一晩中泣き明かした。

 モリィに抱きついているため、モリィの毛はルチアの涙と鼻水でぐっしょりだ。モリィは困惑しつつも、無下にも出来ずに、静かに鼻水に耐えている。

「うわーん!私の恋は終わったー!料理人って…料理人ってなんですかー!」

 レオンは、慰め方が分からず、

「泣きたい時は思いっきり泣くのが一番だよ」

 と背中をさすり、おばあちゃんのように、とっておきのアメちゃんを差し出すしかなかった。


 ◇


 そして、翌朝。

 泣き腫らして、パンパンに腫れた目で、ルチアは吹っ切れたように言った。

「…レオン様。私、気づいたんです。私は、ただバルドさんの背中を見ているだけで幸せだって、自分に嘘をついていました。本当は、ちゃんと、一人の女の子として振り向いてほしかったんです」

 彼女は、窓から差し込む朝日を、力強い目で見つめた。

「だから、行きます、学院へ。エレナ様が言っていたように、ちゃんと魔法を勉強して、もっとすごい自分になります。そして、王都で!バルドさんなんかよりずーっと素敵で、私の料理を『美味しい』ってだけじゃなくて、『君が作ったから、世界で一番美味しい』って言ってくれる人を見つけますから!見ててください!」

 失恋を乗り越え、自立への一歩を踏み出すことを決意した少女の顔は、昨日よりもずっと、美しく輝いて見えた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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