天使様、大人への階段と友の悩みを知る
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兄たちが王都の学院へと旅立ってから、1ヶ月たった。
フローラ月になりグレイスフィールド領の木々は段々と蕾を咲かせ始め、風は春の匂いがただよい始める。 兄達がいた時は、あれほど賑やかだった屋敷だが、少しだけ静けさを取り戻していたが、レオンの日常は、以前にも増して活気に満ちていた。
ーーーそう、去年のレオンとは違うのである!
(アデル兄様も、ユリウス兄様も、今頃、学院で頑張っているんだ。僕も負けていられない!)
来年には、自分もその仲間になる。その一心で、レオンは「カッコいい男計画」に、ますます力を入れていた。
「―――それっ!腕を振って、脚を曲げ伸ばす運動!」
早朝の庭。 レオンは、もはや日課となった『ラジオ体操』を、完璧な動きでこなしていた。以前のように息が上がることもなくなり、その周りを飛び回る下級精霊たちに、時折笑顔で手を振る余裕すらある。
その後の走り込みも、今では庭を十周しても、まだ余力が残るほどになっていた。
(この調子なら、城壁の外周も、そろそろ走れるかもしれないな!)
…いや、さすがにまだ無理だろう…ちょっと調子に乗っちゃうところがあるレオンであった。
しかし、地道な鍛錬は、着実に彼の小さな体に変化を与えていた。身長も、この数ヶ月でぐんと伸びたように感じる。
(そういえば、この服も少し小さくなってきたな…)
レオンは、稽古着の袖から覗く自分の手首を見つめた。そして、彼の頭に、長年の懸案事項が再び浮かび上がる。
(お忍び用の、平民の男の子の服が、やっぱり必要だ…!)
精霊祭での、あの屈辱的なワンピース姿。思い出すだに、身悶えするほどの黒歴史だ。
彼は、その日の午後、意を決して母エレナの元へ向かった。
「母様。お願いがあるのですが、僕の、平民の男の子用の服を、仕立ててはいただけないでしょうか?」
「まあ、レオン。また新しいお洋服?」
薬草の調合をしていたエレナは、くすくすと笑った。
「あなた、エララ様から素敵なのをいただいたじゃない」
「あれはズボンですが、平民服ではありません!」
「それに、収穫祭で着た、ルチアのお下がりの可愛いワンピースも…」
「あれは女の子の服です!それに、もう、丈が膝丈になってしまったのですよ!」
グレイスフィールド侯爵家のために言っておくと、別に、侯爵家は貧乏ではない。ぶっちゃけ、平民の服なんて何千枚も買えるのである。その証拠に、平民服以外は、身長が伸びれば、毎回採寸して、服を買い与えているのである。
では、なぜ、男の子の平民服を買ってくれないかと言えば、ただ単に必要がないからである。
マルクや、エレナからすれば、お忍びの服を作ってまで、城下に行く必要を感じていない。視察の際は、普通に馬車で貴族の服で行くのだ。そうでなければ平民に舐められる。
そして、アデルもユリウスも平民服を買ってくれと言ってきたことがない。
アデルは、お忍びで城下に行ったことがないし、ユリウスは自分の稼いだお金で、勝手に買ってきていたのだ。
(さてさて、レオンはどうするかしらねー♩)
この状況を自分でどう打開して進んでいくのか、エレナは楽しみでしょうがないのだ。
レオンが必死に抗議していると、ちょうど護衛の任を終えたロイが、報告のために部屋へ入ってきた。
「奥様、失礼いたします。…おや、レオン様。何かお困りごとですか?」
「ロイさん!聞いてください!僕は、お忍びで町へ行くための、普通の男の子の服が欲しいだけなのです!」
レオンの切実な訴えに、ロイは「ああ、なるほど」と頷くと、少しだけ考え込むような素振りを見せた。
「…でしたら、レオン様。少し古いものになりますが、私の弟が幼い頃に着ていた服が、いくつか実家に残っているはずです。よろしければ、お譲りいたしましょうか?」
「本当ですか!?」
レオンの顔が、ぱあっと輝いた。
と、同時に、
(え?それ、一昨年の精霊祭の女の子用のドレス着てた時に言ってくれればよかったのでは…?あの姿、見たよね?ロイさん…)
と、思いつつも、ここで文句を言っている場合ではない。
「ありがとうございます、ロイさん!ぜひ、お願いします!」
こうして、レオンの長年の悩みだった「お忍び用の服問題」は、思いがけず、あっさりと解決の目処が立ったのだった。
そして、楽しみをあっさり奪われたエレナはロイをじっとりと睨みつけるのであった…
◇
数日後、ロイから譲り受けた服は、少しだけ古びてはいたが、丈夫な布地で作られた、まさにレオンが夢見ていた「普通の男の子」のシャツとズボンだった。
(これで、気兼ねなくノブレス・オブリージュ実践に行ける!)
レオンは、早速、父マルクの執務室へと向かい、城下町への外出許可を願い出た。
「父様!僕、町の皆さんの暮らしぶりを、この目で見て、勉強したいのです!」
マルクは、また胃のあたりをさすりそうになったが、隣に立つロイの、どこか誇らしげな顔と、レオンの真剣な眼差しを見て、深いため息と共にかろうじて頷いた。
「…分かった。だが、条件がある。必ず、ロイとモリィを連れて行くこと。絶対に、無茶はしないこと。いいね?」
「はい、父様!」
ついに、自分の力で、お忍びでの外出許可を勝ち取った。何だか、一歩ずつ、確実に大人に近づいている。そんな確かな実感に、レオンの心は、晴れやかな喜びで満たされていた。
父にしてみれば、
(精霊祭の時にも行っているし、お忍びで(平民のワンピースを着て)行っているのも知っている。家出されるよりも、許可を出したほうが何倍もマシだろう)
という気持ちである。
◇
そんな、希望に満ちたある日のこと。 レオンは、母エレナの温室で、魔法の基礎訓練に励んでいた。
そこへ、エレナに呼ばれたメイドのルチアが、少し緊張した面持ちでやってきた。
「ルチア。少し、あなたの大切な将来について、お話があります」
エレナは、いつもよりずっと真剣な顔で、ルチアに向き直る。レオンは、邪魔にならないよう、少し離れた場所で、聞き耳を立てる。
「あなたに、来年から、王都のロドエル魔導学院へ、通ってほしいのです」
「え…!?が、学院、ですか…?わ、私のような平民が、ですか…!?」
ルチアは、信じられないというように、目を丸くした。
「ええ。あなたの持つ『魔力圧縮』の才能は、類稀なるものです。ですが、それは同時に、とても危険な力でもある。使い方を間違えれば、あなた自身を傷つける諸刃の剣にもなりかねないわ」
エレナは、優しく、しかし諭すように続ける。
「学院で、魔法の基礎と制御技術を、きちんと学んでほしいの。そして、卒業した後は、魔導士ギルドに所属しなさい。そうすれば、あなたのその特別な才能は、国によって手厚く保護されるでしょう。それが、あなたの身の安全を守る、一番の方法だと、私は思います」
それは、ルチアの将来を心から案じた、エレナなりの、最大限の配慮と愛情だった。
しかし、ルチアの反応は、予想とは違うものだった。
「そ、そんな…!私は、ここで、メイドとして働くのが、好きなんです…!それに、私なんかが、貴族の方々と一緒に、勉強なんて…!で、できません!」
彼女は、明らかに狼狽し、その申し出を必死に拒否しようとしていた。その瞳は、喜びではなく、戸惑いに揺れている。
「貴族と一緒に勉強するのが怖いの?それなら、レオンの侍女としても行くので、同じクラスにして欲しいと学園にお願いするわ?」
「いえ!レオン様と同じクラスなら心強いですが、そうゆう事ではなくて…」
「お勉強は、今日から、侍女の仕事は免除するので、毎日、アルマンに教えてもらえば間に合うわよ?」
「え!?わたしは侍女の仕事はクビになるのですか?」
「違うわ。侍女としては、レオンが卒業するまでは侍女待遇の給与は支払うわ。学費も当然出すわよ?」
「でも…わたしは、この領が好きで…」
「…わかるわ。わたしもこの領が大好きよ、ルチア。だからこそ、きちんと制御を学んでから、この領に、この城に帰ってきて欲しいのよ?」
黙り込んでしまうルチア…
エレナも、まさかここまで拒否反応を示すとは思ってもいなかったのだ。
「ルチア。これは、命令ではありません。ですが、あなたのためなのです。よく、考えてみなさい。返事は、すぐでなくてもいいわ」
エレナは、それだけ言うと、考える時間を与えるように、その場を後にした。
一人残されたルチアは、その場に立ち尽くし、俯いたまま、か細く震えている。
その様子を、レオンは、物陰からじっと見つめていた。
(どうして…?学院へ行けるなんて、すごいことじゃないか。僕なんか、来年が待ち遠しくてたまらないのに…)
なぜ、ルチアは、あんなに行きたがらないのだろう?
レオンは、首を傾げた。
そこに、レオンの耳元にリリィベルが現れた。
『あーあー、ルチアったら可哀想!』
「リリィベル!こんにちわ。可哀想ってなんで?」
『もう!レオン様ってば鈍いわねー!乙女心よ!』
その一言で、レオンはあの、精霊たちとの井戸端会議を思い出した。
(そういえば、リリィベルさんが言ってたな…。ルチアは、騎士のバルドさんに、恋をしているって…)
学院へ行けば、王都で何年も暮らすことになる。そうなれば、この城にいるバルドとは、会えなくなってしまう。
「もしかして、ルチアは、バルドさんと離れたくないから…?」
『決まってるじゃない!好きな人とはなるべく側にいたいでしょ?遠距離恋愛なんて、続かないしー』
ルチアは、6歳の頃から一緒に過ごしてきたメイドで、3歳しか変わらないせいか、何でも話せる友人のような存在だ。今の世界が狭いレオンにとって、たった一人の友人と言っていい。まぁ、メイドとしては頼りにはならないが…
「ルチアの恋心かぁ…」
そんな友人の、初めて知る恋の悩み。 レオンは、自分が足を踏み入れてはいけない、少しだけ大人びた世界の入り口を、垣間見たような気がした。
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