天才様、相棒を見つけて勘違いされる
読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定です♩
大書庫でルキウス・オーレリアンの意外な才能を発見した翌日。
ユリウスは、休み時間、一人で黙々と予習をしているルキウスの席へと、わざと音を立てるように椅子を引いて座った。
「おい、委員長。昨日の続きだ。お前のその『全部覚えてる頭』、俺に貸せよ。退屈しのぎに、犯人を見つけてやろうぜ」
ユリウスは、にやりと口の端を吊り上げて言った。その態度は、真剣な捜査というよりは、新しいゲームに誘う悪童のそれだった。
ルキウスは、読んでいた本から顔を上げると、銀縁眼鏡の奥から、氷のように冷たい視線をユリウスに向けた。
「事件を遊び半分で扱うなど不謹慎だ、グレイスフィールド君。それに、君のような規則を軽んじる人間に、私が協力する義理はない」
「へえ、つれないこと言うなよ。クラスにかけられた疑いを晴らしたいって、誰よりも思ってるのは、学級委員長の君自身じゃないのか?」
「…っ!それは、そうだが…!」
図星を突かれ、ルキウスが言葉に詰まる。ユリウスは、そんな彼の反応を楽しみながら、畳み掛けた。
「第一、君一人で情報を集めたって、それを繋ぎ合わせる『頭』がなきゃ、ただのガラクタの山だ。俺が、そのガラクタを宝の地図に変えてやるって言ってるんだ。乗らない手はないだろ?」
その自信に満ちた、どこか傲慢ですらある物言いに、ルキウスは激しく反発するも、彼の脳裏には、ユリウスの断片的な情報から本質を瞬時に見抜く、天才的な推理力と洞察力は、常日頃から見せつけられている…
(…悔しいが、彼の言う通りだ。私には情報という『点』を集めることはできても、それを繋いで『線』にする発想力が、決定的に欠けている…)
結局、ルキウスは大きく、そして深くため息をつくと、不承不承といった顔で頷いた。
「…分かった。事件解決のためだ。今回だけは、君に協力してやろう。だが、勘違いするな。これは取引だ。君のその不真面目な態度を、私が黙認してやる代償だと思え」
「はいはい。それで結構。よろしくな、委員長」
こうして、性格も思考も、水と油のように正反対な、即席探偵コンビが誕生した。
◇
一方、その頃。グレイスフィールド領のレオンは、兄から届いた一通の手紙を手に、首を傾げていた。
そこには、希少薬草盗難事件のあらましと、「面白いことになってきた」という、あまりにも素っ気ない一文だけが記されていた。
(面白いことって…何がです、ユリ兄様!もっと詳しく教えてください!)
兄の身に、何か大変なことが起きているのではないかと、心配は、日に日に募るばかりだ。
レオンは、足元で昼寝をしていた、白いモフモフの塊に、必死の形相で頼み込む。
『モリィ、お願い!少しだけ、王都の様子を見てきてくれない?ユリ兄様が、心配で…!』
『えー、やだー。めんどくさいー』
『アメちゃんを、アメちゃんをたくさんあげるから!』
主の切実な願いと、甘いお菓子の誘惑に、モリィは重い腰を上げた。
『しょうがないなー。じゃあ、いってきまーす』
白い塊は、風のように窓から飛び出していく。レオンは、その姿が見えなくなるまで、祈るように手を組んで見送るのだった。
◇
放課後の、誰もいない教室。 ルキウスが記憶した膨大な「情報」を、ユリウスが天才的な頭脳で「分析」していく、二人だけの推理劇が、静かに幕を開けた。
「まず、事件のWhyからだ。なぜ『月光花の蕾』が盗まれたか」
ユリウスが切り出すと、ルキウスは待ってましたとばかりに、記憶の引き出しを開け放った。
「第一の情報。盗まれたのは『月光花の蕾』のみ。同じ薬草園にあった、金銭的価値のより高い他の希少薬草…例えば『竜の涙』や『星屑の苔』は手つかずだった」
「第二の情報。『月光花』の最大の薬効は、開花した後の花びらにある。蕾の状態では、特定の錬金術の触媒にしかならない。これは錬金術師ギルドの基礎知識だ」
「第三の情報。学院の生徒、特に中等科以上の錬金術の授業では、開花後の価値について必ず学習する」
「なるほどな」
ユリウスは、ペンを回しながら頷いた。
「犯人の目的は金じゃない。金目当てなら他の薬草も盗むはずだ。そして、犯人は学院の生徒じゃない。生徒なら、もっと価値の高い開花後を狙う。つまり、犯人は『月光花の蕾』そのものが必要だった、外部の専門家。あるいは、外部の専門家から『蕾だけを盗んでこい』と具体的に依頼された実行犯だ」
「では次に、Howだ。どうやって盗んだ?」
ルキウスは、淀みなく続ける。
「警備記録によれば、正門、裏門の封印魔法に異常なし。巡回警備の記録にも不審な点はない。学院上空には対飛行魔法用の広域結界も張られている」
「ただし、西側の外壁の一部で、三日前から補修工事が行われている。足場が組まれており、夜間の警備は手薄だった」
「薬草園の管理記録では、盗難当日の日中に、我々のクラスが見学授業で立ち入っている。それ以外の立ち入り記録はない」
「決まりだな」
ユリウスは、地図を指さした。
「空からも門からも入れないなら、侵入経路は壁しかない。補修工事の足場を利用して、警備が手薄な夜間に侵入したんだろう。俺たちのクラスへの疑惑は、ただの時間的な偶然に過ぎない。日中に、あれだけ目立つものを根こそぎ盗むのは不可能だ」
「最後に、Whoだ。誰が…一番重要な問題だな」
ユリウスの目が、面白そうに細められる。
「図書室の貸し出し記録だ」
ルキウスは、眼鏡の位置を直した。
「ここ一ヶ月で『月光花の蕾』を触媒とする、特殊な錬金術の文献を閲覧した外部の人間が一人いる。ヘイムダール侯爵領所属の下級研究員、と身分を申請していた。通常、外部の人間が専門書を閲覧するには上級貴族の紹介状が必要だが、彼は偽造されたヴァリウス公爵家の紹介状を使っていた」
「司書の記憶によれば、その男の風貌は『背は高くなく、少し猫背気味。指先が薬草の汁で黄色く染まっていた』とのことだ」
「ほう…」
ユリウスは、懐からくしゃくしゃの手紙を取り出した。
「レオンからだ。『ヘイムダール侯爵領に、気をつけて。禁薬に気をつけて。』と書いてある。あそこの領主、ラズヴェリ卿は、禁術の研究に人生を捧げた偏屈な大魔導師だという噂だからな」
「禁薬?」
「国が禁術に指定しているような危険な薬だよ。特に、人の精神に作用する類の魔法薬が多い。」
ユリウスの頭脳が、全ての情報を繋ぎ合わせる。
「ヴァリウス公爵家とヘイムダール侯爵領は、表向きは協力関係にない。むしろ、ヴァリウスはヘイムダールの研究成果を欲しがる側だ。偽造の紹介状を使うということは、ヘイムダール領が単独で、かつ秘密裏に動いている証拠だ」
「プロの盗人じゃない。指先が薬草で染まっているなんて、普段から薬草を扱っている証拠だ。実行犯は錬金術師か、その関係者。図書室に出入りしていた『下級研究員』とやらが、本人で間違いない」
「そして、犯人はもう一度来る。禁薬を作る為なら『月光花の蕾』だけとは思えない。しかし、前回は、それしか持って行かなかったってことは…『月光花』と対になる効果を持つ『太陽草の根』。こいつが、次の満月の夜に最も魔力を高める時に盗みにくる可能性が高いな…」
「…見事だ」
ルキウスが、初めて感嘆の声を漏らした。
「ああ。これで、このゲームのルールは、完全に理解した」
ユリウスは、勝利を確信したゲーマーのように、不敵な笑みを浮かべた。
◇
そして、次の満月の夜。
月明かりが、銀色に薬草園を照らし出している。ユリウスとルキウスは、息を殺して、温室の影に潜んでいた。
やがて、予測通り、一人の黒装束の男が、壁を乗り越え、音もなく薬草園に侵入してきた。男は、目的の植物へと一直線に向かう。
「―――そこまでだ!」
ユリウスが仕掛けておいた氷の罠が作動し、男の足元を凍りつかせる。驚いて体勢を崩した男に、ルキウスが練習用の初級封印魔法を放ち、その動きを完全に封じる。
「な、何者だ、貴様ら!」
「それはこっちのセリフだぜ、泥棒さん」
しかし、犯人は捕まる間際に、最後の抵抗とばかりに、懐から小さなガラス瓶を取り出し、足元に叩きつけた。
パンッ、と軽い破裂音と共に、甘い香りのする紫色の煙が、あたりに立ち込める。
「しまっ…!」
ユリウスとルキウスは、咄嗟に口と鼻を覆ったが、遅かった。煙を吸い込んでしまった二人の視界はぐにゃりと歪み、足元がおぼつかなくなる。それは、目くらましと、軽い酩酊効果のある魔法薬だった。
「う…頭が、くらくらする…」
「な、なんだ、これ…立てな…」
二人は、その場に崩れるように倒れ込んでしまった。
そこへ、騒ぎを聞きつけた、巡回中のアデル、様子を見に来たモリィ、そして、当直の教師たちが、バタバタと次々に駆けつけてくる。
「っぬお!?」
ーーー彼らが見たのは、あまりにも、誤解を招きやすい光景だった。
月明かりが照らす薬草園で、ユリウスが、倒れ込んだルキウスに、まるで壁ドン、いや床ドンでもするかのような体勢で、覆いかぶさっている。二人とも、魔法薬の効果で顔は真っ赤に染まり、ぜいぜいと、荒い息を切らしている。
『レオン様ー!大変です!ユリウス様が、知らない男の人と、薬草園でイチャイチャしていますー!』
モリィは、見たままの光景を、ありのまま、主であるレオンに念話で報告した。
「ユリウス…」
アデルが、呆然と呟いた。
「お前、いつの間に、そのような道に…!いや、兄としては、君の選んだ道を尊重するが…!だが、しかし!人目のつく、このような場所でとは、感心しないぞ!」
「オーレリアン君とグレイスフィールド君が、夜中に二人きりで薬草園で…!こ、これは由々しき問題だ…!」
教師もまた、盛大に勘違いしていた。
◇
犯人は無事に捕縛され、『月光花の蕾』も取り返された。予想通り、犯人はヘイムダール侯爵領の下級研究員で、侯爵本人は「研究員の単独犯行であり、領としては一切関知していない」と、白々しく言い放った。事件は、一応の解決を見た。
しかし、ロドエル魔導学院内では、全く別の、とんでもなく不名誉?な噂が、広まっていた。
「グレイスフィールド家の次男と、宰相閣下のご子息は、夜な夜な薬草園で、人知れず愛を語り合う仲らしい」と。
一部の女子には、好意的に見られているが…
「…君といると、私の完璧な人生設計が、根底から覆される…」
数日後、ルキウスは、眉間に深い皺を寄せ、深いため息と共に、そう呟く…
「最高じゃないか!退屈より、ずっとマシだろ?これからも、よろしくな、相棒!」
ユリウスは、そんな噂などどこ吹く風と、楽しそうに笑うだけ。
こうして、ユリウスは、退屈だった学院生活で、初めての「友人(という名の相棒)」を得た。
グレイスフィールド領にいるレオンは、兄の身の安全に安堵しながらも、モリィからの報告と、後日アデルから届いた
「ユリウスの新たな門出を、兄として温かく見守りたい」
という、意味不明な手紙の内容に、「どうしてこうなった…?」と、ただただ首を傾げるしかなかったのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩
もし少しでも『面白いかも』『続きが気になる』と思っていただけたら、↓にあるブックマークや評価(☆☆☆☆☆)をポチッとしてもらえると、とってもうれしいです!あなたのポチを栄養にして生きてます… よろしくお願いします!




