天才様、退屈な学院で浮く
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グレイスフィールド家の次男、ユリウス・フォン・グレイスフィールドが、兄アデルと同じく王都のロドエル魔導学院に入学してから、半年以上が過ぎていた。
しかし、彼の学院生活は、一言で言って「退屈」そのものだ。
「では、次の問題です。この古代魔法陣が示す、風の精霊への干渉効率を答えなさい。では…」
魔法史の教師が、黒板に描かれた複雑な魔法陣を指し示す。周囲の生徒たちが「うーん」と唸り始める中、ユリウスは大きなあくびを一つした。
「答えは、三十七・八パーセント。術式の一部に意図的な欠損が見られる。おそらくは暴走を防ぐための安全装置だろうけど、効率が悪すぎる。僕なら、もっとスマートな術式を組むね」
教師が言い終わる前に、差されてもいないのに、面倒くさそうに、しかし完璧に解答するユリウス。教室が、しんと静まり返理、生徒たちの視線が、一斉にユリウスへと集まる。その視線に含まれているのは、尊敬ではなく、白けた空気と、わずかな嫉妬だった。
初等科の授業など、彼の天才的な頭脳にとっては、子守唄よりも退屈だったのだ。退屈しのぎに、隣の席の女子生徒のスカートを、無詠唱の風魔法でふわりと捲り上げては、教師に「グレイスフィールド君!」と雷を落とされる。そんな日々を繰り返すうち、彼はいつしか「天才だが、鼻持ちならない問題児」として、周囲から完全に浮いた存在になっていた。
一方、グレイスフィールド領のレオンは、兄からの手紙がめっきり減ったことを、ひどく心配していた。
(ユリ兄様、ちゃんとお友達はできたのでしょうか…。僕が送った手紙にも、『退屈だ』としか返事をくれないし…)
中等科に進級し、多忙な日々を送るアデルからも、「ユリウスが、どうもクラスで孤立しているようだ。何か知らないか?」という、心配の滲む手紙が届き、レオンの心労は募るばかりだった。
◇
そんな孤高の天才に、何かと目の敵のように突っかかってくる生徒がいた。
「ユリウス君、授業中は静粛にしたまえ。君一人のせいで、全体の学習効率が低下している」
休み時間、ユリウスの席にやってきて、氷のように冷たい声でそう言ったのは、このクラスの学級委員長、ルキウス・オーレリアンだ。
彼は、アルセリオス王国の宰相オーレリアン侯爵の子息。領地を持たない文官貴族の家系で、黒髪に銀縁の眼鏡をかけた、絵に描いたような優等生だ。
「廊下を走るな。規則は守りたまえ!」
「君のその態度は、英雄ライナス様を輩出したグレイスフィールド家の名誉を、著しく損なうものだ!」
ルキウスは、何かにつけてユリウスの行動を咎める。彼の信条は、規則と秩序。その二つを乱すユリウスの存在は、彼にとって許しがたいものだったのだ。
ユリウスは、そんなルキウスを「規則のことしか頭にない、面白みのないガリ勉」と一蹴していた。むしろ、わざと彼の目の前で規則を破っては、その反応を見て楽しむ始末。
「やあ、委員長。今日もご苦労なこった。眉間の皺が、また一本増えたんじゃないか?」
ユリウスが、わざと廊下を走りながらすれ違いざまに煽ると、ルキウスの眉間の皺は、さらに深くなった。二人の仲は、日に日に険悪になっていく一方だった。
◇
そんな退屈な日常を揺るがす事件が起こったのは、セラフィ月のとある夜のことだった。
学院の薬草園で、厳重に管理されていた非常に希少な薬草、『月光花の蕾』が盗まれたのだ。
数年に一度しか花をつけず、その花びらは万能薬の材料として王家へ献上されることにもなっている、国宝級の薬草。それが、何者かによって根こそぎ持ち去られてしまった。
学院内は、犯人探しで蜂の巣をつついたような大騒ぎになったが、侵入の痕跡は全く見つからず、捜査は難航を極めている。
そして、最悪なことに、盗難があった日の日中に、ユリウスのクラスが薬草園の見学授業を受けていたのだ。そのため、クラスの生徒全員が、学院中から疑惑の目を向けられることになってしまった。
「なんだか、うちのクラスの雰囲気が最悪だ…。みんな、お互いを疑心暗鬼で見てる」
◇
アデルからの手紙で事件のあらましを知ったレオンは、居ても立ってもいられなかった。
「母様!『月光花の蕾』で作れるものは、何がありますか?」
「どうしたの?藪から棒に。花びらではないの?」
「ユリ兄様が大変なのですよ!」
「…あぁ、学園の盗難事件のことね…そうね…蕾から出来る魔法薬はないわ…禁薬を除けばね…」
「禁薬!?禁薬ならあるのですか?」
「そうね。人の精神に作用する危険な薬なの。だから作るのを禁止されているのよ。でもそれだけで出来るものではないわ。他にも希少な材料が必要なのよ。」
エレナの言葉を聞き、一人の人物が思い浮かぶ…
聖域での一件以来、レオンはヘイムダール侯爵領に強い警戒心を抱いている。
(そういえば、ヘイムダール侯爵領のラズヴェリ様は、珍しい魔法薬の研究をしているって、父様がおっしゃってた…。あの聖域の時のように、また何か悪いことを企んでいるのかもしれない…)
兄が、危険な事件に巻き込まれているのではないか。レオンの心配は、頂点に達しようとしているが、遠く離れた領地と王都では、なす術もなく…
とりあえず、何も言ってこないユリウスに、手紙で「ヘイムダール侯爵領に、気をつけて。禁薬に気をつけて」といった趣旨を送っておいた。
◇
グレイスフィールド領で過ごした、あの賑やかで楽しかった夏休み。その記憶が、今の学園生活の退屈さを、より一層際立たせていたユリウスにとって、この盗難事件は、まさに「退屈しのぎにちょうどいい謎解きゲーム」の到来を意味していた。
ユリウスは、クラスメイトたちにかけられた疑いを晴らす、という大義名分のもと、独自の調査を開始する。
一方、ルキウスもまた、学級委員長としての強い責任感から、犯人を突き止めようと学院中を奔走していた。彼は、教師たちの何気ない会話、生徒たちの根も葉もない噂話、図書室の膨大な貸し出し記録、そして警備記録に至るまで、ありとあらゆる情報を、その驚異的な記憶力で、自らの頭の中にインプットしていく。
調査の過程で、二人は三層吹き抜けの壮麗な大書庫で、偶然鉢合わせになった。
「君も、調査かい?まあ、せいぜい頑張ることだね、委員長殿」
ユリウスが、いつものように軽口を叩きながら、ルキウスが調べている文献の山に目をやった。その瞬間、彼は初めて、違和感を覚えた。
ルキウスが調べていたのは、薬草に関する文献だけではない。建築学、古代魔法体系論、さらには、過去数十年分の気象記録まで、多岐にわたっていたのだ。
「君のような凡人には理解できんだろうが、あらゆる可能性を考慮するのが、調査の基本だ。例えば、この『古代魔法体系論』第三章七節によれば、特定の気象条件下では、植物の転移魔法の成功率が…」
ルキウスは、分厚い専門書の内容を、まるで暗唱するかのように、一字一句違わず諳んじてみせる。
それを見て、ユリウスの動きが、ぴたりと止まった。
(…こいつ、ただのガリ勉じゃないな…?あの難解な古代魔法体系論の第三章七節の内容を、完璧に引用しやがった…俺だって、一度読んだだけで、そこまで正確には覚えていないぞ…)
ユリウスは、ルキウスの隠れた才能に、初めて気づいた。それは、一度見聞きした情報を、完璧に記憶する「完全記憶能力」。
退屈な日常に差し込んだ、一筋の光。
ユリウスは、口の端を吊り上げ、面白い獲物を見つけた猫のように、ニヤリと笑うのだった。
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