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天使様、新たな流行を生み出す

読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定になります♩

 エララとフローレンスは、立ち尽くすし、寄せ植えに魅入られている。

 中央に置かれた寄せ植えは、朝日を浴びてキラキラと輝き、そこに宿る精霊たちは楽しげに囁き合っていて、中心では、魔法の花『エモ・フルール』に宿るシルキーが、穏やかな虹色の輝きを放っていた。


 すると、寄せ植えの後ろから、ひょっこりとレオンが顔を出し、ニコニコと二人をみつめた。

「まさか…レオン君が作ったの?」

「いえ、僕は、精霊たちと話をしただけで、この寄せ植えは、彼女たちが自分で作ったんですよ!」

「ーーーっな!」

 エララはその話を聞いて衝撃を受けた。

(まさか!レオンは私にも見えない聖霊と話ができるの!?…さすがエレンの息子だわ…)


 そんなエララの衝撃に気づきもせず、フローレンスは、すっかり元気を取り戻した花々見て、感極まった様子で駆け寄ってきた。

「レオン様…!本当に、なんとお礼を申し上げたら…!」

「いえ、僕がしたことなんて、大したことじゃありませんよ」

 レオンがはにかむと、シルキーが『ううん、そんなことない!レオン様が、みんなの心を繋いでくれたんだよ!』と、嬉しそうにレオンの周りを飛び回る。もちろん、その声はフローレンスには聞こえない。


「フローレンスさん。あなたのお花には、中級精霊達が宿っているんですよ。この、『エモ・フルール』にはシルキーちゃんという精霊が宿ってます。シルキーちゃんは、あなたのことが大好きなんです。でも、あなたに褒められるのが嬉しくて、少しだけ、他の精霊たちに自慢しすぎてしまったみたいです。それで、みんなに嫉妬されて、仲間外れにされて、寂しかったんだって」

 レオンが、精霊たちの間で起こっていた小さな、しかし深刻な問題を、説明すると、フローレンスははっと息をのんだ。

「精霊!花の…気持ちを考えるなんて…私、一番大事なことを見失っていましたわ…!ただ美しい花を作ることばかりに夢中で、この子たちの心に寄り添うことを忘れていたなんて…!」


 フローレンスは、花屋としての自分の不甲斐なさに涙が溢れてくる。花たちへの申し訳なさに心はいっぱいいっぱいだ。そんなフローレンスを慰めるように、花の精霊たちは、心配そうに飛び回る。

「フローレンスさん!みんな心配してるから、泣かないで!みんなあなたのことが大好きなんだから!」

 フローレンスは涙を拭うと、改めてレオンの前に深く頭を下げた。

「ありがとうございます、レオン様。あなた様のおかげで、私は花屋として、そして一人の人間として、本当に大切なことを思い出せました。このご恩は、決して忘れません」


 事件は、こうして無事に解決した。そして、フローレンスの情熱は、新たな方向へと燃え上がった。

「つきましては、レオン様!あなた様のお洋服、ぜひ、この私にもお手伝いさせてください!私の感謝の気持ちの、全てを込めて、最高の服を仕立てるお手伝いをいたしますわ!」

「え!?ええと…」

(あれ?フローレンスさん、お花屋さんだよね…?服の仕立ての手伝いって…)

「普通の、男の子の服で、本当にお願いします…!」

 レオンはまたしても、いやな予感しかしなかったが、あまりの気迫に押されてしまい、仕方なく、最後の悪あがきとして、何度も、何度も「普通の男の子の服」と念を押すのだった。


 ◇


 城の一室は、急ごしらえのファッションアトリエと化していた。

 床には、エララが昨夜のインスピレーションのままに描きなぐった、大量のデザイン画が散らばっている。そのどれもが、花や蔦をモチーフにした、フリルとレース満載の美しいドレスだった。

 レオンは、兄たちとソファに座り、お菓子を食べながら、その芸術という名の嵐が過ぎ去るのを、半ば諦めの境地で眺めるしかない。


 退屈しのぎに、床に落ちていたデザイン画の一枚を拾い上げる。繊細な線で描かれた、美しいドレスだ。蔦のような模様が、刺繍で表現されている。

 ふと、レオンは純粋な疑問を口にした。

「エララ様は、お花を見てインスピレーションを得たのですよね?でしたら、なんで、お花柄ではないのですか?」

「あら、レオンちゃん。これは、立派な花柄ですわよ?」

 エララは、デザインに夢中になりながらも、不思議そうに答えた。彼女が指さしたのは、ドレスの裾に刺繍された、優雅な曲線を描く蔦と、その先に咲く一輪の薔薇の模様だった。


 この世界において、「花柄」とは、刺繍で表現される単色の植物模様が主流だった。布に直接、色とりどりの柄を染め上げる「プリント」という技術は、まだ存在しない。

「お花柄って、こういうのなのですか?」

「ええ、そうよ。何か、おかしなところでも?」

 レオンの頭の中には、和江おばあちゃんの記憶にある、色とりどりの花々がプリントされた、華やかなワンピースや浴衣のイメージが浮かんでいた。それに比べると、この世界の「花柄」は、あまりにも地味で、物足りなく感じられる。


「だって…お花は、色とりどりなのが、一番綺麗じゃないですか。だから…」

 彼は、完全に無意識のうちに、前世の常識を語り始めていた。

「例えば、布を染める時に、色々な色を使って、本物のお花畑みたいに、たくさんの花を直接染め上げてしまったりとか…。刺繍で表現するにしても、一色だけじゃなくて、いろいろな色の糸を使って、もっと華やかに、本物のお花みたいにすれば、もっと素敵じゃないかなって、思ったんです」

 それは、ただの、子供らしい純粋な感想だった。

「レオンちゃん、言いたいことはわかるけど、色々な色で染めるなんて不可能なのよ?」

「??なんでですか?染めたくないところは隠して、染めないで、それを繰り返せば良いのではないですか?」


 その一言は、部屋にいた二人の芸術家の魂に、天啓の如き雷を落とすことになった。

「―――なんですって!?」

 エララが、羽根ペンを取り落とし、ガタリと椅子から立ち上がった。その目は、今までにないほど、爛々と輝いている。

「染め物で…色とりどりの花柄ですって!?そんなこと、可能なの?そうだわ!部分的に型をとって染めていけば…絵画のように…なんてこと…!なんて斬新で、なんて冒険的な発想なの!?」

 フローレンスもまた、わなわなと打ち震えている。

「布そのものを、花畑にしてしまう…!常識を打ち破る美!これよ、私が、私たちが求めていた、新しい芸術は!」

 エララが叫び、手を差し出すと、フローレンスはその手をぐっと握り、二人の心は完璧に一致した。そして、二人のインスピレーションは、完全に、暴走を始める。

「「天使様の神託よ!!」」

 エララとフローレンスは、顔を見合わせ、同時に叫んだ。


「ああ、レオンちゃん!あなたは、やはり美の女神ミューズだったのね!私たち凡人には思いもつかない、新たな美の地平を、いとも容易く示してくださるなんて!」

 フローレンスは、両手を組んで、レオンに祈りを捧げているようだ…

「さあ、フローレンス!ぐずぐずしている時間はないわ!最高の染料を、今すぐ全て集めなさい!」

「はい、エララ様!私の店の花を、全て染料にしても構いませんわ!」

 二人は、もはやレオンのことなど目に入っていない。ただひたすらに、脳内に溢れ出す新たなインスピレーションを形にすることに、全ての情熱を注ぎ始めた。


(あ…また、やっちゃった…気がする…)

 レオンは、自分のうっかり発言が、とんでもない事態を引き起こしてしまったことを悟り、静かに天を仰いだ。


 ◇


 数日後。

 リリアン侯爵領を発つ、その日の朝。完成した服が、ついにレオンの前にお披露目された。

「見て、レオンちゃん!あなたのために、私たちの魂の全てを注いで作り上げた、最高傑作よ!」

 エララが、誇らしげに差し出したその服を見て、レオンは、言葉を失った。

 それは、確かに、彼が懇願した「ズボン」だった。動きやすさを重視した、乗馬服のような、活発なシルエット。

 ーーーしかし。


 生地は、光沢の美しい最高級のシルク。そして、その純白の生地の上には、まるで本物の花畑をそのまま写し取ったかのような、色とりどりの、繊細で美しい花柄が、染め物によって全面に施されていた。しかも、裾にはさりげなく、しかし完璧な仕事が施されたフリルがあしらわれている。

 それは、大店の裕福な商人の娘が、活発に乗馬を楽しむ時に着るような、可愛らしく、優美で、そして完璧な「花柄の男の子(?)の服」だった。


 レオンは、自分の発言が生んだ、予想を遥かに超えた芸術品を前に、頭を抱えて、その場に崩れ落ちた。

「どうしてこうなった…」


 ◇


 染め物による花柄模様は、後にエララによって「フルール・プリンセス(花の姫君)」コレクションとして発表され、王都の貴族の令嬢や、美意識の高い淑女たちの間で、全く新しいファッションの大流行を生み出すことになる。

「さすがは私の弟だ!新たな芸術の扉を開き、流行を生み出すとは!兄として、これ以上の誇りはない!」

 アデルは、弟の(意図せぬ)偉業に、感涙にむせび泣いている。

「あはははは!最高じゃないか、レオン!お前、いっそ、そっちの道で生きていけば?」

 ユリウスは、腹を抱えて笑い転げていた。


 そして、一部始終の報告を受けた父マルクは、また一つ増えた息子の偉業?に、何も言わず、執事に胃薬を持ってくるよう、静かに合図を送るのであった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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