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天使様、花の精霊をケンカ両成敗する

読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定になります♩

 芸術の都、リリアン侯爵領での夜は、静かに、そして美しく更けていく。


 そんな夜半、レオンは自室のベッドの中にいたが、どうしても寝付けずにいた。昼間の花屋での騒動と、店の奥から感じた、あの寂しげな精霊の気配が、ずっと心に引っかかっているのだ。

 あの後、エララは「インスピレーションのためよ!」と宣言し、例の花屋『フルール・エトワール』から、問題の魔法の花『エモ・フルール』を含む、いくつかの花を城の客室用の温室に届けさせていた。


(やっぱり、気になるな…)

 レオンは、ベッドからそっと抜け出すと、足元で丸くなっていた使い魔のモリィが、むくりと顔を上げる。

『レオン様、どこ行くの?』

「モリィ、少しだけ、温室を見てくるよ。なんだか、泣いている子がいる気がして…」

『ふぁ〜い』

 モリィは大きなあくびを一つすると、再び丸くなってしまった。使い魔とは思えない怠惰さである。

 昼間は、『なんか、ヤナ感じがする…』なんて言ってたくせに、今は警戒心のかけらも見えない…

 そんなモリィに小さく笑うと、レオンは、音を立てないように慎重に部屋を抜け出し、月明かりだけが差し込む静かな廊下を進み、客室用の小さな温室へと向かった。


 ◇


 ガラス張りの温室の中は、昼間とは違う、静かで神秘的な空気に満ちていた。月の光が、植物たちの葉を銀色に照らし出している。

 レオンが感じた気配は、温室の中央、ひときわ美しく咲き誇る一輪の花から発せられていた。持ち主の感情に呼応して色を変えるという、新種の花『エモ・フルール』だ。

 その花の傍らで、小さな、半透明の光る人影が、膝を抱えてしくしくと泣いていた。


 レオンは、そっとその人影に近づいた。

「こんばんは。どうして、泣いているの?」

『…!』

 人影は、びくりと肩を震わせて顔を上げた。それは、花の精霊だった。薄絹のような儚い翅を持ち、淡い光を放つ、生まれたばかりと思われる中級精霊だ。

『あなたは…昼間、お店に来てた…』

「僕はレオン。君は?」

『…シルキー…』


 か細い声で名乗った精霊は、フローレンスが開発した新種の花に宿った、生まれたばかりの中級精霊だった。彼女は、その力がまだ不安定で、寂しさや不安といった負の感情が、そのまま魔力の暴走となって周囲に影響を与えてしまっていたのだ。店先で客がクレームをつけていた「すぐに枯れる」という現象は、シルキーのこの不安定な心が原因だったのだ。


「シルキーちゃん、何か、悲しいことがあったの?」

 レオンは、しゃがみこむと、シルキーと視線を合わせる。

(和江おばあちゃんによると、悩みを聞く時は、同じ視線で話すのが大事だって言ってたしね!)

『…うん…』

 レオンの、全てを包み込むような優しい雰囲気に、シルキーは少しだけ心を開いたようだった。おずおずと、彼女はお悩み相談を始めた。


『フローレンスが、私のことばかり、褒めてくれるの…。「あなたこそ私の最高傑作よ」って…。でも、そのせいで、みんなが、私のことをいじめるの…』

 シルキーは、フローレンスが自分(新種の花)ばかりに構うため、他の古くからいる花の精霊たちに嫉妬され、仲間外れにされているのだと、涙ながらに告白した。

『みんな、私のこと、フローレンスのえこひいきだって…。仲間に入れてくれないの…寂しいよ…』

「そっか、それは辛かったね…」

 レオンが、うんうんと頷きながら相槌を打った、まさにその時だった。


『レオン様!その子の言うことなんか、信じちゃダメですわ!』

 凛とした、少しプライドの高そうな声が響いた。見ると、温室に運び込まれた他の鉢植えから、三体の花の精霊が姿を現していた。

 一体は、真っ赤なドレスを纏った、気高そうな薔薇の精霊。

『そうよ、そうよ!シルキーったら、いつも自分が一番みたいな顔して、すっごく鼻持ちならないのよ!』

 もう一体は、ひらひらした服を着た、おしゃべりそうなパンジーの精霊。

『僕らのこと、見下してるんだ…』

 最後の一体は、白い服を着た、少し気弱そうなマーガレットの精霊だった。


 薔薇の精霊が、代表するように、腰に手を当てて言った。

『わたくしたちは、いじめだなんて、そんなはしたないこと、しておりませんわ!この子が、自分から壁を作って、わたくしたちと口も聞いてくれないだけですのよ!』

『そうそう!こっちが話しかけても、いつもツーンってしててさ!』

『嘘つき…!』

 シルキーも、負けじと涙目で言い返す。

『だって、みんな、私のこと、陰で悪口言ってたじゃない!「あの子だけ、色がたくさん変わるからって、調子に乗ってる」って!』

『それは、あなたが自慢げに色を変えて見せびらかすからですわ!』

 温室の中は、花の精霊たちの、喧々囂々たる言い争いの場と化した。


 精霊たちの勢いに押されて、オロオロするレオン。

(どうしよう…こんな時。お互いに言い分があるのはわかる。でも、どっちも悪い気がする…)

 ふと、和江おばあちゃんが見ていた時代劇のシーンをレオンは思い出した。

(これだ!「暴れん坊な将軍」に出てきたやつ!)

「―――やめないか!」

 凛とした、しかしどこか時代がかった声が、温室に響き渡った。


 花の精霊たちは、はっと我に返り、声の主…レオンを見る。

 レオンは、いつの間にかすっくと立ち上がり、腕を組んで、まるで裁きを下すお奉行様のような風格で、精霊たちを見下ろしていた。

「双方の言い分、しかと聞き届けた。これより、裁きを申し渡す!」

 その、7歳児とは思えぬ威厳に、精霊たちは完全に気圧されてしまう。

「まず、シルキーちゃん。あなたは、周りの人がどう思うかを考えず、自分の力を見せびらかしすぎた。それは、軽率というものです」

『うっ…』

「そして、薔薇さんたち。あなた方も、理由はどうあれ、仲間外れにしたのは事実。嫉妬心から、一人の子を寄ってたかって責めるなど、感心いたしません」

『…はい』

「よって、双方、痛み分け!ケンカ両成敗といたす!」

 レオンは、びしっと、両者を指さした。その姿は、もはや小さな「暴れん坊な将軍」そのものだ。ちなみに、「暴れん坊な将軍」に、ケンカ両成敗的な話は出てこないけれど…

 しかし、精霊たちは、その有無を言わせぬ迫力に、ただただ頷くしかない。


 レオンは、ふっといつもの優しい表情に戻ると、にっこりと微笑んだ。

「一人一人みんな美しいですよ。薔薇さんには薔薇さんの気高さが、パンジーさんにはパンジーさんの愛らしさが、マーガレットさんには可憐さがある。シルキーちゃんの、色が変わる力も、とっても素敵だよ」

 彼は、温室に置かれた空の大きな植木鉢を指さした。

「でもね、みんなで一緒になれば、もっともっと、美しくなれるんですよ」

 レオンは、和江おばあちゃんの、華道の記憶を呼び覚ます。

「みんなで、この鉢の中に、素敵なお花の家を作りましょう。お互いの美しさを引き立て合う、『寄せ植え』です。みんなで一緒に綺麗になれば、きっと、仲直りできますよ」


 レオンの提案に、最初は戸惑っていた精霊たちも、そのキラキラした瞳と、誰も傷つけない優しい解決策に、次第に心を動かされていった。

『…分かったわ。あなたがそこまで言うのなら、やってみましょう』

 薔薇の精霊が、少しだけ頬を染めて頷いた。

 そこから、温室の中は、小さな芸術家たちによる、夜を徹しての共同作業の場となった。

「薔薇さんは、背が高いから、真ん中が良いですね。あなたがいると、全体がぐっと引き締まります」

『まあ、そうかしら…!』

「パンジーさんたちは、色とりどりだから、周りを華やかに飾りましょう。マーガレットさんは、その清楚な白さで、みんなを優しく包んであげてください」

 レオンは、それぞれの花の特性と、精霊たちの性格を見抜き、的確な指示を出していく。そして、シルキーには、一番大切な役割を与えた。

「シルキーちゃんは、みんなの気持ちを感じて、一番心地よい色に変わってあげてください。あなたが、みんなの心を繋ぐ、虹の架け橋になるんですよ」

『…うん!』

 レオンの言葉に、シルキーは力強く頷いた。

 レオンも、自ら土を運び、花の配置を手伝い、精霊たちと一緒になって汗を流し、やがて、様々な花々が見事に調和した、一つの美しい芸術作品が、大きな植木鉢の中に完成した。


 完成した寄せ植えから放たれる、穏やかで、調和に満ちた魔力に、精霊たちの心も自然と解きほぐされていく。

『…ごめんなさい。わたくし、あなたの力が羨ましかっただけなの』

 薔薇の精霊が、素直に頭を下げる。

『…ううん、私も、ごめんなさい。私こそ、みんなの気持ちを考えないで、自慢ばかりして…』

 シルキーも、涙を浮かべて謝った。

 四人の花の精霊は、手を取り合い、見事に仲直りしたのだった。


 ◇


 翌朝。

 温室を訪れたエララと、花の様子を見に来たフローレンスは、その光景に、言葉を失う。

 温室の中央に置かれた、一つの見事な寄せ植え…

 様々な種類の花々が、まるで一つの家族のように寄り添い、それぞれの美しさを最大限に引き出し合っていて、その中心で、新種の花エモ・フルールが、穏やかな虹色の輝きを放っていた。昨日までくすんでいた他の花々も、まるで生まれ変わったかのように、生き生きと咲き誇っている。


「まあ…なんてこと…!」

 エララが、恍惚の表情で呟いた。

「この調和、この構図…!まるで、花の心が聞こえてくるようだわ…!どこの高名な芸術家が、一夜にして、これほどの奇跡を手掛けたのかしら…!?」

 二人は、その場に作者の姿がないことを不思議に思いながらも、ただただ、その完璧な美の前に、立ち尽くすしかなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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