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天使様、芸術の都で服を渋々ねだる

読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定になります♩

 季節はアンブラ月。夏の長期休暇も半ばを過ぎ、グレイスフィールド領の木々の緑は、力強い生命力を謳歌するように、その色を一層深くしていた。


 そんな夏の盛りに、グレイスフィールド家の壮麗な馬車は、南へ向かう街道をひた走っていた。目的地は、王都に次ぐ流行の発信地、『芸術の都』と称されるリリアン侯爵領である。

「それにしても、リリアン侯爵領を通るこの街道は、よく整備されているな。ポルトス侯爵領との交易路として考えるなら、ヘイムダール領を経由するよりも、こちらの方が遥かに安全で効率的だ」

 馬車の席で、父マルクが窓の外を眺めながら感心したように呟いた。彼の視線の先には、馬車が何台すれ違っても余裕のある、広く平坦な石畳の道が続いている。


「ええ。ヘイムダール侯爵領は、山岳地帯で道も険しい上に、あのラズヴェリ卿が何を考えているか分かりませんからね。あそこの連中と深く関わるのは避けたいところです」

 隣に座るアデルが、同意の言葉を返す。聖域での一件以来、グレイスフィールド家にとってヘイムダール侯爵領は、明確な警戒対象となっていた。

「父さん、リリアン侯爵領の税率は?中継地点として利用するなら、関税の交渉が重要になる。僕の『そろばん』を使えば、輸送コストと関税を合わせた最適解を、瞬時に弾き出せるけど?」

 向かいの席で、次兄のユリウスが、商機を見つけた商人のように、瞳を鋭く輝かせていた。彼の頭の中では、すでにそろばん事業の次なる展開が、緻密な計画として組み上がりつつあるのだ。

「お前はまた、そんなことばかり考えて…。まあ、それも今回の目的の一つだ。リリアン侯爵の夫君は、なかなかの切れ者らしいからな。有意義な話ができるといいが」

 マルクは呆れつつも、息子の商才を頼もしく思っているようだった。


「父様、兄様。お仕事のお話も良いですけど、見てください!お城が見えてきましたよ!」

 レオンが、窓に張り付いて声を弾ませる。その視線の先には、白亜の壁と青い屋根が美しい、まるでおとぎ話の挿絵から抜け出てきたような、芸術的な城塞都市が姿を現す。さすが美の都といったところだ。

 そんな和やかな会話の中、レオンの足元では、子犬サイズになった使い魔のモリィが『おやつまだー?』と欠伸をしていた。


 ◇


 リリアン侯爵家の城は、グレイスフィールド家のエルグレア城が持つ荘厳さとはまた違う、優美さと華やかさに満ちていた。城内の至る所に美しい絵画や彫刻が飾られ、庭園は計算され尽くした美しさで彩られている。


「エレナ!マルク様!そして、王子様たち!ようこそいらっしゃいました!」

 出迎えてくれたのは、リリアン侯爵家の当主、エララ・フォン・リリアンその人だった。秋に会った時と同じく、流行の最先端を行く、しかしどこか気品のあるデザインのドレスに身を包んだ彼女は、エレナと親しげにハグを交わした。

「エララ。お招きありがとう。」

「こちら、夫のアントニオよ」


 エララの隣には、穏やかな笑みを浮かべた、一人の男性が控えていた。エララの夫であり、このリリアン侯爵領の実務を取り仕切るアントニオ・フォン・リリアン。彼は元々、先代侯爵に仕える執事見習いだったが、その類稀なる才覚と誠実な人柄を認められ、若き当主となったエララと大恋愛の末に結ばれたという、ロマンスの主人公のような経歴の持ち主だった。

「グレイスフィールド侯爵、ようこそ。お待ちしておりました」

 アントニオは、物腰柔らかく、しかし隙のない完璧な礼でマルクを迎えた。

「これはご丁寧に。噂はかねがね。ぜひ一度、お話させていただきたいと思っておりました」

 マルクとアントニオは、実務家同士、互いに通じ合うものを感じたのか、すぐに意気投合したようだった。ユリウスも、アントニオの理知的な瞳の奥に、自分と同じ種類の思考の煌めきを見つけ、興味深そうに観察している。


 大人たちの挨拶が一段落した、その時だった。

「まあ!まあまあまあ!アデルちゃんにユリウスちゃん!そして、レオンちゃん!なんてことなの!数ヶ月見ない間に、また一段と、その美しさに磨きがかかって!」

 エララと、その後ろに控えていたリリアン侯爵家の使用人たちの視線が、グレイスフィールド家の三兄弟に注がれた瞬間、その場の空気が一変し、ザワザワしはじめた。


「なんて完璧な三連星!神は、これほどの美を、一つの家族にお与えになったというの!?」

「ああ、見てください、あのアデル様の憂いを帯びた瞳!」

「ユリウス様の、少し挑戦的な笑みもたまりませんわ!」

「そして、レオン様の、この世の全ての罪を浄化するかのごとき純粋な輝き…!」

 使用人たちは、胸の前で手を組み、うっとりとため息をついている。


「ダメよ、あなたたち!こんな古臭い旅装のままにしておくなんて!すぐに、この子たちの美しさを最大限に引き出す、新しいお洋服を仕立てなければ!」

 エララが叫ぶと、どこからともなく、デザイン画の描かれた羊皮紙の束が、雪崩のように三兄弟の前に差し出された。

 そこに描かれていたのは、当然のように、ふんだんにあしらわれたフリル、幾重にも重なるレース、そして大きなリボンが特徴的な、華麗な衣装の数々だ。

(やっぱり、フリル…)

 レオンは、げんなりと心の中で呟やく…


「おお、素晴らしいデザインだ!レオン、君の肌の白さを引き立てる、見事な一着だと思わないか!」

 アデルだけが、弟に似合うであろう美しい服の数々に、目を輝かせている。

 エレナは、我関せずとばかりに、ニコニコと、友人の芸術魂に火がついたのを、楽しそうに見守っていた。

 ーーー味方が、いない!

 こうして、マルクとユリウスがアントニオと共に交易ルートの具体的な協議のために別室へと向かう中、レオンは、芸術という名の不本意な嵐に再び巻き込まれることになったのだった。


 ◇


「いえ、エララ様。お気持ちは大変嬉しいのですが、お洋服は足りておりますので、どうかお構いなく…」

 レオンは、練習通り、完璧な貴族の作法で、丁重に、しかし断固として申し出を断ろうとした。今回は、絶対にドレスは阻止する!と決めているレオンだった。

 しかし、彼のささやかな抵抗は、二人の美しい侯爵夫人の前には、あまりにも無力だった…

「まあ、レオンちゃん、なんて遠慮深いのかしら!でも、ダメよ!貴方のその神々しい美しさを、くすんだ服の中に閉じ込めておくなんて、芸術の神に対する冒涜だわ!」

 エララの瞳が、芸術家の狂気を帯びて燃え盛る。


「レオン。エララ様のご厚意を、無下にしてはいけませんよ。それに、母さんも、あなたたちの新しいお洋服、見てみたいわ」

 母エレナが、聖母のような微笑みで、優しく、しかし有無を言わせぬ圧力をかけてくる。

(侯爵様からの依頼は、無下に出来ないのよ!レオン!)

(うぅ…逃げ場がない…!)

 四方八方から注がれる「新しい服を着てほしい」という、善意という名の欲望の視線。


 レオンは、ついに観念した。だが、ただ屈するだけでは、『カッコいい男』の名が廃る。彼は、この絶体絶命のピンチを、自らの計画を推進するための好機へと転換することを、咄嗟に決意した。

 彼は、少しだけ恥ずかしそうに、しかし真剣な眼差しで、二人の夫人を見上げた。

「…分かりました。ですが、もし、もしもお作りいただけるのでしたら、一つだけ、お願いがございます」

「まあ、なあに?何でも言ってごらんなさい!」

「その…お忍びで、街を散策するための…その、『普通』の!『男の子』の!服が、欲しいのです…!」

 レオンは、『カッコいい男計画』の一環として彼が求めていた『普通の男の子の平民服』をお願いした。平民服であれば、普通は、そんなレースやリボンでヒラヒラになることもないだろうという、常識的な打算もある。


 その、か細い、しかし切実な願いを聞いた瞬間、エララの顔が、ぱあっと輝いた。

「まあ!まあまあまあ!私の天使ちゃんが、自らお洋服を欲しがるなんて!しかも、お忍び用の平民服ですって!?なんてこと!なんて健気で、なんて愛らしいのかしら!」

(違う、そうじゃない…僕は、ただ、圧に負けただけだ…!)

 そして、エララの反応に、やはり、いやな予感しかないレオン…

(お忍び用の服だよ?平民服だよ?…)


 しかし、レオンの心の叫びは、エララの興奮の前には届かない。

「分かったわ!ならば、最高の服を作るために、最高のインスピレーションを得なければ!さあ、エレナ!王子様たち!今すぐ、街へ繰り出しましょう!」

 こうして、レオンは自らの発言によって、さらに後戻りできない状況へと、足を踏み入れてしまったのだった。


 ◇


 リリアン侯爵領の城下町は、活気と洗練された空気が共存する、美しい場所だった。道行く人々は、貴族も平民も、皆どこか洒落ていて、建物の壁には美しい花の蔓が這い、ショーウィンドウには最新のデザインの服や宝飾品が飾られている。

「まずは、布地選びからかしらね。あそこの『絹の微睡み』は、良い品を揃えているわよ」

 エララを先導に、一行は街の散策を始めた。


 すると、大通りから少し入った広場で、ひときわ大きな人だかりができているのが見えた。何やら、騒がしい声が聞こえてくる。

「どうしたのかしら?」

 エレナが首を傾げると、一行は人だかりの中心へと向かう。


 そこには、色とりどりの、見たこともない美しい花々で飾られた、一軒の瀟洒な花屋が建っていた。店の看板には、『フルール・エトワール』と、優雅な字体で記されている。

 しかし、店の雰囲気に反して、店の前では、一人の屈強な男が、店の若い女性店主に、怒声を浴びせている真っ最中。

「どうしてくれるんだ!お前んとこの『エモ・フルール』を買って、恋人に贈ったのに、渡した途端に真っ黒になって枯れちまったじゃねえか!おかげで、大喧嘩だ!」

「そ、そんな…申し訳ございません…!」

 フローレンスと名乗る若い女性店主は、青い顔で必死に頭を下げている。彼女こそが、この店で大人気の「持ち主の感情に呼応して色を変える魔法の花」、エモ・フルールの開発者だ。

 しかし、最近その花がすぐに色褪せたり、枯れてしまったりするクレームが続いている。ここ数日ですでに3件目。しかも、原因が分からず、途方に暮れているのだ。


 その、騒動を遠巻きに眺めながら、レオンは、ふと、店の奥から聞こえてくる、か細い声を感じ取っていた。

 それは、人間の声ではない。もっと純粋で、悲しみに満ちた、精霊の声。

『…寂しい…ひとりぼっちは、いやだ…誰か、助けて…』

『レオン様、あのお店の奥、なんか、ヤな感じがするよ』

 モリィも、何か不穏な気配を感じ取っているのか、レオンの足元で低く唸った。

(なんだろう…誰か、泣いているような…)

 レオンは、心配そうに、店へフラフラと近づき、奥をじっと見つめる。


 エララの視線が、レオンの姿に吸い寄せられる。

 それは、色とりどりの花々に囲まれながら、店の奥を憂いを帯びた瞳で見つめる、レオンの姿だった。夕暮れの光が、彼のピンクブロンドの髪を透かし、まるで儚い花の精霊のように、その輪郭を曖昧に輝かせている。

「―――これよ!」

 レオンと花を見た、エララの脳内に、雷が落ちる。

「この儚さ!この憂い!花々の生命力と、その中で憂う天使の、この完璧なコントラスト!これこそが、私が求めていた、究極の美!芸術の源泉だわ!」

 こうなったエララは、もはや誰にも止められない。彼女は、その場に膝をつくと、携帯用の羊皮紙と羽根ペンを取り出し、何かに取り憑かれたかのように、猛烈な勢いでデザイン画を描き始めた。

 その鬼気迫る姿に、アデルもエレナも、慣れた様子で見守っている。

 レオンだけが、その光景に、最悪の未来しか見えてこず、笑顔が引き攣る。


 やがて、描き上がったデザイン画を、エララは恍惚の表情でレオンに突きつけた。

「見て、レオンちゃん!あなたのための、最高の一着よ!」

 そこに描かれていたのは、レオンが望んだ「普通の男の子の服」とは、光年単位でかけ離れた代物だった。

 花の精霊をモチーフにした、幾重にも重なる花びらのようなスカート。蔓のように繊細な刺繍が施された胴部。そして、朝露に濡れた蕾のような、ふわりとした袖。

 それは、完璧なまでに美しい、少女のためのドレスだった…


 レオンは、そのデザイン画を、声もなく見つめる。

(やっぱり、こうなったか…)

 彼の心の中で、静かな、しかし深い絶望のため息が漏れた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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