天使様、完璧王子と天賦の王子に挟まれる
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季節は、ソリュス月も後半。レオンの家出騒動から、すっかりと落ち着きを取り戻したグレイスフィールド家。
しかし、今年の夏真っ盛りのこの月は、グレイスフィールド家にとって、次期当主である長男アデルの13歳の誕生日を祝う、特別な誕生日パーティーを行う月でもあった為、別の意味で慌ただしくもあった。
アルセリオス王国の貴族の子息女は、13歳には婚約者探しの意味も込めて、お披露目のパーティーを行うことが通例となっていたのだ。
アデルは、誕生日を数日後に控え、どこか浮かない顔で弟たちのいる談話室のソファに腰掛けていた。
「どうしたのですか、アデル兄様。何か悩み事でも?」
レオンが心配そうに声をかけると、アデルは深いため息をついた。
「…レオン。私は、欲しいものなど何もない。地位も、名誉も、この身に余るほどだ。だが、たった一つ、どうしても叶えたい願いがある」
その瞳は、真剣そのものだった。
「兄さんは、どうせレオンに関することだろう?」
暖炉の前で本を読んでいたユリウスが、顔も上げずに、しかし的確に言い当てる…
図星を突かれたアデルは、こほん、と咳払いをして姿勢を正すと、レオンの前にひざまずき、その小さな両手を取った。
「レオン。私の誕生日の贈り物として、私と一曲、踊ってはくれないだろうか」
「え…?」
「年始に、ユリウスと踊っていただろう。あの時の君の舞は、まさしく天上の美しさだった。だが、私の天使の手を取り、その腰を支え、完璧にリードできるのは、この私だけだと証明したいのだ…!」
その瞳には、弟への愛情と、次兄へのメラメラとした対抗心が燃え盛っていた。
それを聞いて、あっけに取られた顔のユリウスと、青い顔のレオン。
「い、嫌です!」
レオンは、即座に首を横に振った。あの屈辱を、また繰り返せというのか!いくら、兄の頼みでも絶対に拒否だ!
(僕は「カッコいい男」を目指しているのに…)
「僕は男の子です!あんな格好悪いこと、二度とごめんです!」
しかし、アデルは引き下がらない。
「頼む、レオン。この通りだ。それに…リリアン侯爵から贈られた、あの芸術品を、ただ絵画の中に閉じ込めておくだけでは、あまりにもったいないとは思わないか?」
リリアン侯爵のドレス。レオンの脳裏に、あの悪夢のような空色のドレスが蘇る。確かに、あの後、一度も袖を通していない。高価な贈り物を無下にし続けていることに、貴族としての、そしておばあちゃん的な「もったいない精神」からの罪悪感が、ちくりと胸を刺した。 さらに、先日の家出事件で、兄は町中を探し回ってくれたと聞いていて、その負い目もある…
「…うぅ…」
葛藤するレオンを見て、ユリウスが面白そうにニヤニヤしながら、助け舟(という名の火に油)を出す。
「いいんじゃないか、レオン。どうせ兄さんの誕生日だ。一曲くらい付き合ってやれよ。その代わり、誰にもお前の名前は明かさない、って条件をつければいい」
「それだ!」
アデルが、ぱあっと顔を輝かせる。
「ああ、約束しよう!君の正体は、決して誰にも明かさないと!ただ、私の『秘密のパートナー』として、一曲だけ、舞踏会の華となってほしいのだ!」
(…秘密のパートナー…なんだか、スパイ映画みたいでカッコいい響きだ…)
レオンの「カッコいい男」への憧れが、その絶妙なワードセンスによって刺激されてしまった。単純なレオンだが、まだ7歳。そういうのに憧れちゃう時期なのだ。
「……分かりました。一曲だけ、ですよ。そして、絶対に、僕の名前は言わないでください」
こうして、レオンは自ら、新たな「どうしてこうなった?」への扉を開けてしまったのだった。
◇
そして、アデルの誕生日パーティー当日。
グレイスフィールド家の城には、領内外から多くの貴族たちが集い、華やかな喧騒に満ちていた。マルク侯爵は、政敵であるヴァリウス公爵 の嫌味を柳に風と受け流し、ポルトス侯爵 とは商売の話で盛り上がり、その傍らで胃薬を飲むタイミングを計っていた。
パーティーが最高潮に達した頃、楽団の奏でるワルツが、ひときわ優雅な曲調に変わった。 主催者であるアデルが、一人の「少女」をエスコートして、ダンスフロアの中央へと進み出たのだ。
会場中の視線が、その二人に釘付けになった。
アデルの隣に立つその少女は、この世のものとは思えぬほどの美しさを放っていた。
リリアン侯爵が手掛けた空色のドレスは、無数の小さな宝石が星屑のように縫い込まれ、動くたびにキラキラと光を乱反射させる。陽光を溶かしたようなピンクブロンドの髪は、巧みに編み上げられ、小さな真珠の髪飾りが輝いていた。
その姿は、まさしく物語から抜け出してきた妖精姫。
(なんで、僕は、やるなんて言ってしまったんだろう…)
レオンは、絶賛、大後悔中である。
しかし、その表情がどこか憂いを帯び、緊張に頬を染めているように見えてしまう不思議…
その儚げな様子が、見る者の庇護欲を猛烈に掻き立てた。
その光景を、招待客の一人として訪れていた第一王子ジークハルト・フォン・アルセリオスは、息を飲んで見つめていた。
(…なんだ、あの子は…)
彼の思考の9割は、常に弟エリアスのことで埋め尽くされている。だが、目の前の少女の、ガラス細工のように繊細で、守らなければすぐに壊れてしまいそうなその姿は、エリアスとはまた違う種類の、強烈な庇護欲を彼の心に灯した。
音楽が始まり、アデルとレオンは踊り始める。 アデルのリードは完璧だった。しかし、その内心は穏やかではない。
(ああ、レオン…!君は、やはり私の天使だ!この世のどんな宝石も、君の輝きには敵わない!)
と、感動に打ち震えながらも、
(この神々しい姿を、他の雄の目に晒しているという事実…!私の心をナイフで抉るようだ…!)
という、独占欲と嫉妬の炎に身を焼かれていた。
一方、レオンもまた、内心で悲鳴を上げていた。
(うわあああ!みんな見てる!なんで僕は、男なのに、こんなフリフリのドレスを着て、くるくる回ってるんだーっ!)
二人の舞は、そんな内面の葛藤など微塵も感じさせないほどに完璧で、見る者すべてを陶酔させた。 2ヶ月間、みっちり教え込まれた女性パートは完璧である。
曲が終わり、万雷の拍手の中、アデルが優雅にお辞儀をした、その時だった。
「―――素晴らしい舞だった」
ジークハルト王子が、静かに、しかし有無を言わせぬ王族のオーラを放ちながら、二人の前に進み出る。
「アデル。君のパートナーは、実に素晴らしい。よろしければ、次の曲を、私がこの方と踊る栄誉をいただけないだろうか?」
会場が、ざわめいた。天賦の王子が、自らダンスを申し込むなど、前代未聞のことだ。
アデルの完璧な笑顔が、ぴしり、と凍り付く。
(なっ…!どこの馬の骨かと思えば、王子、貴様か!私の天使に気安く触れようなど、万死に値する!)
しかし、相手は次期国王。断ることなどできない。
「こ、光栄です、殿下。ですが、彼女は…その、少し人見知りでして…」
アデルが、必死で言い訳を考えようとする。名前を明かさない約束が、今、最悪の形で彼を縛っていた。
ジークハルトは、そんなアデルの動揺を、別の意味に解釈した。
(ほう…これほどまでに庇うとは。もしや、アデルの婚約者か?いや、婚約者がいるとは聞いていない…では、秘密の恋人…?)
彼の興味は、さらに掻き立てられて、ニヤリと笑う。
「心配はいらない。私が優しくリードしよう」
王子は、有無を言わさず、レオンに手を差し伸べた。
レオンは、完全にパニックだった。
(ど、どうしよう!王子様!?僕、男の子なんですけどー!ここで断ったら、不敬罪!?でも、踊ったら、もっと大変なことにー!)
レオンは助けを求め、捨てられそうな子犬のような目で、必死にアデルを見る…
(すまないレオン…!兄の力が及ばず…!)
アデルは、血の涙を流さんばかりの顔で、小さく頷くしかなかった。
ーーー悶々とするアデル…
ーーーもっと悶々とするレオン…
その二人の葛藤を知らない王子は、天使の小さな手を優しく取ると、再び流れ始めたワルツに合わせて、ゆっくりと踊り始めたのだった。
◇
後日。 王城の王太子の執務室で、ジークハルトはアデルから衝撃の事実を告げられた。
「…弟?あの子が、君の弟だと?」
「はい。我が弟、レオン・フォン・グレイスフィールドです。まだ幼く、人見知りなもので、ご無礼を働きましたこと、兄としてお詫び申し上げます」
ジークハルトは、数秒間、完全に沈黙した。 そして、最初に漏れたのは、安堵のため息だった。
(そうか、弟か。あの、散々、自慢していた弟…ならば、あの可憐さは納得だ。アデルの自慢に偽りはなかったな…しかし…アデルの奴、あんな可愛い弟を女装させるとは、なかなかどうして、趣味が悪い…)
彼は、王子としての完璧な仮面を取り戻すと、鷹揚に頷いた。
「そうか。…確か、私の弟エリアスと、同じ歳になるな。良い友人になれるやもしれん。今度、引き合わせてやってくれ」
しかし、その内心では、全く別の思考が渦巻いていた。
(…だが、待てよ。エリアスも、病弱だが、その肌は雪のように白い。顔立ちも整っている。もし、エリアスにあのドレスを着せたら…間違いなく、レオン君以上に、いや、この世の何よりも可愛らしくなるに違いない…!)
アデルのブラコンぶりを内心で呆れていた王子は、自身がそれ以上のブラコン脳であることを、無自覚なまま、誰にも気づかれずに証明していたのだった。
◇
そして、貴族たちの間では、新たな噂が広がっていく。
「聞いたか?王太子とグレイスフィールド侯爵家の嫡男が、パーティーで一人の少女を奪い合ったらしい」
「ああ、まるで妖精のような、それは美しい少女だったとか」
「もしや、あれは、次期王太子妃に内定した、どこぞの姫君なのでは…?」
レオンが、新たな「謎の王太子妃候補?」として、密かに社交界の注目の的になってしまったことを、まだ、誰も知らない。
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