天使様、完璧な計画を立案する
両親から「カッコいい男計画」の承認を得たレオンは、翌朝からやる気に満ち溢れていた。
その小さな胸は、「組紐屋のリョウ」への憧れと、自らを改造できるという期待で、はちきれんばかりに膨らんでいた。
(まずは、段取りからだ!和江おばあちゃんの知恵袋にも『段取り八分、仕事二分』とある。行き当たりばったりでは、カッコいい男にはなれない!)
早速、レオンは自室にこもり、大きな羊皮紙を広げた。計画の第一歩は、現状把握と、完璧なスケジュールの立案である。
「そういえば、アデル兄様はもう、お休み終わって王都の学校へ行っているんだっけ。僕はいつから行けるんだろう?」
レオンは、まずこの国の教育制度について、図書室で調べることにした。
そこで彼が知ったのは、アルセリオス王国の学校制度だった。
この国では9歳になると学校に通うことができる。貴族の子弟の多くは、王都にある『ロドエル魔導学院』を目指す。9歳からの初等科、12歳からの中等科、16歳からの高等科があり、王族や上級貴族のみが入学を許される、まさしくエリート養成機関だ。
対して平民は、街のギルドが運営する『アカデミア・サリトス』で、より実生活に即した技術を学ぶ。
「なるほど…僕やユリ兄様も、いずれはロドエル魔導学院に…」
レオンの脳裏に、完璧な長兄の姿が浮かんだ。
長男、アデル・フォン・グレイスフィールド(11歳)。
彼は今、ロドエル魔導学院の初等科3年生になり、王都にある侯爵家のタウンハウスで暮らしている。夏と冬にある長期休暇の時だけ、領地に帰ってくる生活だ。
一歩屋敷の外に出れば、彼は次期侯爵として完璧に振る舞う「外面の完璧王子」だ。成績は常に首席、休暇開けに新3年生になり、初等科の生徒会副会長にも選ばれる、その立ち居振る舞い、剣の腕、全てが完璧と評される。
しかし、その実態は、弟たちのこととなると全ての冷静さを失う「内面のブラコン騎士」である。彼が完璧であるための努力は、全て「弟たちが何不自由なく、安全に暮らせる世界を作るため」という、壮大で少しズレた愛情に基づいている。その崇高な目的のためなら、彼はどんな努力も厭わない。彼の世界では、弟たちのすることは全てが肯定されるのだ。故に、久しぶりに会う長期休暇時は、弟達への愛情表現はより壮大になっていた。
「アデル兄様はすごいな…。僕も、まずは兄様のように、勉強を頑張らないと」
レオンは、計画の柱の一つである「座学」について、さらに思考を巡らせる。母の言いつけで、座学は次兄のユリウスと一緒に受けることになっている。
次男、ユリウス・フォン・グレイスフィールド(8歳)。
来年からロドエル魔導学院への入学を控えているが、本人は座学に全く興味がない。勉強の時間になると、するりと部屋から逃げ出す逃亡癖の持ち主だ。
彼は、自由を愛する天才肌であり、人の本質を見抜く慧眼を持っている。その天才的な頭脳と、水と風を操る魔法の才能は、もっぱら芸術的ないたずらのために使われる。退屈を何よりも嫌い、常に面白いこと(=騒動)を探しているのだ。
彼はすでに、末弟レオンの本質が、ただの「天使」や「賢者」ではなく、「中身だけやたらと年寄りくさい、面白いヤツ」であることを見抜いている。レオンが時折見せる「おばあちゃんムーブ」は、ユリウスにとって最高の娯楽だった。
「ユリ兄様は、すぐにどこかへ行ってしまうからな…。僕がしっかり隣で見張っていれば、きっと一緒に勉強してくれるはずだ」
レオンは、兄の脱走防止という新たな使命感にも燃えていた。
兄たちのことを整理し、自分の現状を把握したレオンは、いよいよ具体的な計画の立案に移った。
「よし、『カッコいい男』になるために、僕がこれからやるべきことは…」
彼は羊皮紙に、これから始まる猛特訓の数々を、子供らしい言葉で書き出していく。
【レオンのやる事リスト】
・おべんきょう(座学)
まずは、『算学』!足し算とか、掛け算とか、もっと難しい計算もできないと、父様みたいにお仕事できない。それから『言語』!難しい本を読むために、アルセリオス語だけじゃなくて、魔法に使うっていう古語も勉強しないと!あとは『地理と歴史』。昔の英雄のお話は、カッコいい男の基本だ!
・マナーとダンス
母様が言ってたマナーも大事だ。ナイフとフォークの使い方とか、お辞儀の仕方とか…カッコいい男は、お食事の仕方も綺麗なはず。それからダンス!お茶会で女の子と上手に踊れたら、きっとカッコいい!
・剣術と体力づくり
もちろん、剣術も!強くなきゃ、組紐屋のリョウみたいに悪い人をやっつけられないからな。そのために、まずは自主鍛錬で体力をつける!領地の周りを走って、あと、『ラジオ体操』っていうのをやると、体がよく動くようになるらしい!
・魔法の勉強!
そして一番大事な、母様との魔法の勉強!これで僕も、リョウみたいなカッコいい必殺技を編み出すんだ!
「うーん、やることがいっぱいだ…」
リストを眺めて少しだけ眩暈を覚えたレオンだったが、すぐに気を取り直す。
「そうだ、計画を立てよう!一週間のスケジュールを決めれば、全部できるはずだ!」
彼は羊皮紙の新しいページに、図書室で調べた暦の情報を書き出していく。
【アルセリオス王国の暦】
・1年 = 10ヶ月 (300日) / 1週間 = 6日
・月の名:ルミア月、アエリス月、フローラ月、クリュオス月、ベルダ月、ソリュス月、アンブラ月、セラフィ月、フェルム月、イルナ月
・曜日の名:ルクス曜(光)、テラ曜(土)、アクア曜(水)、イグナ曜(火)、ヴェント曜(風)、エイド曜(癒し・休日)
「うん、曜日の名前は精霊様から来ているんだな。それなら、それぞれの曜日のイメージに合わせて計画を立てるのが、一番理にかなっているはずだ」
レオンは、6歳児とは思えない風水にハマったベテランOLのような発想で、完璧な時間割を組み立て始めた。
【レオン式・一週間カッコいい男計画スケジュール】
●ルクス曜(光の日)
午前:【座学】算学・言語(ユリ兄様と)
光の精霊様のご加護で、頭が一番冴える日に、難しい勉強を集中してやるのが効率的!
午後:【マナー教育】
立ち居振る舞いも、頭がスッキリしている時に学んだ方が、身につきやすいはずだ
●テラ曜(土の日)
午前:【自主鍛錬】基礎体力作り(城壁の周りをランニング!)
土の精霊様のように、地道な努力を積み重ねる日。体力は全ての基本!ラジオ体操も取り入れよう!
午後:【座学】地理・歴史(ユリ兄様と)
大地に根差した歴史を学ぶには、テラ曜が一番相応しい
●アクア曜(水の日)
午前:【ダンスレッスン】
水の精霊様のご加護で、体が水のようにしなやかになるはず。優雅なステップをマスターする!
午後:【座学】算学・言語(ユリ兄様と)
兄様が逃げないように、僕がしっかり見張らないと!
●イグナ曜(火の日)
午前:【剣術指南】(騎士団訓練所にて)
火の精霊様の情熱を力に変えて、剣の稽古に燃える日!
午後:【自主鍛錬】筋力トレーニング
稽古で使った筋肉を、さらに鍛え上げる。和江おばあちゃんの知識によれば、超回復っていうらしい!
●ヴェント曜(風の日)
午前:【魔法学習】(母様との特別授業)
風の精霊様が、新しい発想を運んできてくれるはず。組紐屋のリョウの必殺技のヒントが閃くかもしれない!
午後:【座学】地理・歴史(ユリ兄様と)
歴史上の英雄の話は、きっと兄様も好きなはずだ。これで興味を持ってくれるといいな
●エイド曜(癒し・休日)
午前:【完全休養】
体を休めるのも大事な鍛錬の一つ。休む時はしっかり休む!メリハリが大事!
午後:【ノブレス・オブリージュ実践】
領地の見回り。困っている人がいないか、自分の目で確かめる。そして、もしもの時は…陰から助けるのだ!
完璧な論理(?)に基づいて組み立てられたスケジュール。
レオンは、完成した羊皮紙を壁に貼り、満足げに腕を組んだ。
「完璧だ…。これを一年、二年と続ければ、僕もきっと、組紐屋のリョウのように、クールでワイルドで、いざという時に頼りになる『カッコいい男』に近づけるに違いない!」
その頃、隣の部屋では、風魔法、聞き耳で盗み聞きをしていたユリウスが、必死で笑いをこらえていた。
「(…ラジオ体操?超回復?それに、くみひもやの…?一体どこの英雄なんだそれは…。あいつ、本気でやる気か?おもしろすぎだろ!)」
こうして、天使様の、あまりにもストイックで、少しだけズレた自己改造計画が、本格的にスタートする準備は、完璧に整ったのであった。
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