天使様、アナフィラキシーショックを救う
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大商人バルカスの商会に、とりあえずの居場所を見つけたレオン。
自分が家族を救うための、大きな一歩を踏み出したのだと、固く信じていた。
「まずは、この制服に着替えなさい。うちの子のお下がりで悪いが、君ならきっと、よく似合うだろう。着替え終わったら、1階の食堂へ来なさい」
2階の小さな部屋に残されたレオンが、制服を広げてみる。
バルカスが、善意100%の笑顔で手渡してくれたのは、給仕用の、素朴だが可愛らしいフリルのついたエプロンドレスだった
(…え…!これ…ドレスだよ…)
悩むレオン。着るべきか否か…やっと見つかった居場所である。着替えずにバルカスのところへ行って、瞬く間にクビになったら目もあてられない。
レオンは、苦渋の決断で、その女の子用の制服に袖を通した。『カッコいい男』への道は、時に、屈辱的な潜入捜査も必要なのである。
とりあえず、バルカスには、後で男だと言おう!
着替え終わって、1階の大きな食堂へ行くと、そこでは大勢の従業員たちが、賑やかに昼食をとっていた。
「おお、やっぱりよく似合う!さあ、昼食の時間だ。娘にも紹介しよう」
中央にいたバルカスのそばへいくと、隣にいる少女が、ぱっと顔を輝かせた。
「お父様!その子が、新しい子?」
歳の頃は十歳くらいだろうか。栗色の髪をポニーテールに揺らした、快活そうな少女だ。彼女が、バルカスの一人娘、リディアだ。
「ああ、リディア。この子はレオンだ。今日から、うちで預かることになった。お前がお姉さんとして、色々と教えてやっておくれ」
「うん、わかった!よろしくね、レオンちゃん!」
リディアは、何の疑いもなく、レオンを妹のように見て、人懐っこい笑顔を向けた。
レオンは、「あの…僕は、男の子です…」と、か細い声で訂正しようとした。
まさに、その時…
「…っ、…けほっ、ごほっ…!」
リディアが、突然、激しく咳き込み始めたのだ。
「リディア!?どうしたんだ!」
バルカスが、慌てて娘の背中をさする。
しかし、彼女の症状は、悪化する一方だった。顔はみるみるうちに赤くなり、息が苦しそうに、ぜいぜいと喘ぎ始める。そして、首筋や腕に、蚊に刺されたような赤いボツボツが、急速に広がっていった。
「きゃあ!お嬢様!」
「誰か!早く治癒師を呼んでこい!」
和やかだった食堂は、一瞬にして、パニックと怒号に包まれた。
従業員たちが、右往左往するばかりの中、レオンは冷静に、状況を確認していた。
(この症状…急な呼吸困難、全身の蕁麻疹…間違いない、アナフィラキシーショックだ!)
彼の視線が、リディアが食べかけていた昼食の皿へと注がれる。そこに置かれていたのは、こんがりと焼かれた、一枚のガレット。
(原因は…あのガレットに使われている、黒麦…!)
和江おばあちゃんの記憶が、鮮明に蘇る。彼女の孫の一人も、重い蕎麦アレルギーだったのだ。
「皆さん、落ち着いてください!」
凛とした、そして不思議な威厳に満ちた声が、食堂に響き渡る。
パニックに陥っていた大人たちが、はっと、その声の主を見る。そこに立っていたのは、小さな、しかし絶対的な自信を瞳に宿した、天使のような少女(?)だった。
「お嬢さんを、すぐに床に横にさせてください!足を、心臓より少しだけ高く!」
レオンは、ショック体位を指示する。従業員たちは、その気迫に押され、言われるがままにリディアを床に寝かせた。
「首元の服を緩めて、呼吸がしやすいように!誰か、綺麗な水を持ってきてください!早く!」
的確な指示が、矢継ぎ早に飛ぶ。
「ただの水ではダメです!口の中に残った原因物質を取り除かないと!」
レオンは、運ばれてきた水の入ったコップを受け取ると、その水面に、そっと手をかざした。
「聖なる光よ、穢れを祓え…浄化!」
彼の手から放たれた優しい光が、コップの水を清らかな聖水へと変える。その水でリディアの口の中を丁寧にゆすがせた。
「次に、腫れを抑えます!」
レオンは、タオルを受け取ると、再び手をかざす。
「清き流れよ、熱を鎮めよ…冷却!」
彼の水魔法によって、タオルは、瞬時に氷嚢のように、心地よい冷たさを帯びる。彼は、それを、赤く腫れ上がったリディアの喉や顔に、優しく当てていく。
しかし、リディアの呼吸は、ますます浅く、弱々しくなっていく。気道が、腫れによって塞がりかけているのだ。
(まずい…このままだと…!)
レオンは、リディアの口元に、自分の小さな手をかざした。
「風よ…!清らかな息吹となって、この子の肺に、届いて…!風送り」
彼がそう唱えると、その掌から、ごく微弱で、しかし新鮮な酸素を豊富に含んだ、優しい風が、そっと、リディアの口の中へと送り込まれ始めた。
初級魔法『風送り』の、高度な応用。それは、もはや魔法というより、神の御業のようだった。
周囲の従業員たちは、固唾をのんで、その光景を見守っていた。
小さな少女(に見える)が、次々と繰り出す、見たこともない、しかし驚くほど的確な治癒の技。その姿は、もはや子供ではなく、伝説に語られる、慈悲深き『聖女』そのものに見えた。
だが、レオンの表情は、依然として厳しかった。
(これは、あくまで応急処置だ。根本的な解決にはならない。このままでは、彼女の命が…)
彼の脳裏に、母エレナの薬草棚の記憶が浮かぶ。
(そうだ、母様が、蜂の毒によるアナフィラキシーショックのための、特効薬を持っていたはずだ!それに、蕁麻疹や炎症を抑える薬草も…!)
家出中の身。今、城に戻れば、全てが終わってしまう。
だが、彼の目の前には、今にも消えそうな、一つの命がある。
(どうしよう…でも…)
レオンの葛藤は、一瞬だった。
(『カッコいい男』は、自分の事情より、人の命を、絶対に優先するはずだ!)
レオンは、ずっと心配そうに寄り添っていたモリィの首を、強く抱きしめた。
「モリィ!お城に戻って、母様の研究室へ行くんだ!」
『研究室?!』
「机の三段目の引き出しにある、『蜂の針の絵が描いてある小瓶』!それと、壁際の棚にある、『赤い葉っぱの絵が描いてある袋』!この二つを、大至急、ここに持ってきて!」
レオンは、モリィの瞳を、真っ直ぐに見つめた。
「いいかい、モリィ。これは、人の命がかかっているんだ!お願いだ!」
主の、ただならぬ気迫を察し、モリィの表情が変わる。
『―――わかった!!!』
それは、いつもの軽い返事ではなかった。自分の行動に全てが託されていることへの決意。
次の瞬間、白い閃光のように、モリィは商会を飛び出し、グレイスフィールド城へと向かって、全力で駆けだしていった。
残されたレオンは、必死に、リディアの看病を続ける。
バルカスや従業員たちは、ただ、祈るように、その小さな救世主の姿を見守るだけだった…
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