天使様、家を出る
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兄達が王都の学院から帰還し、グレイスフィールド家の屋敷には、久しぶりに三人兄弟の賑やかな声が響き渡っていた。
レオンにとって、それは夢のような日々だ!
兄たちがいない間にできるようになったこと…上達した魔力制御や、新しく覚えた知識を、二人に褒めてもらうのが、何よりも嬉しかった。
アデルは「さすが私の弟だ!完璧だ!」と涙ぐみ、ユリウスは「へえ、やるじゃないか」とニヤリと笑う。その反応の一つ一つが、レオンの心を温かいもので満たしていった。
「魔法の練習は、毎日欠かさず続けるんだ。基礎こそが、全ての応用に繋がるのだから」
と、アデルからありがたいアドバイスをもらってから、尊敬する兄のような「カッコいい男」となるため、レオンは毎晩、眠る前に自室で初級魔法の訓練に励むのが日課となった。
レオンはいつものように、魔法の訓練に勤しんでいた。
「今日は、『聞き耳』の魔法の精度を上げる練習をしよう!」
彼は、風の精霊に囁きかけるように、そっと呪文を唱える。
「風よ、遠くの声を運べ…『ウィスパー・ウィンド』!」
魔力を、細い糸のように伸ばし、屋敷の中の様々な音を探っていく。厨房で皿を洗う音、書庫でページをめくる音、そして、サンルームから漏れ聞こえる、話し声。
(あ、父様と母様の声だ。何を話しているんだろう?)
純粋な好奇心に負け、魔法の精度を確かめるため、その会話に、そっと耳を澄ませる。
「…やはり、***、子供が多くて***、***あれ以上は…養いきれない、***。可哀想だが、***、売ろうと思う***」
(…え?)
レオンの思考が、一瞬、停止した。
売る?養いきれない?子供が、多い…?
「まあ…!***、レオンが可哀想だわ!***。」
母エレナの、悲しげな声が続く。
(僕が…可哀想…?)
「だが、仕方ない。***。レオンには、諦めてもらうしかない。***。」
マルクの、苦渋に満ちた声。
それ以上、レオンは聞いていられなかった。
彼は、慌てて魔法を解くと、その場にへたり込んだ。
頭の中が、真っ白だ。
(僕が…売られる…?)
断片的に聞こえてきた言葉が、彼の頭の中で、最悪の物語を紡ぎ出す。
子供が多くて、養いきれない。だから、僕を売る。母様は、僕が可哀想だと泣いてくれている。でも、父様は、僕に諦めてもらうしかないと、決めてしまったんだ…
(なんで…?僕は、何か、悪いことをしただろうか…?)
『カッコいい男計画』も、毎日、一生懸命頑張っている。勉強も、剣術も、前よりずっと上手くなったはずだ。それなのに、どうして…
その夜、レオンは一睡もできなかった。
ベッドの中で、声を殺して、静かに、静かに涙を流す。隣で眠っていたモリィが、心配そうに、その涙をそっと舐めてくれた。
◇
翌朝。
レオンは、ひどい寝不足と、泣き腫らした目で、朝食入らないと侍女に告げた。
心配したアデルが、すぐに部屋へ飛んできたが、レオンは「大丈夫です、少し疲れているだけですから」と、兄を遠ざけてしまった。
(アデル兄様にだけは、知られたくない。僕が、売られてしまうなんて…兄様が知ったら、きっと、父様と大喧嘩になってしまう)
アデルが去った後、入れ替わるように、ユリウスが、ひょっこりと部屋に顔を出した。
「どうしたんだよ、レオン。顔色、最悪だぞ」
レオンは、ユリウスの顔を見ると、堪えていたものが、再び込み上げてきた。
彼は、おずおずと、しかし勇気を振り絞って、昨夜聞いた話を、兄に打ち明けた。
ユリウスは、話を聞きながら、あっという間に真相を看破していた。
(は?レオンを売る?んな馬鹿な…)
だが、同時に、彼の悪戯心と、好奇心が、鎌首をもたげる。
(…待てよ?こいつ、本気で、自分が売られると信じ込んでるぞ…?これは…最高に面白い展開じゃないか?)
ユリウスは、わざと神妙な顔つきになると、腕を組み、深刻そうに頷いてみせた。
「…なるほどな。実は、俺も薄々、気づいてはいたんだ」
「え…?」
「アデル兄さんの、13歳の誕生日パーティーは、婚約者探しの意味も込めて、例年よりずっと盛大にやるだろ?それもあって、最近、うちの財政は、少し…いや、かなり厳しいらしいんだ」
ユリウスは、もっともらしい嘘を、淀みなく並べ立てていく。
「だからって、レオンを売るなんて…父さんも、どうかしてるぜ…!」
その、迫真の演技に、レオンの最後の希望は、無慈悲に打ち砕かれた。
「大丈夫だ、レオン!」
ユリウスは、落ち込む弟の肩を、力強く叩いた。
「この兄さんが、絶対にそんなことはさせない!父さんと母さんを、今夜、命がけで説得してみせる!だから、お前は何も心配するな!」
それは、ユリウスなりの、壮大な冗談のつもりだったのだ…
しかし、その言葉は、レオンの心に、全く違う決意を抱かせることになってしまう。
(やっぱり、本当なんだ…ユリ兄様にまで、こんなに心配をかけてしまった…)
(僕のせいで、家族が、みんな苦しんでいるんだ…)
(母様は、僕が可哀想だって、泣いていたじゃないか…。父様だって、本当は僕を売りたくなんてないはずだ。きっと、僕が知らない、たくさんの大変なことがあるんだ…)
彼の、おばあちゃん的な自己犠牲の精神が、最悪の結論を導き出した。
(僕が我慢すればいいんだ。僕一人がいなくなれば、父様も母様も、もうお金のことで悩まなくて済む。アデル兄様の立派な誕生日パーティーもできる。ユリ兄様も、僕のために心を痛めなくていい…)
涙を拭い、彼は、固く、固く、決意した。
「僕が、自分から、売られに行こう。それが、家族のためだ」
◇
その日の夜半。
レオンは、小さな背嚢に、少しのパンと水筒を詰め、アデルからもらった訓練剣を腰に差し、ユリウスからもらった甲虫の標本を大事にしまい、そして、モリィの毛で作った、温かい枕も忘れずに入れる。
『レオン様、どこ行くの?』
モリィは、心配そうに、レオンに問いかける。
「モリィ。僕と、一緒に来てくれるかい?」
『もちろんだよー!』
モリィは、嬉しそうに尻尾を振った。
レオンは、モリィだけを連れて、音もなく自室を抜け出す。
(さようなら、父様、母様、兄様たち…)
(僕は、立派な『カッコいい男』になって、いつか必ず、たくさんのお金を持って、この家に恩返しをしますから)
(だから、どうか、僕のことは、忘れてください…)
レオンは、自分が生まれ育った、愛する我が家を、涙の滲む瞳で振り返るが、断腸の思いで前を向き、モリィと二人、城下町へかけだしていった。
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