天使様、恋する脳筋を手懐ける
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クリュオス月のある日、学園も夏季休暇に入る、少し手前のことだった。
父マルクの執務室に、一本の客来の報せが舞い込んだ。
「ヴァインベルク伯爵が、ご子息と共に、至急、お目通りを願いたい、と…?私的に?」
マルクは、訝しげに眉をひそめる。
ヴァインベルク伯爵は、この領地に古くから仕える譜代の貴族であり、その姉は、屋敷の侍女長とマナー教師を兼任する、カサンドラ・フォン・ヴァインベルクである。公的な要件であれば、正式な手順を踏むはず。私的な、しかも至急の要件とは、一体何事か。
マルクは、新たな胃痛の予感に顔をしかめながらも、その面会を許可した。
◇
応接室に通されたヴァインベルク伯爵は、その実直そうな顔を、苦悩に満ちて歪めている。その隣では、息子のマグナスが、どこか不満げな顔で、しかし父親の前では借りてきた猫のようにおとなしく座っている。
「して、伯爵。急なご来訪だが、一体何があった?」
マルクの問いに、伯爵は、意を決したように口を開いた。
「…侯爵様。大変、お恥ずかしい話なのですが…息子の、マグナスのことで、ご相談がございまして…」
彼は、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。それは、ロドエル魔導学院の初等科一年であるマグナスの、先日の中間成績を記した通知表だった。
「この通り…剣術と体力錬成だけは、学年でもトップクラスなのですが…それ以外が…その…壊滅的でして…」
そこには、算学、歴史、言語、全ての項目に、情け容赦ない点数が並んでいた。
「本人に理由を問いただしても、『私は、グレイスフィールド家のレオン様をお守りする、最強の騎士になるのだ!故に、勉学にうつつを抜かす時間などない!』と、一点張りでして…」
「…………」
マルクは、静かに天を仰いだ。
(…また、うちの息子が原因か…!)
彼の胃が、きりり、と確かな痛みを訴え始める。
ヴァインベル-ク伯爵は、必死に続けた。
「このままでは、進級も危うい。どうか、侯爵様のお力で…その、レオン様から、文武両道の大切さなど、有り難いお言葉をいただくことは、できませんでしょうか…?あの子が、あれほどまでに心酔するレオン様のお言葉であれば、きっと…」
その必死な願いの裏に、
「天使のようなレオン様の美貌で(色仕掛けで)、うちの脳筋息子の目を覚まさせてほしい!」
という、父親としての下心が透けて見える…
(面倒だ…非常に面倒だ…!だが、カサンドラの手前、無下にもできん…!)
マルクは、内心で深いため息をつくと、執事に命じて、レオンを応接室へ呼ばせた。
◇
「お呼びでございますか、父様」
礼儀正しく入室してきたレオンは、マグナスの姿を認めると、小さく会釈した。
(あ、あの時の、『僕が守る』って言ってた人だ…)
一方のマグナスは、レオンの姿を認めた瞬間、椅子から転げ落ちんばかりの勢いで立ち上がり、顔を真っ赤にして固まってしまった。
(め、女神様…!また、お会いできるなんて…!)
新年のパーティー以来、彼の恋心(という名の壮大な勘違い)は、日に日に燃え上がる一方だったのだ。
マルクと伯爵が、「では、若い者同士、話があるだろう」と、わざとらしく席を外す。
応接室に、レオンとマグナス、二人きりの、気まずい沈黙が流れる…
レオンは、父から「マグナスが、お勉強を頑張れるように、励ましてほしい」と、簡単な事情だけは聞かされていた。
(励ます…どうすれば、いいんだろう…?そうだ、和江おばあちゃんなら、こういう時、どうするだろう?)
彼の脳内で、おばあちゃんの知恵袋が、高速で検索を開始した。
(まずは、相手を褒めて、気分良くさせてあげるのが、基本だよ)
(なるほど!)
レオンは、にっこりと、天使の微笑みを浮かべた。
「マグナス様。剣の鍛錬に、大変、励んでいらっしゃると伺いました。とても、素晴らしいですね!しかも大変、お強いとのこと!素敵ですね、憧れます!」
「す、す、素敵…!?」
マグナスは、雷に打たれたような衝撃を受けた。
(女神様が、僕のことを、素敵と…!)
その単純な脳筋は、もはや喜びで破裂寸前だ。
レオンは、畳み掛ける。彼は、ふっと、その表情を少しだけ悲しげに曇らせてみせた。これも、おばあちゃん知識である処世術の一つ、「落としてから、上げる」の高等テクニックである(本人は無自覚)。
「…ですが。ただ強いだけでは、本当に大切な方は、守れないのではないでしょうか?」
「え…?」
「例えば、悪巧みをする方が、難しい法律や、複雑な契約を使って、人々を苦しめていたとしたら?剣の力だけでは、その方を救うことはできません。知識という、もう一つの剣が、必要になると思います!」
レオンの言葉は、マグナスの心に、深く、深く突き刺さった。
(そうだ…!レオン様の言う通りだ…!彼女を守るためには、力だけでは足りない!今でさえ、不遇にも男装で生活をさせられているのだ!悪辣な貴族社会の陰謀や、複雑な権力争いから彼女を守り抜くためには、知性が必要不可欠なのだ…!)
そして、レオンは、とどめの一言を、そっと、囁くように紡いだ。
「それに…『カッコいい男』とは、その強大な力だけでなく、いつでも正しい道を示す、太陽のような賢さも必要だと思っています…」
「そして、マグナス様なら、それらをきっと、身につけられると信じています!」
天使のような容姿、憂いを帯びた表情、そして、その励ましの言葉。
それらが、マグナスの脳内で、完璧な化学反応を起こした。
(『カッコいい男』…!?そうだ、レオン様の隣に立つ男は『カッコいい男』であることが求められるということか!そして、レオン様は、俺はそれを成せると!隣に立ってほしいと言われているのか!)
彼の勘違いは、もはや天元突破していた。
「―――分かりました!!」
マグナスは、椅子から立ち上がると、レオンの手を、両手で、情熱的に握りしめた。
「レオン様!いえ、私の女神!あなたの、そのお言葉で、私の目は覚めました!私は、ただの猪武者でした!ですが、今日、この瞬間から、私は生まれ変わります!あなたをお守するに相応しい、文武両道の、完璧な騎士になることを、このマグナス・フォン・ヴァインベルク、我が魂に誓います!」
「は、はあ…」
(なんだか、よく分からないけど、やる気になってくれたみたいで、良かった…のか?)
レオンは、きょとんとしていた。
◇
その宣言通り、領地へ戻ったマグナスは、鬼神の如き集中力で、勉学に励み始めたという。
後日、ヴァインベル-ク伯爵から、マルクの元へ、涙ながらの感謝の手紙と、最高級の贈り物が届いた。
マルクは、その手紙を読みながら、頭を抱える。
(色仕掛け…というか、うちの子は、存在そのものが、色仕掛けなのか…?それに、なぜ、皆、あの子の言うことを、そう盛大に勘違いしていくのだ…?)
恋する脳筋少年は、天使(♂)の無自覚な「色仕掛け(という名のおばあちゃん的説得術)」によって、見事、更生の道を歩み始めたのだった。
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