完璧王子、本音と建前を使い分ける
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今回も、第一王子とアデル兄様回です!
アデルの意識が、ゆっくりと浮上する。
最初に感じたのは、清潔なシーツの感触と、消毒薬と癒やしの薬草が混じり合った、独特の匂い。
「…ここは…」
掠れた声で呟きながら目を開けると、見慣れない白い天井が目に入った。学院の病棟だ、と理解するのに、そう時間はかからなかった。
「気が付かれましたか、グレイスフィールド君」
ベッドの脇に立っていたのは、学院の治癒術師長だった。彼は、安堵の表情を浮かべながらも、信じられないものを見るような目で、アデルの体を検分している。
「…気分は、いかがですかな?どこか、痛むところは?」
「いえ…体中が酷く怠いですが、痛みは…」
アデルは、ゆっくりと体を起こした。オークの棍棒に叩きつけられた左肩や背中を触ってみる。激しい打撲痛はあるが、骨が折れているような感覚はない。裂傷も、ない。
「信じられん…」
治癒術師長が、ため息混じりに言った。
「ジークハルト殿下から伺いましたが、Cランク上位個体のオークの全力の一撃を、まともに受けるなど、普通なら、即死です。我々も最悪の事態を覚悟しておりましたが…あなたの体には、打撲痕以外、外傷と呼べるものが、一つもありません。まるで、神のご加護でも受けたかのようだ」
(神の、ご加護…か)
アデルは、そっと、自分の首元に巻かれたままになっている、少し不格好な手編みのマフラーに触れた。
(レオン…君のマフラーが、私の命を救ってくれたのだな…)
弟の愛情が、文字通り、自分を守る盾となった。その事実に、アデルの胸は熱くなる。
「とにかく、怪我はないですが、倒れたのは魔力枯渇が原因です。中等部1年で、二つも立て続けに上級魔法を使うなど、正気の沙汰じゃない。よーく怒られるのですな!」
病棟の扉が、勢いよく開かれる。
「グレイスフィールド!目が覚めたか!」
入ってきたのは、魔法戦闘学の主任である、セウェルス教授だ。規律を重んじる、厳格なことで知られる人物。その顔は、安堵よりも、怒りの色に染まっている。
「君がジークハルト殿下の命を救ったこと、見事な判断だったと、殿下ご自身から伺っている。その功績は、称賛に値しよう。…だが!」
教授の声が、厳しくなる。
「魔導士ギルドに登録もしていない学生が、許可なく上級魔法を使用した!しかも、二つも!これが、どれほどの学院規定違反か、分かっているのかね!」
「申し訳、ございませ…」
アデルが謝罪しようとした、その言葉を遮って、さらなる嵐が病室に飛び込んできた。
「―――馬鹿兄貴!!」
ユリウスだった。彼は、教授の存在など意にも介さず、アデルのベッドに駆け寄ると、その肩を掴んでがくがくと揺さぶった。
「何考えてるんだ、あんたは!ちょっと目を離した隙に、死にかけるなんて!馬鹿か!馬鹿なのか!」
「ゆ、ユリウス…揺らすな、さすがに、体中が痛む…」
「うるさい!どれだけ心配かけたと思ってるんだ!夜も眠れなかったんだぞ、こっちは!もし、アデルが本当に死んだりしたら、葬式の準備とか、父上への報告とか、どれだけ面倒なことになると思ってんだ!少しは後のことも考えろ、この脳筋が!」
早口でまくし立てるユリウス。その顔は怒りで真っ赤になっていたが、その声は、微かに震えていた。心配で、不安で、たまらなかったのだ。
しかし、叱られているアデルは、弟のそのツンデレな物言いに、顔がニヤける。心配でたまらずに駆けつけてくれた弟の姿が、愛おしくて仕方がない、といった表情を浮かべている。
彼は、説教されている最中にもかかわらず、ユリウスの頭を、ぽんぽん、と優しく撫で始めた。
「はは、すまない、ユリウス。そんなに怒鳴っては、可愛い顔が台無しだぞ」
「なっ…!誰が可愛いだ!」
「心配してくれたのか?ありがとう。お前は、本当に優しいな」
「優しくなんかない!」
アデルは楽しそうにデレデレとしながら、ぷいっとそっぽを向くユリウスの頬を、つんつんとつつく。
「…………」
その、あまりにも傍若無人な兄弟のやり取りを、セウェルス教授は、完全に固まって見つめていた。
(おい、おい…。アデル=フォン=グレイスフィールドといえば、常に冷静沈着、品行方正な優等生の筆頭と、報告書にはあったはずだが…?弟の前では、こんなにも…その…だらしない顔になるのか…?うわー…)
完璧王子の、とんでもないギャップを目の当たりにし、厳格な教授は、ただただドン引きし、怒る気力を失っていく。
その、奇妙な空気を破って、三人目の訪問者が、静かに姿を現した。
「…少し、よろしいかな」
天賦の王子、ジークハルトだった。その顔には、いつもの自信に満ちた笑みはなく、疲労と、そして真剣な色が浮かんでいる。
彼は、教授とユリウスに目線だけで下がるように促すと、アデルのベッドの脇に立った。
「アデル。君には、礼を言う。私の命を救ってくれて、感謝する。本当に…本当に、無事でよかった…」
その声は、静かだったが、深い感謝の念がこもっていた。
「そして…。君は、正しい。私に、耳の痛い真実を告げてくれる者が必要だと、強く感じたよ。君は、言葉だけでなく、その身を挺して、私を守ってくれた」
ジークハルトは、一度息を吸うと、真っ直ぐに、アデルの瞳を見つめて言った。
「改めて、今のような仮側近ではなく、卒業後、私の側近になってほしい。友人としてでも、ライバルとしてでもない。私の剣となり、盾となり、そして、時には私を諫める、腹心として、私の隣にいてほしい。引き受けては、もらえないだろうか」
それは、次期国王からの、最大級の信頼の言葉だった。
アデルは、ユリウスに向けていた顔と同一人物とは思えない、完璧な微笑みを顔に貼り付けた。
「…殿下。そのお言葉、身に余る光栄です。ですが、ご存知の通り、私には、いずれグレイスフィールド侯爵家を継ぐという、責務がございます。王都に、留まり続けることは…」
彼は、そこで言葉を区切り、さも悩ましげに続けた。
「ですが…もし、殿下が、いつか必ず領地へ戻る家臣でもよろしい、と仰ってくださるのであれば。私が王都にいる間、この身と心を、殿下と、この国の未来のために捧げることを、お誓いいたします」
それは、完璧な、忠誠の誓いの言葉に聞こえた。側で聞いていた誰もが感動する…
しかし、そのアデルの内心は、忠誠心とは全く別の、歓喜に満ちていた。
(しめた!最高の口実ができた!これで、レオンが学院を卒業するまでの数年間、学園卒業後も大義名分を持って、王都に留まることができる!ユリウスとレオンの学院生活を、すぐそばで見守り、あらゆる害虫から守ることができるのだ!なんと幸運な!
レオンが卒業し、領地に戻ると言うのであれば、私もその日に、辞表を叩きつけてやるまでだ!その布石も、打てたしな!うししし!)
ジークハルトは、そんなアデルの腹の内など知る由もなく、彼の条件付きの承諾に、深く、安堵したように頷いた。
「ああ、それで構わない。ありがとう、アデル!」
その、感動的な主従の誓いの場面を、部屋の隅で、ユリウスだけが、冷めきった目で見ていた。
(まったく…アデルのやつ…。王子殿下まで見事に利用して、弟たちのストーキング計画を正当化するとは。その情熱と頭脳を、少しは別の方向で使えないものかね)
完璧王子の、完璧な建前と、完璧な本音。
その全てを見透かしながら、ユリウスは、深いため息をつくしかなかったのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩
今回で、第一王子とアデル兄様回は一旦終了です。次回からレオン君の日常に戻ります。
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