完璧王子と天賦の王子、その愛の形
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ちょっとだけ、第一王子とアデルの回が続きます。
長兄アデルは、魔導学院の中等科一年生に進級した。
次期侯爵として、そして愛する弟たちの守護者として、彼の『完璧』はさらに磨きがかかり、その名は学院内に広く知れ渡っていた。
そして、そんな彼の隣には、常に、もう一人の完璧な存在がいた。
天賦の王子、ジークハルト・フォン・アルセリオス第一王子。
その日、中等科の一年生たちは、王都近郊の森で、魔物狩りの実践訓練に臨んでいた。
来年から本格的に始まる、学院の地下に広がる迷宮での『迷宮探索』に備え、一年時には、比較的安全なこの森で、日帰りの低ランク魔物討伐を経験するのが慣例となっている。
そして、アデルは、当然のように、ジークハルト王子と同じパーティーに組み込まれていた。
◇
「出たぞ!ホーネットラビットだ!」
草むらから飛び出してきたのは、うさぎ程の大きさだが、額に鋭い一本角を生やした俊敏な魔獣だ。
「騒ぐな。私がやる」
ジークハルトが、涼しい顔で完璧な一閃を放つ。
「次が来たぞ。ロックチュウの群れだ」
アデルが、無詠唱で放った十数本の火の矢が、全ての魔獣の眉間を正確に撃ち抜いた。
二人の天才は、その後も、現れる小物の魔物を、まるで息を合わせるかのように、淡々と、そして完璧に狩り続けていった。
その、静かな森の探索行に、火種を投下したのは、やはりジークハルトだった。
「…ふむ。この程度の訓練でも、規律を維持するためには不可欠だな。私の弟、エリアスも、最近はこうした実践訓練の書物をよく読んでいる。彼の知的好奇心は、実に素晴らしいものだ」
(始まったな…殿下の弟君自慢)
アデルは、内心でほくそ笑んだ。彼にとって、この不毛とも思える弟自慢合戦は、むしろ歓迎すべきものだった。自分の愛する弟たちの素晴らしさを、この天賦の王子に知らしめる、絶好の機会なのだから。
「それは素晴らしいですね、殿下。我が家の末弟レオンは、先日、騎士団の訓練に新しい準備体操を導入し、兵士たちの怪我を激減させました。彼の、実践的な発想力には、いつも驚かされます」
「ほう。エリアスは、古代魔法語で書かれた詩を、三篇も暗誦してみせたぞ。その記憶力は、王家の宝だ」
「私の次男ユリウスは、先日、領地の税収計算を効率化する、画期的な計算機を発明いたしました。その発明の才は、国益に繋がるやもしれません」
弟自慢の応酬は、しばらく続いたが、アデルは、このやり取りを重ねるうちに、いや、もっと以前から、ある種の苛立ちと、心配にも似た感情を抱き始めていた。
それは、ジークハルトの愛情表現の、一方通行さに対してだ。
アデルは、次期側近候補として、王宮に出入りする機会も多い。そこで、彼は何度も、あのすれ違う兄弟の姿を目撃していたのだ。
◇
あれは、数ヶ月前の、王城の書庫でのこと。
弟のエリアス王子が、一冊の古い詩集を手に、兄であるジークハルトの元へ、緊張した面持ちで歩み寄った。
「兄上…その、先日、課題としていただいていた、古代語の詩の翻訳が…できました」
エリアスが差し出した羊皮紙を、ジークハルトは受け取り、静かに目を通す。その横顔を、アデルは少し離れた場所から見ていた。
アデルの優れた感知能力は、ジークハルトから溢れ出す、尋常ではない愛情のオーラを捉えていた。その瞳は、驚くほど優しく和らぎ、口元は、誇らしげな笑みを堪えるかのように、わずかに緩んでいる。
(「さすが私の弟だ!なんと素晴らしい出来栄えだ!私の天使は、やはり天才だ!」)
彼の心の中では、間違いなく、そんな賛辞の嵐が吹き荒れているのが、手に取るように同類のアデルには分かった。
しかし…
ジークハルトの口から発せられたのは、冷たいともとらえられる言葉だった。
「…ふむ。及第点ではあるな。だが、言葉の選び方に、まだ若さが見える。気品が足りない。もう一度、練り直しなさい」
その一言に、エリアス王子の肩が、びくりと震え、彼のわずかに期待に満ちていた瞳から、すっと光が消え、俯いてしまう。
「…はい、兄上」
力なくそう答えると、エリアスは、逃げるように書庫を去っていった。その小さな背中が、どれほど寂しそうだったか…
ジークハルトは、そんな弟の後ろ姿を、本当は今すぐにでも抱きしめたい、と言わんばかりの、熱烈な、しかし痛みを堪えるような目で見送っていたのだ。
あの光景が、アデルには理解できなかった。そして、心配でならなかった。
◇
「殿下」
アデルは、魔獣狩りをしつつの弟自慢の応酬の最中、足を止め、ジークハルトの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「私は、殿下がエリアス王子を深く愛しておられることを、疑ったことはありません。その愛情は、私が弟たちに抱くものに、勝るとも劣らないでしょう」
「…何が言いたい、グレイスフィールド」
「ですが、宝も、宝箱にしまったままでは、ただの石ころと同じです。なぜ、殿下は、そのお心を、言葉にして差し上げないのですか?」
図星だった。
ジークハルトの、完璧な微笑みが、わずかに揺らぐ。
「なぜ、心の中では『天才だ』と褒め称えながら、口から出るのは、冷たい批評の言葉なのですか?私は、見ておりました。先日、王城の書庫で、エリアス王子が、殿下の一言の賞賛を、どれほど待ち望んでいたか。そして、どれほど深く、傷ついて去っていったか」
「…っ!」
「彼は、殿下に嫌われていると、思い込んでいるやもしれません。自分は、完璧な兄にとって、出来の悪い弟だと。殿下は、そのお心に、気づいておいでですか?」
(そんなことはわかっている!私とて、毎回、エリアスと話をするたびに、頭を撫で回して、『私の天使が、こんなにも、かわいくて、素晴らしい』と城中を叫んで走り回りたい!しかし、王宮にひっきりなしに訪れている、腹黒い貴族共に、舐められない為にも、甘い顔を見せることも出来ぬ!それを、どれほど私が悔しく思っていることか!)
「黙れ…」
「いいえ、黙りません。もし、私のレオンが、あれほどの偉業を成し遂げたのなら、私は城のバルコニーから領民全員に向かって叫びます!『聞け!我が弟、レオンこそが至高の天才だ!真面目で美しく、その上、優しい心を持つ、我が誇りだ!』と!愛情とは、そのように、少しばかり愚かに見えるほど、真っ直ぐに伝えるべきものではないのですか!」
アデルの言葉は、容赦なく、ジークハルトの心の、最も触れられたくない部分を抉っていく。
「殿下は、国王陛下の真似事をなさっているのでは?ご自身の立場のために、王太子としての体面のために、愛情表現を出し惜しみしている。ですが、はっきり申し上げましょう、殿下。いつか、必ず痛い目を見ますよ。言葉にして伝えられなかった心は、いつか、固く閉ざされてしまうのですから」
「それ以上言うな…!」
ジークハルトの体から、魔力が威圧となって放たれる。
周囲の取り巻きたちは、王子と侯爵嫡男の、あまりにも険悪なムードに、オロオロと狼狽えるばかりだ。
その、張り詰めた沈黙を破ったのは、お互いの言葉でも、ましてや取り巻き連中でもなかった。
ガサッ、と。背後の茂みが、不自然に大きく揺れた。
そして、グルルル…という、低い唸り声。
「…!」
アデルとジークハルトは、同時に、声のした方へ振り返る。
そこに立っていたのは、身の丈2メートルはあろうかという、屈強な人型の魔獣。豚のような醜悪な顔に、鋭い牙を生やし、その手には、巨大な棍棒が握られている。
Cランクの魔獣、オーク。
この訓練で、学生たちが遭遇するはずのない、格上の脅威だった…
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