【番外編】天賦の王子は如何にして弟の虜となったか
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今回、突然ですが、第一王子の第一人称のお話となります。
私の名は、ジークハルト・フォン・アルセリオス。アルセリオス王国の第一王子であり、次期国王となるべく、生まれながらにしてその責務を背負う者だ。
今年のフローラ月で、13歳になった。
ロドエル魔導学院では首席の座を譲ったことはなく、剣術、魔法、政治学、そのいずれにおいても、私は常に完璧でなければならない。そして、事実、そうあろうと努めてきた。周囲の者は、私を『天賦の王子』と呼ぶ。才能だけで、なんとかなる人間などいない。白鳥の如く、水面下で努力を重ねているが、民と、国のため、その呼び名は甘んじて受け入れている。
しかし本当に「天賦の才」があるとすれば、それを持つものは、アデル・フォン・グレイスフィールドではないかと、私は思っている。
◇
9歳の頃の私は、ただひたすらに、父である国王陛下に認められる、完璧な跡継ぎとなることだけを目指していた。
そんな私の前に、彼が現れた。
アデル・フォン・グレイスフィールド。
英雄を輩出した、グレイスフィールド侯爵家の嫡男。
彼は、私と同じく、全てにおいて完璧だった。学問では常に私と首席を争い、剣を握れば柳のようにしなやかで、魔法を唱えれば燃え盛る炎さえも芸術のように操った。その上、ブロンドの髪と濃く蒼い瞳を持つその容姿は、まるで物語の王子様のようで、物腰は常に柔らかく、誰に対しても笑顔を絶やさない。
…気に食わなかった。はっきり言って、嫌いだった。
彼の完璧さは、どこか作られたもののように見え、その柔らかな物腰は、本心を見せないための壁のように感じられた。私が、どれだけ辛辣な嫌味を言っても、彼は柳に風と受け流し、
「これは一本取られましたな、王子」
などと、優雅に微笑むだけ。その態度が、私のライバル心を、苛立ちと共に煽り立てた。
そんな日々が続いていた、ある日のことだ。
事件は、学院の中庭で起こった。
その日、私は、いつものように取り巻きの数名と、次の魔法戦術学の課題について話し合っていた。そこへ、アデルが一人で通りかかったのだ。
私の取り巻きの一人…確か、子爵家の嫡男だったか。彼は、私に媚びへつらうことで自分の地位を確立しようとする、典型的な小物だった。彼は、好機とばかりに、アデルに聞こえるように、大きな声で言った。
「それにしても、ジークハルト王子。あなた様の弟君であるエリアス王子は、ご聡明で、品行方正でいらっしゃると伺っております。それに引き換え、グレイスフィールド卿の弟君たちは、なかなかの評判ですな」
私は、眉をひそめた。話の矛先が、弟たちに向かうのは、良い趣味とは言えない。
男は、得意げに続けた。
「次男は、天才肌を笠に着た、ただの悪童。三男に至っては、まるで女のような見目麗しいだけの置物だとか。それに比べれば…」
その瞬間、今まで、完璧な微笑みを浮かべていたアデルの表情が、すっ、と消えた。
彼の体から放たれたのは、殺気と共に、凍てつくような苛烈な魔力だ。彼の周囲の空気が、ぎしり、と音を立てて軋む。
「…ほう?」
アデルの唇から漏れたのは、たった一言。しかし、その声は、地獄の底から響いてくるかのように、低く、冷たかった。
次の瞬間、アデルは動いていた。
彼の手から、制御された美しい青い炎が迸り、子爵子息の眉毛を、綺麗に焼き尽くしたのだ。
「ひっ!?」
悲鳴を上げる間もなく、アデルは無言でその男の胸ぐらを掴むと、剣の柄で、鳩尾を寸分の狂いもなく打ち据えた。それは、もはや喧嘩などという生易しいものではない。完璧に制御された、一方的な制裁だった。
「―――そこまでだ、グレイスフィールド」
私は、驚きながらも、止めに入った。
アデルは、私の声を聞くと、ゆっくりとこちらを振り返った。その蒼い瞳は、まだ、燃えるような怒りの色を宿していた。彼は、気絶した子爵子息をゴミのように放り投げると、何事もなかったかのように、衣服の乱れを直した。
「…失礼いたしました、王子。少し、虫の居所が悪かったようです」
「ついてこい。話を聞こう」
私は、アデルを連れて、人気のない噴水のある中庭へと向かった。
いつも、何を言われても、何をされても、あの完璧な仮面を崩さなかった男が、なぜ。
「なぜ、あれほど怒った?弟たちのことを言われたからか?」
私の問いに、アデルは、心底不思議そうな顔で、こちらを見返した。
「…当たり前ではありませんか」
「そうか?だが、ただの悪口だろう。そんなに、弟は可愛いものか?」
私にも弟はいるが、彼のあの激昂は、私には到底理解できなかった。
その、私の純粋な疑問が、彼の逆鱗に触れたらしい。
「…王子」
アデルの声の温度が、さらに数度下がった。
「あなたは、弟君の、一体何を見ていらっしゃるのですか」
それは、紛れもない、怒涛の説教の始まりだった。
「弟という存在が、どれほど愛おしく、尊いものか!あなたは、エリアス王子の、書物を読む時にわずかに寄せられる眉間の皺の愛らしさを、ご存知ないのですか!寝起きの、少しだけ掠れた声の可憐さを!あなたを兄と慕う、その健気な瞳の輝きを!」
「は、はあ…?」
「私の弟たちも同じだ!ユリウスの悪戯が成功した時の、あの太陽のような笑顔!レオンが、難しい本を読んで、こてんと首を傾げる、あの天使の如き仕草!それらを侮辱されて、黙っていられる兄が、この世のどこにおりますか!いや、いない!」
アデルの熱弁は、止まらなかった。
それを聞いているうちに、私の心の中に、今まで感じたことのない、奇妙な感情が芽生えていた。
それは、ライバル心だったのかもしれない。
(なんだと…?この男は、私よりも、『兄』として、優れているとでも言うのか…?)
(弟を愛でることにおいて、この私が、こいつに劣っているだと…?そんなこと、あってたまるか!)
気づけば、私の口から、無意識に、言葉が飛び出していた。
「そ、そんなことを言ったら、私のエリアスなど…!病弱だが、その肌は雪のように白く、書を読む横顔は、この世のどの賢者よりも知的で美しい!彼が、稀に、本当に稀に見せる微笑みは、冬の終わりを告げる、春の陽光そのものだぞ!」
「ほう、エリアス王子もなかなかのものと見える。だが、私のレオンの、眠っている時の寝顔を見たことがあるか?全ての罪が浄化されるほどの、神々しさに満ちているのだぞ!」
「エリアスとて、眠っている時は静謐な湖面のようだ!邪魔する者は、私が許さん!」
こうして、私とアデルの、長く、そして熾烈な『弟自慢合戦』の歴史は、幕を開けたのだった。
あの日を境に、私は、アデルと奇妙な友情を結ぶようになった。共に勉学に励みながら、「私の弟は、先日、古代語の詩を暗誦した」「ほう、私の弟は、新しい薬草を発見したぞ」と、報告し合う。共に剣を交えながら、「弟を守る剣か、素晴らしい」「君こそ、弟の未来を切り拓く剣だ」と、認め合う。
私は、彼の、弟たちを想う純粋な心と、そのための努力を惜しまない高潔さを認め、いずれ、私の側近として、この国を支える柱になってほしいと、本気で思うようになった。
そして、私は、アデルに触発される形で、エリアスの『可愛い』ところを、必死で探すようになった。そうして、気づいたのだ。私の弟が、いかに愛おしく、尊い存在であるかということに。
私は、完全に、アデルから『ブラコン』という、甘美な病をうつされてしまったのだった。
◇
そして、現在、私の思考の九割が、常に、たった一人の存在で埋め尽くされている。
弟、エリアス。
病弱で、内気で、書物の影に隠れることを好む、私の唯一つの宝物。
エリアスは今、ちゃんと食事を摂っただろうか。肌寒い今日の気候で、体調を崩してはいないだろうか。誰か、彼に無礼を働く者はいないだろうか。私の心は、常に彼への憂慮で満ちている。
この国をより良くしたいと願うのも、腐敗した貴族を一掃したいと考えるのも、全ては、エリアスがいかなる脅威にも晒されず、ただ穏やかに、安全で快適に暮らせる理想郷を、この国に作り上げるためだ。私の全ての行動原理は、ただ、弟のためだけに存在する。
そんなことを考えていると、私の『弟レーダー』が、微かに反応した。
(…中庭にいる気配がするな。少し、冷えてきた。風邪をひかねば良いが…)
私は、静かに立ち上がった。「天賦の王子」の仮面を身につける。
私の理想郷は、まだ遠い。だが、その理想郷の中心で、エリアスが笑っていてくれるのなら。
私は、どんな努力も、厭わない…
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