天使様、仔馬の出産に立ち会う
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その日の午後、レオンはモリィと共に、領地内の散歩を楽しんでいた。
『レオン様ー!あっちの林に、美味しい木の実がなってるよー!』
「こら、モリィ。つまみ食いはダメだよ!」
そんな、たわいない会話をしながら厩舎の近くを通りかかった時だった。
「がんばれ!あともう少しだ!」
「奥様!お湯の替えを!」
厩舎の中から、いつもとは違う、緊迫した怒声と、苦しそうな動物の息遣いが聞こえてきた。
レオンとモリィは、顔を見合わせると、心配そうに厩舎の中を覗き込んでみる。
そこでは、一頭の美しい黒馬が、たくさんのわらの上で横たわり、苦しそうに息をしていた。お腹は大きく膨らんでおり、出産が近いことは、子供のレオンにもすぐに分かった。
厩舎番の男たちと、獣医、そして母エレナが、その周りで慌ただしく動き回っている。どうやら、難産のようだ。
「母様…!」
「あら、レオン。見てはいけません。お部屋に戻っていなさい」
エレナは、毅然とした態度で言ったが、その額には玉のような汗が浮かんでいる。
レオンは、その場を離れることができなかった。
母馬の苦しそうな呼吸、時折上がる、悲痛ないななき。そして、それを必死で助けようとする大人たちの姿。
時間の感覚がなくなるほど、長い、長い時間が過ぎていく。
そして、夕日が厩舎を茜色に染め始めた頃、ついに、奇跡の瞬間が訪れた。
ずるり、と。ぬめった体を光らせて、小さな、震える生命が、母馬の体から滑り落ちた。
黒い、小さな仔馬だ。
「産まれたぞ!」
厩舎番たちの間に、安堵と歓声が上がる。
レオンは、その産まれたばかりの仔馬に釘付けになっていた。
仔馬は、か細い足で、必死に立ち上がろうとしていた。何度も、何度も、ぬかるんだわらの上に膝をつき、転び、それでも、諦めずに…
その姿に、レオンは、魂が揺さぶられるような、強い感動を覚えていた。
(すごい…生きるって、すごいことなんだ…!)
そして、ついに、仔馬は震える足で、よろよろと、しかし確かに、自らの四本の足で大地に立ったのだ!
その光景は、レオンの心に、深く、深く刻み込まれた。同時に、彼は、命がけで仔馬を産んだ母馬の姿に、自分の母親の姿を重ねていた。
(母様も、僕を産む時、こんなに大変だったのかな…)
母親という存在の、偉大さと、温かさを、彼は改めて感じていた。
◇
それから、三ヶ月たったある日のこと。
朝食時に、父マルクが、
「レオン。お前ももう7歳だ。そろそろ、本格的に乗馬の練習を始めてもいい頃だろう」
と、声をかけた。
「はい、父様!」
(『カッコいい男』は、乗馬も嗜むものだ!)
レオンは、意気揚々と、父と共に厩舎へと向かった。
厩舎には、春に生まれたたくさんの仔馬たちが、元気に育っていた。
レオンは、あの日、産まれたばかりの、震える足で立ち上がった、あの仔馬を探した。
すると、馬房の一番奥、一頭だけ気難しそうに離れた場所に、漆黒の仔馬がいる。
(元気でいてくれたんだ!あの、一人で立つのがやっとだった仔馬が、しっかり、自分の足で立ってる!)
「あの子!あの時生まれた仔馬ですよね!…僕は、あの子がいいです!」
我が子の成長を目の当たりにしたかのように、うれしくてしょうがないレオンは、漆黒の仔馬をご指名した。
しかし、厩舎番の長は、困ったように首を振った。
「レオン様、申し訳ございませんが、あの子はやめた方がいいですぜ。気性が荒く育ってしまいましてねぇ。乳離れして以来、誰の手にも負えず、人を乗せるどころか、触らせようともしないのです」
マルクが「レオン、練習相手なら、もっと大人しい馬に…」と止めようとする。
しかし、レオンは譲らない。
「大丈夫です!僕が、彼と仲良くなってみせます!」
レオンは、父の制止を振り切り、その仔馬―――厩舎番たちが、その黒い毛並みと嵐のような気性から『クロアラシ』と呼ぶ、その子の馬房へと近づいていった。
クロアラシは、近づいてくるレオンに気づくと、耳を伏せ、荒々しく鼻を鳴らし、前足で地面を掻いて威嚇する。
(また人間か…!鬱陶しい!あれしろ、これしろって、うるせんだよ!近づいたら、蹴り飛ばすぞ!)
レオンは、馬房の柵から、そっと顔を覗かせた。
その、瞬間だった。
クロアラシの目に映ったのは、柵の向こうからこちらを覗き込む、キラキラしたピンクブロンドの髪、夜空を映したような大きな蒼い瞳、桜色の唇を持つ、天使のような『何か』だった。
(…な、なんだ、この生き物は…!?ま、眩しい…!きれいだ…!)
クロアラシの威嚇が、ぴたりと止まる。耳がぴんと立ち、灰色の瞳が、驚きに見開かれる。完全に、フリーズしていた。
レオンは、和江おばあちゃんが、
(動物は、鏡みたいなもんで、こちらが怖がれば怖がるし、優しくすれば優しくしてくれるもんだよ…)
と言っていたのを思い出し、できるだけ優しい声で話しかけた。
「こんにちは。怖くないよ。僕はレオン」
その声は、クロアラシの耳に、まるで天上の音楽のように響いた。
『声まで…なんて心地よい響きなんだ…!これが…『恋』というやつか!?』
クロアラシは、先程までの暴れ馬が嘘のように大人しくなると、自分から、おずおずと、レオンが差し出した手に、その鼻先をすり寄せてきたのだ。
その光景を見ていた厩舎番たちは、顎が外れんばかりに口を開けていた。
「うそだろ…!?あのクロアラシが、一瞬で子猫みたいに…!?」
「ま、またか…!」
マルクは、もはや驚きを通り越して、天を仰いだ。
(また私の息子が、常識外れなことを…!これは一体、どんな魔法なんだ…?)
レオンは、そんな周囲の反応に気づかず、ただ純粋に喜んでいる。
(よし!おばあちゃんの知恵はすごい!やっぱり、動物と話すときは、まず心をオープンにしないとね!)
まさか、自分の容姿が仔馬を勘違いさせているとは、夢にも思わずに。
◇
数日後。乗馬の練習が始まった。
レオンが乗っている間、クロアラシは驚くほど従順で、賢かった。
しかし、問題は、それ以外の時だ。
レオン以外の人間…父マルクであろうと、厩舎番であろうと、誰かがレオンに近づこうとするだけで、「ブルルルッ!!」と激しく威嚇し、レオンを誰にも触らせようとしないのだ。
『俺の女神に、粉かけてくるたぁ、いい度胸じゃねーか!』
ましてや、他の仔馬に乗ろうとすれば、大暴れの上、その仔馬をいじめようとする。
他の仔馬をレオンに勧めようとする厩舎番には、『敵だ!』とばかりに睨みつけてくる。
『俺の恋路を邪魔する奴は、全員、ぶっつぶす!』
クロアラシの脳内では、完全に、レオンは「俺の女・守るべき女神」状態である。
こうして、レオンの気づかない間に「自称・(馬の)専属護衛騎士」ができているのであった。
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