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天使様、母という名のラスボスに挑む

 父マルクとの会談を終えたレオンは、勝利を確信していた。

(父様は、僕の計画を認めてくださった!あとは、最後の詰めの部分を、専門家である母様にご相談するだけだ!)

 父が胃を抱えて崩れ落ちそうになっていたことなど露知らず、彼は完全な勘違いのまま、意気揚々と執務室を後にした。


「ルチア!」

 廊下で雑巾がけをしていたメイドのルチアを見つけると、レオンはぱっと駆け寄った。

「母様にお会いしたいのですぐに先触れをお願いします!さあ、急いで!『時は金なり』だよ!」

「と、とき…?はい、レオン様!」

 5歳児の口から飛び出した、聞いたこともない格言に一瞬戸惑いながらも、健気なルチアはぱたぱたと母エレナの元へと走っていった。


 レオンの母、エレナ・フォン・グレイスフィールド侯爵夫人は、客間やサロンではなく、屋敷の奥にあるガラス張りの温室(という名の私的研究室)にいることが多かった。

 彼女は元々、薬学研究所に勤める気鋭の研究者だった。夫マルクの立場が激変したことで、そのキャリアを諦め、侯爵夫人としての務めに身を捧げることになったが、その探究心の炎が消えたわけではない。領地経営の傍ら、珍しい薬草の収集と栽培、独自の調合薬の研究に没頭することが、彼女にとって唯一の癒やしであり、自分自身でいられる時間だったのだ。


 すぐに母との面会を取り付けたレオンは、温室に向かう。

 温室の扉を開けると、むわりとした湿気と、甘く青い植物の匂いがレオンを迎えた。

 様々な薬草や花々が咲き乱れるその場所で、エレナは土のついた手袋をはめたまま、見たこともない奇妙な形をした球根を、虫眼鏡で熱心に観察していた。

「母様、お時間頂いてありがとうございます!」

「レオン。父様とのお話は終わったの?どうでしたか?」

 エレナは球根から顔を上げると、にこやかに息子を迎えた。


 レオンは、父に見せたのと同じように、背筋を伸ばして計画書を広げた。

「はい!父様から、計画の実行許可をいただきました!つきましては、母様にもご報告と、ご相談がございまして!」

「まあ、そうなの。聞かせてもらえるかしら」

 レオンは、再び「カッコいい男計画」について熱弁をふるった。

「頭がよいこと」「強いこと」、そして「陰で人助けをすること、そう、必殺仕事人の組紐屋のリョウのように!」。

 父を絶句させ、胃痛の淵に叩き込んだプレゼンテーション。しかし、母エレナは動じない。


「ふぅん、勉強に剣術。素晴らしい心がけね」

 彼女は、興味深そうに頷く。

「それで、その…くみひもやのりょう?というのは、物語に出てくる英雄のようなものかしら?」

「はい!僕が知る限り、最強の英雄の一人です!」

「そう。あなたがそれほど夢中になるなんて、よほど魅力的な英雄なのね」

 エレナは、マルクのようにパニックに陥ることも、その単語の意味を深く追求することもしない。

(聞いたこともない伝承ね。どこの地方の英雄かしら?この子がこんなに夢中になるなんて、新しい植物の原種を見つけた時みたいだわ)と、その探究心そのものが、興味深く、愛おしかった。彼女の肝の座り方は、夫とは比較にならなかった。


 一通りレオンの話を聞き終えると、エレナは土のついた手袋を外し、息子の前にしゃがみこんだ。

「レオン、あなたの計画、とても素敵だと思うわ。でも、本当に『カッコいい男』になるには、いくつか足りないものがあるかしら」

「足りないもの、ですか?」

「ええ。まず、立ち居振る舞い。どんなに博識で、強くても、所作が美しくなければ、ただの粗野な人になってしまうわ。貴族としてのマナーや教養も、あなたの知性をより輝かせてくれるはずよ」

「マナー…」

「そして、もっと大切なこと」


 エレナは、レオンの蒼い瞳をじっと見つめて言った。

「私たちのような立場にある者は、力を持つだけでなく、それを正しく使う『責任』と『義務』があるの。弱き人々を守り、領地を豊かにする。そのために自分の力を使うこと。それを、『ノブレス・オブリージュ』と言うのよ。あなたの言う『陰の人助け』も、この精神が根底になければ、ただの独りよがりな暴力になってしまう危険があるわ。それこそ、あなたの計画の中で一番『カッコいい』ことかもしれないわね」」


 難しい言葉だったが、レオンの心に、その響きは深く刻まれた。ノブレス・オブリージュ。それは、彼の漠然とした「人助け」の理念に、確かな背骨を与えてくれる言葉のように思えた。

 

 エレナは、にっこり笑って具体的な提案を始めた。

「勉強については、あなたが本好きで、もう字も読めるのは知っているわ。だから、そろそろ家庭教師をつけましょう。ちょうど、お勉強から逃げ回っているユリウスも、あなたという良いお手本がいれば、きっと机に向かう時間が増えるでしょうしね」


 その笑顔には、母親らしい確かな計算が見え隠れしていた。

「剣術もいいわ。ただし、今のあなたの体では、剣を振るうための基礎体力が足りていない。強い根がなければ、大きな花は咲かせられないでしょう?騎士団に指導をお願いするけれど、稽古についていくための体力作りは、あなた自身で考えて、努力なさい。これは、あなたへの最初の課題よ」

「はい、母様!」

 ただ許可するだけでなく、課題を与える。その厳しさが、逆にレオンのやる気に火をつけた。


 そして、問題は三つ目。魔法についてだった。

「母様!それで、魔法なのですが!」

「ええ、魔法ね」


 エレナは、少しだけ考える顔になった。

「レオン。この国の決まりとして、本格的な魔法の訓練は、7歳になって教会で『属性』の適性検査を受けてから、と定められているの。幼い子供が勝手に魔法を発動するのはとても危険だからよ」

「はい…。でも、それでは遅いのです!僕が7歳になるまで1年も、悪に苦しむ人々を見過ごせというのですか!?組紐屋のリョウは、そんなに待ってはくれません!」


 これまで見せたことのない剣幕で、レオンが駄々をこね始めた。天使のような我が子が、地面に転がって手足をばたつかせんばかりの勢いで抗議する。その必死な姿は、子供らしくて微笑ましいと同時に、非常に厄介でもあった。

「リョウが待ってくれない、と言われてもねぇ…」

 エレナは、息子の熱意に少し呆れながらも、内心では別のことを考えていた。

(この子の集中力と探究心は、間違いなく私譲りね…。一度こうと決めたら、絶対にテコでも動かない。下手に完全に禁じてしまうと、きっと隠れて無茶なことをして、かえって危険だわ)


「母様!リョウが活躍できるのは、必⚫︎仕事人Ⅴだけなのです!その前もその後も別の仕事人に変わってしまうのです!他の仕事人もカッコいいけど、剣とか、針とか、物理攻撃なので、陰で人助けするには、魔法で活躍しようと思う僕にはリョウが一番カッコいいと思ったのです!だから、剣の鍛錬も大事だけど、やっぱり魔法の鍛錬は早くから始めないとリョウに追いつけないし、リョウも待っててくれないと思うのです!」


 あーだこーだと、長い「リョウがどれだけ待ってくれないか」という意味が不明な熱弁を聞かされた後、エレナはふう、と一つため息をついた。

「…わかったわ、レオン。降参よ」

「本当ですか!?」

「ええ。ただし、約束して。決まりを破って、攻撃魔法のような危ないことは絶対にしないと」

「はい!約束します!」

「よろしい。では、7歳になるまでの特別措置として、魔法の基礎である『魔力制御』の訓練だけを教えてあげるわ。これなら、教会にも言い訳が立つでしょう」

 エレナは、レオンの手を取った。

「いいこと?魔法というのは、呪文を唱えてドカンとやるものじゃないの。まずは、自分の中にある魔力を感じて、体内の色々な所に魔法をまわせる技術を身につけて、思い通りに魔力を動かす繊細な制御技術が大事なの。それができなければ、あなたの言う『リョウ』にはなれないわ」

「はい!」


「では、魔法の座学と魔力制御だけお勉強の時間を設けましょう。母様が週に何回か時間をとって教えてあげるわね。」

「母様!ありがとうございます!大好きです!」

(はぁ。本当に無邪気な天使のように微笑んで!しょうがないわねぇ。)

 盛大な駄々を捏ねていた息子の天使の微笑みに撃ち抜かれ、エレナは苦笑いをするしかなかった。

(でも、この子がどんな魔法の『根』を伸ばし、どんな『花』を咲かせるのか…一番近くで見てみたいと思ってしまったのだから、仕方がないわね)


 こうして、レオンの「カッコいい男計画」は、母という名のラスボス(?)の承認と、的確な修正案、そして思いがけない特別指導の約束を得て、ついに本格的に始動することになった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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