天使様、学園の七不思議を知る
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新年のパーティーも終わり、賑やかだった屋敷は少しずつ日常を取り戻していた。しかし、その日常は、どこか寂しげな空気をまとっていた。
学院の冬季休みが、もうすぐ終わり、兄弟たちにとって、しばしの別れの時が迫っていたのだ。
今年は、長兄アデルだけでなく、次兄のユリウスも、9歳になり、ロドエル魔導学院の初等科へ入学する。この屋敷から兄二人が、同時にいなくなってしまうのだ。
その事実が、レオンの心に、ずしりと重くのしかかっていた。
剣の稽古を、丁寧に見てくれるアデルも、隣で一緒に授業を受けていたユリウスもいなくなる。その寂しさを振り払うかのように、レオンはひたすら、勉強や鍛錬に打ち込んでいた。
そして、ついに、アデルとユリウスが王都へ旅立つ前日の夜がやってきた。
夕食を終え、それぞれの部屋に戻る時間になっても、レオンはもじもじと、リビングのソファから動こうとしなかった。
「どうしたんだよ、レオン。眠くないのか?」
「…別に、眠くなんてありません」
ぷいっとそっぽを向くレオン。その姿に、ユリウスはやれやれと肩をすくめ、隣に座った。
「ふぅん。まあ、明日からしばらく、この天才的な兄さんがいなくなって、寂しいっていうなら、聞いてやらなくもないけど?」
「…寂しくなんて、ありません!」
強がるレオンの目に、うっすらと涙が浮かんでいるのを、ユリウスは見逃さなかった。
そこへ、アデルが静かにやってきた。彼の「弟センサー」が、末弟の心の揺らぎを、とっくに感知していたのだ。
「レオン、ユリウス。今夜は、三人で一緒に寝ないか?」
アデルの提案に、レオンの顔がぱっと輝く。
「いいんですか、アデル兄様!?」
「ああ。たまには、兄弟水入らずで語り明かすのもいいだろう」
こうして、その夜、三人の兄弟は(そして、当たり前のようにモリィも)、アデルの部屋の、天蓋付きの大きなベッドに、ぎゅうぎゅうになって潜り込むことになった。
◇
「アデル兄様、学院って、どんなところなんですか?」
温かい布団の中、レオンが尋ねた。
「まあ、退屈な授業と、やかましい貴族の子息女だらけの、つまらない場所なんじゃないか?」
ユリウスが、あくびをしながら元も子もない言い草で、口出しをする。
「そんなことはないぞ、ユリウス。ロドエル魔導学院は、我が国の最高学府だ。歴史、魔法、統治学、そこで学ぶ全てが、我々の未来の糧となる」
アデルが、真面目な口調で訂正する。
「ちぇっ。兄さんは真面目すぎるんだよ。もっと、何か面白い話はないわけ?幽霊が出るとか、そういうの」
アデルは少し考え、弟たちの顔を見回すと、悪戯っぽく微笑んだ。
「…まあ、公式には認められていないが、学院に古くから伝わる『七不思議』の噂なら、知っているぞ。」
「なになに、それ!聞きたい!」
ユリウスが、身を乗り出す。レオンも、少しだけ怖いもの見たさで、耳をそばだてた。
アデルは、声を潜めて、ゆっくりと語り始めた。
「一つ目は、『鳴らずの鐘楼』。学院のシンボルである古い時計台の鐘だ。普段は決して鳴らないが、危機が迫る予兆がある時だけ、誰も鳴らしていないのに、ゴーンゴーンと勝手に鳴り響くらしい。
二つ目は、『涙を流す創設者の像』。初代学長の銅像が、雨でもないのに、涙を流すことがあるらしい。
三つ目は、『永遠に枯れない薔薇園』。旧校舎の裏にある、管理者がいないはずの薔薇園だ。一年中、季節を問わず真紅の薔薇が咲き誇っているのだが、その薔薇を摘んで学院の外へ持ち出そうとすると、瞬く間に灰になってしまうそうだ。ある愚かな中等部の一年生が、好きな令嬢のためにそれを試して、大目玉を食らっていたな…
四つ目は、『行き先が変わる肖像画の廊下』。西棟の三階にある、歴代学長の肖像画が並ぶ廊下だ。夜中に一人で通ると、肖像画の瞳が、ぬらり、とこちらを追いかけてくる。そして、気づくと、全く別の場所…時には、鍵のかかっているはずの禁書庫の前などに出てしまうという。
五つ目は、『歌う底なしの噴水』。中央広場の大理石の噴水で、月が満ちる深夜、水音に混じって、誰も知らない古代語の荘厳な歌が聞こえてくることがあるそうだ。
六つ目は、『ひとりでに本が並ぶ大書庫』。三層吹き抜けの大書庫で、最上階は、司書たちから『幽霊司書の仕事場』と呼ばれている。誰もいないはずの深夜、本棚の本がひとりでに動き、特定のテーマに沿って並び替えられるらしい。
そして、最後。七つ目は、『偽りの星空を映す天象儀の間』。学院で最も高い塔の最上階にある、美しい部屋だ。ドーム状の天井に、魔法で星空が映し出されているんだが、時折、不吉な赤い彗星が、そこに映し出されることがあるとのことだ。」
アデルが語り終えると、ベッドの中は、興奮と、少しの恐怖で、しんと静まり返っていた。
「なんか、よくある感じの七不思議だけどねー。でも、実際に見てみたいね!」
ユリウスは、斜に構えつつも、新しい生活への興味も止められないようだ。
一方、レオンは。
(うぅ…肖像画が動くのも、幽霊の司書さんも、ちょっと怖い…)
彼は、布団を鼻の上まで引っ張り上げると、隣で温かい寝息を立てている、モフモフの塊…モリィの背中に、ぎゅっとしがみついた。その温もりが、彼の恐怖を少しだけ和らげてくれる。
アデルは、そんな弟たちの対照的な反応を見て、満足げに微笑んだ。
「安心しろ、レオン。お前が学院に来たら、私が七不思議の全てから、お前を守ってやるさ」
その言葉は、レオンの心に、温かく、しかし少しだけ切なく響いた。
◇
そして、翌朝。
屋敷の玄関前には、王都へと向かうための馬車が、すでに出発の準備を整えていた。
「アデル、ユリウス。体に気をつけるんだぞ。何かあれば、すぐに連絡しなさい」
父マルクが、厳格な、しかし愛情のこもった声で言う。
「はい、これを。王都の乾燥はお肌に悪いですからね。母さん特製の保湿クリームと、元気が出る薬草茶よ。…ええ、味は保証しないわ」
母エレナが、二つの小瓶を、悪戯っぽく手渡した。
レオンは、寂しさを必死でこらえ、練習してきた、「カッコいい男」の笑顔を作った。
「アデル兄様、ユリウス兄様。お元気で。お二人のご活躍を、領地から応援しています」
しかし、その声は、わずかに震えている…
ユリウスは、そんな弟の頭を、くしゃりと撫でる。
「まあ、せいぜい、俺たちがいない間に、少しはマシな剣が振れるようになっておくんだな」
アデルは、レオンの前にひざまずくと、その肩を、しっかりと掴んだ。
「レオン。次に会う時、君がどれほど成長しているか、楽しみにしている。達者でな」
二人は、馬車に乗り込むと、窓から、家族に向かって手を振った。
やがて、馬車はゆっくりと動き出し、城門の向こうへと、小さくなって消えていく。
レオンは、モリィの隣で、その姿が見えなくなるまで、ずっと、ずっと、手を振り続けていた。
屋敷が、急に、広く、そして静かになったように感じ、ぽっかりと胸に空いた穴を、冬の終わりの冷たい風が吹き抜けていく。
『寂しい?』
モリィが、心配そうに、その大きな瞳で、主の顔を覗き込んできた。
レオンは、そのモフモフの首に、ぎゅっと抱きつき
「…大丈夫だよ、モリィ。僕たちは、僕たちで、頑張らないと!」
レオンは、顔を上げると、自分の部屋の壁に貼られたスケジュール表を、心の中で思い浮かべる…
「僕たちには、やるべきことがあるんだから!」
寂しさを力に変えて、天使様は「カッコいい男計画」を、さらに前進させるのであった!
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